神さま、耐える。
いつもご覧頂きありがとうございます。
『整理士』がランクインしたと通知が届きました。
連載を終えてから随分経つのに、ビックリです。
ありがとうございます。
精霊術を一般化させなかった理由が、よく分かる。
そんな事を思いながら、絢爛豪華と言うよりは荘厳美麗に整えられた中庭を歩く。
夜も明けないソコには、相変わらず人が居ない。
巡回する衛兵は居るようだが、松明の灯りは俺の姿を映す事無く、遥か遠くを歩いている。
気配を辿れば建物の中にも、ソコソコの人数は居る。
まだ暗い時間にも関わらず、働いているようだ。
朝ごはんの準備でもしているのかな。
無駄遣いは言語道断だが、雇用拡大の為にも、人を過度とも言える位多く雇い入れるのもまた、王族の勤めだろうに。
清貧を心掛けているって言ったって、何でもミニマルにするのは違うだろ。
前回は気付かなかったが、王宮の更に奥に見える、教会のあのハデハデしさと言ったら!
みすぼらしささえ感じる程の慎ましやかさって、本来聖職者が心掛けるべきものじゃないの??
余程金回りが良いんだろうね。
遠目なので光源が松明なのか、精霊術なのかは分からないが、光を受けて、その建物だけ白く浮き上がっている。
アレ、素材は何だろう。
エラいピカピカ光ってるけど。
まさか、精霊石や霊玉じゃないだろうな。
流石、そこら辺で汲める霊力入りの水を「精霊様の御力が籠もった聖水です」と言って売ってるだけある。
しかも使用済みの瓶は、回収しているって話だ。
つまり、ほぼタダで金だけ手に入る。
そりゃぁぼろ儲けだろうよ。
俺もやろうかな〜。
コッチは正真正銘、精霊が作り出す水だし、もっと価値が高い。
販売価格も倍位高く出来そう。
商才無いし、セールストークも出来ないからやらないケドね。
王都を囲む城郭や、その内側に巡らせた王宮の周囲を走る壁には、カノンが作った、大規模展開出来る防衛用の方陣が刻み込まれた道具が設置されていた。
ソレを、前回来た時、俺が改良した。
今迄設置されていた物よりも、質も量も向上させ、王宮のアチコチに備え付けられ、今も常時起動している。
ダミーは隠しているが見付けやすい所に。
本物はとてもじゃないが見付けられない所に隠した上で、隠蔽の術式を施してあるので滅多な事では見付からない。
俺ですら場所を思い出しながら、よくよく目を凝らさないと発見出来ない。
だが方陣にどんな術式が刻まれているか、どの精霊が担っているかは当然知っている。
わざわざ道具の稼働を停めなくても、誰に察知をされる事も無く、穴を開けて内部へと侵入出来る。
知識と技術、あと相応の霊力が無ければ不可能だが、逆に言えば、ソレらがあれば誰にでも出来る。
そう考えると、精霊術を誰でも使えるようにするのは、ちょっと問題アリかもなぁ。
魔物と対抗出来る手段を一般化させるのは、とても良いとは思うのだけど。
力を手に入れると、悪い事に使う人っていうのは、どうしても出て来てしまうからなぁ。
まぁ、そこまでの領域に達せる人がどれだけ居るのか、と考えれば問題視する程の事でも無い気もする。
だが、なにせココは王国の中枢だ。
つまりはシスコンであるカノンの、妹の居住地だ。
九十九%安全と言える状態を保てないのなら、今のパワーバランスは崩すべきではないのかも。
今は街の住民総出で、霊力を人為的に高められないかの実験をしている。
その実験自体は成功した。
今ではほぼ全ての住民が、微弱ながらも霊力を持っている。
その内のごくごく一部が精霊術を学び、その中のほんのひと握りの人物が、精霊術を実際に使えるようにまでなった。
とは言え、魔物と渡り合える位の術を使えるか、と問われれば、まぁ、かなり難しいと言える。
精霊術を失敗する事なく使えるのは、現時点でフリアンくんだけだ。
彼でもまだ、一人で魔物と戦える域には達していない。
しかし霊力の保有量に関しては、一人、特出している。
それにも関わらず、その程度。
まぁ、戦闘って慣れもあるからね。
元々の性格的に、余り向いていないだけだと思う。
使える術に関しては、中位レベルなら習得したと言っていた。
フリアンくんに関しては、色々と特殊な状況だから、一人霊力が高い状態になっているだけなんだけどね。
基準を一〇〇,〇〇〇に設定していた時に既に数字が表示されていたのだから、鍛えた結果、一人勝ちしている状態なのは、ある意味当然なのだ。
成長期の言葉だけでは説明付かない勢いで増えているのは、勿論本人の努力が大きいが、それとあとは、俺が蘇生させたのが原因なのだろうなと思っている。
アルベルトも、それで飛躍的に霊力が増えたからね。
そのフリアンくんですら、カノンの十分の一程度の霊力だ。
俺やカノンが使っている精霊術を使えるような人は、なかなか現れないかもしれない。
イヤ、あの歳で何百年も研鑽を重ねているカノンの、十分の一も既にある事が驚きなんだけどね。
アルベルトも、今やカノンの半分程に迫っているし。
そんな状態にさせる俺、何者だよ。
その事実に気付いているのは、俺の周りのごく少数だからまだ良い。
だが、もしコレが大衆的に知れ渡ったら……特に精霊教に知られたら、拐かされたり何だりと問題になりそうだよね。
精霊術を使える人間は、そもそもが少ない。
ちょっと火を灯すとか、コップ一杯の水を出すとか、その程度の力しか持っていない人が大半だ。
それなのに、魔物によっては一撃で屠れるような強力な精霊術を、容易く扱える人間を人為的に作り出せるようになるのだ。
つまりは人間兵器の大量生産。
一度死にかける、もしくは死ぬ必要があるが。
大抵、そういう力を求めるヒトって、脳ミソのネジが吹き飛んでしまっているからね。
倫理やモラルなんて無いのだから、何の問題も感じなさそう。
俺は――……
人がイタズラに死ぬのは嫌だ。
しかしだからと言って、生物に平等に訪れる‘’死‘’そのものを否定するつもりはない。
天寿を全うして、布団の上で眠るように死ねたら最高だけど、現実がそうさせてくれない事は、よく知っている。
‘’死‘’とは理不尽で、突然襲いかかってくるものだ。
いつ来るか分からないからこそ、人間は有限の中で自分の生を頑張る事が出来るのだと思う。
終わりの日が人の判断で下される施設では、そりゃあもう、みんなあくせくと働いていたものね。
その分、精神的な負担は大きかったと思う。
終わりがあろうと無かろうと、何もせずに生きていたら、何のために生きているのか疑問になる。
ただ死んでいないだけの状態だ。
ソレは不健全すぎる。
だからと言って、無限の中で延々と頑張り続けたら、ペース配分が分からなくて、息切れをしてしまって倒れてしまう。
シンドくなる前に、ある程度力を抜く必要がある。
でも続けて来た頑張りや努力が、どうにか報われたいと思う。
だから、時々休んだとしても、困難にぶつかって時にめげたとしても、また立ち上がり、進む事が出来る。
そんな最中に、志し半ばで死ぬ時もあるだろう。
だが人生って、そんなもんだ。
俺みたいに、悔いこそ残っても、全うすべき事をやり遂げられたと思いながら死ねる事の方が、稀なのだ。
だが、俺が関わった事で、本来死ぬハズの無かった人が亡くなるのは、ちょっと看過出来ないんだよなぁ……
そういう所も含めての理不尽な死なのだから、俺も受け入れなければならないのだが。
フリアンくんとアルベルトは、俺のエゴを押し付けてしまった結果、蘇生させられている。
彼等が「あの時死なせてくれていれば」なんて思わないような人生を送れるようにする事は、我を通した俺がすべき最低限の責任だろう。
だから、もし精霊教が俺をどうこうして、霊力の底上げをさせようとしても、俺は断固として断る。
他人の人生の責任、そんな幾つも背負ってなんてられないもの。
あぁ〜、死ぬよりも先に心が折れてしまう人も、中にはいるよね。
本当は、出来れば折れて砕ける前に、自分の限界の五歩くらいは手前で立ち止まれると良いのだが。
自分の限界って、ギリギリを通り過ぎて倒れてようやく気付けるものだからなぁ。
難しいよね。
もし倒れる前に分かるのなら、そこら辺に行き倒れている酔っ払いはいないって。
心がベッキベキにへし折れて、バリバリに砕け散ってしまったら、修復するのは肉体よりも大変なのにね。
目に見えないんだもの。
肉体の比じゃないよ。
破片が小さ過ぎると、欠片が行方不明になって元に戻せなくなるし。
ヒビが入る程度で休めたら、まだ回復は早い。
一番は傷む前に休む事だが。
心を割れたガラスに例えたり、クシャクシャに握り潰された紙に例えたりされるけど、俺はゴムのようなものだと思っている。
ゴム、と言うよりは、風船かな。
心って時には攻撃的な言葉を軽く流せる位のしなやかさがあるじゃない。
もしくは、ソレを跳ね返せるだけの柔軟性がある。
腹の中に不平や不満を溜め込んでも、ある程度なら膨らんで許容出来る。
だけど傷付けられるようなキッカケがあれば、そういう溜め込んで居たものは一気に溢れ出てしまう。
一度塞いでも、ソコから中身が漏れやすくなる。
だからって溜め込み過ぎて我慢し続けたら、破裂してもう、二度と元には戻らない。
心の病は、寛解まではいけても、なかなか完治まで辿り着けないのは、そのせいだと思う。
ゴムって、破れた破片を繋ぎ合わせても、元には戻せないし、歪になる。
許容量も減るし、柔軟性もだいぶ落ちる。
蒸して他の物と混ぜて溶かして、全く別の状態に生まれ変わらせたら、廃棄するしかないような状態になったゴムでも、再利用出来る。
人間も、生まれ変わるレベルで、別人のような意識の変化がもたらされない限り、心の病気は治らないのだろうね。
と言っても、精神病の大半は遺伝子と脳ミソが起こすエラーのような物だ。
自意識や根性でどうにか出来るような、簡単な問題じゃ無んだよね!
薬でどうにかなるレベルで済んでるなら、処方箋を出して貰うのが一番だ。
さてさて、そんな事を考えている内に着いたのは、王宮内にある、カノンの住まいである。
鹿威しや枯山水が庭にあるような、雅な風情ある、コレぞ和邸宅! と言った佇まいのお家である。
認識阻害の術式によって隠された上に封印まで施されて居るが、俺にはそんなもの、無意味だし。
普段は自室や執務室で寝ているが、たまにブラコンが炸裂して、ここにある、かつて兄が使っていたベッドに潜り込む妹がいるワケなのだよ。
よりによってオレが来る日に、ブラコン拗らせているなよと言いたい。
カノンは知っているのだろうか。
自分が着ていた服を抱き抱えて、そりゃあもう、幸せそうに締りのない顔で寝ている妹が居るという事を。
……パンツ、見えそうなんだけど。
カノンと同じく、余裕で二百年以上生きているロリババアを相手に、欲情する趣味は微塵とて無い。
しかしコレだけ無防備に寝ていると、風邪をひかないかの心配を通り越して、くすぐったり冷水を浴びせたりとイタズラをしたくなってくる。
俺と同様、カノンも自分の家だし、ココに自由に出入り出来るんだよな。
大好きなお兄ちゃんに見られたら、どうするつもりなのだろう。
むしろバレて欲しいとすら思っていたりするのかな。
女心は分からん。
起きるまで待つか、起こすか。
悩むなぁ。
……悩む。
が、仕方ない。
起こそう。
結婚式場まで、もう日がない。
アリアだって今日も当然、執務がある。
その邪魔をしないために、カノンのお手製朝食セットを持参して、話し合いの時間を確保して貰おうと馳せ参じたのだ。
ここで躊躇していたら、時間のムダになる。
「アリア、起きろ〜」
このほっそりとした生足を触った事がバレたら、カノンに怒られるじゃ済まないレベルの仕打ちをされるだろう。
イタズラはしないで、先ずは声を掛けてみた。
が、起きない。
カノンなんかは基本的に部屋の前まで行けば起きてるし、熟睡していても、声を掛ければ直ぐに起きる。
アリアは寝起きが悪いらしい。
兄妹でも、こういう所って似ないのかな。
仕方が無いので肩を揺すってみる。
横を向いていた身体は上を向き、そのままスっと腕がコチラに伸びてくる。
ラッキースケベになってたまるか!
腕がまとわりつくまま、アリアの抱き枕になるのも悪くは無いのだが、カノンにバレたらヤバい。
俺の腕の筋肉よ、アリアが目覚めるまでもってくれ。
壁ドンや床ドンならぬ、ベッドン状態だが、コレはあくまで不幸な事故だ。
この体勢は許して欲しい。
引き寄せようとする力はソコソコ強いが、それでも女の子の腕力だもの。
何とか耐えられる。
バランスが崩れた為に、胸部に向かいそうになった手をどうにか引っ込めたので、片手で全体重を支えている状態ではあるが。
何とか耐えてみせるぞ……!
その状態で声を掛け続けること数分。
ようやくアリアの瞼が反応を示した。
「……ン…………?
レイム様……?」
「お早う御座います……
あの、とりあえず腕、解いて頂けますか?」
「…………ん〜……?
……このまま既成事実を作ってしまうことが、最も国益に繋がると思いません?」
「俺、まだ死にたくないので、辞めて下さい」
寝惚けながらも、自分の貞操の危機よりも、国の利益を考えてしまうあたり、やはりカノンよりもアリアの方が統治者には向いている。
割とガチなトーンで言ったのがツボに入ったのか、その様子が手に取るように想像出来たのか、クスクスと笑いながら、ゆるりと首に回された手を離してくれた。
あ”〜、左手がプルプルする。
「お湯を沸かしてくださる?
……手土産は何かしら」
「スシって食べ物。
結婚式に出す予定の料理なんだけど、意見を聞きたくてさ」
「甘い物です?
それとも、しょっぱい物です?」
「それが酸味のあるものでさ……」
先程までのぽやぽやした雰囲気は直ぐに無くなり、テキパキと寝起きのお茶を飲む準備をし始めた。
まず沸かしたお湯を使って白湯を一杯飲む所からスタートするあたり、意識高ぇなぁ。




