神さま、物色する。
血と土埃の混ざった臭いというのは、そう嗅ぎ慣れるものではない。
口呼吸をして嗅覚を鈍らせて、なるべく気にしないようには出来るけど、死を感じるからだろうか。
身体が拒絶反応を起こしたように、胃からせり上って来るものがある。
初めて経験するであろうファウノは、堪えきれずにその場にうずくまって、妹を抱いたまま吐いた。
「口、ゆすぎな」
もう吐く物は胃液しかない。
そんな状態なのだろう。
咳き込むだけで何の音も立てなくなったのを見計らって、そっぽを向いたまま、水を渡した。
吐瀉物を見る趣味は無いからね。
なるべく視界に収めたく無い。
ただでさえ、不快な景色が広がっているのだ。
これ以上気持ちが落ち込むような要素を、取り入れたくない。
メリディー街の現状を表現するのならは、凄惨。
その一言に尽きる。
ピスカ街もそうだと言う話だが、内陸にある他の街と比べると、住民が男女問わず荒事に慣れているため、冒険者を受け入れる体制が整っていた街だと聞いている。
北の海と違い波が穏やかな為か、地の精霊の恩恵が中心地から遠いせいで少ないからか、あるいはその両方か。
この辺は漁業が盛んだ。
当然、相手にするのは魔魚になる。
足場が陸と違って不安定だから、一撃必殺で仕留めなければ、自分達の命が危うくなる。
そのため日々自分の肉体を鍛え、銛の命中度を上げるための特訓をして過ごす人が多い。
当然、血気盛んな人が多くなる。
ヘタな冒険者が暴れれば、衛兵が到着するよりも先に、市民が騒動を治めてくれる。
冒険者よりも余程強い海の漢たちが、街の守護を担うのが、この辺の街の常識なのだ。
領主から派遣された兵士たちの不甲斐なさを笑う者も中には居たが、自分達の街を自分達の力で守れる。
ソレを皆誇りに思っていたし、逃げる選択肢なんて、無かったのだろう。
若い男性の遺体が、とにかく多い。
時折重装備の者も中には居たが、大抵が普段着に、鉤や銛を手にして息絶えている。
爬具や弓なんかも転がっているし、様々な手法で漁業を行っていたのだろう。
街もかなり大きいし、きっと活気のある街だったに違いない。
被害者の中には女性も居るようだけれど、正直、損傷が酷過ぎて男性の遺体との違いと朧気に分かる骨格から、恐らくアレは女性だろうと思っただけ。
その程度だ。
確信は無い。
想像以上に、有翼乙女の死骸が多いのには驚いた。
文字通り自分の命と引き換えにしてでも仕留めようと、特攻し、散っていったのだろう。
縄で絡め取られた死骸が多いし、数的にも最初はむしろ、人間側が優勢だったのではなかろうか。
大抵の有翼乙女の死骸は、大量生産されるただの雑兵だ。
見た目がほぼ同じで、個性は無く、ロクな術が使えない。
そのため対処も可能だったのだろう。
しかし時折混ざる、意志が宿っていたであろう、他の有象無象とは違う死骸は、雑兵の指揮をとる立場にあった有翼乙女だ。
術を使うし、一辺倒な攻撃ではなく、その場の状況に対応した戦法を取ってくる。
油断はしていなくても、普通の人々には、手も足も出なかったに違いない。
それでも皆、港に背を向け息絶えている。
壮絶さを物語る遺体の損傷具合も相まって、余りにも立派過ぎて、直視し辛い。
「ラファス、母親はどこにいる?」
「えっと、こっち」
なるべく下を見ないように駆け出したラファスは、大通りから逸れた、酷く細い道を小走りで進んで行く。
逆に俺はゆっくりと周囲の状況を見ながら、その後をついて行く。
見失ったとしても、気配さえ読めば辿り着ける。
問題は無い。
見たくないからと現実から目を背けても、状況は良くならない。
俺が出来る事が何なのか、的確に把握するためにも、散乱する遺体と、向き合わねばならない。
……どの死体も見る限りでは、死んでからまだ、そこまで時間が経過していないように思える。
冬なので触れれば冷たいが、死斑が幾つも見て取れる。
外界との時間の流れに、ここまで差を付けられるのかと驚くが、俺が南へ向かうと宣言したのは、随分前の事だ。
時の精霊は俺が間に合う事を前提として、力を使っていたのかもしれない。
そうなると、時の精霊と救えなかった集落の人達に申し訳が立たないが。
救える分は救えと言う事なのかな。
とりあえず腐敗していないなら、「スキル」を併用すれば、なんとかこの辺に彷徨いている魂分の蘇生は可能だ。
死んでから三時間も経過していないなら、時の精霊の力を借りて遺体を修復しても、ソコまで大きな負担は掛からない。
街は壊滅的な被害を被っているし、大抵の遺体は女性の場合は上半身、男性は下半身が持ち去られてしまっているが、まぁ、なんとかなるさ。
……分かり易過ぎるだろ。
有翼乙女にとって人間は、飢えを満たすための食糧か、見目を整えるための手段、もしくは次世代を残すための種でしかないらしい。
死んだ後に、わざわざ腹を切り裂いて持ち運んだようだ。
霊力がろくに無い人達は、全身を巣に持って帰る労力を割くだけの価値が、無いのだろうな。
そのお陰で遺体が丸ごと失われるような事が無いので、蘇生が出来るのだが。
大海の木片とでも言えば良いのだろうか。
ちょうど海街だし。
地獄で仏に出会ったようは、流石に言い過ぎな気がする。
十分に時間の流れが調節されている以上、俺がこの場で次に優先すべき事は、ファウノの母親の状態を確認する事だな。
団体割引が効くワケでは無いけれど、同じ術を使うなら、一度にまとめて行った方が、疲労が少なくて済む。
片手間に出来るくらいに慣れるまでは、回数をこなした方が感覚を掴めるので、分割して行うべきだ。
しかし悲しい事に、俺は蘇生術を何度も行っているせいで、既に慣れてしまっているんだよね。
人体の中で最も複雑怪奇な臓器である、脳ミソまで再生させた事があるのだ。
そのうち、肉片からでも再生させられるようになったりして。
欠損部位が多い場合、「スキル」を使うのと時の精霊術を使うのと、どっちの方が疲れずに済むのか、試してみたいとは思う。
だけど人の生死が関わっている以上、あまり実験とか検証とか考えるのって不謹慎かと思ってしまってね。
それなら慣れてしまう方が、早いかなと。
ファウノはある家の前で、中に入らず外に突っ立っていた。
母親の死体があるだろう場所に、一人(+妹)で入るのは、さすがに気が引けるか。
そこまで待たせたつもりは無いのだが、気が急いて居るのか、姿を表した俺に気付いた途端、荒っぽい動作でズンズンと近付いて来た。
イヤ……違うな。
顔色が、非常に悪い。
「どうしたんだ?」
ギュッと俺の服を掴んで握りしめたままで、返答は無い。
心を読む事も出来るけどさ、あんまプライバシーの侵害はしたくないし、言葉にしてくれると助かるのだけれど。
「ファウノ?
どうした??」
改めて尋ねたら、ようやく震える唇を開いて、問いに答えた。
「母さんが……いないんだ」
「えっと……ソレは、生きていたって事になるのか?」
フルフルと首を振るファウノの口からは、それ以上言葉が出てこなかった。
現場を見ない事には、何も出来ん。
ココで待っているように言って、ファウノが立っていた家の扉をくぐった。
一目で致死量だろ、と言いたくなる程の血の池が、足元に広がってる。
頭皮は血管が豊富で、ちょっとの傷でも驚くくらいに大量の血が出てくる。
ソレは分かって居るけれど、この量は頭部からのみの出血では済ませられないレベルじゃなかろうか。
そして、ファウノが言ったように、遺体が、無い。
こんな出血多量状態だと、もし生きていたとしても、歩いて移動なんて出来ないだろう。
有翼乙女に持って行かれたのか?
イヤ、有翼乙女が犯人なら、他の女性の遺体のように、持っていくのは上半身だけか。
ファウノ達の霊力を見ても、母親が全身を持っていかれる程に霊力が豊富な人だったとは思えない。
なら、遺体はどこに消えたんだ……?




