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もと神さま、新世界で気ままに2ndライフを満喫する  作者: 可燃物


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神さま、囁く。

 ズズッと布が擦れる微かな音を、周囲を警戒する為に強化した聴覚が拾った。

 気のせいとスルーしてしまいそうな、本当に些細なものだ。


 けれど自然に、考えるよりも身体が先に反応した。



 身体ごと振り返りながら、抜刀する。


 腰に下げた愛刀を抜くのは、いつぶりだろうか。

 イヤ、ちゃんと手入れは欠かさずやっていたけどさ。


 最近は精霊術で遠距離攻撃がデフォルトだったし、接近戦は棒状の手裏剣を、投げたり刺したりするばかりだった。


 戦闘において使用するのは、ヘタをしたら元素の精霊(エレミエント)と戦った時以来だろうか。

 そのうち拗ねてしまわないかが心配だ。



 厨二病満載な名前が付けられた愛刀・森羅斬輝刀は、襲いかかって来た何者かの腕を、さした手応えもなく切り飛ばした。


 声も掛けずに、背後からいきなり襲って来たのだから、仕方がない。

 物騒な世の中なのだから、何者であろうと、そんな不躾な事をしたら、こうなるとは分かって居るだろう。



 チャチで安っぽいボイスチェンジャーでも通したかのような、妙に籠った高音の悲鳴が周囲に響く。

 生身の人間からは、決して出て来ない音だ。


 しかしパッと見は、ごくごく普通の人間の女性にしか見えない。


 斬られた前腕から流れる血の色は、通常の鮮血色とは違って何やらドス黒いが。

 何より襲って来た時の素早い動きや、斬られた瞬間後方に大きく飛び退いた身体能力は、普通からは程遠い。


 人の姿を模した魔物だろうか。

 イヤ、むしろ、そうであって欲しい。



 ファウノに説明をした時には考えに及ばなかった、六つ目の項目が、頭に浮かんだ。

 自然と口角が引き攣る。


 物音を聞いて、不安になったのだろう。

 家に駆け込んで来たファウノの言葉が、その推測を肯定した。


「母さん?!」


「ふァ……ウ、の……?」


 声に反応した母親と呼ばれたその人物は、先程と同じ声で、有り得ない不自然な角度に首を傾げながら、その動作とは反した薄気味悪い位に、穏やかな笑みを浮かべてファウノを見た。


 そして眼球がグルんとブレると、アッサリ目標を俺から彼に切り替えて、襲い掛かる。


 恐怖からか、驚愕からか、ファウノは立ち竦んでその場から動けない。



 俊足の付与を施した靴に、目一杯霊力を込めて女性を追い抜き、ファウノにカエルが潰れたような声を漏らさせながらも、なんとかその身を掻っ攫って攻撃を躱す。


 咳き込むファウノに構う事無く、勢いをそのままに地面に寝かせられているラファスも拾い上げ、この場を離脱した。



 アレは――ファウノ達の母親の肉体と、その魂を喰らって取り込んだ、悪霊(マイニズ)だ。

 この辺にも生息していたのか、この惨状に惹かれて外部から侵入して来たのか。



 いずれにせよ、マズイ。

 非常にマズイぞ。



 悪霊(マイニズ)は死人の肉体を乗っ取り操る、生き血と瘴気を喰らう魔物だ。

 ゾンビとかスケルトンのような見た目の魔物の正体は、大抵悪霊(マイニズ)である。


 悪霊(マイニズ)は、人間が群れる生物で、人には人が寄って来る習性があると分かって居る。

 そして乗っ取った肉体に近付く人物が、その自分が操る肉体に近しい人物である事が多い事実も知っているので、ワザと時間をかけて、相手をなぶり殺す。


 その方が、より多くの瘴気を獲られるからね。



 ちなみに悪霊(マイニズ)の好物は、瘴気によって黒く染まった魂である。

 そういう魂は、浄化されないと輪廻へ還る事が出来ない。


 そもそも、悪霊(マイニズ)に喰われてしまったら、ヤツ等の養分となり、次の生は潰える。


 消化され取り込まれる前に悪霊(マイニズ)を倒せれば、どうにか出来るのかもしれないが……

 ソコは正直、やってみないと分からない。



 悪霊(マイニズ)の乗っ取った肉体は、悪霊(マイニズ)との同化具合で取り戻せるか、消えて無くなるかが変わる。

 その同化率は元の人間が、どれだけ瘴気に侵されて居たかで変わるのだが……


 あの悪霊(マイニズ)、誰に言われずともファウノの名前を呼んでいたよな。



 ファウノの母親と同化する所か、魂まで取り込み同調して居るのだとしたら、もうアレはファウノの母親ではなくなっている。

 完全一体化してしまっているため、ああいう姿形の魔物だと思わなければならない。



 魂まで同化していなければ、肉体が残るのは過去に対峙した時の経験から知っているのだが……


 悪霊(マイニズ)と完全に一体化してしまっているんだよな?

 悪霊(マイニズ)は不定形の魔物だから、浄化すれば、崩れて消える。


 肉体を得た事で、通常とは違う結果になるのだろうか。



 母親の肉体が一切無いパターンは、想定しては居たけれど、この場合ってどうなるんだ?


 時の精霊(クロノス)の術によって、悪霊(マイニズ)に乗っ取られる前の状態に戻す事は、果たして可能なのだろうか??

 ソレなら、肉体も魂も元に戻せて万々歳なのだが。



 ……ハイ、ムリですよね。

 少なくとも、悪霊(マイニズ)に乗っ取られた状態だと、肉体に霊力が巡っていないからムリだそうだ。

 瘴気による抵抗力が働くと、‘’実現はほぼ不可能‘’ではなく‘’一〇〇%不可能‘’になるとの事だ。


 時間の干渉には、霊力の有無が重要なのね。



 だからといって、混ざり掛けてるのではなく、完全に融合仕切ってしまっているのに、悪霊(マイニズ)を無理矢理ひっぺがすような事は、それこそ不可能だろ。

 カフェオレからコーヒーと牛乳を分けろと言われても、出来ないのと同じだ。


 せめてウインナーコーヒーの状態だったら、上に乗ったクリームを取り除いて、ちょっと混ざっちゃった部分を掬い取れば何とかなるのに。

 万能エネルギーの霊力ならば、それくらいは出来ただろう。



 肉体と魂が、悪霊(マイニズ)とどれくらい混ざってしまっているのか、鑑定眼で視れないかな。

 状況によっては、なんとか救い出せないかと思うのだけど。



「さっきの……母さん、だよね……」


 まだ街中ではあるが、一先ず安全圏と言える場所まで避難して地面に下ろすと、青い顔をしたファウノに問われた。


 見た目こそ自分の母親だったが、自分を食い殺そうと襲って来た異形が、同一人物だとは思えないのだろう。


 悪霊(マイニズ)の厄介な所は、ココだよな。

 見た目はまんま、その人なんだもの。


 だが生者と違って血液は巡っていないし、代謝もしない。

 斬った腕から血が出たのは、あくまで血管内にあった血液が、切り口を下に向けたから垂れ流れただけだ。


 そのうち腐り果てて肉が落ち、いずれ白骨化してしまう。



 無理矢理声帯を震わせるからなのか、あぁいう変な声を出すんだね。

 初めて知ったよ。


 俺が悪霊(マイニズ)と相対するのは二度目だが、まさか喋るとは思わなかった。

 前回は宿主の魂までは取り込んで居なかったから、正しくゾンビが発するような唸り声しか上げて居なかった。



 身体能力が一般的な女性のソレとはかけ離れていたが、ソコは魔物だしな。

 人間が無意識で掛けている、筋肉や骨へのダメージを配慮したブレーキが発動しないから、俊敏な動きが出来るのだろう。



悪霊(マイニズ)って魔物なんだが、知っているか?

 ファウノの母親の身体を乗っ取って、操っている。


 ……母親は、日常的にファンチョから暴力を振るわれていたのか?」


 この問いも、言うなと口止めされて居たのか、ファウノはひとつ、無言で頷いた。


 日常的なDV被害の末に殺されたとあっては、そりゃ怨みは相当なものだろう。


 しかも、あの母親の体型だ。

 怨みも二倍、イヤ、二乗になっててもおかしくない。



 妊婦に暴力を振るうとか、マジでないわー。

 施設とかこの世界とか関係なく、子は宝だろうに。


 身重が故に走って避難が出来ないから、置いていかれそうになって、口論、その末に殺されたのか。

 ホント、ファンチョって人でなしだな。



 そして悪霊(マイニズ)のクセに強い理由が、よく分かった。

 悪霊(マイニズ)自体は、滅茶苦茶弱いからね。


 どれくらい弱いかと言うと、俺やカノンでは気配が全く読めないくらいに弱い。


 発生した際に討伐がなかなかされないのは、乗っ取った直後だと見た目が人間そのものだから、被害が増えたり時間が経過しないと、悪霊(マイニズ)だと判断し辛いからだろう。

 群衆に紛れれば、悪霊(マイニズ)なのか、ただ気が狂った一般人なのか、聖水を掛けてみないと分からないもの。


 何より、親しい人と全く同じ見た目だと、駆除がしにくいだろうからね。



 もちろんあの悪霊(マイニズ)が通常より強いのは、母親の日頃の鬱積した感情が爆発して、高濃度の瘴気が発生したのはある。

 有翼乙女(ハルピュイア)に襲われた人々が発した瘴気を取り込んだのも、あるだろう。



 だが夭折(ようせつ)した胎児のエネルギーというのは、凄まじいのだよ。


 怨霊と化した水子霊の祟りや霊障に悩まされる人はかなり多く、オバケを信じないような人でも、除霊や鎮魂をするってパターンが多い。


 中絶の場合は罪悪感を抱くから、思い込みによるものなのだろう、と考える人も居るだろう。

 しかしどちらかというと、女性を孕ませるだけしてポイする、クズな野郎程霊障に悩まされる事になる。


 本人は罪の意識もなく、無自覚だから、霊障と気付かずに何の意味も成さない病院通いをするハメになるのだが。



 そんな基本的なポテンシャルが高い、水子の魂も取り込んだのだ。

 悪霊(マイニズ)が桁外れに強く、厄介な存在になってしまったのだろう。


 制御しようとしても、精霊神となった皆に押し付けられる霊力が垂れ流れてしまっている、今の俺と斬り合って浄化されない悪霊(マイニズ)なんて、世界を探してもそう居るものではないぞ。



 ファンチョを連れて来て人身御供にして、憂いを晴らしたら母親と水子の魂を切り離せないかな。

 ……ただなぶり殺すだけじゃ、積年の怨みは晴らせないか。



 何より、生きたまま父親が喰われる様子を目の当たりにした後でも、ファウノが母親を取り戻したいと思えるかどうかだよね。

 トラウマになりそうだし。



「母さん……魔物になっちゃったってことは、殺さなきゃいけないの?」


 ボロボロと大粒の涙を零しながら自問する姿は、既に答えが分かって居るようだ。

 それでも現実を受け入れ難いのか、イヤイヤと首を横に振っている。



 そんな愛着のある親が居ないため、ファウノの気持ちが、俺には、解らない。


 だが……死んだと思っていた者達と、姿形は変わっても再会出来た喜びなら、知っている。



「母親の肉体は……悪霊(マイニズ)と一体化しているから、取り戻せない。

 聖水をかけたら、消えて無くなる。


 ココに来る前に、俺がした話は、覚えているか?」


 俺が今からする提案は、この子にとって、どちらの耳から聴こえる囁きとなるのだろう。

天使は右耳から囁き、悪魔は左耳から囁く。

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