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神さま、学ぶ。

 可哀想にも程がある。


 左下からカノンが、右下からアルベルトが。

 そしてどんな状況にも対応出来るようにと、精霊の状態になっていた地の精霊(テルモ)が真上から。

 それぞれ一般人とは掛け離れている、膨大な霊力を込めて、手刀を叩き込んだ。


 その上、ヌリアさんまで俺の背後から近付けられた顔面を押し返すように、アイアンクローをキメていた。



 四方向から同時に、俺の手を握りしめた、それだけの事で思いっ切り攻撃を喰らったイシュクの両腕は、抵抗する事すら許されず、見事に折れた。

 ポッキリと。


 訂正。

 ぶらぶらと千切れかけてる。



 防音されてるお部屋で良かったね。

 つんざくような悲鳴を上げても、誰一人として様子を見に来る気配がない。


 そうじゃなければ、一方的に無辜の民に加害をしたと、(オルトゥス)の中枢にいる人物がまとめてしょっぴかれる所だったよ。



 ぎゃあぎゃあ喚き散らしながらも、身を引いたイシュクの顔と腕からは、煙が上がっている。


 え、あの一瞬で誰か発煙硫酸でもかけた?


 ただでさえ本来曲がってははいけない所から、あらぬ方向へ行ってるというのに、更に追い討ちをかけるなんて、酷過ぎやしないか??


 重度の火傷とか、治すの大変なんだから辞めて欲しい。



 大丈夫じゃないのは明白だとしても、様式美として「大丈夫ですか?」と尋ねたら、意外にも「大丈夫です」と返事が返ってきた。


 顔に硫酸をかけられたなら、唇なんてひとたまりもなく癒着してしまいそうなものだけど。



 引いた煙の向こうから現れたのは、多少髪が乱れ、袖に血が付着しているものの、特にケガをした様子のないイシュクだった。


 見間違い、なんて事は無い。

 アレだけイヤな音が響いて、演技ではない悲鳴を上げていたのだ。



 超速再生でもしたのだろうか。

 その割には、霊力も魔力もそこまで多いようには視えないのだが。



「確かに不躾なことを先にしたのはワタクシですが、さすがに酷すぎやしませんか。

 人間なら両腕共に使い物にならなくなってますよ」


 文句を言いながら折れてた腕をさするが、その動作にムリをしている様子はない。


 治癒術で治したのなら、霊力の動きがあったハズ。

 なのに一切感じなかった。


 どういった原理で治したのだろう。



 とりあえず両サイドを座らせ、背後を落ち着かせる。

 上に浮いてるのは……イスがないので、俺のケツの下にでも敷いておくか。



 また予測不能な事をされたら、話し合いが進まなくて困る。


 この位置なら、全員同時に止められる。

 カノンとアルベルトは両手で制止できるし、地の精霊(テルモ)の膝の上に乗る分、俺の座高が上がるからヌリアさんは前に出てこられない。

 地の精霊(テルモ)は俺が重石になるから、そもそも動けない。


 コレならカンペキ。



「スミマセン。

 ココにいる人、全員過保護なんで勘弁してやって下さい」


「ワタクシも断りすら入れずに、突然触れてしまいましたので。

 お互いお咎めなし、でよろしいでしょうか?」


 マジで!?

 損害賠償請求とかされなくて良かった!!


「ソレでヨロシク。

 ……今の再生能力も含めて、男夢魔(インキュバス)の力、なんです?」


「能力と言うよりは、特性、でしょうか。


 ワタクシたちの夢魔は、先程仰った地球人(エルフ)矮躯妖精(ドワーフ)と同様、もしくは更なる高みに在る精霊や燼霊に近い、高次元の存在。

 肉体はただの器でしかないので、修復も変化もさしたる苦労はございません」



 霊力に充ちた物質界であるこの世界では、肉体がないと不自由な事が多い。

 精霊並に豊富な霊力を持っていても、物質世界に干渉するためには、難儀な事が多いんだものね。



 霊力とも魔力とも区別の出来ない力を持つ、その上物質体を元々は持たない精神体である夢魔は特に、この世界に居続けるのが難しい。


 その為、現世に居続けるためには肉体を必要とする。

 夢魔と言っておきながら、夢に出て来るよりも、実際に襲われる事の方が多いのは、その為なんだね。


 夢に出てくるような夢魔は、余程力が弱まっているか、余程の偏食者に限られる。



 夢魔は肉体を変化させる事が得意だそうだ。


 イメージするなら、油粘土だろうか。

 魂を水とした時に、粘土で形作った器が肉体と考えられる。


 粘土の形は、どんな物でも構わない。

 コップの形だろうが水盆の形だろうが、水さえ注げれば、そして流れ出さなければ問題ない。


 傷付けられ、穴が空いたとしても、カンタンに形成し直せる。



 その肉体は何の素材で作られているのだろうか。

 地の精霊(テルモ)の肉体は、色んな魔物の素材を使って合成した物だ。

 そのため霊力の通りが良く、物質化させるのも、微粒子化させて目に見えない形にする事も可能である。


 

出し入れ自由で人間の肉体に近い感覚で動かす事が出来る反面、ケガに弱い。

 人間の身体に特性を近付け過ぎてしまったせいだと思う。



 だって皆、味覚有り、際限なく食べれると有難みが薄れるから胃袋の容量は上限を付けて。

 だけど面倒臭いから排泄機能は無しで、なんて無茶苦茶な注文を付けるんだもの。


 どこかしら犠牲にしなきゃいけない部分が出てくるんだよ。



 胃袋の上限を設けないのであれば、食べた先から体内でエネルギー変換させて、霊力に転換させていくようにしたのに、ムダに肉体に柔軟性を必要としてしまったせいで、内臓のみならず、外皮も人間並の脆さになってしまったのだ。



 夢魔の肉体作りを参考に出来るなら、今までみたいに治癒術を使って素直に治すか、肉体がケガを負うと同時に微粒子化させ肉体を顕現し直すか、なんて手間をかける必要が無くなる。


 地の精霊(テルモ)以外の身体をまだ作れていないから、遅くなっている分、高性能にしてあげたい。



 しかしやはり食物を摂取する機能を付けるとなると、まんま人間と同等のレベルまで肉体の耐久性が落ちるのは、夢魔も同じだそうだ。

 なので参考になりそうな話は出来ないのではないか、と困らせてしまった。

 残念。



 とりあえず、時間がある時にまたお話を聞かせて貰う約束は取り付けた。


 高次元の存在、と言うのが何なのかとか、そういう話も聞かせて貰おう。


 なにせカノンは、今日この日まで夢魔を魔物の一種と捉えていたのだ。

 つまりカノンに聞いても分からない事を、イシュクは知っている。


 矮躯妖精(ドワーフ)の話なんかも、詳しく聞いてみたい。



 今まで見た事無いんだよね。


 ファンタジーの王道じゃない。

 エルフにしても、ドワーフにしても。


 なのにエルフは実は地球人でした、なんてオチが待っていたのだ。

 ならば矮躯妖精(ドワーフ)に賭けたい。



 本当に大人になっても身体が小さいのか。

 男女の性別関係なく髭面なのか。

 あとは鍛治と探鉱が得意なのか、とか色々とね。



 地球人(エルフ)と同様、想像と違うのならば、早めにこの胸のトキメキを打ち砕いて欲しい。

 その方が傷が浅くて済む。



 人間のような営みをしないのに、人間の姿形に近い。

 しかしケガの回復が早く、決して理解出来ない独特の倫理観を持っているのに、人間の言葉を介する。


 そんな所が、なまじヒトに見える分、異様に見える。



 しかも人間の夢に現れたり、実際に寝込みを襲ったりして、生命エネルギーや霊力を奪っていく。

 そのため翌日は倦怠感が著しく、真夏の夜が見せた夢の類ではなく、事実あった事なのだと認識させられる。


 命こそ奪われないものの、貞淑な人からしてみれば、強姦並に不名誉かつ魂を傷付けられる行為であることには違いない。



 そのせいで魔物認定をされ、率先討伐の対象にすらなったことのある夢魔である。

 だが意外にも、人を直接死に至らしめる様な事は、殆どした事が無いと言う。


 殆ど、と言うのは、いわゆる腹上死に至ってしまったケースがあるから、全く無いとは言えないそうだ。



 その場合は、持病や生活習慣病を起因とするのだろうし、直接の死因が夢魔のせいとは言い切れないが……


 血圧が爆上がりしたり、心拍数が激増したりする程良い思いをして死ねたのなら、それはある意味幸せなんじゃないのかね。

 知らんけど。


 腹上死の三割は行為前にアルコールを入れている、なんて話もある位だし、お酒提供するの、辞めれば?



 メインの話はソコでは無い。



 聞けば(オルトゥス)に出店している娼館は、その七割が‘’スファンクス‘’の傘下でイシュクがオーナーを務めている。

 しかも、大半の従業員が同族だと言う。



 一昔前、率先討伐の対象になったのにも関わらず、諸々の事情で討伐されずにいた夢魔は、調子に乗っていた。


 そのせいでカノンを含めた大規模な討伐隊が組まれ、火の精霊(イグニス)の眠る島嶼(とうしょ)付近に生息していた夢魔は一掃されてしまった。

 その際、かなりの個体数が減ったと言う。


 実際には、殺される前に精神体を切り離した為に、肉体を失い弱体化こそしたものの、逃げ果せた者が大半だそうだが。

 まぁ、殺された同種は、ソコソコ居たそうだ。



 それ自体は棲み分けが出来ていなかった夢魔側に落ち度があるとして、人間を恨んでいる者は居ない。


 家畜と思っていた種族に、反乱されたようなものだ。

 躾が十分に行き届いていなかった、自分達の責任である。


 そう考える者しかいなかったんだって。



 飼い犬に手を噛まれるってヤツか。


 だけど、まぁ、殺されたり殺されかけたりしたトラウマはシッカリとあるから、カノンが来た時には泣いて逃げ出したくなったし、実際、先触れのせいで今日は欠勤した従業員が多いと言われた。



 あ、そのせいで酒場にいるお客さんが多かったんだ。

 人数が少ないから、捌き切れていないのね。


 つまり‘’スファンクス‘’の従業員は、その殆どが夢魔って事か。



「精霊や燼霊に近いと申し上げました通り、ワタクシたちは人の心を読むことに長けております。

 酒場の待ち時間で何種類かの――女体ならば、胸の大きさ、腰回りの肉付き、脚の伸び方、あとは身長や髪の長さですかね。


 幾つかの特徴を主張した者を宛てがい、お客様の要望を読み取り、希望通りの外見に変化させた同種を用意し個室にご案内しております。


 お相手が悦べば悦ぶ程、その味は甘美なものとなります。

 ワタクシ共にとって、性行為は食事ですからね。

 過去行きずりの者を食べていた際の失敗を活かし、安心安全に食事をする方法として、同種には娼館を勧めております。


 ……だったのですが、何か、その、不備があった、とのことで……」


「イヤ、なんかココの従業員が病気の相談に来る頻度が高いって報告があったから。

 病気の類なら広がる前に対象しなきゃじゃない?

 んで、カノンが夢魔って魔物に襲われた者の症状とも酷似してるとか言って……」


「感性も理性も、知性すら著しく損なっている畜生と同じ扱いを受けるのは、面白くありませんね」


 人間がサル扱いされたら嫌がるのと同じ感じかな。

 あからさまにムッとした表情を見せてくる。


 夢魔はお食事にとても気を使っているようで、正直ただ突っ込んで出すだけの行為を行っている人間も、魔物と同じ位下等な生き物と蔑んでいるフシがあるようだ。


 夢魔は高次元の存在だ、とか言っていたもんね。

 そこにプライドがあるのなら、劣悪種と罵りたくなる夢魔もいるだろう。



 豚の食事シーンを見て「まぁ、なんて優雅なのかしら。見習いたいわ」なんて思う人が居ないのと、同じだろう。


 見る人が見れば可愛いと思うかもしれないが、土まみれで汚いブヨブヨの巨体が、クッチャクッチャと咀嚼音を立てながら、半液体状の彩度不明瞭な飼料を食べる姿を見て抱くのは、大抵の人は嫌悪感だ。


 ちゃんと土まみれなのは寄生虫予防のための泥遊びによるものだし、ブヨブヨに見える肉体の脂肪率は十五%程度しかない。

 飼料は栄養添加を高めるため、また雑食のため廃棄になる予定だった人間用の食品が混ぜられることがあるため、見た目がどうしても悪くなる。


 そして最後には人間の食卓に並べられるのだから、ソコで感じるべきは感謝なのだろうが……


 話が逸れた。



 夢魔が食事として娼館を営んでいるのは分かった。

 ギブアンドテイクがシッカリと成り立っているのだから、文句はない。


 夢でも現実でも、性交が食事になるのだから、基本的に夢魔にはお金が必要ない。

 服も含めて自在に身体を変化させられるのだから。

 お金がかかるものって、建物の維持費と提供するお酒や食事の材料費。

 あとは納税する分位だから、滅茶苦茶お金が余ってそうね。


 それもあって、人間の従業員の給料がかなり高く設定されているそうだ。

 クチコミもあって客が増えてる事もあって、来る者拒まずで雇い入れているが、従業員からは特に体調不良の報告や、それを理由にした欠勤のお願いはされていないと言う。


 しかし、報告書には名前と年齢、役所に相談に訪れた日とその内容がまとめられている。


 はて?

 どういう事だ??

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