神さま、凍える。
生まれてこの方、天候に左右さることのない、施設の中でしか生活をしたことがなかった。
そのため、夏の暑さも冬の寒さも、最初はそりゃあ感動したものだ。
コレが暑いと言うものか!
コレが寒いと言うものか!!
そういちいち興奮しては心を震わせ、はしゃいで犬のように喜び駆け回った。
犬、この世界にいないけど。
いるのは妖狛っていう魔物だけど。
……だが、飽きたとか関心を失ったとかではなく、もう、ここまで続くと、鬱陶しいとすら思う。
雪よ、いい加減降るのを辞めてくれないかね。
連日、なぜこうも飽きずに振り続けるのか。
誰か悲しいことでもあったの?
洒涙雨は、あくまでも雨か。
雪じゃない。
降りすぎて、窓の外を覗くことすら叶わない。
イヤ、見えはするんだけどさ。
はいいろ一色なのよ、
ドカ雪ってこういう規模で降るのが当たり前なの?
一階丸々埋もれてしまっているのだけど。
一体何メートル積もれば気が済むんだよ。
雪掻きするコッチの身にもなれよと言うね。
イヤ、雪掻きではなく、精霊の力を借りる雪溶かしだけど。
火の低位精霊の借りるのに、ちょうどいい練習になっている。
何もない所ならね。
火力調節を少しでも間違えると、家に燃え移ってしまうから。
実際、少し焦がした。
バレないように、すぐに修復したけど、臭いでバレた。
烈火の如く怒られた。
なのでそれ以降、家の周りは頼れるゴミ処理係であるスライムに喰って貰う事にした。
雪掻きならぬ、雪喰いとでも言えば良いのか?
連日こんな冷たいモン喰い続けたら、腹壊さないかな。
心配だ。
せめてシロップでも用意すべきだろうか。
かき氷的な。
どうせ食べさせるなら、美味しい方がいいじゃん?
スライムに味覚があるかは微妙な所だけど。
なにせ喋れないからね。
意思疎通がスライムの体内に見える、核の形でしか出来ないから、喜んでる時しか分からないんだよね。
ハートの形になって可愛いんだ。
……とりあえず、砂糖水でもぶっ掛けて食べさせてみるか。
気に入ったら核の形は変わるだろうし、特に何も思わないのなら、そのままだろうし。
コレだけ寒いと、虫が湧く心配をしなくていいから気楽だね。
朝のはずなのに、窓に張り付いた雪のせいで薄暗い家の中。
リビングに向かうと、既に起きていたのか、それとも寝ていないのか。
カノンが既に席について、朝食を食べていた。
タレ目のせいで、イマイチどっちか判断がつきにくいな。
「おはよ〜。
何食ってんの?」
「おそよう。
時計を見ろ、もう昼だぞ。
……甘藍と腸詰の汁物」
ありゃ、寝過ごしてしまったらしい。
だってお布団気持ちいいんだもの。
そりゃあもう、溶けるように寝させて貰ったさ。
二度寝って最高だね。
律儀に質問に答えてくれるあたり、相変わらずマジメなヤツだ。
声の調子的に、また寝ていないようだ。
帰ってきた日くらいじゃないか。
ゆっくり寝たの。
徹夜ばっかりしていると、ポックリ逝ってしまうぞ。
見た目通りの若さじゃないんだから。
まだ鍋に残っていると言われたので、有難くお裾分けして貰う。
旅の最中のお供である保存食品を、全部消費してしまおうと作ったんだね。
乾燥させた幾つかの野菜やハーブ、それと干し肉も入っている。
時間経過の概念が存在しない四次元ポシェットがあるとは言え、出し入れしている時には外気に触れるし、不衛生な所にあった期間がないとは言えないからね。
サッサと使い切ってしまおうと言っていた保存食が、漸く全て片付いた。
明日からは、新鮮なお肉とお野菜が食べられるかな。
わくわく。
コンソメスープみたいなものかと思って口にしたが、ダシが薄い。
塩味は感じるのだけど、旨味が少ない。
さては水から煮なかったな。
カノンは胃袋に入れば何でも一緒、と思う節があるからな。
最近は俺が料理を担当していたから、そういう考えから抜け出したと思ってたんだけどな。
自分で作るとなると、手間をかける面倒臭さの方が、勝ってしまうらしい。
俺が毎日料理を作れば良いのだろうが、別に料理をするのが特別好きってこともないし、せっかく家にいるのだから、ダラダラゴロゴロしたいと思う日だってある。
でも資源の節約と言って、肉が入っている食事の方が少なかった施設とは違う。
この世界は魔物肉になるが肉も魚も、仕留めれば好きなように食べられる。
どうせなら美味しいものを食べたいじゃない。
俺なら獲物に逆に取って喰われる心配は無用だし、実質、肉のビュッフェだよ。
バイキングだよ。
パラダイスじゃん。
超テンション上がる。
……なのに、現実で味わっているのは、この味。
涙出てきそう。
むしろ既に滲んでる。
顆粒ダシでも作ろうかな。
旨み成分たっぷりのヤツ。
それなら手軽に、美味しいものを作れるようになる。
どうせ肉体労働で汗をかくのだから、塩分過多による高血圧症なんて心配しなくて良いのだし。
インスタントなんかもあると便利だよね。
お湯を注ぐだけとか、温めるだけとか。
あぁ、でも口に入れるものは「万物創造」のスキルで創っても、美味しくないんだった。
それに俺以外は作れないとなると、この世界の食事レベルを上げる一助にはならないもんな。
どうせ作るなら、精霊の望むように、世界規模で幸福度を上げる材料にしたい。
しかし火の精霊不在の今、レシピ作りすら難しそうだ。
だって実験が出来ないもの。
微妙な火力調整をしながら粉末ダシを作る手伝いをしてくれるような、火属性の精霊がいない。
雪を溶かすのですら失敗するのだ。
加熱しすぎて鍋の底が抜けたら、どうしてくれる。
またカノンに怒られてしまうじゃないか。
料理のために起こしに来た、なんて言ったら、さすがに火の精霊でもスネそうだよなぁ。
イヤ、それを抜きにしても、一刻も早く起こしに行きたい気持ちはあるんだよ。
だけどね〜。
もう、二度と雪中行軍はしたくない。
遭難怖いよ。
ガクブルだよ。
まぁ、一歩屋敷から出れば、日によっては似たような状況に陥ることになるんだけどね。
なんで近所で行き倒れなきゃいけないのさ。
だから家から出たくない。
引きこもりしていたい。
ついでに言うと布団から出たくない。
春が来たら起こしてください。
「レイム! カノン!!
起きてるかぁ!!!??」
……寝起きにそのテンション、ガチでツラい。
玄関からここまでソコソコの距離があるのに、なんでリビングまで声が届くんだよ。
肺活量クジラ並か。
騒音被害によって今日一日分のヤル気が一気に消滅したので、回れ右して帰ってどうぞ。
先割れスプーンを咥えたままゲンナリしていたら、カノンには行儀が悪いと叱られ、突撃してきたアルベルトが連れてきた冷気にヤられ、震え上がることとなった。
なんでこの吹雪の中、そんな元気でいられるんだ、コイツは。
ってか、扉閉めろ。
暖気が逃げる。
風の精霊に頼んで、席に着いたまま扉を閉めた。
「不精はよくないぞ、レイム。
玄関の扉開けっ放しの俺が言えたことではないがな!」
「「家ん中凍り付くだろうが!」」
言ってカノンと連携して、サッと閉めたばかりの扉を開けて、ポイッとアルベルトを外に放り捨てた。
せっかく温かいスープを飲んでいたというのに、この数秒の間にすっかり冷めてしまったじゃないか。
ノー冷気!
イエス二重窓!
玄関だってせっかく雪国を真似して、玄関を二段構えにしたと言うのに。
開けっ放しにしたら無意味になるじゃないか。
後で雪が吹き込んでズブ濡れになっているであろう、玄関から廊下まで、くまなくモップをかけさせなければ。
水分が残ってて滑って転んだら、ダサいことこの上ないじゃない。
「なんで朝っぱらから、あんなテンション高いかね」
「朝ではない。
……共に旅をした者の門出だ。
感情が昂るのも致し方あるまい」
「ホントにこんな雪の中、結婚式挙げるの?
ドレスもタキシードも、ベッチャベチャになりそう」
「何を想像しているのかは知らないが、婚姻関係となる相手を、世話になった者達へ披露目るだけの会だ。
屋内で執り行われるのだから、濡れる心配はあるまい」
ヘイヘイ、遅い朝ごはん、早いお昼ご飯の時間ですよ。
ヘタをしたら四の鐘がそろそろ鳴り始める時間ですよ。
しかしそのお披露目とやらの規模が、確実に大きくなることが予測されるから、ヘタな大きさの家では足りないだろうという話をしているのだが。
この家ですら、入り切らないのではなかろうか。
なにせこの街を興す時に関わった人だけで、軽く一〇〇人は超えるのだ。
しかも最近この街に引っ越してきた人達ですら、知らない者はいないだろう。
すっかりこの街の顔になっているのだし。
春まで待って学校か広場で執り行うのが最適だと思うんだけどな。
「まさか、ガルバとヌリアさんが結婚するとはねぇ……」
「……同意する」
アルベルトと旅をしていた、パーティ名『富』のメンバーである、筋肉ダルマの見た目通り、瞬間湯沸器と言える程にケンカっ早いガルバ。
彼は今、冒険者稼業を引退し、街の冒険者ギルド長をしている。
久しぶり会ったら、見た目の体積が減ってシュッとしたし、戦いに出ないことで、性格も一見、落ち着いたように見えた。
だが、血の気が多い所は相変わらずだ。
スイッチが入ると、手が付けられなくなる。
街を利用してくれる冒険者達が騒動を起こすたびに、肉体的言語で解決しているそうだからね。
片やヌリアさんは、村で出稼ぎに出ていた夫が無事に家に帰ってくることを祈りながら、子育てをする奥ゆかしい健気さを持っている大人しさがある反面、出稼ぎと称して浮気三昧をしていたクズな旦那にサッサと見切りをつけて三行半を叩きつける気概の良さを感じる、とっても女性らしい二面性を持つ人だ。
現在シングルマザーをしている。
息子のフリアン君含め、俺に恩があるからと街の発展に、代表の秘書的な役割を担って尽力してくれている。
メッチャ有能な方だ。
会った時こそ、ろくに食べれてなかったせいで全体的に骨っぽかったけど、今は出る所がしっかり出てて、キリッとした面持ちのシゴデキ女の格好良さと、未亡人特有の艶っぽさを併せ持つ、少年心をイチイチくすぐってくる人になっている。
あ、元旦那は浮気三昧して女性陣を敵に回したせいで、街への立ち入りを禁止されて、アッサリぽっくり逝ってしまったそうだよ。
街の近くにダンジョンを作ったし、街の規模はかなり大きく、設備も充実している。
冒険者向けの宿も店も、かなり増えた。
定住を考えている人も、結構な数がいるようだ
そうなれば冒険者ギルドと街の運営が、かなり密に連携を取っていたのは、想像にかたくない。
その過程で、仲良くなったのかな。
ツガイを持つことなんて面倒臭いことをするのは、優秀な遺伝子を後世に残すため。
それ以外の理由が、俺にはイマイチ理解出来ない。
ヌリアさんは既に優秀な、次期代表になることがほぼ決まっている、フリアン君という息子がいる。
それ以上を望むのは、年齢的にも体力的にも、結構厳しいと思うんだよね。
それを考えると、子孫を残すために婚姻関係を結ぶのではない、ということなのだろう。
女性側がドレスを着たい、白無垢を着たいと言って、形ばかりの挙式を模した儀式を執り行う場所が施設――環境汚染から身を守るために人類が造った巨大シェルターの俗称だが、ムダはトコトン省く傾向にあったにも関わらず、ソコにもあった。
宗教を取り上げ、信仰心なんてトリのエサにもなりゃしねぇ、と言わんばかりに排除しまくっていたのにね。
ソコを利用するために、早くツガイを持ちたいと言う女性は少なからずいた。
花嫁気分に浸りたいと思うのは全オトメの夢だから、あって当然だと言ったのは、三英雄の一人である、カノンの母親だ。
全く、主語が大き過ぎる。
……つまり、カノンの母親はカノンの父親と結婚式を挙げたのだろうか。
英雄様がやったのだから自分たちも。
なんてミーハー心満載で、マネをしたがる人は一定数いるだろう。
そのせいで結婚に関わるアレコレが広まったと言うのなら、理解できる。
ヌリアさんも、貧乏生活をしていた時はその夢が叶わなかったから、次こそはと目をつけたのがガルバだと思ったのだが。
ウェディングドレスを着るような催しは、ないのか。
服飾技術的にドレスを作れるような人がいなかったから、せめてお披露目をとなったのか?
しかし両家顔合わせの席を設けたり、披露パーティーを執り行うなんて余裕がないと出来ないこと、この世界の文化レベルと水準で、出来るワケがない。
色々と無茶があるよなぁ。
なんでそんな文化があるんだろ。
……生活水準が理由だったとしても、もし夢にまで見た結婚式をやっていないと言うのなら、オトメの気持ちを踏みにじったとして、モトミは生涯恨まれそうだな。
そんなくだらないことで、燼霊化してねぇだろうな、テツのヤツ。