神さま、浮き足立つ。
面倒臭い保護者と言うべきか、過保護な保護者と言うべきか。
カノンにしても地の精霊にしても、俺が娼館に行くのを、酷く止める。
この世界の成人年齢は、人頭税の支払い義務が生じる十歳――しかも数え年だから、誕生日が来る前だと、最大満年齢と二歳も差が生じる――なのだから、俺はとうに成人している。
今年の夏で満十五歳になった。
この世界の数え方なら既に十六になる。
ならば買う買わないは横に置いたとしても、娼館に行くのは何の問題も無いではないか。
何故止める。
そもそも、一夜限りのアバンチュールに興じるのが目的ではない。
あくまで、この街を創った者の責任として、問題処理をするべく馳せ参じようとしているだけじゃないか。
確かに知的好奇心が微塵程度も湧かない、なんてウソは言えないけれど。
俺だってお年頃ですし。
魅力的なおねぃさん達に囲まれたら、ドキドキしたりちゃったりするかもしれない。
だけどさ、もしそう言う流れになったとしてもだよ?
向こうはお仕事。
コッチは客。
金さえ払えば何の問題も無いじゃない。
むしろ実際に体験して、何か問題が無いか確認するのも、大事じゃないのかしら!?
モチロン第一に優先すべきは、健康不良を訴える人達の診察と、その原因究明だけどね。
その診察をする時にはさ、夢魔による被害か否かの文様を確認する為に、脱いで貰ったりとかしなくちゃいけないじゃない。
その流れで組んず解れつ真夜中の大相撲大会が始まってしまったとしても、致し方が無いじゃない。
年頃の男女が同じ部屋、しかもベッドやら避妊具やらが完備された場所に居るのだから。
それは本能的、煩悩的に生物である以上は抗えないのだよ。
だぁって、商売でそう言う事に慣れている女性が多いんでしょ。
優しくリードしてくれそうじゃん?
ちょっとくらい失敗しても、許してくれそうじゃん??
本番の予定が無くっても、練習って大切だと思うんですよね!!!
「口八丁と言うか、何と言うか」
「――口から先に生まれたって、よく言われていたものね」
「イヤ、だってさ。
俺が納得するような理由を述べてくれるなら、理解するし留守番だってするよ。
なのに二人共、論理的な説明もなく『何となくイヤ』としか言わないでしょ。
ソレってつまり、気持ちの問題じゃない。
しかも行って欲しくはないけど、問題をその場で解決出来る自信はありません、なんて言われたら、度外納得出来るワケが無いのだよ」
俺が接客を受けるような流れになるのがイヤと言うのなら、そうならないように見張っていれば良いだけじゃないか。
別に着いてくるなとは言っていない。
むしろ女夢魔やら男夢魔やら言われても、俺が知っているのは地球の伝承にあった悪魔や超自然的存在だけだ。
実際に拝んだ事は無い。
どんな特徴があるのか、どんな性質があるのか。
見た目の特徴なんかも全く分からない。
鑑定眼があるから、視れば分かるよ。
だけど鑑定眼には弱点がある。
視て、対象について書かれた説明文を読まないと理解が出来ない為に、どうしてもタイムラグが発生する。
遭遇した事があるカノンなら、見ればスグに分かる事でも、俺はワンテンポ確実に遅れる。
その間に星が逃げてしまったら大変じゃないか。
「絶対再生」のスキルがあれば、どんな病気でも治せるけれど、「再生」のスキルは時間の巻き戻しと、対象の最適化の二つの即面を持つ。
多少体調が崩れていたとしても、もし夢魔による実害と思われる物が、対象者にとって望ましい状況なのだと認識されていたら、治す事が難しくなる。
対象者が治療を拒否すると、「スキル」の通りが異様に悪くなるんだよ。
無理矢理治す事も出来るけど、俺も疲れるし、対象者もシンドい思いをするし、イヤなんだよね。
話を聞いた限りでは、夢魔って言う魔物は、男でも女でも、食事をするために人を襲うのだそうだ。
お肉をバリバリむしゃむしゃする、一般的な魔物とは違って、夢魔の食事は物質的ではない。
性行為を通じて生殖器官から被食者の生命力と霊力を吸い取る。
その際個体によって行為の差はあるが、基本的にとっても気持ちが良いらしい。
その方が効率的に食事が出来るからなのか、味付け的な物なのかは定かではない。
霊力を持っている人間が少ないためか、死ぬまで生命力を吸い取られる事は滅多に無い。
殺しちゃったら、被食者が減って飢えるリスクが増えてしまうものね。
だが、生命力って言うのは、日常生活を送る上で必要な活力だったり、病気や怪我を治す治癒力であったりするワケだ。
当然、生命力を吸い取られ過ぎたら、疲れが取れないだとか、身体が弱って風邪をひきやすくなるだとか、最悪、免疫不全を起こして死に至る。
それこそ、HIVに感染した人みたいになってしまうのだ。
単にウイルスが理解出来ないから、夢魔って言う存在しない魔物を夢想してしまっているだけじゃないのか? と話を聞いた時に思ってしまったけれど、キチンと存在している。
魔物と分類するには、ちょっと他の魔物達と習性から食性から色々と違うんだけどね。
パッと見は、物凄い美男美女だそうだよ。
絶世の、なんて言葉が頭につくレベルとか言われると、気になるよね。
そんな国色天香、容姿端麗な夢魔の術に囚われると、自分の思い描く理想の造形に見えて来るんだとか。
忘れられぬ初恋の君であったり、届かぬ高嶺の花であったり。
そのせいで、自分でも気付かない内に抱いていた恋心に気付いちゃうような展開が、あったりなかったり。
冒険者って霊力はピンキリだけれど、ともかく生命力がみなぎっている。
そしていつでも神経が昂っている。
そのため長い野宿生活の中で、夢魔に襲われるのは、ちょっとした娯楽や息抜きのように扱われていたりする。
だから夢魔の目撃情報って、共有される魔物の生息域情報の中でも、ダントツで多いらしい。
自分の実力に見合ってなくても、わざわざ臨時でパーティメンバーを探してでも向かうようなヤツも、時には居るんだとか。
エロに対する執念って凄いね。
魔物に積極的に襲われたいなんて、とカノンは言うけれど、自分で抜いたり、魔物の死骸で発散させる位なら、多少疲れても病気に掛かりやすくなったとしても、美人な姉ちゃんとヤリたいって思うのは、まぁ、仕方ないよね。
俺だって魔物の死骸か夢魔の二択なら、後者を選ぶ。
しかも冒険者って、かなり刹那的な生き方をしているからね。
いつ魔物に蹂躙されて死ぬか分からないのだ。
一回くらい天国と言う物を拝んでみたいのだ、と言われたら、そして俺が女夢魔の情報を知っていたら、確かに教えてやらなければと思うかもしれない。
まぁ、そんな理由もあって、夢魔は餌の方から自分達の所に押し寄せてくるから、わざわざ人里に降りてくる事が無い。
魔物である以上、討伐される危険性があるのだ。
金にも人付き合いにも困っているような冒険者ではなく、街の中に住み家庭も持っているような衛兵や騎士が相手になれば、その確率は段違いに上がる。
わざわざリスクを負ってまで、街中に侵入してくる理由が分からないと、カノンは首を捻った。
因みに、ここら辺の魔物の強さを考えると、夢魔は余りにも弱い。
そして目撃情報は、一度も届いた事がない。
つまり、わざわざ別の場所からはるばる街に来た、という事か。
もしくは、街の近くに創ったダンジョンから湧いて出てきてしまったか。
……ソレは流石にないな。
街を拠点にしている冒険者達が、自分達の実力を試すため、またお金を稼ぐために、ダンジョンには結構な人数がこもっている。
それに魔物が溢れる程瘴気が溜まってしまっているのなら、ダンジョンの管理をしている時の精霊から、何かしら連絡が来るだろう。
瘴気を魔物の生成に使ったり、ダンジョン内のお宝を生み出すのに使っているのだ。
魔物を増やし過ぎる位なら、お宝の量を増やしたり、質を高めたりする方に瘴気を使えば良い。
ちゃんとダンジョンコアを弄る時に、そう言う風にプログラムしたし。
……したよな?
そもそも、各階に備え付けた転移陣が結構な瘴気を消費するから、むしろ宝箱が足りないかもしれないって思っていたし。
沢山の冒険者がダンジョンに行っているのなら、余計だろう。
そうなるとやはり、他の地域から引っ越してきたのかな。
何でだろ。
生物が長距離の移動をする時って、縄張り争いに負けた時が多いよね。
食料が豊富で住み心地が良い場所は、競争率が高く、弱い個体は追い出されてしまう。
弱肉強食ってヤツだね。
魔物の世界も世知辛い。
他種族との間に限らず、同系種でもそう言うことは起こる。
人口爆発や気候変動、疫病から逃れる為なんかも、理由として上がるかな。
「……その夢魔が沢山住んでた地域ってさ、火の精霊の管轄下の大陸だったりしない?」
「あぁ。
あ〜……なるほど」
「――火山活動が活発化しているからね。
確かに、原因としては考えられるね」
おお、流石精霊様。
遠く離れた土地の事でも把握していらっしゃる。
火山の噴火による日照不足に、度重なる地震。
幾つかの小島は崩れて海の藻屑となり、逆に海底火山が噴火し続けている場所は、新たな陸地が生まれている。
干潮時には、今までは船でしか行けなかったような島々に、徒歩で行けるようになっているんだって。
地球なら何十年、何百年単位で行われる自然の神秘が、この数ヶ月で目まぐるしく起きているな。
全てが火の精霊が眠りについたせいと言う話ではない。
地球とこの世界の融合が、進んでいるから起きている地殻変動でもある。
なのでもしかしたら、今まで見つからなかった施設の一部がコチラの世界に現れていたり、転移してきてたりするかもしれないと、地の精霊が語った。
ソレを聞いたカノンの目が輝いた。
あくまで、盗掘される前に調査したいだけだ、と言うけれど、知的好奇心だろ。
隠さなくても、バレバレなんだから誤魔化そうとするなよ。
ツンデレめ。
カノンの両親――施設のメイン棟と、ソコにいた人達がこの世界に転移して来たのが、約三〇〇年前の話だったハズだ。
そんな長い時間、どこをどう彷徨ってこの世界に辿り着いたと言うのだろうか。
イヤ、つい最近この世界に来た俺が言えるセリフではないのだが。
ホント、この世界って不思議でいっぱいだわ。