神さま、書記す。
「酸っぱいと聞いていたので、檸檬を想像していたのですが……全然違うのですね」
「あぁ、砂糖とか塩も入れて食べやすくしているし、具材によって配合も変えてるから。
酸っぱいと腐った物を連想しそうで嫌かなと思ったんだけど、どう?」
「どれも、とても美味しいですよ」
街の名産にするか否か考えて、結局見送っていたお酒造りは、チャッカリと住民によって取り組まれていた。
まだ設備を整えていないし、どんな作物が酒造りに適しているかも判断出来ないという事で、大量生産はしていないが。
酒を醸造した後、狙って居なかったそうだが、酢酸菌が入り込んでしまった物があり、幾つか酢酸発酵してお酢に変化してしまった物があった。
それがまぁ、ツンとした尖るような酸味が少なく、まろやかで風味がとても豊かだったのだ。
混ぜ物をしなくてもコレだけクセがないのなら、お酢が苦手な人でも受け入れられるのでは? と思い、急遽お寿司もメニューに加えられないか進言したのだ。
造られたお酢の量はソコまで多くないので、試作品は余り作れない。
なので限られた人にしか味見をして貰えない。
お寿司と言えば、日本の代表的な食文化だろう。
なのでカノンには作り方も含めて知っておいて欲しかった。
アリアもそうだが、血筋的に日本人だからさ。
食にまつわる事柄も遺伝子に刻み込まれているのなら、一番受け入れてくれそうだと思った部分もある。
カノンはもっと酸味があっても問題無いと言っていたが、それは単にお前が疲れているから酸味に対して鈍感になっているだけなのでは? と思ってしまった。
今度、クエン酸をマシマシにしたドリンクでも差し入れてやろう。
しそジュースなんかも作りたいよね。
因みにお酢に含まれてる‘’酸っぱい‘’と感じる成分と、レモンに含まれている酸味成分は、全く違う物だ。
前者は酢酸。
刺激が強く、単体で摂取すると粘膜を傷める危険性がある。
少しでも他の酸と混ぜ合わせれば、風味やクセと共に、刺激も和らぐんだけどね。
単品で摂るのは難しい。
後者はクエン酸。
疲労物質を分解したり新陳代謝を良くしてくれたりしてくれる、レモンやリンゴ酸なんかに含まれている成分だ。
あとはエネルギー生成をしてくれる、クエン酸回路内の化学変化の中心を担っている。
コチラはクエン酸の結晶を単品で摂る事は、まぁ、可能だが、思い浮かべるだけでヨダレが出てくる程に酸っぱい。
梅干しとかレモンの酸味だもの。
他にも、アルカリ性の汚れを落としてくれるから、風呂場や流し台、トイレの掃除に使われるね。
カノンが摂るべきなのはクエン酸の方。
酢酸を一気に摂ったら、タダでさえストレスで弱っている胃袋に、一発で穴を開けそうだ。
魚を食べる文化が無いために、生のお魚を出すのは辞めて置くべきかとも思ったが、いつぞや浜焼きをした時に、カノンもアルベルトも美味しそうに食べていた。
それに醤油の文化は深く根付いている。
ならば寿司文化もこれを機に広げるべきだろうと!
色んな種類の手巻き寿司と、いなり寿司を用意した。
海にも食べられる物が沢山あるのだと学べば、食糧事情の改善にもなるじゃん?
旅の道中立ち寄った村の人達は、漁業を始めていたりしていないかな。
そうすれば寿司と共に宣伝するのに。
手を汚さないためにも海苔があれば良かったのだけど、残念ながら時間がなかったんだよね。
冬ならまだ収穫時期だが、そもそも存在しているかが分からないから、探す所から始めなきゃいけない。
流石にアレコレ同時進行している中ではムリだった。
それに海苔って黒いからね。
見た目的に嫌厭されそう。
なので中身によって、薄焼き卵とライスペーパー、レタスや青菜の漬物の葉っぱ部分を使って巻いた。
見た目の色鮮やかさと断面の華やかさがウケているようだ。
アリアはニコニコ笑顔で頬張っている。
単に愛しのお兄様が作った料理だからかもしれないが。
こういう場だから良いけど、大衆の面前でコレはアカンよね。
手毬寿司みたいに、もっと小さいサイズにするべきかな。
しかしカッパ巻きサイズになると、見た目を盛れないよな。
イヤ、金太郎飴はあの細さで絵を再現出来るのだ。
やろうと思えば、きっと出来る。
街に戻ったら地の精霊にお願いしよう。
俺と地の精霊も作ったのに、アリアはことごとくカノンが作った物をピンポイントで当てて「美味しい、美味しい」と連呼している。
相変わらずブラコンっぷりが凄いと感心した。
もしくは、カノンの手からダシが出ているとか?
食事をしながら話をするのは行儀が悪いと怒られそうだが、やはり街からの招待状に応じるべく、かなり仕事が山積みになっているそうだ。
あらかじめ予定が組まれていた面談以外は、全てお断り。
イレギュラーな訪問だったが、やはりカノンの手作り料理を持ってきて正解だったな。
スケジュールを聞くと、寝たのも随分遅い時間だったようだ。
睡眠時間を削るなと、追い返されてもおかしくは無かった。
スキを見て食事をするので、片手間に食べられる巻き寿司を、エラく褒めちぎっていた。
おにぎりもそうだが、時間が経過してから食べることを想定して作られているから、忙しい人には向いているかもね。
確かにサンドイッチみたいに、時間が経つとベチャッとしてしまうような、そして食べ方に気を付けないと中身が零れてしまうよな物は、書類仕事と相性が悪い。
サラダの巻き寿司とか、栄養のバランスも良いし、お酢が入っているから、具に気を付ければ腐りにくい。
結婚式を機に、広まると良いね。
「街は凄いですね。
冬にこんな新鮮なお野菜が食べられる上、お砂糖のような高級品まで気軽に使えるのですから」
「砂糖の原料は秋に収穫するものしか植えてないから、まだ大量には作れてないんだよね。
冬に収穫するヤツは、住民が雑草と間違って刈り取っちゃったみたいで……
だから、来年からは輸出出来るよ」
「まぁ……」
霊力増量土壌のお陰で、植える時期がズレていようが、収穫直前まで水を与えていようが、甜菜はどの根部も立派に二kgを超えていた。
なんでや。
普通一kg前後なのに。
やっぱり霊力って不思議エネルギーだ。
甜菜は葉っぱが立派だった事もあり、葉を食べる作物だと勘違いされていた。
そのため手間暇かけて育ててくれたのだが、サトウキビは、ねぇ……
トウモロコシのような葉っぱをしているのに、実る穂は貧弱。
茎は硬く竹のようだし、切ればベタベタする汁が出る。
そのせいでロクな植物じゃねぇな、と判断された。
そして学校の生徒達によって、風の精霊術の練習台にされたそうだよ。
その汁を舐めようとは思わなかったのか!?
……思わんわな。
白濁したトロミのある青臭い液体なんざ。
イヤ、何も説明していなかった俺が悪いんだよ。
畑の世話を任せていた樹の妖精が万能が故に、説明しなくても問題無いだろと油断していた、俺が全面的に悪い。
考えてみれば、地球の植物をベースにした作物なのだから、この世界の樹の妖精が知るはずがないんだよな。
やはり俺は、ウッカリが過ぎる。
そのせいもあり、予定していた半分以下の量しか砂糖を作る事が出来ず、一般市民にはまだ使用が出来ない高級調味料になっている。
温室を作ったり、霊力の底力がどれ程のものか試すのに季節外れの作物を植えたりしても良いのだろうが……
その世話をするのは、街を作ってからず〜っと働いていた人達だ。
冬くらい休ませてあげたい。
まぁ、冬の作物も植えてあるから、完全な長期休暇とは言えないけれど。
夏と秋の忙しさに比べれば、どうってことないでしょ。
実際、この間会った時には「お仕事ください!」って大勢に言われたし。
ワーカホリックが多過ぎる。
どれが一番美味しかったか聞いても、どうせカノンが作った物全部と言うに決まっている。
それでは全く参考にならないので、具材や酢飯の味、見た目で気に入った所や、逆にココはちょっと……と思う所を、感じたまま率直な意見を聞かせて欲しいとお願いした。
意外や、生姜の甘酢漬けを混ぜ込んだいなり寿司が一番好きだと言われた。
カノンが作ったのじゃないのに!
ゴマのぷちぷちした触感と、生姜の爽やかさ、油揚げのあまじょっぱさがとても好みだったらしい。
五目散らしのいなり寿司は、甘過ぎたそうだ。
「子供には好まれそうですね」と、見た目の年齢が俺とそう変わらない、むしろ低く見える彼女にそう言われると、違和感が半端ない。
祝いの席だから、手巻き寿司の海苔替わりには、薄焼き卵が最も適しているだろうと意見を貰った。
冬にもコレだけの恵みがこの街にはあるんだぞ、とアピールするのなら生の野菜もアリだが、中身と外葉の食感に差がありすぎて、アリアの好みでは無かったらしい。
確かにソレは俺も思った。
サンチュみたいな、柔らかい葉っぱならまた違ったのだろうが、育ててないからなぁ。
今回は見送ろう。
青菜の漬物は、塩味が濃いので中の具材を選ぶが、お皿に並べられた時に彩り豊かになって見栄えが良い。
パーティーとして要人を招くのであれば、おもてなしの一貫として、見た目もやはり重要であると助言された。
招き招かれと沢山して来ただろうし、こういうアドバイスはとても有難い。
食事の席は、技術力や経済力をアピールしやすい場となる。
美食家という存在がいつの世にもいるように、食事は人を夢中にさせる要因が、確実にある。
食はやはり生きる事に直結している事もあり、本能に訴えるものがあるのだろう。
訴求力がとにかく高い。
街のお披露目の意味も込めているのだから、手を抜くような事はせず、実力以上の力を発揮するつもりで挑むべきだそうだ。
……カノンの魅力を熱弁した時と、似たような雰囲気だな。
単に自分が美味しいものが食べたいってだけの理由じゃないよね?
イヤ、それが理由でも良いけどさ。
助言はとても有難いし。
食事の意見を聞き、食後のお茶を飲みながら、今日の訪問の本題に入る。
「安全確保の意味も含めて、当日街に転移するのに、方陣を使うのと、俺が迎えに来るの、どっちが良い?」
「どちらも、お断りします」
おぉっと。
間髪入れずに、ニッコリ笑顔で拒否されてしまったよ。




