神さま、頼む。
ポカポカ陽気の中、膝上にネコを乗せて、ウトウトと船を漕ぐ。
そんな平和で魅力的な妄想をしている間に到着した島は、思っていた以上に……熱かった。
暑いでは無い。
熱い。
熱波が肌を焦がすんじゃないかと思う程に、熱い。
俺もカノンも、寒冷地や熱帯地でも動きやすいよう、適温に保温される付与が施された装備品を身に着けている。
特にマントには、自分の周囲数cm外周に膜が張ったように、内部を適温に維持するようにしてある。
そうじゃないと野宿の時に、地面から上がって来た冷気や熱気と外気のせいで、身体が休まらないからね。
服や肌着にも似たような効果を付与してあって、相乗効果により、不快指数ほぼゼロの、快適な旅が実現出来ている。
完全に遮断しない理由としては、活動限界を超えた外気温によって、突如付与の限界を超えてしまった時に、非常〜に危ないからだ。
脳ミソが沸騰したり、凍傷を起こさせたりしてしまうからね。
付与には実際に気温を調節する効果もあるが、どちらかと言うと、不快に感じさせない効果の方が強いからね。
知らず知らずのうちに、頭が煮えて死んじゃいました、なんて言ったらシャレにならないじゃん。
完全に外気温を遮断する付与は、ある事はある。
だがソレを付与してしまうと、状態異常を無効化する付与との相性が悪くて、どちらの性能も落ちてしまう。
不意討ちで喰らいやすく、被害を被るとヤバいのは、断然状態異常だ。
外気温に関しては、暑ければ頭や太い血管が通っている所を冷やすなり、寒ければ着込むなり、どうにでも対処が出来るからね。
なのでそちらを優先した結果、今、酷く後悔するレベルで熱い思いをする事になっている。
イヤ、仕方ないんだけどさ……
常に室温常温二五度前後が当たり前の施設で生きて来た俺には、この気温はガチで命取りだ。
この世界に来てから、夏の盛りはまだ経験していない。
だから余計に、暑いのが堪えるな。
汗すらかかないとか、マジでヤバくない?
トルリダ諸島のとある島。
ハゲ島と化した島嶼群から、更に数日南西に進んだ地脈点。
火の精霊が眠っているであろう場所。
その隣の島に、ようやく到着した。
目的地は火山活動が活発過ぎて視界が悪いために、先に進むのは危ないという事で、ひとつ手前の島で降りたのだ。
火山灰とは言えど、火山から吹き出ている噴出物は、木や紙を燃やして生じる灰とは全くの別物だ。
灰は主に炭素、水素、酸素、窒素から構成されているが、火山灰は火山ガラスや鉱物結晶、火口を塞いでいた古い岩石の破片なんかの総称だ。
粒径が六四mm以上の大きさで、溶岩のように連続していないものを火山岩塊。
四mm以上、六四mm以下のものを火山礫。
そして四mm以下のものが火山灰と呼ばれている。
火山が噴火した後、自動車に降り積った火山灰をワイパーで退かそうとしたら、フロントガラスが傷だらけになってしまった、なんて話があるのはそのためだ。
固形物だからね。
細かいとはいえ、シリカや黒曜石なんかが含まれているんだもの。
目の荒いヤスリを掛けている状態だから、そりゃガラスなんて一溜りも無いだろうね。
魔力や霊力を使って島の形を探知すれば、目を開けずとも火の精霊の居る場所へ、行く事は出来る。
しかし眼球はガード出来ても、口や鼻は何の保護もされていない。
その場合、肺に影響を及ぼしてしまう。
慢性気管支炎、肺気腫を引き起こし、喘息を悪化させる恐れがある。
俺もカノンも、喘息持ちではないけれど、何かをキッカケに発症しないとは限らない。
口の中が乾いてしまうし、細かい傷が付く危険性もある。
口内の傷は、万病の元だ。
ならば手前の島でシッカリと準備をして、その後乗り込もうという話になったのだ。
「最低、防塵マスクは必要だよな」
「風の精霊様の力を借りて、灰の影響が及ばぬよう、俺たちの周囲に壁を作ればいいのではないか?
それか、水の精霊様に事前に雨を降らせて貰えば、灰は落ち着くし、気温も下がる」
「あのなぁ……
そんな事したら、俺ら蒸し焼きになっちゃうよ?
ヘタしたら、水蒸気爆発で木っ端微塵よ??」
活火山という事は、ただでさえ地下水とマグマが接触した際に起こる、マグマ水蒸気噴火の危険性が高いのだ。
外部から更にそのリスクを上げてどうする。
ちょっとやそっとの雨では、マグマに接触する前に、瞬時に水蒸気へと変化してしまう。
そうなれば、水蒸気噴火だって起こり得る。
一瞬の出来事に、精霊神の皆に防御をお願いする間もなく、死んでしまうのが目に見えている。
マグマは一〇〇〇度、ソレによって温められた水蒸気の温度は、軽く五〇〇度を超える。
火山ガスの内容によっては、一〇〇〇度の水蒸気が襲って来る。
蒸し焼きと言ったが、火葬する際の温度が八〇〇~一三〇〇度だ。
しかも水というものは、昇華した際に体積が一六〇〇~一七〇〇倍に膨れ上がる。
文字通り、肉体は木っ端微塵に吹き飛んで、その上カラッと焼かれて終わりだろうな。
何てエグい最期だ。
そんな死に方はしたくない。
温度が低かったとしても、最低一〇〇度はあるだろうし、体表がズル剥けて、皮膚呼吸が出来ずに苦しんで死ぬんだろ。
どっちみイヤだよ。
雨程度で下がる温度なんて、たかがしれている。
今から火の精霊のいる火山周辺に局所的に雨を降らせたとしても、どっちみち今日は行動出来ない。
爆発に巻き込まれる。
明日……イヤ、温度や蒸気が落ち着く頃じゃなければ、リスクは減らない。
来週以降に乗り込むと言うのなら、また話は違うかもしれないが。
それでも、火山の内部温度までは下げられないだろう。
ひとつ離れた島ですら、コレだけ熱いんだぞ。
本命の島の気温なんて、考えるだけでゲンナリしてくる。
中の温度なんて、想像すらしたくない。
「さすがに俺も、火山の火口内に立ち入ったことはない。
どうするのだ?」
「ね〜?
どうしようかね??」
「おい」
地球内部の水やマグマがどうなっているのか、その立体的な図は「知識」内にある。
噴出口近くは直線的で、その下にマグマ溜りがある。
大雑把にいうなら、ツボや花瓶を想起させる形が多いかな。
階段なんて当然無いし、内部には太陽の光は一切届かない。
つまり足元は不安定だし、視界もゼロ。
そんな条件だけでも、聞けば立ち入らずに済むなら、行きたくない場所だと判断するだろう。
なのに更に、身体が溶ける程の高温に、マグマには猛毒の揮発性物質も含まれている。
生命活動が、一秒もてば良い方だぞ。
いつ噴火するかも分からない活火山に入るなんて、自殺行為でしかない。
『――だからボクたちの力を借りるんデショ?』
『――役割分担をしないとだね』
『――アンタが許可を出せば、氷の精霊を喚べるから、もっと楽なんだけどなあ?』
「ハイハイ、ケンカしないの。
……んで、皆の力を借りれば、休火山には出来るの?」
喚んであるのは、颯茉・琥珀・浅葱の三人だ。
精霊神の力を借りれば、精霊術を使うよりも確実に火山を鎮められる。
そう思ったのだけど……
浅葱の野郎。
楔を打ち込んで、自分の力の方が優位になったせいで、調子に乗っていやがるな。
琥珀に対して、そんな偉そうな態度を取る事なんて、今まで無かったのに。
笑顔で対応している琥珀の、その腹の中が怖い。
活火山以外の火山、等と的確な表現をしていたら、迂遠過ぎて面倒臭い。
かつて使われていた、休火山という言葉を使ったが……
誰にも通じなかった。
施設には当然火山なんてないし、この世界での火山の噴火は、火の精霊の管理下における、生命への天罰のようなものだ。
常に火山活動は行われているので、休んだ状態と言われても、ピンと来ないらしい。
俺やカノンの身を守るよりも、火山そのものの活動を止めて休火山の状態にした方が、あらゆるリスクを減らせるので有難い事も含めて、どんな状況を休火山とするのかを説明した。
一時的にであっても、休眠状態にすれば、マグマやガスの心配をしなくて済む。
最悪、内部に溶岩が流れていたとしても、死なない程度まで周辺の温度が下がっていれば、触れさえしなければ、マグマそのものに害はない。
何よりも恐ろしいのは、酸素濃度の低下と、有毒ガスの濃度が濃くなる事だ。
目に見えないものだからね。
気を付けようが無い。
『――今からすぐに行きたい、という話でないのであれば、どうにかできるよ。
私がマグマ溜まりになっている場所から、更に地下に位置している箇所に空洞を作る。
少し時間は掛かるけれど、そうすれば君たちが用事のある場所の危険を退けられる。
火山にも、余計な負荷をかけなくていい』
『――あとは乗り込む前に、ボクが内部の空気の入れ替えをしなきゃネ。
その時に内部の温度は結構下がると思うよ。
中に入った後も、常にしておいた方が良いならするよ。
ただその場合、中が結構広いから、キミたちが脱出するまで、ボクは手助けできなくなるカナ』
『――内部そのものを冷やすのは、お前も言っていたが、やはりリスクが高い。
侵入する前に、二重に水の膜を張る。
外側の膜の温度調節は任せろ。
内側は、自分の好みで変えろ』
おぉ〜、イヤに積極的に皆手助けしてくれるね。
やっぱ、責任者が一柱居ないと、世界のバランスを取るのって難しいのかな。
有難い事である。
チームプレイではないんだなぁ、とは思うけど。
皆、仲良くしようよ。
「そんじゃ、そんな感じで宜しく。
琥珀、マグマが引くまで、どれ位かかるかな?」
『――二日は見るべきだね。
今から幾つか空洞を作るけど、火の精霊が眠ってからは、かなり活発に火山活動が続いていたし、だいぶマグマが中に溜まっているんだ。
噴火して、その量は減っているけれど……
十分にマグマが引くのに、丸一日は最低かかるかな。
その後活動が盛んにならないか、なるなら私の力でどれだけ抑えられるか、様子を見たい。
私と火の精霊の相性は悪く無いから、どうにかは出来る。
ただ専門ではないから、ちょっと時間がかかってしまうんだ。
ごめんね』
「いやいや、思っていたより随分早いから、大丈夫。
何の問題も無いよ。
ありがとう。
颯茉も浅葱も、宜しくね」
言って手を出して、霊力の譲渡を行う。
どれだけ持って行かれるだろうか。
ドキドキしながら待っていたが、半分も減らないうちに、三人共手を離し、それぞれの持ち場へと散って行った。
……俺の霊力が増しに増しているのか、皆の能力が底上げされて、消費霊力が少なくて済むようになったのか。
どっちだろうか。
世界の霊力循環の事を考えれば、どうせ空き時間が出来たのだ。
休む時間は沢山あるのだし、もっと持って行っても良かったのに。
皆、謙虚だねぇ。




