神さま、悶える。
こういう生物が関わる実験は、長期的に行わなければ確証を得られない。
何度も同じ状況を再現し、同じ結果が必ず得られなければ、結論付けられない。
安全面を考えるなら、幾つか条件を変える事も必要だ。
ソレは分かっている。
だけど、何年掛かるかまでは分からないけれど、上手い形でおさまると思うんだよね。
霊力の影響を受けやすい、という事はつまり、精霊神の皆の影響も受けやすいという事だと思うんだ。
この世界の得にならない事を、精霊神の皆がするとは思えない。
きっと彼等が、良いように導いてくれる。
万が一何かしら問題が生じたとしても、すぐ俺に知らせるなり、秘密裏に処分するなりするだろう。
その万が一すら起こらないと、俺は見ているけどね。
まずは近似種同士で交配させたいよね。
甘藍ならキャベツ、岩芋ならジャガイモとさせる感じ。
モチロン、街でやったように、先ずはこの世界に適応するように地球の農作物の遺伝子をイジったものを作って、在来種と掛け合わせる。
次世代にどんな特徴が受け継がれて行くのか様子を見ながら、割合を変えて交配をしていく。
植物はソレで良いけれど、魔物がちょっと大変だよね。
姿形は似ていても、妖兎とウサギを交配させようとしても、体格差があるから難しい。
それに妖兎は魔物の中では弱いけれど、当然、魔物なのだから凶暴だ。
おとなしい草食動物のウサギさんなんて、ガブリと喰われてお終いだろう。
一〇〇%地球産の遺伝子を持った生物を、そのままこの世界に固定出来ないのは当然なのだが、魔物って基本的に雑食か肉食だから、草食動物はどれだけこの世界に適応するようにイジっても、喰われて終わりそうな気がする。
そうなると、ウサギや馬のような動物と近い魔物は、全部手作業で遺伝子操作をしなければいけないのか。
だいたい、何体くらいイジった魔物を世に放てば良いだろうか。
ある種の、遺伝子汚染の話だよな。
外来種との交雑による遺伝子浸透か……
時間さえかければ、一%以下でも交雑個体は徐々に浸透・拡散されていく。
植物の場合は花粉や種子が、風や動物の手によって、意図しなくても広がっていく。
まぁ、ココで創り出すのは実験的なものだから、地球の動物の遺伝子を何割程混入させた魔物にするか、島ごとに、その割合によって差を付けてみれば良いだろう。
本当はこの世界に既に生息している魔物を、そのまま連れて来て交配させるのが一番良いのだけれど、何処に居るのか、だいたいの生息域しか分からない。
コレはあくまで寄り道なのだ。
そこまで時間は掛けられない。
見付けたらその都度、島にポイッと放てば良いか。
イタズラに生物を生み出すのは良くないから、気を付けはするけれど、俺のやり方が悪くて、この世界に根付けない場合だってある。
定期的に見に来れるよう、転移の目印になる物も設置しておかなきゃだな。
「……この大きさでは、他の魔物に踏み潰されるのではないか?」
「それでも妖猫の要素を入れているから、ネコよりはデッカくなっているんだけどねぇ」
出来たてホヤホヤの妖猫とネコの合の子を摘み上げたカノンは、フシャーと威嚇をされ、その手を放した。
身軽な所作で着地をした妖猫は、ふたつに分かれたシッポを膨らませながら、逃げるように雑草の影に隠れる。
「確かに、大人しくはなっているな。
……家の中に招き入れたいとは、思わないが」
「ネコって愛玩動物の一位になった事もあるって話なんだけど、おかしいなぁ」
妖狛や妖狼とイヌを配合した生物で、ペットの概念を教えるべきだったのだろうか。
シッポを刃物に変化させて斬り付けて来る事も、鋭い爪で骨まで抉って来るような事も無かったので、カノンの言うように、純粋な妖猫と比較するならば、大人しいと言えば大人しい。
だけど警戒心剥き出しで威嚇して来たし、すぐに逃げて隠れてしまった。
コレが愛玩動物一位、と言われると、何だか違う気がして来る。
ペットとして飼うとなると、もっとネコに近付けなきゃダメなのかな。
これ以上割合を増やしてしまうと、一〇〇%この世界産の妖猫に会った時に、弱者と判定されて、すぐに殺されてしまいそうだなのだけど。
大きさも一〇kg無いくらいだし。
爪は鋭いままだが、軽くなった分攻撃力は落ちる。
牙も短くなっているし……
大きくて丸いツリ目なんかは、可愛いと思うんだけどね。
ネコと上手い具合に混ざり合ったのなら、妖猫も魚が好きだったりしないだろうか。
エサを与えたら、懐柔出来ないかな。
そう思い至り、皿の上に魔魚の肉を幾つか出して、隠れているつもりなのであろう茂みの前に、ソッと差し出した。
警戒心が強くて、姿を見せたままだと、食べてくれないかもしれない。
少し離れた所の木の影に隠れ、気配を完全に消す。
カノンにも、同じようにしろと言う。
何のつもりだとブチブチ文句を言うけれど、すぐに気配を消してくれた。
素直に聞いてくれるって事は、カノンだって、どうなるのか見てみたいんじゃん?
ワクワクしながら、待つこと数分。
カサカサと草を掻き分け、頭を下げ腰を上げた不思議な格好で、ソロリソロリと周囲を警戒しつつ、妖猫が姿を表した。
尻から伸びる二本のシッポは、先程の五分の一くらいの細さになって、ユラリユラリと揺れている。
気配を全力で絶っているので、俺達には気付いていない。
魔魚の切身を若干離れた所から手でチョイチョイと叩き、更にその手に付いた匂いを嗅いだ。
次にペロリとその手を舐めて、次は直接、魔魚の匂いを嗅ぐ。
お腹が減っていたとしても、魔物はココまで食べ物に対して警戒しない。
自然治癒力が高いからね。
この警戒心の高さは、ネコの気性によるものなのだろうか。
もしそうだとしたら、ネコって実は、かなりの臆病者か、過酷な環境で生きていた生物なのではなかろうか。
だとしたら、ペットとして人気が高かったネコと、俺が妖猫と合わせたネコって、実は違う種類の動物だったりするのかもしれない。
だって、こんな食べ物を与えるだけで苦労する生き物を、愛玩用として飼うなんて、しないだろう。
トラやライオンよりも、ネコの方が妖猫に近いと思ったから掛け合わせたし、問題なく創り出せたから、ペットのネコと今回合わせたネコって、同じだと思ったんだけどなぁ。
妖猫は皿の上から切身を手で転がして手前に寄せて、やっとパクッと食べたかと思えば、咀嚼はせずに咥えて、再び茂みに戻ってしまった。
野生でも周囲に敵が居ないなら、その場で食べれば良いじゃん!
食べてる所をみせろよ!!
こんなに警戒心が強いなら、やはりペットネコとは別物だったのだろう。
ならば次は、イヌで愛玩動物の概念を叩き込もう。
俺は癒しが欲しいんだ。
そう思い、カノンに場所を移動する提案をしようとした、その時だ。
一度草むらに戻った妖猫が戻って来て、魔魚をその場で食べ始めた……!
だが……
餌付けの達成感というものは、掛かった時間によって喜びの度合いが変わるのだろうか。
嬉しいは嬉しいのだが、創りたてホヤホヤで腹も減らしているだろうし、思っていたよりも感動はしなかった。
全部食べ終えた後の舌なめずりをする様子は、他の魔物よりは可愛いと思う。
だが意外に舌が長いんだなとか、牙に当たって痛くないのかなとか、それらの様子を愛でるよりも先に、そんな感想が出てきてしまう。
舐めた手で顔をかく仕草の意味不明さや、中途半端に目を開けたままアクビをする凶悪な顔。
突然地面をゴロゴロしだした時には、火でも放たれたのかと心配してしまった。
……なんか、つい、ガッツリ見ちゃうね。
観察対象だからではなく、ほんと、つい、見ようと思って意識するのではなく、目が追ってしまう。
まさかコレがネコの魅力というものなのか……!?
ネコは暇潰しになるから、ペットとして親しまれたと言うのなら、納得出来るな。
イヌと違って、運動不足解消に一役買えるワケでもないのだし。
……だがネコは躾が出来ず、腎臓が弱いのに水を飲まないから病気になりやすく医療費が掛かる。
しかもすぐ物を落とすし、寝ている時に飼い主を踏み潰すんだろ。
デメリットの方が大きい気がする。
施設が建てられる前の人類って、そんなにヒマを持て余して居たのだろうか。
過労死する人や、激務によって心身を崩してしまう人が非常に多いと、「知識」に書いてあったと思ったのだが……
勘違いだったのだろうか。
余りにも理解不能な、データと現実の差に、集中力が散漫になって居たのだろう。
いつの間にか、妖猫が目の前に居た。
一生の不覚……!
満腹になっているだろうから、食われる事は無いにしても、先程摘み上げた腹いせに、爪で肉を抉られるくらいはされるかもしれない。
身構えたが妖猫は小首を傾げた後、俺の靴を枕にしてゴロンと寝転がった。
しかもそのまま腹を見せ、コロコロ、クネクネと身体を捩らせ始める。
なんだ、その動きと媚びるような上目遣いは!?
しかも腹を上に見せているという事は、足の裏が見えるワケだ。
……なんだ、この蹠球は!!?
趾球と掌球の配置のバランスが絶妙で、黄金比に準じているワケでもないのに、何故か目が釘付けになる。
いわゆる、肉球と言われているものだ。
知っては居る。
ネコ科、イヌ科、クマ科、イタチ科、他にも一部の動物達に見られた、足裏部に見られる無毛部分の名前だろ。
つまり、ハゲ。
なのになんであんな愛らしく見えるの!?
何アレ!!?
魅了の術でも放ってる!!!??
しかも鳴き声を聞くと、なんか……胸がざわめく。
落ち着かなくなるぞ。
魅了に加えて、混乱の効果もあるのか?
なんと恐ろしい……
これらの攻撃を併せて、地球ではペットの人気ランキング一位を獲得したのか?
ネコってヤツは!?
イヤ、地球では薬や精神疾患によるものならあったけれど、その手の異常状態に陥るデバフなんて、無かったよな。
って事は妖猫固有の攻撃技なのか?
聞いた事はないが。
……足の上を占領されているのに、可愛過ぎて、可哀想で足が動かせない。
攻撃を喰らったら、なかなか大変になる事が分かっているのに。
何故か抗えない。
考えてみれば俺、その手のデバフを無効化する装備品を一式揃えているんですけど。
貫通してくるの?
その手の攻撃を一〇〇%防いでくれるっていう、鑑定眼の説明書きは、ウソだったの??
妖猫って、妖兎程ではないけれど、結構弱い分類に位置する魔物だと思っていたんだけれどな。
小柄だし、使ってくる術も弱いし。
比較対象が妖虎や魔獅豹のような大型の魔物だから、仕方が無いか。
なんか地響きのようなグルグル、ゴロゴロと口を開けてすらいないのに、妙な音まで出し始めたが、今度は何の攻撃だろうか。
見た目は……非常に幸せそうな笑顔を浮かべているのだけれど。
ほわん、とつい口角が緩む。
はっ!
このままでは、イケナイ気がする。
「カノン……頼む。
石化させられたみたいに動けなくなってるから、この妖猫、退かしてくれない?」
言っても何の返答も無かったので、首を動かし横を見てみれば、横に控えているハズのカノンが、膝をついて震えている。
まさか妖猫の攻撃が、カノンに飛び火していたのか!?
俺に認識させない遠距離攻撃まで仕掛けて来るなんて。
こうしちゃ居られない。
可哀想とか言っていたら、俺もカノンも命を獲られかねないぞ。
気配を絶つのを辞めた途端、寝っ転がった体勢から、どうやったらそんな動きが出来るのか不思議な位に、物凄い高さまでジャンプをして、妖猫は何処かへと消えていった。
惜しいと思ってしまうのは、魅了に罹ったせいなのだろうか。
カノンを見遣ると、彼も術が解けたのか、深い溜息を吐いた後に、すっくと立ち上がった。
「妖猫って……あんな魔物だったっけ?」
「ネコとやらと掛け合わせたせいではないのか?
本来は、あんなたちの悪い魔物ではないぞ」
地球の動物と混ぜると、より強い個体が生まれてしまう場合もあるんだな。
魔馬が上手くいったから油断していたが、こういう例もあるのだと、気を引き締めて掛からなければならないな。




