神さま、小馬鹿にする。
賓客と言われて思い浮かべるのは、やはり国のトップやそれに準ずる存在だろう。
この世界で言うのなら、国王と、宰相。
あとは精霊教の教皇? 教帝??
まぁ、精霊教会の一番上の立場の人。
アルベルトが領主の息子だった事を考えると、各地方を治めている領主も賓客になるかな。
そう言う、いわゆる‘’エラい立場にいる人達‘’は、テロリズムの標的になりやすい。
その為、式典等の催しに招く側は、それ相応の警備体制を敷く必要がある。
要人に万が一の事があれば、招いた側の不備を問われ、信用が地に落ちる。
それだけなら賠償問題程度で済むが、最悪、戦争になりかねないレベルの不祥事となる。
その結果を望んでいるテロリストなんかも、中にはいるワケだが。
この世界は単一国家だ。
なので国同士の戦争こそ起きないものの、領土間でのイザコザや派閥争いなんかはあるし、政界と宗教の間や内紛なんかもあるので、決して平和とは言い難い。
単一宗教なので、大きな争いと言えば、国と宗教間の物になるのかな。
国は平和的に国民を守りたいのに、精霊教が「人の上に立つ存在は神々に限られる。人を人が統べるとは何事か! 神にでもなったつもりか!」とイチャモンを付けて来るせいで、ちょいちょい争いが起きている。
今の所は話し合いで済んでいるが、「打倒国王」を掲げる過激派なんかが、精霊を装った燼霊の甘い囁きに乗せられて、世界を破滅させかけたりなんだりしている。
面と向かってケンカを売るような事は早々して来ないが、水面下では国王を暗殺すべく、宗教団体には似合わないレベルの特訓が行われているとかいないとか。
一応、聖地巡礼をする際に、魔物に襲われた時に対処出来るように、と言う名目だそうだが。
火力の高い精霊術を身に付けたり、武芸を磨いたりしているそうだ。
それもたかが知れている程度のレベル、と言うのは、カノン談だ。
このシスコンの事だ。
国王の身に何かあるような事態になっていれば、大人しく王宮で過ごして、自らが警護を担当しているだろう。
相手の強さが大した事ない上に、彼女も精霊術を使えるし、自力である程度は対処出来るのもあるから、そうしていないんだね。
前回訪問した時、防護結界も結構強化したし、何の心配も要らない。
王宮内に居れば、安全は確保されている。
王宮にいれば、の話だが。
「……精霊様方の力を、貸して貰う事は可能だろうか…………」
いつも通り遅めの朝食、早めの昼食を食べていた時に届いた手紙。
鳥を模したその精霊術がカノンに届けた言葉を聞いて、その場にいた皆が、一瞬、硬直する。
手にしていた見た目が色鮮やかで華やかなカナッペを置き、一様に項垂れた。
「王様が来るって、マジかよ」
「おれ、メシ作んのダメだ。
逃げる」
「王って言うくらいなんだから、王都で大人しくしててくれよ」
結婚式の食事に何を出すか、打ち合わせに来ていたガルバ、サージ、アルベルトの三人が口々に文句を言う。
三馬鹿トリオの内、ジャビルはやる事が無いので、いつも通り門の外で仕事をしている。
質の良い肉があったら、普段より買取価格を高くしても良いから確保しておいて、とだけお願いしておいた。
「祝い事には丸焼きは必須だろう!」とガルバが譲らなかったのだ。
地の精霊が考えてくれたメニューと比べると、存在感があり過ぎて浮くが、新郎たっての希望ならば、致し方ない。
冒険者ギルドも併設された食堂も、それぞれの部下やら弟子やらが、今日一日は切り盛りしている。
いつまで経っても二人に頼りっぱなしでは、二人が休めないし、他の街に単身赴任させられないじゃない。
どうしても処理し切れないような問題が起きた時には、手紙を飛ばすように、と方陣と起動させる用の精霊石を置いて来た。
その為、冒険者ギルドと食堂、どっちが音を上げたんだと、地の精霊が試作してくれた食事を摘みながら笑っていたのだが……
全く笑えないお手紙が届いてしまった。
誰宛に出せば良いか分からなかったからと、王都名義で招待状を出しておいたそうなのだが、まさかトップが出張って来るとは思わなかった。
王都から来るのは、せいぜい宰相閣下殿、もしくはもっと下の政務官になると予想していた。
なにせ新興の街だし。
そんな重要視されちゃ居ないだろうと高を括ってた。
その上外国が無いから、外交官が居ないんだよね。
だから王都を何日も不在にしても、公務に支障が出ないような、新人さんが来てもおかしくないと思っていた。
正直、ガワだけは立派だが、中身がまだまだスカスカな街である。
法律も医療も、重要な所がまだ整っていない。
警備は二匹になつたスライム達が担ってくれるが、やはりあぁ言う物は、見た目で威圧するのも大事だ。
そう考えると、あれだけプリティなスライム二匹じゃ、どれだけ強くても鼻で笑われて終わるだろう。
次の瞬間、笑った者に訪れるのは死、のみだが。
そんな所に国王を招く。
……嫌な予感しかしない。
だけど王様業務を頑張っているアリアの事を考えると、拒否は出来ない。
国のトップが決めた事に異を唱えるという意味でもそうだが、何より、忙しい中時間の都合を付けて、わざわざ足を運ぼうとしているのだ。
無下には出来ない。
単に政務から逃げる口実探しをしているだけなのかもしれないけどね。
ソレはソレで、逃げ出したいレベルのお仕事から普段は逃亡する事無く頑張っているのだと考えれば、どうにか安全に参加させたいとは思うな。
「地の精霊か俺が道中の護衛に着くか?」
こういう時、火の精霊も居れば良かったのにと思ってしまう。
アリアからしてみれば、二人は父親の兄弟にあたる。
可愛い姪っ子の安全の為ならば、二人とも張り切って必要以上に働いてくれるだろう。
だが料理好き、かつプロ以上の腕前を持つ地の精霊には、出来れば当日は厨房に立っていて欲しい。
本人もやる気だし、そのつもりで予定を立てていた。
当日同じく街を代表する料理人として厨房に籠るサージには、「地の精霊の偉い立場の人だよ〜」と正体は明かさずに、先日お菓子の試作を持って行った時に、名前だけ紹介してある。
なので地の精霊の実力をサージは知らない。
だが俺が信頼を置いているという時点で、強い事は言われなくても分かって居るのだろう。
なのに「テルモさんが当日居ないなら、俺は逃げるからな!」と逃亡宣言をしやがった。
そのため地の精霊が街を離れるのは無し。
料理の準備も含めて、離れられない、が正しいか。
ホント、火の精霊が居ないのが悔やまれる。
司会進行役はゴルカさんだし、何かあった時に物理的に対応出来る人物ならば、俺じゃなくてもカノンが居る。
カノンさえ居れば、実力行使に移らなければならないような騒動が起きたとしても、大丈夫だ。
それにヘタに王都に迎えに行ったら、そのまま拘束されて玉座に縛り付けられかねない。
アリアはカノンが国王になる事を望んでいるからね。
不意打ち位ならやる。
なのでカノンが迎えに行くよりも、俺が行った方が色々安全な気がする。
こういう時って豪華な馬車にでも揺られて来るのかな。
ご近所とは言え、王都から街まで、通常なら丸一日は最低掛かる。
乗り心地を優先させてゆっくりと来るのなら、二日かな。
その間に野宿をするような場所はあるけれど、王様って野営して良いものなの?
安全面を考慮するなら、宿場町を作るべきだろうか。
住民を含めたサービス提供者である人間の準備が間に合わないか。
「お前が気にしないのなら、街に直通の転移陣を置く事も出来る」
「俺は気にしなくても、自由に行き来出来るようにするのは、流石にダメじゃない?」
いつでも公務から逃げ出せる状況を作るって事だろ?
宰相閣下殿達の胃に確実に穴が開くぞ。
しかも街から直接王宮内……しかも多分、アリアの自室か、その周辺のプライベートな場所に設置される事になる。
転移用の方陣となると、時の精霊の領分だ。
一般的な認知度の低い彼の存在や、やろうと思えば一瞬でアチコチ行き来が可能な事も、明るみにすべきでは無いからね。
今の所時の精霊の存在を知っているのは、血の契約者であるカノンとアリア。
前世引っ括めて世話になっている俺。
俺とカノンと旅をする過程では特に隠していなかったので、アルベルトも知っている。
あとは、血族の契約との事だし、宰相閣下殿も知っているかな?
彼もカノンとアリアの叔父だし。
俺とかカノンが滞在している間は鉄壁かもしれないが、不在時の責任までは取れない。
イヤ、そりゃ時の精霊に俺達の許可なく方陣を起動させるなって言っておけば、問題無いかもしれないけど。
なるべく命令はしたくない。
この世界での皆の立ち位置は神様で、一般市民の俺よりも、うんとずっと上にいて、本来ならば俺がお願いをしたり言葉を掛けたりしてはいけない位にエラい立場なのだ。
厚意によって許されているだけなのだから、不遜な事をアレコレ重ねてするのは避けるべきだろ。
今更感が否めないけどね。
それに方陣って、英語で精霊達に「こんな事して」「あんな事して」とお願いする文章が、ソレっぽく書かれて居るだけだ。
見る人が見れば、読解する事は可能だ。
アルファベットなんて、結局は子音と母音合わせても二十六文字しかないんだもの。
転移の方陣はなかなか記入してある言葉が多い。
書かれている単語を拾って、独自の精霊術を生み出すような人が出てきてしまうかもしれない。
ソレならまだマシだが、分不相応な精霊術を使おうとして、制御出来ずに大災害が起きる危険性も孕んでいる。
しかも発音の規則性も習得すれば、この世界で精霊語と言われる言語の取得が出来てしまう。
精霊術って、精霊語で唱えた方が威力が増すんだろ?
その上、霊力の消費量も抑えられるのだ。
少ない霊力の者が、強大な力を振るえるようになるんだぞ。
危ないにも程がある。
時の精霊が簡単に力を貸すかと問われれば、面白そうだと感じたならやりそうだ、としか……
「転移陣を発動させられる霊力を保有している人間なんざ、早々居ない。
俺とお前と……アルが辛うじて使えるか程度だ。
アリアは無理だろう」
「なら、別に転移陣なんて設置しなくても、俺が直接行ってパッと連れてくれば良いだけじゃない?」
「……あぁ、お前はそれが出来るのか」
どうやら普通は出来ないらしい。
と言うか、‘’普通‘’は瞬間移動がそもそも出来ない。
そして‘’普通じゃない‘’人達でも、自分以外の誰かと一緒に飛ぶ事は出来ないそうだ。
やっぱりソレって、俺の霊力量が多いからって事なのかね?
んじゃ、霊力の消費量を減らせば、カノン達でも出来るんじゃないの??
知らんけど。
カノンは英語が堪能ではないから、精霊語の詠唱になると回りくどいんだよね。
単純にもっとスッキリとした文章になれば、精霊も術者の意を汲み取りやすくなるし、その分消費霊力も抑えられると思うんだ。
俺が問題なくアリアを迎えに行く事も連れて来る事も出来ると分かっても尚、カノンは転移陣の設置を推した。
俺なら周りに出発した事を知覚される事無く、連れ去る事も出来るのに。
なんでわざわざそんな七面倒臭い事を……
あ、そっか。
コイツ、重度のシスコンだもんな。
俺が王宮に迎えに行くまでは良いのだろう。
だが、俺がアリアを抱えて、もしくは手を繋いで連れて来るのがイヤなんだ!
俺な大事なアリアたんに触れるな! って事ですかね。
ゴメン、指差して笑っていい?
既にプーくすしたせいで、人差し指を向ける前にデコにチョップを喰らってしまった。




