神さま、宥恕する。
断末魔とは、元々は仏教用語が由来とされる。
人体にある死穴という急所がサンスクリット語で‘’marman‘’と言うのだが、その音訳が‘’末魔‘’となる。
その末魔を断つと、激痛が走り死ぬとされていた。
死亡する直前のその苦痛を元々そう呼んでいたのだが、後にその際上げられる叫び声が断末魔と言われるようになった。
……うん、そういうワケで、断末魔を上げた悪霊は、何千倍にも薄められたカスみたいな聖水によって、呆気なく死んだ。
そりゃあもう、聖水を掛けた下半身から、飛沫を受けた手や顔から、悪霊に汚染されたファウノの母親の身体は、霊力によって分解、浄化されて一瞬で消えてしまった。
コレなら、原液をかけた方が時間が掛からず、苦しまずに済んだだろうに。
叫び声を上げる余裕を与えてしまった。
一応、肉体も諦めるつもりが無かったが故の行動だったのだけれど、こうも呆気なく消えてしまうとは思わなかった。
特殊個体のような行動を取っていたのだもの。
通常の悪霊よりも強いのかな?
頑丈なのかな??
……と思ってしまっても、致し方無いじゃない???
単に手間が増えただけだったな。
あっという間に消えてしまったのだから、コレはもう、どうにもならない。
肉体が消えた直後、器の無くなった魂が淡い光となって浮かび上がる。
鑑定眼持ちな俺には視えているが、普通の人には見えない。
なのではたから見たら、俺が空中に向かって手を伸ばして、何やら慌てふためいてパントマイムでもしているようにしか見えないだろう。
俺は至極マジメなのに!
生きている人間が、俺とファウノ、ラファスの三人だけで良かった。
二人は安全な所に置いて来たし。
目撃者は誰も居ない。
本来人間の魂は、余程の事が無い限りは、宝石が輝くような煌めきを伴っている。
だがファウノの母親は、余程強い怨念が胸中に渦巻いたまま亡くなったのだろう。
悪霊によって取り込まれた分を差し引いても、瘴気による汚染が酷く、汚れている。
業が深い人間の場合は、中心部分が黒く見えるのだが、今回は核こそキレイなのに、その周りがドス黒く淀んでいる。
こういう場合って、自然に亡くなると精霊が近寄れなくて、輪廻に至れないのでは無いだろうか。
俺ですら出来る事なら関わりたくないと思ってしまうくらいに、本能的な拒否感が酷い。
余程上位の精霊が浄化してから、連れて行かれるのかな。
だって核となっている魂が保持している霊力は、子供達と同様、些細なものしか感じられないのに、その周囲を取り巻く負のエネルギーが、ヘタな魔物よりも多いんだもの。
悪霊と同化しては居たけれど、もしかして、自我や肉体の主導権はファウノの母親が握っていたのではなかろうか。
瘴気をエサにしている悪霊ですら後悔するような怨念だったから、早く解放されたいと思って聖水というキッカケに飛び付いた。
その結果、肉体が浄化されるのが異様に早かったとか。
ここまで瘴気を孕んでいると、丁寧に取り除かなければ、魂まで破壊してしまいそうだ。
なので瘴気の除去ではなく、瘴気を霊気に反転させる方向でいく。
霊気とは、霊力の源を俺が勝手に呼んでいるだけで、そんな言葉は実際には無い。
霊力を増大させる術式があるのだから、加減乗除の計算と同じで、瘴気を半減させたり、マイナスを掛けてプラスの性質に変化させたりも出来るだろうと思って、幾度か試した事がある。
今回は瘴気だけではなく、中心に魂があるが……
イメージさえ出来れば、上手くいくさ。
霊力を注ぐと、化学変化でも起こしているかのような反応を示す。
ソレはテルミット反応を起こしたように熱を放ちながら火花を散らしたり、炎色反応のように込める霊力の質によって宝石みたいな美しい煌めきを放ち変色を起こしたり……様々な過程を経て、瘴気が変質していく。
そして引く程の瘴気は、膨大な霊気から霊力へと変わり――ファウノの母親を、精霊へと、変化させた。
ファウノの望みだ。
どういう結果になろうと、約束は果たす。
……恐らく、誰にとっても、良い結果にはならないだろうけど。
カノンからも、怒られるだろうなぁ。
精霊の皆は、稀によくある事だと言って、俺の好きなようにすれば良いと、背中を押した。
約束を違えウソを吐く事と、悲劇になろうとも約束を守る事。
俺は、後者を選んだ。
その結果、罪悪感を覚えるのならば、その罪の意識を一部肩代わりしよう。
そういう心積りで、問題無いと言ってくれたのだろう。
本当に、俺に甘いヤツ等である。
生前の怨念が強いと、浄化された魂は、精霊となって何年も、何十年と経った後だとしても、ふとした事をキッカケにして、負の感情のスイッチが入ってしまう事がある。
ソレは憎悪を向けていた相手と対峙したり、生まれ変わりと巡り会ったりと、理由は様々であるが、そういう時、本来精霊には持ちえない感情が噴出して、怨霊と化すのだそうだ。
その怨霊が人を殺めたり、破壊衝動に取り憑かれ制御が利かなくなった時に、結果、燼霊となる。
……燼霊は、そういう過程を経て生まれるのだ。
氷の精霊や元素の精霊、暁なんかも、想像出来ない位の深い悲しみや、強い憎悪を抱いたまま亡くなった結果、燼霊になったのだと思うと、酷く……哀しい。
その怨念に囚われたまま、世の中を怨み、呪い続けて生きているなんて、辛いじゃないか。
世界はこんなにも、美しくも儚いというのに。
精霊が維持をし続けなければ、均衡が崩れて、直ぐに魔物に蹂躙され、生物が滅びてしまうような脆いシステムが、この世界の理なんだよ。
カノンのように積極的に世界を維持しようと働きかける人間が居なければ、放っておいても簡単に滅びてしまう。
そんな夢幻泡影とも言える、ガラスの城のように繊細な世界。
なのにわざわざ侵略して、壊そうとしているんだもの。
その結果手元に残るものなんて、何も無い。
その事実が分からない人達では、無いだろうに。
虚しくは、ならないのだろうか。
孤独を感じは、しないのだろうか。
得る為に求めるのではなく、壊し亡くす事が目的なんだもの。
空虚感は当然、埋められない。
そういう虚ろな感情は、自分を苛立たせる原因となる。
当然、自暴自棄になりやすい。
自ら破滅の道を進み続けているのだと、何故気付けないのだろうか。
頭では理解していても、心の整理がつかず、何かしらキッカケが与えられないと、戻れなくなっているのだろうか。
だから氷の精霊にしても元素の精霊にしても、アッサリと精霊に生まれ変わらせる事が出来たのだろうか。
もしそうなら、変貌してしまったアイツに二度と会いたくないとか駄々をこねていないで、積極的に会いに行って、そのキッカケを与えるべきなのかもしれない。
「その人が……母さん?」
精霊に変化させた母親の姿は、霊力がほぼ無いファウノには、本来見えない。
だが精霊としては酷く不安定な状態にある彼女の姿だからこそ、辛うじて捉える事が出来る。
……皮肉な話だ。
ファウノの母に対する思いが、どこかひとつでも、妹に向けるような庇護欲が含まれていたなら、結果は変わっていただろうか。
姿形が変わった母に、嬉しそうに駆け寄る姿は、本来は感動して眺めるべきなのだろう。
だが俺は、とてもじゃないが、そんな気分では見られない。
その喜びが、酷く自分勝手な思いから来ている物だと、知っているから。
……タラレバを考えても、致し方ないとは思えない。
何せその反事実的な夢想を形創る能力が、俺にはあるのだから。
そんな、言葉通り何でも出来る俺は、どこで、誰を、何を止めれば良かったのだろう。
何を間違ってしまったのだろう。
他人の要望を叶える為に作られたが故に、強く求められては反発をする事が出来ない、この性格が悪いのか。
ヘタな人間よりも、精霊達への思慕の方が勝る故に、ウソを吐けない彼等のように誠実であらねばと心に誓ったその日から、自分もウソを吐かないと決めたのがいけなかったのか。
大抵の事象はコレが悪い、アレがいけなかったのだと、ひとつの理由が答えになる事なんて無い。
大抵の問題は、複雑な要因が絡むものだ。
敢えて言うのならば、何事にももっと柔軟に、臨機応変に考えられれば良いのだろうな。
憎悪の対象であったファウノと対面した、生まれたばかりの精霊は、反転させたハズの怨念を再燃させた。
……そして彼を呪い殺し、その肉体を乗っ取った。
怨霊は時の精霊の術に抵抗し、傷付きながらも、夫だった者の下へと転移し……彼も、同様に殺害した。
後に他の保護された人々は「死んだはずのファウノに殺された」のだと、口々に証言した。
事実を知る人は、俺以外、居ない。




