神さま、言い訳する。
万人に対して公平に。
ソレが施設の教えだった。
働きに応じた階級を付けて、その階級ごとに平等に遇する。
より良い生活が欲しければ、努力を重ねて研鑽する。
甘んじるのであれば、蹴落とされないようにだけ注意する。
格付けが出来ない場合は、全を排すか、全てを受け入れるかのどちらかになる。
その際、個の犠牲は致し方無しとする。
だから‘’地球再生計画‘’では、俺や精霊となった皆のような個人が犠牲となり、大多数の人間を救う道が選ばれた。
その理念が根底にあるから、俺はメリディー街の住民で、蘇生が可能な対象は全て救うべきだと判断した。
やはり幼少期に形成された固定概念というものは、なかなか深く根付いてしまうものらしい。
正直、とっても疲れた。
だって街一個が、全滅していたんだよ。
しかもほぼ全ての人間の肉体が、真っ二つに引き千切られた状態だった。
ソレを全部修復して、魂を戻して固定したんだもの。
霊力だってバカみたいに消費したし、「スキル」も使い過ぎた。
有難かったのが、カノンの時のように傷口が瘴気に汚染されていなかったから、任意の場所を指定さえしたら、時の精霊の力が使えた事かな。
それと、どれ位の時間を巻き戻せば良いかの目安も分かっていたから、ムダに時の精霊を消耗させずに済んだ。
人間の肉体は死後、一時間ごとに〇.五~一度下がるとされている。
雪が散らつく冬の最中では、多少その定番からは外れてしまう。
しかも遺体は全て、胴体を境に上下に別れていた。
血液の流出量は相当なものだった。
なので体温や死斑では、経過時間が測れないと思っていた。
だが運の良い事に、五体満足の遺体が見付かった。
そう、井戸の中に落ちていた人だ。
もちろん井戸の中は、通常想定される室温よりは低い。
だが深さを考えても、あの井戸の中なら温度は一定に保たれていただろう。
五〇cmで昼夜の温度差が、一〇mで一年の温度の変化が無くなるとされているからね。
井戸水が夏冷たく、冬温かく感じられるのは、そのせいだ。
つまり井戸の中の地温は、年間平均気温と同じか、多少高い温度に保たれていた。
だいたい、二〇度前後だろうか。
ちなみに一〇〇mを越える深さになると、地球ならばマグマの影響で、深くなればなる程水温が上昇する。
仮に一〇〇〇mの深さの井戸を掘った場合は、地表の気温よりも三〇度程高い水温の水を汲む事になる。
この世界でその常識が通用するかは分からないが、実際あの遺体は、もちろん冷たくはなっていたのだが、硬くはなっていなかった。
触れて死後硬直を起こしていると、すぐに分かる位の硬さになるのには、一〇時間は最低でもかかる。
更に死斑は一度は全身の、低い位置――あの遺体ならば、頭から井戸の中に落ちて居たから、頭部――をメインに、薄く斑点状に現れる。
色が濃くなり、ほぼ一箇所に集まるのには、おおよそ十五時間掛かるかな。
桶に引っ掛かっていたから、一番下を向いていたのは頭だったけれど、他にも首の後ろや手、背中なんかにも死斑が散っていた。
それに、ヒゲも伸びていなかった。
死後何時間も経過すると、皮膚から水分が抜けて乾燥するから、キッチリ剃られたはずの顔でも、毛根が出てきて伸びたように見えるんだ。
ソレらを総合して考えた時、あの遺体は死後、約三時間程度経過しているんだと判断したワケだ。
水に浸かっていなくて良かった。
土左衛門だと角膜やら手のひらの白変やら、見る所が増えたからね。
そんなワケでおおよそ巻き戻さなければいけない時間が判明し、時の精霊の力を借りたのが第一段階。
ソレでは不十分だった人達の肉体を、稜霓の力を借りて修復したのが第二段階。
本来戻るはずの無い魂を、無理矢理詰め込んで「スキル」で固定したのが最終段階だ。
一斉にやらないと混乱が生じるだろうと思ったから、負荷が大きくて辛くても、魂の固定は全員分、一気にやった。
身バレして質問責めにあうのがイヤだったから、俺の姿は見られて居ない。
……ハズ。
いやぁ、悪霊が極薄の聖水で消滅した時には、無駄足踏ませやがってと悪態も吐いたが、結果としては良かったよな。
世の中、ムダになる事は無いって事だね。
終わり良ければ全て良し!
……そう思っていたのに、褒められる所か、怒られてしまうと、ちょっと……イヤ、かなり不服だぞ。
せっかく有翼乙女を一掃して、少しは胸のもどかしさを解消出来たと言うのに。
また鬱積してしまったら、どうしてくれる。
「なぜ怒られているのか、まったく分かっていない顔だな?」
そんなセリフと共に、両頬をつねられ伸ばされた。
そんな引っ張っても、餅じゃ無いんだから伸びないよ!
「いひゃいっ!」
暴れて抵抗するが、ムイムイと何度も引っ張られ、コブ取り爺さんの如く、頬肉を引き千切られたのではないかと錯覚する程の痛みを与えられた後、舌打ちと共に解放された。
苦労したのに、何でこんな目に遭わされなきゃならないんだ。
横暴だ〜!!
「ジューダスは、簡単に……じゃないかもしれないけど、人を生き返らせる手段を持っているから、やってしまうんだろうけどさ。
本来人っていうのは……生き物っていうのはさ、死んだら、戻らないものなんだ。
死んだのに生き返ったように見えたら、まず魔物だと思われる。
せっかく生き返らせたのに、魔物だと勘違いされてまた殺されてしまったら、ジューダスはいやだろ?」
「二度も死ぬことになる、相手の身にもなれ。
何より混乱を招く上、死生観が崩れてとんでもないことになるぞ。
なぜ彼方は助けたのに、此方は助けないのだと、どう足掻いても覆ることのない理を理解しない連中から、不満が生じる。
その責任を、生き返らせたお前が取るのなら、まだいい。
だが‘’精霊術師‘’なら見境なく、何でも叶えてくれる存在だと認知され、冒険者たちが無体を強いられたら、どうする?
力の使い方を、もっとよく考えろ」
俺は視野が狭過ぎる。
二人共、そう言いたいのだろう。
バタフライ・エフェクトなんて言葉がカオス理論において存在する。
力学系の状態に、例え僅かだとしても変化を加えると、ソレが無かった場合とは、最終的に得られる状態が大きく異なってしまう現象だ。
予測する事の困難性や、初期値鋭敏性を意味する寓意的な表現として、よく用いられる。
カンタンに言い換えると、小さな事象が、あらゆる因果関係の果てに、とんでもない大きな結果に結び付く事がある、という考え方だね。
二人が挙げた例は、ソコまで遠い結果ではなく、俺の行動によって招かれるであろう、近い将来の想定だ。
せめてその範囲だけでも考えていたら、行動は変わったのではないか。
そう問いたいのだろう。
死んだハズの人間が生きている。
その事によって、起こり得ないハズだった未来が訪れる。
ソレが悪い事だった時の責任も取れないのに、軽率な行動をするな。
そう言いたいのだろう。
少なくとも、メリディー街の住民の大半が生き返ったのだ。
メリディー街という小さな単位で見ても、その影響は大きい。
だけど、無人のまま朽ちるだけの運命だった街が復興すれば、アレだけ大きな街なのだ。
フェニエス大陸南部の文化は、このまま発展してくれる。
人口も減らないし、良い事ばかりだと思うのだけれど。
俺の姿は見られていないハズだし、精霊術師の仕業だとは、誰も思わないんじゃないの?
「こんな神がかり的なこと、精霊術師以外の誰ができると言うのだ」
疑問を口にしたら、また頬を引っ張られた。
摘まれた肉がたるんで、ほうれい線が出来たらどうしてくれる。
良い事ももちろんあるが、それこそラファスの家族のように、本来死んでいたのに、助けてしまったが為に生じた悲劇なんかもある。
人の命を救うという事は、良い結末ばかりが得られるとは限らない。
一度死を経験した俺なら、生き返りたいと思う人ばかりでは無いと、理解出来るはずだと諭された。
俺は……生き返ったのか、ただ転移したのかまでは分からない。
だけど、この世界に来て、こうやって人生のやり直しが出来て良かったと思っている。
でも、何度も死を経験しているカノンは、そうとは思っていないって事なんだよな。
「俺はジューダスに助けて貰って、感謝してるよ。
ただ、命の価値、とでも言えばいいのかなあ。
……重さ、かな。
治癒術を使える人が限られているのも、もしかしたら同じ理由かもしれないって思うんだけどさ、なんか、軽くならないか?
怪我しても治るし、とか。
死にかけても、復活できるし、とか。
絶対に治ったり生き返ったりするんじゃないのに、それが当たり前になったら、いつか取り返しのつかないことになりそうで、俺は怖いよ。
特に俺は、自分で治癒術は使えないし。
ジューダスから蘇生の指輪を貰ってるけどさ、これに頼って無茶をするのは、ジューダスの思うところじゃないんだろ?」
コクリとひとつ、頷いた。
万が一の時の為に渡したのであって、率先して死地に赴けとか、無謀な事をしろとは、微塵も思っていない。
死んでも生き返れる経験を、誰彼構わず、場所を問わずでしてはいけない理由は分かった。
死んだら、終わり。
だから甘える余地を、与えてはいけない。
そういう事だ。
非常にシンプルで、本来なら覆しようのない事なのに、時の精霊や稜霓の力を借りれば出来てしまうから、つい失念していた。
それこそ、俺の力じゃないのだ。
皆俺が望めば力を貸してくれるけど、だからってソレに甘んじてはいけないよな。
俺の行動を、諌めて咎めてくれる精霊は居ないのだから、余計にだね。
「お前は普段なら、こんな無茶をするような奴じゃないだろう。
先程の闇の精霊様の術は、憂さ晴らしだったのだろうが……」
「……だって」
「子供か」
「お前みたいなジジイと比べたら子供ですぅ〜!
……だって……アルベルト、泣いてたじゃん」
不服そうに言うと、名指しをされたアルベルトが、え? 俺?? って感じで自分を指さしキョドりだす。
そうだよ、お前だよ。
「知り合いが死んだら悲しいのは、俺だって一緒だ。
だから、アルベルトが泣いて悲しむ位惜しいと思った人を、生き返らせたかったの。
でも皆真っ二つになってたから、そんな状態でアルベルトを連れて来ても、辛いだけじゃん。
どの人がアルベルトの知り合いかどうか、身体を元に戻さないと、判別出来ないだろ。
んで、戻すだけ戻したけどさ、そのまま放置っていうのも、なんか変じゃん。
時の精霊が時間の経過を物凄く遅らせていたから、魂も全然成仏せずにアチコチ彷徨いてたしさ。
でもアルベルトを連れてくるまでの間に、昇天しちゃったら、生き返らせられなくなるだろ。
ただでさえ、時の精霊の力を沢山使っちゃった後だったし。
だから……可能なヤツは皆、生き返らせたの」
「なぜお前が幼児返りをしているのかは分からんが、やってしまったものは仕方ない。
己の力試しではなく、見通しは甘過ぎるが、アルを思ってやったのも、理解した。
……エリアールや、他の村落に親族がいた連中への対応は、どうすべきか考えねばならんが」
頭を押さえたカノンの顔は、心労によるものだろうが、少々青い。
そっか。
知り合いが死ぬのは辛いと感じるのは、生き返った人だって同じだもんな。
「何で俺だけ生き返ったんだ!?」と、例えば恋人がエリアールに居る人なんかが嘆き悲しむ事も、あるかもしれないんだ。
確かにそう考えると、誰彼構わず生き返らせたのは、軽率だったかも。
でもさ、魂とは直接会話出来ないもの。
「蘇りたい人、手ぇ上げて〜」とか、出来ないもの。
「まあそこは、精霊様の御使いによる奇跡です、でいいんじゃないか?
賢者の名前を出したら、直接王都に問い合わせが行くだろうけど、その言い方なら、精霊教会にも分散されるだろうし」
「根本的な解決にはならんがな」
ふぅ、と軽い溜息をひとつ花音が吐くが、これ以上の追求やお説教は無いらしい。
重い空気が霧散した。
俺が独断で動くと、二人のシワが増えそうだね。
面目無い。
「……ジューダス、ありがとうな」
「手放しでは喜んで貰えなかったみたいですし〜
取ってつけたようにお礼を言われても、嬉しくないですし〜」
「やさぐれるなって。
俺もカノンも、良くやったって、手放しに褒めたいんだよ。
知り合いじゃなかったとしても、魔物による被害で人が死ぬのは辛いからな。
ただ、長く生きている分、アレコレ余計なことを考えちまうんだ。
嬉しいことは嬉しいって、素直に喜べればいいんだろうけどな」
「ふぅん……
大人って、大変だね」
「そうだな」
ハハッと笑う顔は、霊力が上がった分、若造めいて居る。
けれどアルベルトは、カノンと同じく中身と外見が一致していない。
笑った後に浮かべたのは、経験によって無常を悟った、本来の年齢を思わせる、哀しそうな表情だった。
新年から暗い話が続いてますね!
申し訳ないです……
バカみたいなギャグ?ラブコメ??も更新してますので、良かったら読んでください!!
タイトルは言うのが憚られるので書きません!!!
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