神さま、整理する。
有翼乙女が居なかった廃村に、わざわざ時の精霊が力を割く理由は無い。
ならばエリアール街の手前迄は、王都を含めた他の区域と同じように時間が進んでいたのだと断定して良い。
違和感を覚えたのは、その周辺だったからね。
ならばどの地域の時間が加速、あるいは減速されているのか。
されていたのか。
それぞれの時間経過が、通常とどれだけ違うのかを整理したい。
ピスカ街にも向かって来ている有翼乙女の部隊が、どれ位後に到着するのか、現段階では全く分からないからね。
有翼乙女の数を増やす事が出来るのは、ハチやアリと同様、女王のみだ。
巣作りされていたエリアール街は、時間の流れが早くなる術が街に施されていた。
一歩間違えたら個体数が増加するリスクはあるが、エリアール街の外側のフィールドに、時間の流れが極度に遅くなる術を掛ける事によって、食糧の確保を困難にさせた。
そして栄養不足に陥ったら共喰いをする性質を利用して、街中で多数の有翼乙女が生まれる危険を回避した。
エリアール街外の時間経過が遅いと言う事はつまり、メリディー街やピスカ街への進軍もゆっくりになっているという事だ。
遅い時の流れの区域と比較した時、加速された区域が数ヶ月所か数年単位で誤差が出ているとは思うまい。
女王がイライラしていたのも、そりゃそうだとしか言いようが無いな。
待てど暮らせど、仕事が進まなければ、食べ物だって届けられ無いんだもの。
ヤキモキさせられただろうねぇ。
コレだけ時の移ろいが操作されていると、俺達が持っている情報だけでは、正しく時系列の整理をするのは難しい。
ただアルベルトの知り合いである、ジェラルやナッチョ、ピスカ街長の話や、周辺から集めた淵窩の位置。
それと過去に出現した次元の裂け目の傾向から、ある程度の仮説は立てられた。
ピスカ街から南東に位置する島嶼群のひとつに、ちいさな次元の穴が開いたのが、およそ二年から五年前。
侵略に遣わされたごく少数の有翼乙女は、ソコから出現した。
フローリア平原の時とは違い、燼霊を直接顕現させるのではなく、天敵とも言える‘’賢者‘’に気取られないよう、侵略の足掛かりをまず作ろうとしたのだろうと、カノンは見ている。
回収した淵窩に含まれていた魔力が小さい上、送り込んだのが更なる瘴気を増幅させる為に適した魔物ではなく、繁殖力の高い有翼乙女だった為だ。
有翼乙女は飛行可能な上に、他の魔物よりも知能が高い。
まずその島の征服を行い、確実にこの世界を侵略すべく、数の確保をしたと予想している。
つまり、小島の幾つかは、有翼乙女だらけになっているって事か。
人が住んでいる島じゃ無いと良いのだけれど。
その後優れた産卵能力のある者が、分蜂によってこのフェニエス大陸に辿り着いた。
ソレが、あの女王だね。
女王は海を渡り、河口から入り河川を上った。
頭が良い為、人の習性をよく理解している。
水のある場所に、人は集いやすい。
その為川を登れば、人里に辿り着けると踏んだのだろう。
有翼乙女の飛行可能高度がもっと高ければ、あるいはメリディー街がもっと東に位置していたら、女王は一度踵を返していたかもしれない。
もう一部隊を編成して、同時侵攻する為に。
人間の習性を熟知していると言うのなら、ひとつの集落を落とした後、別の集落が仇討ちだと襲って来る危険性や、あるいは強者だと判断し逃亡される可能性を思案したに違いないからね。
そうなっていたら、既にこの辺一帯の人間は全滅していただろう。
犠牲になった人が居る以上、そう思ってはいけないのだろうが……良かったと、どうしても思ってしまう。
エリアール街を支配した後、偵察部隊が四方に散り、集落を探索した。
そして最も早く把握された、エリアール街から北に位置する村落が襲われた。
この時点で既に時の精霊が抵抗を始めていたとしても、徒歩で一日と掛からない距離にある村だもの。
守るのにも、限界がある。
次々と落とされ、時の精霊は北の壊滅した廃村にかけた術を解除した。
最初は有翼乙女達も順調だったし、調子に乗っていたに違いない。
時間の流れの誤差になど、気付けなかっただろう。
違和感位はもしかしたら野生の勘のようなモノで感じ取っていたかもしれないが、確信が持てない以上、あの女王ならば有頂天で浮き足立ったテンションならばスルーしてしまっただろうな。
何せ俺を叩き落としただけで、 死んだと決め付けてかかって、油断して倒されているんだもの。
お調子者だったんだろうね。
だが一定の時期から、偵察は戻って来るのが遅い。
待てど暮らせど、食糧調達部隊は戻って来ない。
産卵し仲間を増やすのが任務ではあるが、自分が死んでは元も子もないと、女王は自分の子や労働カーストの生産性が少ない同族を共喰いし始めた。
ソコに現れたのが、俺達って事だね。
ほぼ同じ時系列で、ピスカ街と比べれば、エリアール街から比較的近かったメリディー街が襲われた。
陸路から逃げようとした者達は恐らく捕らわれ、残念ながら有翼乙女達の餌になったと思われる。
何せ時間の流れが遅くなるのは、有翼乙女も人間も関係ない。
同じ時間の流れ方をしている空間の中では、容易に狩られてしまっただろう。
運が良ければ、有翼乙女の目を掻い潜り、時間の伸ばされた空間の中で生存している可能性も、否定は出来ない。
しかしまだこの街が襲撃されていないからと言って、捜索に向かうのは悪手以外の何物でもない。
俺だって例外無く、時の精霊の生み出した時の流れに抗う事は出来ないのだから。
ソレ位なら、サッサと解決して時の精霊に通常の流れに戻して貰った方が、確実だし早いだろう。
海路で逃げた者達は、時間の流れが通常の空間だった為、無事ピスカ街に逃げ延び、保護して貰う事が出来た。
まぁ、到着とほぼ同時にピスカ街に偵察隊が到着した時には、混乱したそうだけど。
海を渡って何日も経過しているのに、何でピスカ街はまだ偵察と一悶着起こすだけで済んでるの? と疑問に思うのは、当然だわな。
ソレがこの空間では、十日程前の出来事になる。
次は我が身と、急いで倉庫の地下に住民を避難させ、魔物が襲って来ないか巡回を続けて居た。
だがさすがに十日も襲って来ないとなると、ピスカ街は襲撃を免れたのではないか?
そう油断をしていたタイミングで俺が見慣れない空飛ぶ石版に乗って現れた。
メリディー街を襲った有翼乙女の中には、とても見目が良い者も居た。
よくよく見てみると、人ならざる者のような外見をしているし、別の魔物なのではないか、と疑って掛かられていたそうだ。
俺、魔物と勘違いされてたの!?
どいひ〜。
メリディー街は偵察隊が襲って来る事なく、突如大量の魔物に襲われたそうだ。
襲撃した有翼乙女は、逃げた人間の動向から近くに集落があるに違いないと踏んだのだろう。
偵察と女王への報告に向かわせる為、別行動させるペアを作り、イレギュラーで別個に行動したって事かな。
メリディー街に滞在していた冒険者や、腕に自信のある者達、ソレと奴隷階級の自由が無い人達は残ったそうだ。
「その中に、バネサも入って居たから、ピスカ街には残念ながら居ない」のだと、ジェラルがアルベルトに伝えた。
すぐさまナッチョが「メリディーに留まったのは事実だが死んだとは限らない」とフォローを入れていた。
だがその言葉を聞いても、アルベルトの表情は晴れない。
元恋人か現地妻かと思って尋ねると、バネサとはアルベルトのよく通っていた娼館の馴染みの女性で……女王の顔とよく似ていたと言っていた、その人だ。
他にも何人かの名前を出して、残ったのか逃げたのかをジェラルに詰め寄り、聞いていた。
分からないと返答された人以外、全て、メリディー街に残った人で、間違いないようだ。
明確に人間と対立している、一般的な人からすれば圧倒的な強者である、魔物が存在しているんだもの。
地球で暮らしていた時よりも、この世界では、突然の別れが覚悟する時間すら与えられずに、幾らでも訪れる。
それでも、慣れられるものでは無いんだろうな……
アルベルトの頬が一筋だけ、濡れていた。




