神さま、溜息を吐く。
すみません、今日も短いです。
出産を助けた、と言うとちょっと違うよな。
「知識」と鑑定眼をフル活用して、やった事もない――メスを握った事すら無い――のに、帝王切開による出産を執り行ったのだから。
我ながら、無謀が過ぎる。
あの時は咄嗟の事で、無我夢中だったから、勢いにまかせてエイヤっとやってしまった。
だが冷静になった今となれば、振り返ってもただただ自分の浅慮さに愕然とする。
母子共に命が助かったのだから良いじゃないか、とは思えない。
それはただの結果論でしかないからね。
男尊女卑が酷い世界でも、自分の身内にはソレを適用しない人も、中には居るんだな。
驚きである。
確かに教会に所属すれば、最低限の衣食住は保証される。
そして危険が伴う巡礼の護衛や、特殊な力を要する神の御業――治癒術の施し等は、追加で給金が出る。
労って相応の報酬を払わなければ、囲っておくことが出来ないものね。
冒険者のような粗野な感じのない、物腰が柔らかく理知的な、その上精霊術が使える武芸に秀でた者となれば、商人や貴族から、幾らでも護衛にと望まれる。
治癒術師は教会に所属しなくても、クチコミによって幾らでも患者が訪れる、人気の治療院が開ける。
それをよく分かっているからこその、待遇だろう。
その給料を、たまにしか会えない妹達に渡すなんて。
余程の変わり者扱いされていたに違いない。
ウィーレもウィースも、一度街に帰った時に顔を合わせたが、今回の滞在ではまだ見ていないな。
俺もなんだかんだ忙しかったし、二人共子育てや、話を聞く分には学校に通っているそうだし、勉強で忙殺されているのだろう。
全く文字の読み書きが出来なかったのに、結構な年齢になってから勉強を始めるとなると、なかなか覚えるのが大変だからね。
それでも頑張れたのは、今までの生活を支えてくれた、兄であるフィブレスに近況報告を伝える為だったのかもな。
……そう言えばウィーレもウィースも、旦那が居たよな。
そして旦那達は後から街に移住するかも、と言っていた。
なのにも関わらず、俺が知っている範疇では、既に街に住んでいる人の親類縁者が王都から追加で来たなんて話は、聞いてない。
それに関しては、フィブレスが答えを知っていた。
彼は手紙を受け取った後、二人が住んでいたアパートを尋ねている。
しかし見慣れた男達の横に居たのは、自分の妹達ではなく、別の女性だったそうだ。
つまり約束していた移住をせずに、前の嫁が子供連れて出て行ったのを良い事に、女を連れ込んだか、それを機に離婚したかしたのね。
実際は合わせ技で、女を連れ込んで居た旦那達に家長であるフィブレスが離縁状を叩き付けて、血判を押させ、離婚をさせたそうだ。
そしてそれを報せる為、また役所に提出する為に、妹達に届けなければならないそうだ。
当人の許可なく離縁させてしまうのは、人権無視もいい所だな。
イヤ、まぁ、そんなクズ共なら三行半叩き付けてやりゃ良いケドさ。
任務があるから、直接届ける時間が無いかもしれない。
だからと言って、確実に届けられるか分からない配達屋に任せるのも不安だ。
なので知り合いならば頼みたいと、鎧の下をゴソゴソして取り出した、二枚の羊皮紙を、コチラに差し出した。
……困ったなぁ。
ひっじょ〜に、困った。
今までは
「教会の連中?
カノン達に楯突くようなヤツらなら、別にどうなろうと知ったこっちゃねぇ。
何より精霊の皆の威光を笠に着て、偉そうにふんぞり返っている勘違い野郎共だろ??
しかも勘違いとは言え燼霊を召喚して、世界を破滅させようとまでしたおバカさん達の仲間が、まだ潜んでいるワケだ。
いっそ全員死ね」
そう思っていたのだが……
まさか、知り合いの親族が所属しているとは。
しかも教会に妄信的が故なのか、特に考えもせず、ダンジョンの中に居る魔物を適当に連れて来る、なんて変な命令にも素直に従っている。
疑問に思えよ。
何に使うのか、せめて聞けよ。
国王暗殺に一役買うんだぞ!
知らなかったじゃ、済まされないんだぞ!!
知らんヤツが目の届かない所で死ぬ分には「俺関係ないし」が通じるのだが、知ってる人の知り合い、しかも家族が、自分が関与している事柄の一端を原因として亡くなるのは、ちょっとなぁ……
俺が気持ちの区切りを付けられない。
ウィーレ達にこの離婚証書を届けたら、「兄は元気そうでしたか?」と聞かれるだろう。
もしかしたら、昔話なんかを流れで聞いてしまうかもしれない。
こんな世の中で、妹を大事に思っている兄の話だよ。
きっと心温まる家族愛の物語に違いない。
それを聞いた後に「俺と会った時は元気だったけど、国王暗殺未遂の関係者として処分されたわ」なんて、言えるはずがない。
俺のメンタル、そんな鋼鉄で出来てないもの。
つまり、姉妹を泣かせない為にって言って、フィブレスを助ける流れになるだろ。
そうなるとフィブレスの長年の相棒だと言うラウディも助けた方が良いんじゃね? って気持ちになる。
その助ける範疇には、次に同期が入ってきて、更に後輩、先輩……そうやって広がって、結局全員助ける事になるんだよ。
そうじゃないと俺が納得出来ないって話ね。
どうすっかなぁ〜。
証書を受け取るのを迷っていると、「どうされましたか?」と疑問に思われた。
そりゃそうだよな。
同じ街に住む知り合いに、届け物をするだけだ。
それだけなら、断る理由はない。
「……イヤ、女性が蔑視されてる世の中で、妹思いの兄が居るとか、珍しいなって思って」
はぐらかそうとしただけなのだが、俺の言葉にラウディがハッと何かに気付いたような顔をする。
「その見た目、女性神官に対しての態度、そして今の表情……
君、実は女だったり「しねぇよ」
「すまない。
妹達と知り合いだと言うから、てっきり、男の振りをしているのだと、私も……」
お前ら素直か。
黙っとけば良いだろうに。
女に間違われるのは、まぁ、致し方ない。
半分合っているのだから。
こんだけバカマジメな連中だ。
罠にかかって抜け出せないような、抜けてる部分も相まって、このまま見殺しにするのは気が引ける。
血の通っている、人間らしさを目の当たりにしてしまったのだ。
もう、自分とは関わりのない人間だから、どうなろうと知ったこっちゃない、なんて言えない。
しかも俺が女だと勘違いしていたにも関わらず、見下すような発言は一切無かった。
礼儀を重んじれる人は、この世界では貴重だ。
失うのは惜しい。
仕方がない。
頭が痛くなるような、ややこしい展開になってしまうが、残りの三人を回収して騎士団と合流したら、どうにか救う手立てがないか、考えよう。
動く気配がなかった一人は、確かに通路の真ん中で罠に掛かっていた。
コレが、なんとも絵面が申し訳なる感じで……
ゴメンね。
エロトラップダンジョンを目指したつもりは、無かったんだよ。
結果として、とんでもない事になってしまっただけで。
まさかの置いてきぼりを喰らっていたのは、女性の治癒術師だった。
この階層も上二階層と同様、魔物は基本一体ずつしか出ない設定になっている。
しかし三人以上のパーティの場合に限り、稀に二体までなら同時に出現する。
そして触手雨虎二体に絡まれた治癒術師の女性は、なんと言うか、うん、とんでもねぇ事になっていた。
モザイク処理をお願い致します。
カノンの家の近くの森に出るような凶悪なヤツは流石にダメだろうと、ランクが低めの触手雨虎にしたのは覚えてる。
魔蛇よりも、小さくて弱いヤツだ。
一撃が致命傷になるような事は、まずない。
落ち着いて対処すれば、難なく倒せる。
ただの鋼の剣でも触手は切れるが、それでも溶解液は出す。
だって触手雨虎だし。
ただの布地ならアッサリ溶けるが、付与がしてあったり、魔物の素材を使用してある装備ならば、余程溶解液を長時間浴び続けない限りは、そしてすぐに洗い流せれば、さしたる問題はない。
……そのハズだったのだが。
装備をケチられたのか、触手雨虎と見て同行者がサッサと逃げ出し、長い時間囚われていたからなのか。
なんともまぁ、官能的な姿になってしまっている。
いわゆる、お嫁に行けないような状態に。
ラウディとフィブレスは、即座に女性から顔を背ける。
だがそれはつまり、魔物からも視線を外してしまうと言う事だ。
アッサリと触手に足を絡め取られて、女性と同様、羽交い締めにされてしまった。
野郎の半裸なんて見たくない。
溶解液で装備が溶かされる前に、助けなきゃだな。




