神さま、説明する。
肉体と魂、両方共揃っているか、どちらかが欠けてるか。
もしくは、その両方共が欠けているか。
それぞれのパターンを想定して、あらかじめどういう行動を取る事になるかを説明してから、メリディー街へと移動した。
言い含めてあったのは、ファウノの望み通り、母親を生き返らせる事が出来る場合だった時の事だ。
肉体も魂も無事だった時。
その際はキレイさっぱり、日々の家事による手荒れや、手入れ不足による枝毛すら完璧に治すと約束をした。
肉体は無事だけど、魂が無かった場合。
もしそうだったなら、ファウノは蘇りを望まなかった。
蘇生の代わりに、墓を作るのを手伝って欲しいと、言われている。
魂は無事だけど肉体が無かった時は、多少見た目が変わったとしても、中身が母親ならば問題無いと言われて居た。
母親の肉体の一部だけでもあれば、「スキル」を使ってある程度でも母親に見目を似せて整えると約束をした。
それ以外の時は、どうするのか。
「スキル」を使っても、精霊術を駆使しても、その時になってみないと分からないが、可能な限り善処する。
そう、伝えてあった。
具体的な話は、一切していない。
「……たましいはあるけど、体がだめだった場合?」
「そう。
肉体の損傷が激しいだけなら、どうにか治して復活させると話した。
だが、全く無かった場合にどうするかの話は、していなかっただろ?
今現在、お前の母親は肉体も魂も、両方悪霊に取り込まれているようだ。
肉体は魔物になっているから、討伐対象になる。
ココまでは理解出来るか??」
‘’討伐‘’の言葉にまた涙を流すが、ソレでも、辛うじてファウノは頷いた。
あらかじめ話していた部分ではあったが、なんとなくしか想像していなかった事を、無理矢理突き付けられるように目の当たりにすると、受け入れ難いのだろう。
しかしそれでも、日頃から理不尽な思いをしているからか、酷な現実でも、他人からの言葉だと聞き入れてしまうのだな。
難儀な性格だ。
「さっき家で襲われた時、お前の名前が呼ばれたのを、覚えているか?
悪霊は通常、宿主に魂がまだ肉体に残って居た場合、喰らった魂の情報を読み取る。
何故かと言うと、宿主が恨んで居る者を殺し、宿主の未練を晴らすためだ。
ソレ迄は、肉体を完全に自分のものには出来ない。
そう言われている。
真っ先にファンチョの元へ行く所だろうに、あの悪霊は、そうしなかった。
理由は分からないが、普通の枠から外れ、想定出来ない事が起きている。
だから、約束がどういう形で果たされるか、確約が出来ない。
言えるのは、肉体と魂、両方を取り戻すのは不可能だと思って居て欲しい。
可能な限り、善処はする。
だが現状、片方を損なわないようにするだけでも、かなり厳しいと思う。
……ファウノは、肉体よりも、魂の救出を望むんだよな?」
最終的な確認を、しなければならない。
頷いた所に、更に質問を重ねる。
「ならば、魂を取り戻す事に全力を注ぐ。
そしてその場合、先に言っていたのは器となる肉体を創って、その中に魂を入れるという話だったが、実は、四つの選択肢がある。
一つ目は魂を救い、浄化し、次の生へと送り出す。
通常、死んだ者はこの道を辿る。
自然の摂理に最も近い。
二つ目はヌイグルミや人形のような、無機物に魂を宿らせる方法。
知らない人が見たら気味悪がられるし、対話は最初一方的にしか出来ないと思う。
だが霊力を鍛えれぱ、簡単な意思疎通は出来るようになるだろう。
物によっては、常に共に過ごせる利点がある。
あとは母親が、ファンチョに脅かされる心配をしなくて良くなる。
三つ目は、ゼロから作ったヒトガタに魂を宿らせる。
最初に言っていた選択肢だ。
肉体の片鱗すら残らない、ゼロから作る事になる。
見た目もそうだが、どんな不具合が起こるか、やってみないと分からない。
人に似せて作る為、人形と違って歳をとる。
病気には……強いかもしれないが、ケガをするし、死という別れは、確実に訪れる。
そして四つ目だが……稜霓」
喚び出した稜霓は、珍しく鳥の姿ではなく、空気を読んだのか人の形をしている。
生前の、若い頃の姿である。
「彼女は……俺の母親だ。
ファウノとは違う経緯だが、精霊となり、今もこうして生きている。
……余程の事が無い限りは、死ねない状態になった。
俺が死んでも、彼女を知る人間がこの世界から誰一人として居なくなっても、だ」
まぁ、稜霓の場合は俺が生かしたくて精霊になったのでは無い。
俺がこの世界に来る、何百年も前に精霊になっている。
元々彼女を知る人は施設には少なかったし、その数少ない人物は、同じく精霊になっている。
そういう意味でなら、稜霓は寂しい思いをする事は無い。
そもそも、精霊にそんなに感情は無いけれど。
精霊になると負の感情を抱く事が、ほとんど無い。
人間に比べたら、無いに等しいレベルだ。
そして破壊衝動も含めた、発作的に起こる負の行動の一切が制御される。
そういう考えに至る為の思考回路が、ブッツリと切られたように、全く働かない。
ファウノの母親を、もし精霊に生まれ変わらせたなら、その時には怨み骨髄に入るファンチョに対する記憶の一切が、欠落するかもしれないな。
精霊に、そんな感情は不要だから。
昔から険悪な両親しか知らないのなら、精霊となった母親を見て、ファウノは違和感を覚える可能性がある。
怒り狂って般若のような形相をしている母親より、負の感情とは無縁な、聖母のような微笑みを絶やさぬ母親の方が、好ましいかもしれないが。
そんな天使のような母親と、常に共に在れる。
喪った悲しみを知っているから余計に、その権利を欲する理由になるだろう。
精霊とて、死と無縁なワケでは無い。
自分の使える以上の霊力を放出し続ければ、エネルギー不足となり、自分と周囲との境界線が曖昧になり、空気や水に溶けて、消える。
文字通り、消滅する。
運が良ければ、自我のない微精霊になる事もあるが。
あとは術者が実力不足にも関わらず、過剰な力を要求し続け、それに応えてしまった場合だ。
霊力の暴走によって、術者は死ぬ。
そうと知りながら要求を飲んだ時、幇助の罪によって精霊は自壊する。
この場合は精霊石がその場に残り、せっかく解脱を果たした魂は、再び人間と同じ輪廻へと至る事となる。
本来生まれ変わりを必要としない、肉体による縛りも苦痛を感じる事もない、絶対的な自由の境地に達した存在が精霊である。
なのにも関わらず、色や想いに左右されてしまっては、 厭穢欣浄の思想から解脱出来ていないという事に他ならない。
つまりは悟りを開けて無いから、縛りの多い生物からやり直しをさせられるって事ね。
稜霓は神となった以上、自死も含めて死ねないというか、死なないというか。
稜霓も含めた精霊神となった皆の存在を脅かす者は、彼女達を創ったこの世界の神様くらいなものではなかろうか。
あとは、この世界そのものが死ぬ時か。
皆は大精霊だった頃から、私利私欲に走っていたけれど、特に罰則が与えられているようには見えなかったんだよね。
得た力が多いと、理から多少逸脱しても、お咎めが無いのだろうか。
肉体を持たない者の魂を精霊化させる事は、恐らく可能だ。
燼霊だった氷の精霊や元素の精霊にそうしたように。
彼女達よりも、人間の魂の方が、余程精霊に近い立ち位置にある。
ファウノが母親の肉体を諦め、その上で精霊化を望むなら、いくらでもしてやろう。
精霊の数が増えるのなら、皆も喜ぶだろうし。
メリディー街に入ってから、どれ位の時間が経過しただろう。
外との時間の差は、どれだけ開いたのだろう。
考えても詮無い事だとは分かって居ても、助けたファンチョ達をそのまま放置してしまっているし、何よりカノンとアルベルトが俺からの連絡を待っている。
置いて来た食料を、ファンチョ達が考え無しに食い尽くし飲み尽くし、勝手に飢えて苦しむ分には、自業自得と言う他ないので問題無い。
だが本当にそのまま餓死させてしまったら、いくらロクでもないクズ野郎でも、寝覚めが悪い。
サッサと悪霊を倒して、死者を蘇らせて、カノン達に報せて時の精霊の領域を解放したい。
そうすれば、カノン達があの人達を回収してくれるだろうに。
この時間の流れが変えられている空間は、五感に微妙な違和感が生じるから、なんか気持ちが悪いんだよね。
そういう意味でも、早く開放されたい。
時の精霊の力は、対象に霊力が宿っていないと作用しないと言っていた。
なのでファウノの母親の肉体に、まずは霊力を少量、注いでみる。
その際に悪霊を引き剥がして、ファウノの母親と分離出来るかも試してみる。
分けれたなら、そのまま悪霊だけ浄化させれば良い。
分けれない場合は、注いだ箇所の様子を見る。
浄化され肉体が消滅しているなら、分離出来ない程に一体化してしまっているという事だ。
魂だけを救う方に、すぐさまシフトを切る。
例え一瞬でも霊力が宿り、悪霊の制御下から逃れたのなら、根性を出して根気強く霊力をぶつけて、悪霊を少しずつ削る。
追い出すなり、中で消滅するなりすれば、肉体を取り戻せる。
腕は斬り落としてしまったが、ソレは後から回復出来る。
ファウノの母親の魂は、取り込まれては居るようなのだが、ファウノの名前を呼んだ時の様子からして、完全に意識が飲まれているワケでは無いのだろう。
そんなイレギュラーが起きたのは、悪霊が先に取り憑いたのが、腹の中の子供だったからだと推測している。
母親が二次被害者だから、取り込まれるまでに時間が掛かっているのかな、と。
肉体の支配も、胎児から臍の緒を通して侵食されただけで、一体化まではしていないのなら、とても話が楽なんだけどな。
まぁ〜、世の中、そんなに甘くは無いよね。
俺の霊力や、浅葱に作って貰った聖水をぶっかけたら、霊力過多によって、即、昇天してしまう。
様子を見るために、非常に濃度の低い聖水と言って良いのか微妙な水を用意しなければならない。
霧状に散布すれば良いのではないかと思ったが、ソッチの方が、むしろ接地面積が広くなってマズイ気がするので辞めておこう。
別れる前にファウノに聞いておいた、井戸へと向かう。
妙に重い滑車を引き上げたら、中に仏様が居たので、つい、驚いて手を離してしまった。
とても申し訳無い事をしてしまった。
これ以上遺体を損傷させてはいけないと、慌てて風の精霊術で浮かせて、外へと運んだ。
この街で、五体満足な状態の死者を、初めて見たな。
まじまじと見るものではないので、とりあえずは視界に入らない場所へと移動させ、横たわらせた。
目的の井戸水を汲み上げ、ソコに手持ちの聖水を一滴、垂らしてみる。
……うぅむ。
コレでも悪霊には、やや効果が強い気がするけれど……
まぁ、良いか。
原液を掛けるよりも、だいぶ薄まってるんだし。
非常事態だから許してね、と紐を切って釣瓶桶を持ち上げた。
霊力で浮かせて運ぼうとすると、水に霊力が浸透してしまって浄化力が高まっちゃうからさ。
ドロボウじゃないよ。
ちゃんと後で返すよ。
なんなら手押しポンプを設置するから、許しておくれ。
走りながら誰に言うでもなく、言い訳と弁護を並べ立てた。
悪霊はファウノを探しているのか、彼に限定せず生きている人間を探しているのか、悪霊らしいトロい動きで路地をノソノソと歩いていた。
実験するなら、足が良いよね。
持っていた桶を後ろへ振り被り、どりゃッと火消しでもするかのように、中の水を悪霊にぶっ掛けた。
周囲に断末魔とも言える叫び声が、メリディー街中に響き渡る。
……やっぱり、悪霊には少し、効果が強過ぎたみたいだね。




