神さま、傾聴する。
スンと鼻の奥が、意図せず鳴る。
別に泣いてはないけれど、アルベルトとは長い間一緒に居たのだ。
別れとなると、感慨深いものはある。
そこら辺にいる魔物程度を相手にしても、今のアルベルトが負ける事は、万が一でもあるまい。
だが彼は、優しいから。
誰かを助けようとして、ウッカリ死んでしまう事が無いとは言い切れない。
また生きて再会出来るよう心から願うが、そればっかりはその日が来てみないと、どうなるかは分からないからね。
そう、願いはするけどさ。
だがそんな別れの余韻に浸る余裕も無く、海に出れば当然、魔物が襲って来る。
その対処をしていたら、スッカリいつの間にか夕暮れ時だ。
アルベルトの姿が見えなくなってからは、かなり速度を出して移動したのだが、それでも目的の島までは、辿り着け無かった。
ソレはある意味で、良かったのかもしれない。
有翼乙女が巣食っている島に到着していたら、今頃はお腹を空かせ真っ暗闇の中、有翼乙女と戦う羽目になっていただろうし。
「アルに何を渡したんだ?」
道中倒した海の魔物を捌いていたら、寝床を整え終えたカノンに質問された。
贈り物の中身を気にするなんて、下世話なヤツめ。
特に隠し立てする意味は無いから、答えるけどさ。
「アルベルトが持っていた、空間拡張の付与がされている鞄や袋って、制限があっただろ?
重量の軽量化も中途半端だったしさ。
だから俺の四次元ポシェットと同じ仕様のヤツを、創っておいたんだ。
んで、ソレに稼いだ金とか素材とか……俺に所有権がある財産の全部、詰め込んで渡した」
「それはまた……随分と気前がいいな。
蕩尽などして、良かったのか?」
「問題ないでしょ。
どうせコレから行く場所って、人が住んで居ないんだろ?
なら金を使う機会が、全然ないじゃん。
アチコチ行ってる間に、また売れる素材を集めれば良いし。
それにぶっちゃけ、最悪、自給自足で全然生きていけるし」
「それは……確かに、そうだな」
助けた相手に見返りを求めず、余り金を持ち歩かないカノンも、同じ考えだからこそ、そういう事になるのだ。
結局はソコら辺に生えてる食べられる草花を摘み、日々襲って来る魔物を倒せば、食べる物には困らない。
寝床だって野宿で良いなら、防寒・保温機能の付与がされているマント一枚で事足りる。
何なら、霊力は消費するが、俺達は転移術が使える。
夜になったら王都の自宅なり、海沿いの家に帰るなりすれば、宿代だって必要無くなる。
どれだけ持っていようとも、金の使い所が無い。
意識して使わなければ、貯まっていく一方なのだ。
そうなれば、金が社会を巡らず、文字通りの死に金になってしまう。
そして経済が回らなくなって困るのは、社会であり国だ。
つまり、アリアが困る事となる。
ソレはカノンも、避けたいだろう。
だから金は要らない。
だから人にやる。
そんな極論に行き着いてしまう。
実際、俺等が旅の最中に使った金銭って、たかが知れているからな。
ソレくらいなら、お人好しなアルベルトの事だ。
俺達と別れた後、彼が真っ先にする事は、メリディー街やピスカ街も含めた、フェニエス大陸南部の復興の手伝いだろう。
増えた霊力を試す意味でも、使い所としてこれ以上適した場所はない。
アルベルトの得意とする属性は地だからね。
倒壊したレンガで造られた家屋も、今の彼なら一分も掛からず修復させられる。
そういう精霊術による力技ではどうにもならない部分だと、当然金が掛かる。
そういう時に、渡したポシェットの中に入っているお金を使ってくれるなら、これ以上無いって位に生きたお金になるじゃない?
……まぁ、アテが外れて、ハメを外して豪遊するかもしれないケドさ。
ソレならソレで、別に構わない。
あげたお金だもの。
好きに使えば良いさ。
お金以外にも、武器や防具、俺お手製の回復薬なんかも入っている。
ちゃんと中に入っているものリストを書いて、ポシェットに入れて置いた。
迷惑じゃなければ、いつでも好きな時に、好きなように使って欲しい。
「……俺には、くれないのか?」
「カノンが持っているのも、結構性能良いよな?
俺のヤツとの差って、時間経過するかしないか位じゃない??
欲しいの???」
まさか金や回復薬のような、中身の話では無いだろう。
俺よりも沢山持っているもの。
否定をしないので、四次元ポシェットを創って、渡した。
コレで男三人、色違いのお揃いを身に付ける事になる。
お揃いコーデって、そんなズッ友を誓った女子高生じゃないんだから。
仲間外れみたいに扱われるのが、嫌だったのかな?
意外と子供っぽい所があるヤツだし。
表情こそ変わらないが、若干雰囲気を浮つかせながら嬉しそうに眺めているので、贈って良かったと思っておこう。
焼いたお魚と、そこら辺から毟って来た野草のスープを食べ、今日は二人揃って早めに就寝する事にした。
幸い小さなこの島には、魔物の気配は一切無い。
時折空を飛ぶ魔物の姿は見えるけれど、着陸する素振りを見せないし、もし襲って来たとしても、すぐに起きれば十分対処出来る。
色々あって疲れたし、俺もカノンも、すぐに意識が深く沈んだ。
翌朝、不思議な音で目が覚めた。
キィンと澄んだ、鐘のような音が、遠くから聴こえる。
身体を起こせば、珍しくカノンが未だ夢の中にいる。
変な音が聴こえたら、すぐにでも飛び起きるだろうに。
余程疲れていたのかな。
……もしくは、歳を取ると有毛細胞が減少し、モスキート音のような高音が、聴こえ難くなると言う。
年齢的に加齢性難聴に陥っていても、おかしくない歳だ。
そもそもこの音が、肉体的な衰えで聞こえて居ないのかもしれない。
難聴は認知症のリスクになるし、これ以上聴覚の質が落ちないよう、起きたら手立てを講じるべきかもしれないな。
うんうん頷きながら、音が聴こえる方へと向かう。
ちゃんと周囲に魔物が居ないかは、確認した。
一人で行動しても、問題あるまい。
それにこれだけ澄んだ、心地好い響きだ。
この音の発信源に、悪意があるようには思えない。
精霊神の皆も、別段止めに入らないし。
何か起きたとしても、俺が一人で対処出来るレベルだと判断したから放置しているのだろう。
日が暮れる頃にこの島に辿り着いたので、上空からどんな島なのかは、確認して居なかった。
とりあえず海から離れた水辺が良かろうと、小さな森の中に野営場所を適当に決めたのだ。
だからこの先、何があるのかは全く分からない。
しばらく歩いて視界が開けると、とても幻想的な風景が広がっていた。
大型の海洋魔物の墓場、と言えば良いのだろうか。
砂浜には、見上げる程大きな魔物の頭蓋骨がいつくも、それこそ数え切れない位大量に、遠くまで並んで居た。
なぜ頭部の骨だけなのだろうか。
胴体の骨は、一本も見当たらない。
長年波と雨に晒されて、スッカリ浄化されたのだろう。
微塵も瘴気は感じられない。
だが、海水から上がるモヤによってその白い骨の境界線はボヤけ、ある種の怪しさが演出されている。
鐘の音に聴こえたものの正体は、コイツらしい。
骨の隙間を通る風が、この音を奏でていたようだ。
今も不規則に、音階すら自由に、周囲に高い音を響かせている。
その音楽は、まるで鎮魂歌のよう。
……一時期、鎮魂歌から名前を取って、レイムと名乗って居た事を思い出した。
そんな昔なワケでは、無いのだけれど。
アルベルトと会った時には既に、その名前で名乗っていたな。
今はもう、何もかもが懐かしい。
俺の正体が、この世界で魔王と語り継がれているソレだと知った後でも、彼は臆する事なく、俺に好意を寄せてくれた。
……有難い事だよな。
彼の態度に救われた部分は、少なからずある。
実際に身を呈して助けてくれた事もあった。
沢山、助けられた。
まだまだ恩を返しきれていない事を考えると、あの時、無理矢理にでも連れて来るべきだっただろうか。
……イヤ。
別の道を進むと決めたのは、アルベルト自身だ。
行くべき場所を、俺が強制するのはおかしい。
しかもその理由が、俺やカノンと並べるように、もっと強くなる為だと言うのだから、やはり同じ道を、進むべきではない。
火の精霊が居るだろう場所は、火山の中だしね。
彼の霊力制御技術では、最悪瞬時に炭化してしまう。
ソレはいくらなんでも、あんまり過ぎる最期になる。
諸々考えれば、コレで良かったのだ。
少なくとも、こんなウジウジしてたら、ダメだよな。
またいつか、再会が叶った時に追い越されていないよう、俺も頑張ろう。
風の向きが変わり、グロリア・イン・エクチェルシス・デオ――天のいと高きところには神に栄光あれという意味だが、神を讃える、賛歌の如き音階が鳴り響く。
はは〜ん。
カノンが目を覚まさない理由も、俺が一人出歩くのを、皆が止めない理由も分かったぞ。
コレを、聴かせて、安心させたかったからなんだな。
グローリアは神を讃え感謝し、人々に平和がもたらされるよう願う歌だ。
アルベルトは確かに、善良なる人だもんな。
きっと彼が讃えずとも、精霊神となった皆から、平和がもたらされる事だろう。
そもそも、元が冒険者なのだから、俺が心配する事なんて、何一つ無いのだ。
俺は俺の、やるべき事をシッカリとやろう。
まずは有翼乙女を、一匹残らずぶっ飛ばさなきゃね。
今日中に、着くと良いな。




