神さま、冷える。
死屍累々。
そんな言葉がピッタリの惨状ながら、特に気にしないで居られるのは、有翼乙女が人の姿に似ていても、あくまで魔物だと認識出来ているからだろうか。
血なまぐさいのには変わりないのだが、人間のソレとは少し毛色が違うんだよね。
脂質やアミン類の種類が、人間と違うのかな。
お魚なんかも、人間と違うから独特の生臭さがあるもんね。
オメガ三脂肪酸なんかが有名だよな。
ドコサヘキサエン酸や、エイコサペンタエン酸のような酸化しやすい脂質が、あの独特の臭気を生み出すのだ。
他にもタンパク質が分解されて生成されるトリメチルアミンのようなアミン類も、より強い不快な臭いの元となる。
コチラの世界の魔物の場合、いかにも血! 肉!! って感じでちょっと気後れする時があるのだけれど、ニブルヘイムの魔物は全然違う。
それこそ、魔魚に近い気がする。
コレだけ死骸が散乱していても、気にせずに居られるのは有難いな。
イヤ、臭いは臭いんだけどね。
そのベクトルが違うから問題無いってだけで。
「お、おのれ……
ワタクシの、かわいいツバメたちを……」
氷上に突っ伏しながら倒れた同胞を見回し、悔しそうに呟く女王に釣られ、アチコチに転がっている有翼乙女の死骸を見渡す。
確かに女王や今まで見てきた有翼乙女と、羽の形が違うね。
ツバメと言われれば、ツバメっぽい。
……多分、そういう意味じゃ無いのだろうけど。
有翼乙女なんて言うし、エサとなった雄の魔物や人間から精子を取り込んで受精をすると聞いていたから、有翼乙女の女王から産まれて来るのは、全部メスだと思っていた。
だがやはりハチと生態が似ているのだろう。
分蜂しコチラへ向かって来たこの女王は、産んだ沢山のオスを侍らせて、かつての巣を娘に明け渡して来たようだ。
だって女王以外の有翼乙女の胸元が、皆、平たいんだもの。
さすがにこの量の有翼乙女が、揃いも揃ってツルペタまな板なメスって事は無いだろう。
歳下男子、しかも漏れなく自分の息子の逆ハーレムかぁ……
有翼乙女って、すんげぇ性癖持ってるのな。
教育上宜しく無いから、サッサとこの世界から消え去って下さいな。
エリアール街で倒した女王よりも、だいぶ昆虫っぽい見た目をしていた女王に、術を放つ。
確かに多少頑丈ではあったが、エリアールの女王と同様、特に手こずる事も無く、アッサリと一刀両断出来た。
そして氷上に横たわる、全ての有翼乙女を浄化した。
せっかくなので、斬った時に転がり出てきた女王の魔石だけは、中の魔力を中和して回収させて貰った。
かなり大きいので、カノンがヘタこいて街を壊してしまっていたとしても、コレを換金すれば、復興資金にあてられるだろう。
有翼乙女は風属性の為か、魔石は薄く緑がかった色をしている。
精霊石や霊玉とは少し違う。
アチラは宝石っぽい印象を受けるが、コチラはどちらかと言うと立方晶ジルコニアっぽい。
いわゆる、模造ダイヤモンドとかダイヤモンド代用品と呼ばれていた人工物だね。
若干軽く、輝きも幾段か落ちる。
その上霊玉は歪な形が多いのだが、魔石は人工物と見紛う位に形が整っている。
幾何学な形にカッティングされて、既に磨き上げられているのかと思う位の完成度だ。
過飽和状態の水溶液に結晶核を用いて、塩化ナトリウムを結晶化させる理科の実験がある。
霊玉のイメージは、どちらかと言うとコチラになる。
塩の結晶の基本的な形は正六面体だが、結晶が成長する過程の環境の変化で、球状になったりトレミー状になったりして、それぞれに個性が出る。
霊玉も持ち主によって大きさや形、色も輝きも何もかもが変わる。
……そう考えると、魔物から獲れる珠玉の全てを魔石と呼ぶのは、間違っているという事だろうか。
妖兎や妖馬のような魔物から獲れる珠玉でも、霊玉の場合がある。
弱い魔物から獲れるのが霊玉かと思えばそうではなく、水晶球の白滝の森に生息していた珠玉種――珠獅子や焔馴鹿なんかも霊玉が獲れる。
魔石が獲れるのはニブルヘイムの魔物だけかと問われれば、そうとも言えないし。
今までカノンは総じて霊玉と呼んでいたが、俺が魔物から出るのだから、魔石で良いじゃんと言い出して、今は魔物から獲れる珠玉は魔石に呼び方が統一された。
しかし魔物の種類によって獲れる珠玉が違い、その利用方法も異なるとなると大変だ。
管理の仕方も変わるだろうし、流通する際の値段だって変わる。
どんな条件で魔物の核が魔石になるのか、それとも霊玉になるのかを、調べなければならない。
輝石なんてものも存在するし、この世界は石の種類が大過ぎやしないか?
魔石なんて名称を増やした俺が言える事ではないが、もう少し大雑把にカテゴライズしたい所だ。
海から陸地は非常に見え難い。
海抜〇mだものね。
高さが無いせいで、数十m先にあるはずの陸地が、スケート靴で何分かは走っているのだが、一向に見えない。
そりゃスピードスケートの選手みたいに、時速一〇〇kmを超えるような速度では走れないケドさ。
イヤ、その記録はあくまで世界最速として記録されている数値か。
だけどスケートリンクと違い、真っ直ぐ直線なのだから速度も乗るし、素人でもプロと同じように時速三五~五〇km位の速度は出せても良いはずだよね。
以前と同様、普段使わない内腿の筋肉が痛み出した頃にようやく陸地が見えて来た。
……何故かアルベルト達が、手を振っている。
向こうからは随分前から見えて居たのだろう。
ギャラリーが多いな。
だがアルベルトが海岸近くに居るという事は……氷の精霊と琥珀が鉢合わせてしまわないか!?
真っ先に心配したのが、魔物から襲われる事ではなく、ソレだった。
慌てて手網を付けるように霊力でフン縛って、氷の精霊が暴走しないように捕縛をする。
燼霊から精霊化をさせた時、消滅させない代わりに氷の精霊には、地の精霊が拒否をした場合には邂逅する事は出来ない。
そう契約を交わした。
地の大精霊であるテルモにのみ有効だったのか、精霊神となった琥珀にも適用されるのか、ちょっと判断が出来ないんだよね。
なのでみっともないが、ミノムシのようにグルグル簀巻きにさせて貰った。
どうせ霊力の低い人達には見えないのだ。
問題あるまい。
「その氷の道は、氷の精霊様が作ったのか?」
おーい、と手を振りながら大声で質問をするアルベルトに、ご褒美をやりたい気分だ。
偶然なのか、意図しての質問なのかはこの際どうでも良い。
少なくとも、コレでこの場にいる住民達に氷の精霊という新しい精霊の力を見せ付ける事が出来た。
本当なら魔物がどこから襲って来るか判らない状況で、大声を出すなんて言語道断だと怒らなきゃいけない場面だけどね。
まぁ、相殺して、褒めも怒りもしないという事にしておこう。
風の精霊術で加速をし、それと同時にアルベルト達が居る岩石海岸を目掛けて、一気に氷の道を新たに生成し駆け上がる。
「おぉっ!」と野太い歓声と共に、ジャッと音を立てて着地をしたら、拍手を貰った。
いやぁ、どうも、どうも。
「……って、何で避難せずにこんな所に居るんだよ!」
「港の倉庫に行ったら、遠目にジューダスが有翼乙女の群れと戦っているのが見えたんだ。
一瞬で終わっただろ?
もう大丈夫だと思って避難を辞めたら、思いのほかたくさんの人が見学に来ちまったんだよ」
付いて来ちゃった、じゃねぇのよ。
住民の安全確保を任されたなら、ちゃんと完遂しようとは考えなかったのか。
俺とカノン、二人がもう大丈夫と言わない限りは持ち場を離れるべきでは無いだろうに。
来てしまったものは仕方ない。
それにお陰で氷の精霊の宣伝が出来たのは事実だ。
文句も言わないで置いてやろう。
琥珀……は居ないな。
精霊の居る空間に帰ったか、カノンの加勢に行ったのだろう。
念の為範囲を広げて魔力による索敵をするが、恐らく、島嶼群であろうかなり距離が離れた場所まで行かないと、ニブルヘイムの魔物には会わずに済むようだ。
時間の流れに歪みが生じている区画には、どれだけ居るか判らないけどね。
近辺の有翼乙女を全滅させ、安全が保証されたら時の精霊が解除してくれるのだろうが。
何なら、声を掛けても良いのだし。
「カノンはどうなった?」
「そっちは分からない。
反対方向だしな」
「分かった。
んじゃ俺はカノンの方に向かうし、アルベルトは避難民の護衛、引き続きヨロシク」
「あー、ジューダス。
そのことなんだが……俺も行ったら駄目か?
見学だけでもいいから、したいんだが」
「あん?
何の為に??」
時間が惜しい時に、そういうイレギュラーな発言はしないで貰いたいんだけど。
既に戦闘になっていたとして、今のカノンが有翼乙女程度に苦戦しているとは思えない。
だが量で攻められたら、万が一の事があるかもしれないじゃない。
一対多数の戦いには慣れているだろうが、背後の街を気にして守りながらとなると、ちょっと大変そうだ。
ハデな術を使ったら、余波で建物が壊れかねないしね。
ソレもあって、俺は海を選んだんだもの!
だって細かい調整をしながら戦うの、まだ苦手なんだもん。
それ位は保護者に押し付けても、良いじゃない。
「これが、最後かもしれないし……」
「……ナニ乙女みたいな事言ってんの?」
確かにアルベルトと共に行動するのは、船を出してくれるピスカ街までとしていた。
だからと言って、この魔物襲来の非常時に、何を言っているのだ。
呆れてしまうが、まぁ、襲撃に間に合いさえすれば、あの程度の魔物なんて、俺達には脅威にならない。
アルベルトも肌感で分かっているのだろう。
精神的に落ち着いているなら、今のアルベルトなら苦戦はしても、危機に陥る事すらせずに有翼乙女の群れを倒せる事を。
油断して少々気が抜けた言葉が出ても、致し方ないか。
「そうだな……せっかくだし、氷の精霊に避難民の護衛を頼むか」
『――えぇ〜……
地の精霊様と会わせてよぉ』
「先方が許可を出す迄、ダメです。
ホレ、十二分以上の霊力渡すから、精霊らしく仕事しろ」
縄を解いて過剰な位の霊力を押し付ける。
受け取った以上は、氷の精霊は住民を守る為の名目が無い限り、この場から離れられない。
せっかく民衆にアッピルするチャンスなんだから、シャキッとしろ。
氷の精霊とやり取りをしている間に、アルベルトは街長と話を付けてきたようだ。
具現化した氷の精霊の姿に、崇め奉るような格好で落涙している人達へ、得意げに氷の精霊の説明をしだした。
うん、心置き無く、若干大袈裟な位に流布してくれ。
「んじゃ、行くか」
嬉しそうに頷く様子は、まるで大型犬のようである。
犬、見た事無いけどね。




