神さま、別れる。
ラファスをどうすべきか相談したら、全く知らない他人ばかりの場所で過ごすよりも、慣れた土地の方が良いだろうと、二人に言われた。
しかし俺の懸念を話すと、それも一理あるなと、結局悩む事になってしまった。
三人寄れば文殊の知恵なんて言うけれど、男三人が寄った所で、誰も子育てなんてした事が無い。
この歳頃の、しかも女の子となんて、関わった事すらほぼ無い。
コレぞ、というアイディアは出てこなかった。
本人に聞いて決めさせれば良いだろう、なんて言葉まで上がるが、さすがに二、三歳児にソレは無理だろ。
呆れたのと、どうすべきか名案が浮かばないのとで二の句を言えずにいると、固く閉じられたピスカ街の門。
その横にある小さな扉が、ギギッと鳴った。
三人一斉に振り返られて、ビビったようだ。
四つん這いになって、その扉を潜ろうとしていた男性が、身を竦めた拍子に枠に頭をぶつけたようで、悶絶していた。
ピスカ街に到着した時にアルベルトと話していた、メリディー街からの避難者の一人だ。
「いてて……
なあ、飛び出してから、随分時間が経ってる。
それに音がやんでからも、しばらく経つだろう?
一旦落ち着いたなら、差し入れでも持ってくるか?」
メリディー街に行っている間に経過した時間と、通常の時間の流れには、誤差が生じている。
どれくらい時間が経ったのか、そう言えば確認して居なかったな。
この人の言葉を聞くに、結構時間が経っているようだ。
どうしようか。
既に危機は去った。
危険だと分かりながらも、わざわざ支援をする為に顔を出してくれた人を無碍にするのは、良くないよな。
男性は今も、絶え間なく不安そうにキョロキョロと周囲を窺っている。
相当な覚悟をもって、来てくれたのだろう。
ふとその横顔が、誰かと被った。
「俺達は問題ないよ。
……つかぬ事を聞くのだけれど、ファンチョって名前、聞き覚えない?」
「ファンチョ?
いとこに同じ名前のやつがいる。
ここに来る途中で死んだと、他の避難者から聞いた」
あ、やっぱり親族なんだ。
この人、名前が……ナッチョとか言ったっけ?
響きが似ているもんな。
「ファンチョの娘を保護したんだ。
この子をどうすべきか、判断に迷っていたんだけど、親族がいるなら、任せたいなと思って」
コレは責任放棄ではない。
より良い方法があるなら、知恵を貸して欲しいだけだ。
三人でダメなら四人が寄れば、文殊菩薩様から知恵を拝借出来るかなと。
だが落ち着きのないナッチョは、自分の家族を守るだけで手一杯だし、今後の生活の見通しも付かない中、親族とはいえ他人の子を預かるのは難しいと、拒否をされてしまった。
デスよね。
そうなると、やはりピスカ街か、王都の教会に預けるのが最善になるかな。
手厚い待遇をして貰えるのは王都だろうが、確かに自分の意思で、生まれ育った場所に追々戻りたいと思った時に、移動しやすいのはピスカ街なんだよね。
馬車で三日。
海路なら天候にもよるが、一日で到着する距離だもの。
どうしてもピスカ街に居たくないと言われたら、その時こそ王都に引越しすれば良いのだし。
そうなると、自分の意思で決定出来るような年齢になるまで、定期的に顔を出さなきゃいけなくなるな。
ソレはとても面倒な気が……
「あっ!
そいつだ、ナッチョ!
ファンチョを殺したやつは!」
……はい?
ベッチャベチャに湿った濡れ衣を着せようとしている失礼なヤツは、一体どこのどいつだ。
ファンチョを殺したのは、はたから見たら息子のファウノだっただろうが。
正確に言うのなら、怨霊になったファンチョの奥さんが取り憑いた、ファウノの肉体だが。
声の主は、門の上に立っていた。
そして俺を真っ直ぐに見据え指を差し、もう一度「ファンチョとファウノを殺したのはソイツだ」と叫んだ。
ナッチョがなかなか戻って来ないので身を案じはしたが、直接門の扉から様子を見るのが怖いからと、時間をかけて上に登ったらしい。
そうしたら、殺人犯である俺の姿を確認したのだとか、なんとか。
ホント、人間の脳味噌ってすぐにウソを吐くよな。
自分もその目で、ファウノがファンチョを縊り殺すのを見ていただろうに。
有り得ない現実が受け入れ難くて、その直後にファウノの肉体ごと怨霊を浄化した俺を、全ての元凶だと記憶を塗り替えてしまったようだ。
更に生き返らせられなかった人達の遺体を見て、俺がその人達を殺したとも、思い込んでいるようだ。
魔物に襲われたにしては、状態が良すぎるからだとか。
ソレは確かに、勘違いをされても仕方が無さそうだ。
しかし内臓が飛び出たままだとか、顔も身体も半分無いとか、そんな状態の遺体と同乗させた方が良かったとでも言うのか?
コイツは。
DNA鑑定みたいな技術が無い以上、犠牲者の照合がしやすい、万全な状態にしてあった方が良いだろうに。
カノンとアルベルトは、俺がそんな事をするとは微塵も思っていないので、特に気にしていない様子だが、ナッチョはそうもいかなかった。
俺がアルベルトの知り合いだと知っていても、同じ街で暮らした気心の知れた知り合いの言葉を優先して信じる。
そりゃそうだ。
俺個人には、信じるに値する根拠が無いのだもの。
だが、拒絶するかのような目は、向けられると少々悲しいなぁ。
未だ寝続けているラファスは、いつの間にかナッチョの腕の中にマントごと保護されていた。
予備だから良いけどさ。
決して性能は悪くないのだから、「殺人犯のだ〜! ばっちぃ!」とか言って捨てないでよね。
「アルベルトも、そいつから離れろ!
わけのわからん術で、殺されちまう!」
おぉ、アルベルトとも知り合いなのか。
そんでもって、俺が危険だと認知しているのに、自分の危険を顧みず、避難を促して居るのか。
あのオッサン、お人好しだな。
この数時間、悪意や嫉みを持つ人間ばかり相手にしていたから、心がササクレ立って居たけれど、この世界はどちらかと言えば、気の良い人が多いんだったよな。
人間だから、悪人も中には居るってだけで。
あーだこーだと、門の上からオッサンが叫んでいたら、ギャラリーがどんどん増え始めた。
コレでは、落ち着いて話の続きは出来なさそうだ。
ナッチョも、ラファスを殺人犯に押し付けるくらいなら、自分で保護する気満々のようだし。
「……アルベルト。
お前、俺達とはピスカで別れるって言ってたよな?
その言葉に、二言は無い?」
「なんだ? 突然」
「否定の言葉が無いって事は、肯定だと判断するぞ」
言って二人乗りの空飛ぶ石版を創り、ふわりと浮く。
そしてカノンの手を引っ張って、有無を言わさずソコに乗せた。
「そうそう、コレ、餞別な」
「は?
え、ちょ……おい!?」
「バイバ〜イ」
ヒラヒラとアルベルトに手を振りながら、怒号に変わり物まで投げ出した人達の居る、ピスカ街の門から遠ざかる。
目指すは南だ。
残りの有翼乙女の討伐と、次元の穴が空いていたら、その修復だ。
「ジューダ……っ……メイヤ!」
本名を呼ばれ、つい止まってしまいそうになった。
振り返れば、餞別と言って放り投げたモノを握り締め、走って追って来るアルベルトの姿があった。
止まるべきか?
……イヤ、ソコまで速度は出していない。
本気で追い付こうとしているのなら、今のアルベルトなら猛追くらい楽勝だろう。
なら、止まるべきではない。
彼の後方で「魔王と同じ名前!?」とかなんとかザワついてるし。
止まったら、リンチにでも遭いそうだ。
「また会おうっ!」
バカみたいに大きな声でアルベルトが最後に言ったのは、別れの言葉ではなく、再会を約束する言葉だった。
それなら、応じる他あるまい。
身体をそちらに向け手を大きく空に伸ばし左右に振りながら、「またな〜!」と言葉を返した。
「よかったのか?
こんな別れ方で」
「湿っぽいより、良いでしょ」
アルベルトの影は、その姿が見えなくなるまで、ずっと手を振っていた。
誰かが駆け寄ろうと、魔王の名前を呼んだ真意を問われようと、止めることなくずっと。
ずっと……




