神さま、裁断する。
意識的な問題なのか、事実そういう現象が起こっているのかは、分からない。
科学的には説明出来ず、数値に表す事も不可能なので、証明も出来ない。
だが俺の目には、浄化されたモノや空間は、まるで煌めく湖面のように、瞬く星空のように、キラキラと輝いて見える。
瘴気が霊気へと転じる際の、エネルギー反応によるものなのだろうか。
考えても分からない。
ただこの景色が、俺の脳が見せたタダの幻影だと言うのならば、俺は酷くロマンチストなのだなと呆れてしまうくらいには、美しい光景である。
足元から伸ばされた浄化の光は、壁を伝って俺達が通って来た上部を含め、行き止まり、つまりマグマ溜まりの底部まで火山内部をくまなく浄化した。
少なくとも目に映る魔精霊は全て微精霊になり、見た目通りのホワホワな手触りの、柔らかい毛玉へと戻った。
ほんのり赤味を帯びているし、やはり火の属性を持つ微精霊だったんだな。
火山の中に居るんだもの。
ソコで平然と生きていくためには、火に耐性が付いていないと、やっていけないよね。
しかも今は、火の精霊も奥で眠っている。
影響を受けやすいのだろう。
全体的にひと回り小さくなっているのは、瘴気のせいだろうか。
精霊はどれだけ人の、世界の役に立つ事が出来たか、その結果と自分自身の扱える霊力量で、等級が変化する。
逆に世界に仇なす事をしたら、その等級が下がるのならば、魔精霊となった事で、等級が下げられてしまったのだろう。
数が減っているのも、これ以上等級が下がりようが無い、ごくごく小さな生まれたての微精霊達が、浄化によって、輪廻へと還る事になったからなのだと思う。
輪廻へと至る事も出来ないくらいの悪さを仕出かした魔精霊が居るとは、正直思えないし。
だってチクチクと、致命傷には決してならない棘を刺して来たり、火傷にもならない低電力の静電気でパチパチして来たりした程度じゃん。
やっている事は、単なるイタズラ止まりだろ。
確かに全部、ジミ〜にイヤな攻撃ではあったけれど。
人の命を奪ったり、取り返しの付かない事をしない限りは、更生のチャンスは与えられるものだ。
次世がある存在に堕とされるのは、チャンスと言って良いのか、微妙だけれどね。
業を背負い、何者に生まれようと変化を受け入れなければならないのは、仏教やヒンドゥー教において正直に言えば、罰とされるからな。
解脱に至るのが目標と言われるのだし。
解脱とは、いわゆる死からの解放だとか、究極の安楽だとか言われている、入涅槃のことだね。
お釈迦様が居ない世界で、涅槃や極楽浄土があるとは、到底思えないが。
代わりと言わんばかりに、精霊が居るんだものね。
精霊……となると、日本の古新道的な考え方なら、まんま霊魂を指すんだよな。
間違っちゃいないが、この世界においては、少し違う。
故人の霊魂が死者の世界に行ったもの、ではなく、行先は輪廻だ。
その後生まれ変わりを何度も経て、高次元への存在に至ったものが、この世界では‘’精霊‘’となる。
‘’輪廻‘’という言葉のイメージだけで言うのならば、この世界の生物は、人も魔物も関係なく、最終的には死の無い世界に至るために、徳を積み、修行をしている状態にあるのかな。
精霊となり、肉体から解放されても尚、輪廻へと戻される事を考えると、この世界においては‘’死後二度と生まれ変わらない‘’状態には、なかなかなれないようで大変そうだ。
なにせ精霊の中でも別格扱いの大精霊だった皆ですら、死ぬ危険性があるんだもの。
だから自分の分体を、人目につかない場所に隠してあったんだよな。
現に今、サルーメン山の奥深くまで潜っているのも、火の精霊の分体があるからなのだし。
では、精霊神となった皆はどうなのだろう。
曲がりなりにも神様を名乗っているのだから、そういう世俗的なものとは関係無くなっているのかな。
……神様と言われながら一度死んでる身としては、称号や呼び名は関係無いのかも、と思わなくもない。
地球には沢山の神々が崇め奉られていたけれど、その中には死んだり星に生まれ変わったりしている神も、沢山いたもんね。
先入観は良くないか。
「……妙だな」
「お前のそのセリフは、フラグが立つから辞めろって」
「事前に心構えができるなら、いいだろう」
結局移動を何度もするのが面倒だからと、カノンの腕の中に収まっている状態で魔庭亀の背に乗っていたのだが、そうすると、カノンの口が近いから僅かな呟きでも聞こえてしまうのだ。
コレは良くない。
単なる独り言なら回収されずとも、誰かの耳に入ってしまったら、その時点でフラグは立ってしまうのだ。
モノグサせずに、移動しておくべきだった。
今更、言っても詮無い事だけどね。
何か不穏なものでも見えたのかと聞けば、カノン曰く、浄化をしたにも関わらず、魔庭亀の様子が変わらないのがおかしいのだそうだ。
魔庭亀は魔斑鰻を全部引っこ抜いた時点で、生命活動が終わっていた。
俺もカノンも確認したし、今も鑑定眼には‘’死亡‘’と表記されている。
なのにも関わらず動いていたのは、魔精霊が操っていたからだと、カノンは考えていた。
悪霊のように死体を乗っ取るような能力は無いが、結構な数の魔精霊が居たし、動いているように見せ掛けて、イタズラをするくらいなら余裕で出来る。
だが今、魔精霊は全て浄化されたのにも関わらず、相変わらず魔庭亀は動いている。
その魔庭亀のトゲトゲを溶かした攻撃をして来た魔物の正体も、未だ掴めずにいる。
カノンが知らないだけで、属性に偏りのある魔精霊なら、威力を上げる補助的な役割だけではなく、個人で攻撃術を使えるのかもしれない。
長年生きてきて、そんな魔精霊には一度も遭遇した事がないため、その確率はかなり低いようだが。
しかも、攻撃をされた地点からは、既にかなり離れている。
あんな中途半端な場所に、敵意ある魔物が居たのに、二人とも視認すら出来ていないのはおかしい。
魔庭亀のトゲを溶かしてしまう程の術を使える魔物となれば、かなりの実力の持ち主だ。
そんな強大な能力と、ソレに付随する魔力を隠し、気配を消すのは、困難と言えよう。
理性的に考え、工夫をこらす事の出来る人間ですら、完璧に気配を断つのは難しい。
畜生分類される魔物に、そんな器用な事が出来るとは、思えない。
そうなると考えられるのは、魔庭亀や魔斑鰻と同様、カノンも知らない未知の魔物がこの火山内部にまだいるという事だ。
火山の内部に生息している魔物は、カノンも初見になる。
もんの凄い強い魔物が居たとしても、不思議では無い。
俺が慌てたのが原因としても、一時離脱を余儀なくされる程の能力を魔斑鰻は持っていた。
魔庭亀とて、直ぐに倒す事が出来なかったのだ。
それ以上に強い魔物が居ても、何ら不思議では無い。
そんな高等モンスターが居るとは、なかなか思えないそうだけれど。
そうなると考えられるのは……
「燼霊、だろうな」
「つくづく、縁があるね」
「お前にな。
俺はこんな短期間で、何人もの燼霊と遭遇した事は、封印前の大戦時代しかない」
心底嫌そうな、ゲンナリとした声が、溜息と共に俺の後頭部に落とされる。
生暖かい空気を浴びせるな。
頭が蒸れる。
「カノンは、霊力の残量どんくらいある?」
「俺か?
さほど使っていないし……九割以上は残っている」
「俺さ、霜華紋 は大した事無かったんだけど、魔斑鰻を引っこ抜く時と、さっきの浄化で、結構使っちゃってるんだよね」
「具体的に言うと?」
「七割は、一応残ってる。
だけど燼霊相手ってなると、どうかな〜……
燼霊もピンキリだし、全部が全部ダメ、ムリ、とは言わないよ。
ただアイツレベルの燼霊が出て来たら、火の精霊には悪いけど、トンズラするべきだろうね」
俺の言葉に、カノンは唸り声を上げて口を閉ざした。
俺もカノンも、霊力の総量は半年前よりかなり増えている。
だが燼霊最強クラスを相手にするとなると、ただ霊力さえ多ければどうにかなるとは、とてもじゃないが思えない。
あの時から自己研鑽を続けてはいるが、劇的に強くなったとは、口が裂けても言えない。
しかも全力を出したら、霊力と魔力のぶつかり合いによる奔流で、かなりの衝撃波が生じる。
そうなれば、琥珀が奥へと追いやったマグマが溢れて来る。
横道が上の方にもあった事を考えると、上から下から、ヘタをすれば四方からマグマが襲ってくる。
しかも脅威となる燼霊が近くに居ると、転移術を含めた精霊術の使用に、制限がかかる。
全力ダッシュしたとしても、マグマから逃れる術は無いだろう。
そうなる前に、逃げるが勝ちだね。
遭遇する前に、どうにかこうにか火の精霊を叩き起すなり、火の精霊が核としていたモノを発見するなり、出来れば良いのだけれど。




