神さま、告げる。
いつもよりだいぶ遅い時間まで外出していたせいで、今から作る気力は皆無。
そのため夕飯は抜き。
風呂に入る気にもなれなかったけれど、アチコチ行ったし、色んな人に触られまくったので、なんとかシャワーだけは浴びた。
倒れるように布団にダイブし、そのまま毛布も羽毛布団もまとめて抱き抱えて、微睡む時間すらなく、直ぐに眠った。
ガンッ! ガンッ!! ガンッ!!!
ほんの、十分とか二十分程度しか寝た気がしない。
だが、ドアノッカーを叩くけたたましい音が家の中に響いて飛び起きた。
実験やら話し合いをしている最中でも、来訪者に直ぐに気付けるようにと、どデカイ音が鳴るようにしてあったんだった。
窓の外を見れば、まだ暗い。
暗いとはいえ、冬だから二の鐘が鳴る頃になってもまだ薄暗いしな。
時計を見ない事には、今が非常識な時間なのか判断出来ない。
ベッドボードに置かれた時計の文字盤を見れば、十二時半を回った所だった。
……体感通り、寝てからニ十分しか経っていない。
良し、ムシしよう。
そう思ったが、尚も一定時間の沈黙の後、ガンガンと喧しくドアを叩く音がする。
ご近所さんと言う存在が居ないので、音の発信源も遠慮が無いのだろう。
全力でムシしたい所だが、いかんせん、この金属同士がぶつかる音は、なかなか頭に響く。
耳栓をしても気になるだろうし、それならいっその事、一旦起きて客を直接追い返した方が、平和的に済みそうだ。
寝ようとしていた所だったのか、寝入り端だったのか、途中不機嫌そうに頭を搔くカノンと合流した。
「誰だろうねぇ」
「知らん」
不機嫌そうと言うか、不機嫌そのもの。
いつも以上に声が低い。
触らぬ神に祟りなし。
回れ右して温かいお布団の中に帰りたい。
ドアを開けた瞬間、精霊術をブッ放したらどうしよう。
そんな不安があるので、戻るに戻れない。
俺が居れば、精霊の皆がカノンの暴走を止めてくれる。
いつぞやアルベルトと手合わせをした時みたいに、望まない精霊術は全て無効化出来るからね。
……うん、予め皆にお願いをしておこう。
何だかんだカノンも強くなっているし、今までみたいに詠唱をしなくても、精霊術を発動させるコツを掴んでいる。
止めるスキもなく、客を蒸発させたらいけない。
コイツ、理性が飛ぶような時に、どんな行動に移るか予測が出来ないんだよ。
自分の嫌いな魔物を目の前にした時、過剰過ぎる精霊術で跡形もなくその魔物を蒸発させやがったからな。
寝惚けていて加減が出来なくなっているなら、客を同じような状況に追いやる可能性が、否定出来ない。
客の対応は俺がして、カノンを寝かせられれば良いのだが、彼は俺の保護者を自称しているから、こんな非常識な時間に訪れる真っ当じゃない人間を相手にするのに、自分だけ寝るなんて選択肢は選ばない。
肩にかけてきた羽織りを、俺に渡してしまう程だぞ。
地の精霊並の過保護加減である。
家の外に居る客人は七名。
意外と多い。
……が、コレ、人じゃないな。
気配が何か微妙に違う。
七人全員娼館で会ったイシュクと似た気配だし、夢魔がカチコミにでも来たのか。
あぁ、イヤ。
この世界では、夜のお仕事だからって、反社会勢力と繋がっているとは限らないか。
そもそも、あるのか?
反社会勢力に相当する犯罪集団って。
貧富の差が著しくあると、湧いて出やすいとは言うけれど。
魔物っていう共通の敵がいる分、人間同士で諍いを起こすような余裕はないか。
裏組織って言うか、結構表立って精霊教会が悪さしているって言うのはあるけれど。
隠れてコソコソしていない分、マシなのかどうなのか。
施設にはそう言うヤツらは居なかった……イヤ、俺が正しくそうだったと言えば、そうなるのか?
‘’地球再生計画‘’って、確実に反対意見が出るとして、施設の上層部の一部が独断で行った事だもんな。
施設で継続的、日常的に営まれ、秩序化された意思疎通と相互行為を社会とするのなら、正しく俺を含めた‘’地球再生化計画‘’の首謀者達は、反社会勢力だった。
こう言う場合はマフィアやギャングとは違うよな。
叛逆……も、トップ以外の人間が謀反を企てることだろ。
獅子身中の虫も、ちょっと違う気がする。
滅ぶのを待つだけだった現状を、打破しようとしたが故の行動だったワケだし。
とは言え、秩序を乱し、何人も殺し、社会を混乱に陥れたのだ。
この世界で俺が‘’魔王‘’と言われてしまうのも、致し方ない。
あぁ、だからヌリアさん達の村の住人を放って置けなかったのか。
滅びるのを待つだけだった施設の人間達と、重ねて見てしまっていたのだろう。
イヤな事に気付いてしまったな。
まぁまぁ、そう言う目を逸らしたくなる過去はフタして重し付けてマリアナ海溝にでも沈めて置こう。
この世界に無いけど。
似たような海淵ならあるだろう。
そもそも物理的な話じゃないから、あっても無くてもどうでも宜しい。
俺の心の奥深くから出てくるな。
「イシュク含めた夢魔達みたいだけど、どうする?
追い返す?」
「彼奴らは夜行性だからな。
この時間が都合が良かったのだろう。
お前が平気なら通せ。
……俺は目覚ますのに、茶を淹れて来る」
不審者でも、俺達に害を成すような来訪者でもない事が確認出来たからだろう。
一人で出迎えるように促された。
俺に決定権を委ねるように言っておきながら、もう家に上げること確定しているんじゃん。
「俺の分も淹れてね」
ヒラリと手を振って了承された。
あの様子だと、客人の分も淹れるのかな。
それと、カノンも夕飯食べそびれているし、軽く食べる物も用意してくれるかもしれない。
起き続けなきゃいけないなら、何か食べないと、お腹の虫が暴動を起こしそうだよ。
カフェインそのものに覚醒効果があるワケじゃないし、この後寝る事も考えると、淹れるならミントティーか何かかな。
夜中だしヌガーとかチョコとか、高カロリーな物は出されないよな。
ビスケットがせいぜいか。
エナジードリンクとかあれば良いのにね。
アレなら空腹も同時に満たされる。
大きなアクビをひとつしてから、扉を開ける。
すると、目の前には誰も居なかった。
視線を下にズラせば、全員が一様に両手の平を地面に付け、ついでに膝も額までも地面に伏した格好をしていた。
Oh、grovel……日本の伝統文化、土下座じゃないですか。
「何してんの、アンタら」
「っこのたびは! 誠に申し訳なく……っ!」
「とりあえず寒いから中入って。
アンタらは寒いの暑いの感じないだろうけど、俺はこんな真冬に部屋着だけしか着てないの。
サッサと入れ。
……土埃も落としてよね」
地面に突っ伏したまま、一番手前に居たイシュクが謝罪の言葉を口にするが、長くなりそうなので遮った。
雪避けの方陣のお陰で雪こそ降っていないが、シットリとした地面は、さぞかし冷たかったろう。
作り物の器な分、感覚器官が鈍いとは言え、真冬の真夜中だもの。
おずおずと上げられた額も手の平も、褐色の肌でも分かるくらいに赤くなっている。
まさか俺が出てくるまで、ずっとこの姿勢だったのだろうか。
それは無いか。
じゃなきゃ、誰が扉を叩いていたんだって話だもんな。
仕事の最中……ではないか。
終わって直ぐに駆け付けたのだろう。
イシュク以外の六人全員、とても艶かしい格好をしていらっしゃる。
お子様には少々目の毒になりそうな服装だ。
そんな格好で土下座謝罪だぞ。
後ろから見たら、パンツの中身すら見えてたろうね。
ってか、その格好。
誰にも見られて無いだろうな。
この家、街のメイン施設を通り過ぎた奥まった所にあるから、ココに家がある事すら知らない人が多いのに。
こんなトンチキな格好した集団が練り歩いて居る所を目撃されてたら、好奇心旺盛な人達が後日押し寄せて来てしまうじゃないか。
誰にも目撃されていない事を願いながら招き入れたが、扉を潜ろうとした途端、イシュクが思いっ切り後方へ、音もなくズッコケた。
……何? パントマイム??
先程まで土がべっとりと付いていた額からは、今は煙が上がっている。
娼館で、折られた腕を治していた時と同じだ。
俺が気付いて無いだけで、‘’夢魔立ち入り厳禁‘’みたいな結界でも張ってあんの?
この扉??
「……あの、そちらの聖加護の衣を解除して頂けないと、他の者共は触れた途端一瞬で消滅してしまうのですが」
「何?
お前ら夢魔って、浄化されると死ぬの??」
「‘’魔‘’と付くだけありまして、聖水や聖遺物は苦手ですねぇ」
「じゃあこの街に居るの、シンドくない?
ココって霊力に満ちまくってるでしょ」
「霊力そのものが毒ではないので。
何に例えればいいでしょうか……」
額から煙を上げたイシュクからフワッとしたイメージを聞く。
多分、二酸化炭素みたいな感じかな。
空気の中に微量ながら存在していて、全く無くなると困るけれど、割合が多くなれば呼吸困難に陥ったり、最悪死に至る。
またドライアイスのように形が変わると、低温火傷のリスクを負う。
夢魔もこの世界に存在している以上、霊力が全く無い状態では生活が出来ない。
肉体が維持出来なくなるからね。
だがどちらかと言えば魔力に近い特殊な力を操るために、精神体だけの状態だと霊力に晒され続けては生きていけない。
なら、いっそのこと、ギンヌンガの裂け目より向こうの世界に行けば良いのに。
アッチって、燼霊や魔物ばっかりの、魔力に満ちてる世界だったハズでしょ。
そう言ったら、燼霊は万物を破壊する事が最終目標だから、性行為……まぁ、ようは交尾だよね。
子孫を残す為の行為を日常的にする、しかもソレが生きる為の食事と同等の意味を持って行っている夢魔とは、かなり相性が悪いそうだ。
ヤツ等は死ぬ事自体は怖くないし、破壊行動以外の活動はしたくないって連中だものね。
死ぬ時は、世界の滅亡をこの目で見られなくて残念だ。
その程度にしか思わない。
だから死の間際は、なるべく多くのヒトやモノを壊す事を心掛けている。
自分達には毒になる、周囲の霊力と自分の魔力を混ぜて自爆するんだよ、おっかない。
相反するエネルギーが暴露して、爆発的に反応が加速するためだろう。
比較的弱い燼霊一体で、街程度の規模の街なら一瞬で焦土と化す。
気兼ねなく性行為をして、楽しくノンビリ暮らしたいと思っている夢魔とは、確かに相性が悪そうだ。
殺されそうになったら、即逃げに回るもんね。
だからこそ、討伐隊から逃れて今街で平穏に暮らしているのだし。
光の精霊に言って聖加護の衣を解除して貰い、他の精霊の皆にも、夢魔は客人だからイタズラをしないように注意をした。
俺の与り知らぬ所でも、俺を護ろうとしてくれているのはとても有難いが、客を消し飛ばすような事は流石にしないで欲しい。
俺の家が真夜中の殺人現場になる所だったじゃないか。
「あの、ジューダス様は、一体何者なのでしょう?
精霊、しかも最上位の精霊をあごで使っていますよね?」
失礼な。
そんな傲慢な態度、俺がいつ取ったと言うのか。
今日はその質問をよくされるな。
一般人って言ったら、またツッコミ入れられるしなぁ……
う〜ん……
「……魔王だよ」
「またまた……」
ニヤッと笑って事実を告げた後、一瞬、ほんの僅かな、見間違えとも思える程度の時間だけ、偽装した髪の色を元に戻す。
冗談を、と言いたかったであろうイシュクの表情は、引きつって固まったまま、動かなかった。