神さま、焦る。
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脱字報告ありがとうございました。
修正させて頂きました!
煌びやかとギリギリ言える、一歩間違えればゴテゴテした成金趣味としか思えない、ハデな装飾。
貴人をもてなすかの如く、部屋の中央を分断するように敷かれた、チリひとつ落ちていない赤い絨毯。
ロウソクの光が反射しあって、なんとも言えぬ良い雰囲気を醸し出している、色とりどりの透き通った精霊石がふんだんに使われたシャンデリア。
視覚がウルサイと感じるものの、嫌悪感までは抱かないギリギリを攻める、このセンス。
ココまでは良い。
非現実感の演出もサービスの一環だとするのなら、とても的確な装いをした内装だと思う。
多少のハデさは裕福の象徴だろうしね。
よくもまぁ、アレだけ殺風景だった店内を、ココまで装飾したものだと褒めたくなる。
賞賛の拍手を贈りたくなる程だ。
なにせこの店は、確か、本来利用することを想定していたのは、女性冒険者向けの宿屋だったハズなのだ。
男性に比べれば断然少ないものの、女冒険者は多少ながらいる。
吟遊詩人と踊り子って組み合わせで、町から街へと渡り歩いているような人も、中にはいる。
荒くれ者の一派的な冒険者は、宵越しの金を持たない主義のため、所持金は少ない。
また部屋の拘りがない人が多い傾向にある。
冒険者区域に創った宿屋は、各個室には最低限ベッドと小さな机、装備品を置くためのキャビネットを置くスペースがあれば良いかと、六畳一間の部屋で、鍵も掛金タイプの簡素な物しか付けていない。
トイレは共用。
風呂は必要なら大衆浴場を利用するか、水浴びでもしてろといった感じの間取りになっている物件が多い。
片や商業区に創った宿屋向けの間取りの店は、女性の利用者を想定していた。
冒険者区域で、両隣に飢えたケダモノが寝てると思ったら、気が休まらないじゃない。
住み分け大事。
そういう訳で基本一人部屋が六畳間という点は同じなのだが、ソレはどちらかと言うとお金を持っている、そして色んな意味で不自由をしていない商人向けの部屋で、メインには二人部屋を用意してあった。
女性が一人で旅をする事なんて、ほぼ無いからね。
十二畳で一部屋。
三点ユニットバス付き。
広い風呂に入りたい人は、大衆浴場へどうぞ。
神経質な人が多いだろうから、鍵はシッカリとウェーブキーシリンダーにして防犯性を高め、隣の部屋の人の物音が気になって眠れない、なんてことになったら一大事だと思い、防音性も高めた。
まさか、ラブホにされるとは思わなかった。
確かに、間取りといい元々備わっている設備の特性と言い、風俗店にもってこいだな。
盲点だった。
しかも宿屋のつもりで創ったために、一階の食堂部分を飲み屋として使えるため、接客待ちの人達を退屈させないで済む。
改装した人は滅茶苦茶キレる人に違いない。
そう心の中でせっかく褒めたのに、それら全てを外装にもあった、マッチョの石像で台無しにしてしまっている。
俺はあんな像を創った覚えは無い。
わざわざ手間暇お金をかけて、後付けで装飾したのだろう。
大変だったろうに。
そんなにマッチョが重要なのか?
部屋の四隅に鎮座しているのだが……柱のレリーフみたいに、彫り込まれているのかな。
四体全てがアトラス像のように、二階を支えるようなポーズを取っている。
客はよくもまぁ、あんなモノを見せられながら飲食が出来るな。
食欲失せそうだけど。
それともこの世界には、野郎のイチモツを眺めながら食事をする独特な文化でもあるのだろうか。
受け入れ難い感性をお持ちのようだ。
見た感じ、席に着いている男女の比率は半々位か。
ソワソワしている人はごく少数だ。
単に‘’一般的な時間以外にも食事を提供しているお店‘’として、利用しているお客さんも居るのかな。
呑んでる人が多いは多いのだが、意外とツマミを食べるのではなく、シッカリとした食事をしている人が多い。
五の鐘で営業を終了するお店が多いからね。
冒険者ギルドに併設された食堂も、基本的には五の鐘で閉めている。
食堂の設備を勝手に使おうとしても、俺特製の霊力を流して使うコンロや流し台だからね。
ヘタに貸して壊されたら大変だし、サージは弟子以外には使い方を教えていない。
弟子も設備に関しては秘匿している。
‘’賢者‘’様が造った街にしか無い、超便利な調理台、となれば、自分達には到底理解の及ばない技術が使われているのだと考えたのだろう。
ヘタに広めたら、‘’賢者‘’の逆鱗に触れて、自分の命はないとか思っていそう。
そのため、冒険者は営業時間外に食事をする場合、自分で用意するか、営業時間の長い店を探すしか無くなる。
そういう店はテイクアウト限定の屋台が、今の所は多いかな。
屋台って客足が続けば長々と営業してくれるし、途絶えたら早々に切り上げる、臨機応変な所があるからね。
店舗経営してくれている料理屋さんはまだ全然無いんだよね。
サージのお弟子さん、サッサと独立してくれないかな。
冒険者ギルドの食堂は、料理は提供しないけれど、自分達で片付けるなら、場所は適当に使ってどうぞ、って感じで、椅子と机は出しっぱなしになっている。
だから屋台で買ってきた物や、街の外で煮炊きした物を持ち込んで食べている人が散見される。
後者は少ないけどね。
金が無い人や、屋台すら閉まっていた場合に、泣く泣くそうしている人がいるって位だ。
だけど、俺も旅をしている時に思った事だが、冒険者って町に滞在している間くらい、誰かが作ったご飯が食べたいと思うものなのだ。
その土地ならではの特産品とかもさ、食べ歩きとかするの楽しいじゃん。
食事処を構えている人達だって、自分の店以外で外食したい気分の時もあるだろう。
特に街の住民は、引っ越す前から家庭を持っていた人を除けば、単身者が多いからね。
家に帰ったら、嫁と温かいご飯が出迎えてくれる、なんて家庭はまだまだ少ない。
とは言え王都から越してきた人の大半は、女性だからなぁ。
色々と傷が癒えるまでは、家庭を持つことは考えられないだろう。
しかも、恋するお相手も街だと、外部から来る冒険者か商人が殆どだし。
難しいだろうな。
婚活パーティーとか、主催するべきかな。
そう言う人達は、青空教室で勉学に励んでいる人が多い。
学校が終わった後から農業や酪農の仕事に従事するため、どうしても仕事の終わりが遅くなる傾向にある。
ヘトヘトに疲れた後に自分のためだけに一人前の食事を作るのは、結構心身共にシンドい。
そう言った諸々の事情もあり、こういう店は貴重だろう。
しっかし、金ピカは慣れても、筋肉質な弾性の全裸像はなかなか見慣れる事が出来ない。
コレ、オーナーの趣味なのか、男娼の店だからなのか、どっちだ。
大所帯で来たから先触れした役所の人間だと判断されたのか、アルベルトが常連だからか、俺達が店の扉を閉めると同時に、ちょっとイイ服を着た男性がコチラに駆け寄ってくる。
浅黒い肌をした、品の良さそうな人だ。
紫檀色の髪は、ワックスのような物で固めているのだろうか。
後頭部へと撫で付けられており、アメジストのような透き通る明るい紫色をした瞳は、紅い唇と同様、柔和そうに弧を描いている。
男は優雅に一礼して「お待ちしておりました」と言い、いかにも応接間と言った感じの、大きなソファが置いてある部屋へと案内してくれた。
一行の先頭を歩くアルベルトと談笑しながらも、上座にカノンを配置しようとするあたり、人を見る目があるようだ。
この中で一番偉いのが誰か、すぐに分かるんだねぇ。
カノンは名前や二つ名が有名でも、顔出しをあまりしない。
それに見た目の年齢と実年齢が大きくかけ離れているので、「コレが‘’王の権能‘’です」と言っても、信じて貰えない事の方が多い。
王都に大きな石像こそあるけれど、見上げてもどんな顔をしているのかは、イマイチ分からない。
顔が全然知られていないんだよね。
装備品や格好が似ていたとしても、「ファンだからコスプレしてるのかな」と微笑ましく思われて終わるだろう。
見た目はただの若造なカノンを、一番偉い立場にあると、即座に判断した。
接客業に従事しているからこその、人間観察能力の高さが為せる技なのだろうか。
ただ、カノンが案内人の顔を見て、ちょっとイヤそうな顔をしたんだよね。
実は知り合いだったのだろうか。
カノンはコミュ障な所があるから、過去に嫌な思いをしたのかもしれない。
その時にカノンの正体を知ったのかな。
次いでアルベルトが招かれたが、それを辞して俺が前に押し出される。
男性店員はすんなりとソレを受け入れ、俺が座り、アルベルトが座る。
ヌリアさんにも一人掛けの席を勧められたが、彼女はソレを断り、俺たちの背後に立ってついた。
野郎の全裸像を散々見せつけられた後だから、男二人に挟まれて座る今の状況がちょっと嫌だ。
下座で良いから端に座らせて欲しかった。
そもそも俺、そう言うの気にしないし。
部屋を出てオーナーを呼んでくるのかと思えば、案内人はお茶を用意した後、退席はせずに、調度品が背後に来る、俺の真向かいの位置に腰を下ろした。
「お初にお目に掛かります。
ワタクシ、オルトゥスの夜の街‘’スファンクス‘’を運営しております、イシュクと申します。
以後、お見知り置きを」
「あぁ、アンタが支配人だったのか」
「えぇ、えぇ。
アル様にはいつもご贔屓頂き大変感謝しております」
へぇ、ほぉ。
そうか、そうか。
甚だしく御礼申し上げられる程に通っているのか。
しかも本名ではなく通称で。
何かやましいと思うような事でもあるんですかねぇ。
アレか。
夜の街だと鈴木さんや佐藤さんが増殖するような感じか。
俺が向ける白い目に居た堪れなくなったのか、アルベルトは俺達が個人で名乗りを上げる前に、カノンと俺、ヌリアさんをそれぞれ紹介し出した。
イヤ、別に良いんだよ?
自分の金で自分の自由時間に、女を買おうが男を買おうが。
アルベルトの好きにすれば良いよ。
単なる冒険者仲間、同行者なだけですし。
そんなプライベートな事にまで干渉するつもりはない。
発散しておいて貰った方が、また旅に出なければ、となった時に道中襲われる心配が減るだろうし。
ただ、性病を貰って来やがったら、伝染る可能性が無かったとしても、近寄るなと言うだけだ。
えんがちょ〜って言って、輪っかを切ってやる。
「この街を興して下さったお二方に、街の首長の秘書官様ですね。
本日はどういったご要件でご足労頂いたのでしょう?」
あれ?
サージのヤツ、先触れする時に、伝えそびれたのか??
簡単にでも用件を言っておいてくれれば楽だったのに。
でも、手紙を持たせてたよね。
まさか読んでないとかそんなこと、有り得る?
「……本題に入る前に、一つ良いか?」
「‘’賢者‘’様、何で御座いましょう?」
「……何故男夢魔が街中に入り込んでいる?」
本題に入る前に、って、ソレこそが本題じゃん。
何言ってんの?
コイツ??
「…………なぜ、気付きましたか?」
「淫紋、と言ったか?
夢魔とその眷族に現れる紋様が、隠せていない」
白い手袋が嵌められた手の甲には、よくよく見ると、確かにうっすらと何か模様が見て取れる。
俺が知ってる淫紋とは、随分違う装いだし、場所も違うね。
イシュクは貼り付けたような笑顔を浮かべたまま、暫しカノンと睨み合う。
俺は鑑定眼で視て「あ、ホントだ。種族名の所が‘’夢魔‘’ってなってる」と理解し納得もした。
だが、ココの常連のアルベルトと、人間だと疑っていなかったヌリアさんは、目の前の人物が夢魔である事実についていけないらしい。
夢魔は魔物だと言われているからね。
いつ化けの皮が剥がれて襲いかかってくるかと思えば、気が気じゃないだろう。
しかも上手に化けているのか、元々こういう外見なのか、こうして会話をしていても、何の違和感も無い。
人間にしか見えない相手だ。
アルベルトなんかは結構親しそうに話していたしね。
戦い難いと思っているに違いない。
睨み合いの中で、徐々に霊力を高めて臨戦態勢に移るカノンに、いつ腰を浮かせるか、タイミングを図っているイシュク。
正に一触即発。
あのフルチン石像が破壊されるのはやぶさかでは無い。
しかしお客さんが沢山居たし、何だかんだ高額の納税を、シッカリ抜かりなくしてくれている優良企業だ。
潰してしまうのは勿体ない。
「カノン、待て。
多分お前、勘違いしてる」
「此奴が男夢魔なのは、お前も視れば分かるだろう?」
「視たし分かってる。
分かった上で止めてる。
お前、男夢魔や女夢魔が魔物だって言ってたよな?
ソコを勘違いしてるみたいだから、ヤメロって言ってんの」
「……どういう事だ?」
「貴方には、分かるのですか?」
「あぁ。
男夢魔や女夢魔みたいな夢魔は、人間でも魔物でもない種族なんだろ?
えぇと……エルフとか、ドワーフ的な?」
その言葉に、イシュクは机の上に並べられた高そうなティーセットをなぎ倒し、感涙しながら両手を握って来た。
……うん、あの、顔が近いから、離れてくれない、かな。