神さま、呆れる。
自由自在に姿形を変えられると言う割には、夢魔の皆様は一貫して肌が褐色だ。
火山地帯の島嶼が生息域だったよな。
そう聞いてイメージするのは、ハワイ諸島だ。
温暖で晴天の日が多い気候だそうだし、現地の人々はさぞかし日に焼けていたことだろう。
火の精霊の眠る島嶼も、地図で確認したら南に位置していたし、さぞかし暑く熱い場所に違いない。
そうなると、現地の人と溶け込むために肌の色を合わせたのだろうか。
単に浅黒い肌が、夢魔の好みだと言うことなのだろうか。
リビングまでの道すがら聞いてみたら、「客が痕を付けたがるから」と言われた。
この人は自分の所有物だと他の客に主張したい者が多いらしい。
ワザと自分では見えにくく気付きにくい所、だが客からは見えやすい所に、吸い付いたり時には噛み付いたりして来るのだとか。
言い方は悪いが‘’商品‘’に対して傷を付けるとか見目を悪くするとか、やってはいけない違反行為じゃなかろうか。
一晩になん人も相手にする事もあるのだし、そのせいで次の人の興が削がれて、キャンセルされた時の損失を補いもしないのにそう言う事をするのは、マナー違反だ。
そもそも、行動が幼稚すぎる。
そんな迷惑行為をするくらいなら、「丸々一晩俺が買ってやらぁ!」位の気概と羽振りの良さを見せて欲しいものだね。
ただhickey――キスマークって、愛の象徴だとか言うけど、ようは吸引性皮下出血だろ。
出血している事には変わりないので、当然範囲や場所が悪ければ輸血等の処置が必要になる。
何より、血栓症の原因になるからヤバいんじゃなかったっけ。
確か、死亡例もあったハズだ。
しかもヒト咬傷の場合は人間しか罹らないような感染症もある。
唾液から傷口にヒトヒト感染しやすいウイルスや菌が入り込む分、動物からの噛み傷よりも厄介だと言う声もある程だ。
冒険者ってちょっと野性味があると言うか 、粗暴だから遠慮なく噛むだろうし大変そう。
噛まれた痕なら、流石に痛みが走って気付けるからまだ良いのだが、キスマークは上手く付けられるといつ付けたのか分からない上、白い肌だととても目立つ。
なので目立ちにくい肌色にしているだけなんだって。
傷の修復はすぐに出来るけど、当然肉体の改造や修復にはエネルギーを消耗する。
食事をするために性行為をするのに、客を変える度に余計にお腹が減るような事をしていたら、本末転倒。
出来なくはないが、なるべくやりたくないのが本音らしい。
イシュクの話だと、毎日毎回、その都度で客の趣味に合わせて変身しているみたいな口ぶりだったけど、違うのだね。
そうなると、確かに褐色の肌なら目立ちにくいし、便利な部分があるのだろう。
見慣れないが故に忌避感を持たれる場合もあるが、だからこそ艶かしいと思う人も多いだろうし。
確かにエキゾチックな魅力があるよね。
俺の隣に並んで歩くイシュクの後ろには、出で立ち様々な美男美女が六人、何歩か後ろについてきている。
女性は皆出る所が滅茶苦茶自己主張していて妖艶な感じ。
男は筋肉質で笑ったら白い歯がキラリと光りそうな雰囲気だ。
貧乳や細マッチョはウケが悪いらしい。
アルベルトや今まで会ってきた人の反応から、てっきり俺みたいな体型がモテるのかと思ったのだが、ヤツ等は皆、特殊性癖だって事だね。
そして店にあった石像は、大衆ウケが良いから設置されている、という事なのだろう。
あそこまで筋肉モリモリじゃないけど、男夢魔は皆、アルベルト並の雄っぱいをしていた。
……別にモテたいワケじゃないけど、俺も、もっと胸筋を付けるべきだろうか。
コレが標準ならば、俺程度の筋肉量だとモヤシ扱いされそうだ。
まぁ、筆頭モヤシのカノンが隣に居れば、俺の細さは目立たないだろうし、まだマシか。
二人で旅をしていた時は、目立っただろうな〜
アルベルトは今よりも筋肉がデカかったし、カノンもやつれていた分も含めてほっそりとしていたし。
でこぼこコンビって、横幅の差でも言うのかな。
小腹満たしを期待をしていたのに、お茶しか用意されていなかった時の、俺の気持ちを二文字で答えよ。
心の中でそう問題を出した途端、即座に地の精霊が動いてくれた。
予想通りミントティーだったので、本当はスコーンやクッキーの方が合うけれど、それだと焼く時間と冷却時間を合わせると、余裕で一時間以上かかる。
しかし俺をデブにはしたくないという思いもあり、おからパウダーを使った低糖質のプチパンケーキを焼いてくれた。
片手で摘んで食べられるし、一枚一枚焼くのに時間がかからない。
焼けたら順に運ぶのを繰り返せば、俺の機嫌が損なわれる間もなく腹が満たされる。
素晴らしいね。
こういう事をさせるから、顎で使っているとか言われるんだろうな。
良いじゃん。
地の精霊は尽くすのが好きなタイプなんだろ。
知らんけど。
地の精霊の存在に終始恐縮しっぱなしな様子だが、夢魔も精霊と同様、精神体で行動が可能な生命体だ。
立ち位置的に似たような物だと思っていたのだけれど、精霊の方が偉いのだろうか。
「比べるまでもなく、精霊の方が上ですよ。
それが低位の存在であっても、です。
夢魔は精神体のみで物質界に居続ける事は出来ません。
精霊はそうでは無いでしょう?
何よりも、地球人と同様、我々はこの世界から見た時、異邦人に分類されます。
先住民に敬意を表すのは当然です。
それに命を救ってくださった神と、同等の存在である精霊と同じ分類にされるのは、流石に畏れ多い」
どうやらこの世界の神様は、地球以外の滅び行く世界からも、色々な生き物を救い上げていたようだ。
そのため、地球人と共に施設がこの世界のアチコチに転移して来たように、夢魔が住んでいた世界の一部も、この世界に来ているそうだ。
とは言え、夢魔の場合は、たびかさなる戦争によって住んでた星そのものが生命活動を停止させる寸前までいっていたから、この世界と融合させられる部分は、ろくに残っていなかった。
夢魔にとっての聖域に生えていた植物とその土壌が、ほんの少々。
それ以外は死滅していた為に、星の爆発と共に滅びただろうと話す。
その植物も土も、今の島嶼の様子を考えると、もう無くなっている可能性が高い。
地球は‘’再生化計画‘’の事もあり、生きている部分が多かったから、かなりの量の生き物も無機物も転移してきた。
そしてその分、融合に時間が掛かっており、未だにそれが完了していない。
今この世界の神様は不在――厳密に言うならば、神様自身は深い眠りに付いていて、その間は精霊の皆に神様の権限が委任されている状態になる。
地球との融合が終了しても、もしまだこの世界が安定せず、滅びへと加速してしまうようなら、また欠けた他の世界と交ざるのだろうか。
まぁ、その辺は俺の仕事じゃないし、どうでも良いや。
何百年経っても同期が終わっていないのだ。
そう言う心配事が出てくるのは、俺が死んだ後の話だろう。
「矮躯妖精とかも、似たような経緯でこの世界に来たって事なんでしょ?
その話はまた今度、詳しく聞かせてよ。
……で、数時間前に別れて、こんな時間に大勢で押し掛けてきた、理由はナニ?」
マジメな話なので、声を一段低くし、テーブルに両肘を立てて寄りかかり、両手の指を組んで口元に持ってくる。
口元にパンケーキのカスが付いていたとしても、コレで隠せば相手を牽制する雰囲気が出せる。
ソレが主な理由だが、眠りを妨げられた事も、非常識な時間に、良い歳した大人が分別の持たない格好で、大人数で押し掛けて来た事も、お腹が満たされた事で多少落ち着いたとはいえ、腹が立っているのは変わりない。
そりゃ当然、怒っておりますよ。
威圧的になるのも、仕方の無い事だ。
イシュクがせっかく座った椅子から降りて、後ろに控えている夢魔共々、再び土下座謝罪をしようとしたので即座に止めた。
そんなパフォーマンスする時間があるなら、早く寝かせてくれ。
良い感じに腹がくちくなっているため、せっかくカノンが淹れてくれたミントティーの効果が早くも薄れ始めている。
両腕で頭を支えていないと、ガクンと船を漕いでしまいそうなレベルで、今眠気が来てる。
「こちらの者共は‘’スファンクス‘’に勤務している同種です。
皆様方が帰られた後、他の店での仕事を終えたこの者たちから聞き取りをしたところ……その、今回指摘された体調不良者がなぜ出たのかが分かったので、報告をしに来たしだいです」
「あぁ、分かったんだ?」
「えぇ。
ジューダス様が懸念しておられた、性行為による感染症の類ではありませんでした」
なぁんだ。
それなら良かった。
この世界の病気に関して、俺はまだまだ知識が浅い。
地球の医学知識が役に立つ場面もあるが、魔物を介したウイルスのように、この世界特有の物になると、全然だから。
一番怖いのは、地球から連れてきてしまったウイルスや菌が、この世界に順応するために、霊力によってタチの悪いパワーアップをしてしまう場合だ。
今回最も懸念していたHIVなんかは、発症前に適切な処置をすれば、服薬や行動の制限こそ出るものの、子供も作れるし天寿を全うする事も出来る。
少なくとも、地球ではそうだった。
だが、コレがイヤな進化の仕方をして、潜伏期間が短くなっていたり、‘’知識‘’から得られる薬を飲むだけでは、どうにも対処出来なくなっていたらと考えると、とても恐ろしい。
感染を広げないためにと言って、隔離を余儀なくされてしまうかもと思っていたのだ。
結核の南湖院や、ハンセン病の回春病院みたいにね。
モチロン差別は厳禁だし、気兼ねなく暮らせるように設備は整えるつもりだ。
しかし回復や寛解の見込みがなく、症状を抑える以外の手に負えないのなら、感染を広げないためにも、施設の外へ出す選択肢は与えられない。
人権問題とか考え出したら、自由気ままなセカンドライフ、なんて言っている場合じゃなくなる。
ホント、性病の類じゃなくて良かったよ。
心底安心した。
「……ンで、結局何が理由だったの?」
「え、いや、その……
従業員同士での恋愛は、ご法度なんですけど、ねぇ……
…………仕事終わりの気持ちが昂っている状態で、恋人同士で夜通しした日と合致しているそうで……」
「つまり、ヤリ過ぎによる体力低下と、それに伴う生命エネルギーの吸収し過ぎだったって、だけのオチ?」
イシュクは目線を斜め下にズラしながら、申し訳無さそうに、コクリとひとつ頷いた。
後ろに並んでるヤツらは照れるな。
イシュク以上に申し訳無さそうにしろよ。
ったく、騒がせやがって。
絶倫にも程があるだろう、夢魔の連中め。
「生命力を吸われ続けたら、人間は死ぬだろう?
今回の被害者は恋人関係にあると言うが、問題無いのか?」
「たまにの事ですし、問題視する程のレベルでは無いのですが、キャスト同士の恋愛は禁止しているので、その辺も含めて管理指導を徹底したいと思います」
「禁じられた恋って燃えるって言うじゃん。
隠れてコソコソしていたせいで、今回分からなかったんでしょ?
なら禁止にしなきゃ良いんじゃね??」
「いえ、お客様に最高のサービスを提供する代わりに、ワタクシ共は駆逐される心配もなく、食事にありつけているのですから。
店に所属している以上、健全な運営維持のためにそこは許可するわけには参りません」
俺の中の健全と、イシュクの中の健全は、どうやら意味が違うらしい。
風営法と言う概念を知っているせいで、本番アリの夜の店のどこに、健全なんて掲げられる場所があるのか。
外観からして正常から完全に逸脱したアウトだったろうに。
まぁ、別れ話を拗らせて、背後から刺されないようにだけ注意してね。
街初の大きな事件が、痴情の縺れによる刃傷沙汰とかイヤだよ。