神さま、怯む。
光とは何かと問われれば、波長の短いエネルギー波の事だと答える。
その光は大まかに分けると、二種類ある。
見える光――可視光と、見えない光だ。
見えない光には二種類あり、化学的なエネルギーを持つ‘’紫外線‘’と、熱エネルギーを持つ‘’赤外線‘’とがある。
言葉自体は、有名だよな。
ただ何となく、太陽光から出てるもんでしょ、炭火焼き肉する時のヤツだ、みたいな認識でいる感じかな。
実際、四〇度を超えるお風呂に入っても平気なのに、外気温三〇度もしない外で、日焼け止めも塗らずに一日過ごしていると、日焼けを起こす。
日焼けって、軽度の火傷だからね。
火に触れたワケでも、熱く熱された物に触れたワケでもないのに、皮膚は火傷を起こす。
その火傷を起こす原因となるのが、紫外線と呼ばれる波長の短い、目に見えない光である。
熱を使わずとも、光重合や光分解のような化学変化を生じさせてくれる。
ネイルアートとか、写真の感光とかが、例えになるかな。
目に見えずとも、熱を感じずとも、ソコに確かにある。
冷たいエネルギーと称すに相応しい、ソレが紫外線だ。
では赤外線はと言うと、紫外線と逆で、熱を帯びたエネルギーだ。
目に見えないと言う点では同じだけれど。
赤外線は空気の温度と関係なく、対象となる物を直接温める能力がある。
赤外線は水分に吸収されやすく、人の身体に当たれば皮膚のすぐ下で吸熱され、体内の分子の振動を活発化させる。
分子の動きが活発化したら温かくなるのは、電子レンジと同じだね。
結果体温が上がって、暖かいと感じるワケだ。
焼肉の時は、肉の中の水分に赤外線が吸熱されるため、火から離れ、直火に当たっていない内部でも熱が通る。
そういう仕組みだ。
余計な脂が落ちるし、表面は直火によって水分が蒸発しカリッと食感になり、中は赤外線で熱が通り安全性を増しながらも、水分が保持されているためジワっとジューシーに仕上がる。
肉の美味しさが凝縮されるから、野宿の時、俺は断然炭火焼き派だ。
焚火を熾して、焼けた表面から食べる方法を最初は取っていたし、ソレが一般的と言われるけれど、食中毒が怖いじゃない。
安心して食べられないのは、食事とは言えない。
料理番として、ソコは譲れない。
木炭なんて「スキル」を使わずとも作れるので、大量に作って四次元ポシェットに突っ込んである。
野宿をしている間にも作れなくはないけれど、時間が掛かるじゃない。
何時間も火の番をして、完成間近! ってタイミングで魔物に襲われて炭がムダになってしまったら、俺の八つ当たりによって、その辺一帯の地形が変わってしまうかもしれないでしょ。
王都の各家庭には紋様具が設置されてちいるから、火を使用する事が基本的には無い。
だが鍛冶場なんかでは、炭と火の精霊の力、両方が必要になる。
それに琥珀に料理を教わったサージが、炭火焼きや燻製の魅力に取り憑かれてしまった。
そのため、調理場のリフォームをさせられ、ある程度まとまった量の炭が必要になったのだ。
意外と他にもチマチマと需要があるからと、街路樹の剪定や、王都周囲の管理をし始めた森で枝打ちする際に出た木材を使って、大量に作ったのである。
お肉が美味しいのは、正義だからね。
まだまだ成長期の俺としては、鍋ばかりでは飽きる事もあるので、作った炭を利用して、バーベキューをする時もあるのだ。
さて、長々と語った光に関する講釈であるが、今回重要視すべきなのは、熱エネルギーである‘’赤外線‘’の方である。
あのチンアナゴは、可視光によって敵を判断するとカノンは言っていた。
だけどマグマだって、高温発光により可視光が放たれる。
高温発光とは、化学反応の有無に関わらず、五二五度を境として発光を伴う現象だ。
個体も液体も関係なく、大抵の物質は、温度の上昇と共に少しくすんだ赤色、白色、青色へと徐々に変化する。
かつて白熱電球で利用されていた原理だね。
今でも身近な高温発光は、太陽光だ。
太陽が白熱した表面の高温発光が、太陽光として世界中の大地を照らしてくれている。
マグマ溜りで溶けた岩達が、赤いのか白いのかは知らないが、確実に高温発光はしている。
いちいち全方向に攻撃をしていたら、あのチンアナゴ達は疲れてしまうだろう。
無意味だし。
なのでアイツ等は、光全般に対して敵対行動を取るのでは無いと予測をした。
では先程の稜霓が作り出した光と、高温発光したマグマでは何が違うのかと言うと、赤外線の有無ではないかと考えた。
高温発光は、熱放射の一種だ。
そして熱放射は、電磁波や赤外線も自然と伴うものである。
対して稜霓の光球は、周辺を照らすためだけに作り出した、エネルギー消費量が抑えられた、かなりエコな仕様になっている。
言うなれば、LEDランプのようなものかな。
もちろん指定すれば光球も赤外線を発せるようになるが、今回はカノンが操作するからと、なるべく力を抑えて居た。
なので発せられていたとしても、赤外線は極々微量だっただろう。
カノンを慮ったが故の事故だったワケだ。
先程の光球と同じ条件で作った物を火口に落としたら、中でド派手な音が響いた。
次に赤外線搭載の光球を落とし、様子を見る。
更に人間の体温と大体同じ、三六度の熱を帯びる光球を落とす。
幾つもの光球を落とし、チンアナゴ達が何も仕掛けて来ないと確証を得るまでに、十分ほど費やした。
その後霜華紋を俺が唱えて、最初と同じ光球を落としても何の反応もない事を確認してから、再び内部に侵入した。
腰抜けだとかビビりだとか言われたとしても、俺はさっきみたいな思い、二度としたくない。
心臓に悪い事なんざ、起こらないに越したことはないのだ。
充分過ぎる程の対抗策を行って、何が悪い。
カノンに呆れられながらも、ようやく入ったマグマ溜まりは、先程とは様相が全く変わっていた。
目に映る何もかもが凍てつく、銀世界。
地面も天井も、魔物も全てが凍っていた。
先行させた光球が煌々と照らし出すのは、昇華された水蒸気だ。
颯茉が空気を循環させているから、ダイヤモンドダストのようにはならないが、大小様々な氷の粒が煌めいていて、とても美しい。
光源がひとつしか無いから、どちらかと言うとチンダル現象の方が近いかも。
「お前がやると、霜華紋がこうなるのか」
「火の精霊じゃなく、氷の精霊に頼んだから、余計かもね」
「ふむ……確かに、冷却ならば今後は氷の精霊様に頼むのが筋になるのか」
氷の精霊が誕生する前は、温度に関する事は全部火の精霊達が請け負っていた。
だがせっかく冷やす事に特化した精霊が居るのだから、ソチラに頼んだ方が、より効果の高い結果が得られる。
今回みたいにね。
……まさか、ココまでキンッキンに冷えるとは思わなかったけど。
軽く触れただけで、チンアナゴは手応えを感じる事すら無く、脆く崩れた。
あんな脅威と思っていた魔物が、こんな呆気ない最期になるとは。
精霊術って凄いね。
初めて見る魔物だから、死骸の一部だけでも採集しておきたいと言われたので、四次元ポシェットをひっくり返して直接収納した。
逆さまにしても中身が落ちてこないから、こういう時にはとっても便利だね。
チンアナゴは触れば音もなく風に溶けてしまうが、裏を返せば、触れない限りはソコに生えたままだ。
せっかくなので隅々まで観察させて貰う。
戦闘時間が無くなった分、余裕が出来たからね。
特殊な環境下に生息する魔物は、弱点が共通している事が多い。
この先も霜華紋を使って降りていけば、戦闘を避けられるだろう。
……妙だな」
楽観的に考えていた俺の思考は、カノンの呟きによって終止符が打たれた。
ハイハイ、世の中そんな甘くないですよね。
知ってますよ。
学びましたよ。
「カノンはさ、フラグを立てるのが趣味なの?」
「なんのことだ?
妙なことがあったから、そう口にしただけだ」
バカにされたとでも感じたのだろうか。
ムッとした表情で抗議をして来る。
だが俺が何か言う前に、まるで返事をするかのように突如、揺れだした地面が言葉を肯定する。
ほれ見た事か。
「ちなみに聞くけど、その妙な事って言うは、コレと関係ありそう?」
「そうだな。
お前が卑猥な名前で呼んでいたあの魔物だが、魔斑鰻と言うそうだ。
魔亀庭に寄生すると、鑑定眼に出ている。
だがその魔亀庭の姿が、どこにも見えなかったから妙だと言ったのだ」
ヒワイって何だよ。
チンアナゴは漢字で書くと狆穴子!
チンは犬の名前から来てるんだぞ。
エロと結び付ける、お前の思考回路の方が、余程ヒワイだってぇの。
普段はOFFにしている鑑定眼を通して周囲を見れば、ナルホド、納得した。
今揺れている地面が、チンアナゴ改め魔斑鰻が寄生している、魔亀庭というワケだ。
理解した途端、揺れが酷くなる。
地震ではなく、俺達が立っているのが、魔亀庭の身体の一部だからなのだろう。
慌てる事無く、二人とも杖を取り出し身構えた。
もし地震だったのならば、もっとタチが悪かったので、魔物が動くなり暴れるなりしているのだと原因が分かっている分、心は落ち着いている。
地震なら、噴火の予兆かと、身構えなければいけないじゃない。
そうじゃないのだから、対処は十分に出来る。
ようは、冷たいのに弱いんでしょ。
何処からでも掛かって来いやぁ。
心構えをすると同時に、大きな……とても大きい、黒目がちな巨大な目と視線がぶつかった。
眼球だけで、俺の上半身はあるんじゃなかろうかと思うレベルで、デカい。
あの、やっぱり寝ていて貰えるんなら、眠ってて貰えると、大変助かるのですが……
後込む俺にはお構い無しに、その巨眼の持ち主は重たそうに頭を持ち上げ、鼓膜が張り裂けんばかりの咆哮を放った。




