ゴブリンと水色の髪の女
声のする左手に目を遣ると、そこには透き通る水色の髪の女性が立っていた。彼女は木の枝を武器のように持ち、ゴブリンを睨みつけていた。
助けてくれるのだろうか。しかし、とても強そうには見えない。腹部の破れた半袖に、薄汚れたズボン。羽織っているマントにはアップリケのようなものが縫い付けられ、穴を塞いでいる。困窮しているのであろう。強く掴めば折れてしまいそうなほど華奢な腕もそれを物語っていた。
そのように考えていると、彼女は枝を空に掲げた。するとそこに、近くの小石が一つ引き寄せられた。瞬き一つする程度の間だった。ゴブリンは依然としてこちらへ走っていて、彼女には見向きもしていない。
今度は枝をゴブリンへ向けた。瞬間、彼女の方角からそよ風が吹く。それに乗せるように彼女が石を投げると、石は殆ど弧を描かず直線的にゴブリンの頭頂部へと進んでいく。
ゴブリンの頭頂部に石が直撃した。ゴブリンは大きな頭を抱え、よろめいた。
すかさず彼女は新たに石を引き寄せる。再び枝をゴブリンに向けると、再び彼女の方角からそよ風が吹いた。
ふと、気が付く。あれが能力なのだと。或いは、魔法なのだと。想像よりは規模が小さいが、現実味のない事象には変わりがないのである。
そよ風はまだ説明がつく。自然現象なのだから、偶々彼女が枝を向けた瞬間その方角に風が吹いただけという可能性を否定することはできない。
問題は石の方なのだ。道端に落ちているただの石が、枝を掲げただけでそこに引き寄せられるわけがない。双方に強力な磁石が付いていたとしても説明がつかない。であるならば、あれが能力なのであろう。魔法の可能性もあるが。即ち、彼女はこの世界にある程度適応していることに――
「ヤバい!」
ふと、そんな声が彼女のいる方から聞こえた。見ると、ゴブリンが彼女に標的を変えたようだった。石を外してしまったらしい。
――どうする? 俺はどうすればいい? ゴブリンがどの程度の強さかは分からないが、少なくとも彼女は対抗策を持ち得ていないのだろう。目の前で一人の人間が殺されるかもしれない。
――助ける……助けないと……
助けられるのか?俺に。能力は使えない、己の身体一つでの戦いを強いられることとなるだろう。そうなったら、あんな異形の怪物とまともに張り合うことなんて――
――いや、思い出せ。そもそも俺は自分でゴブリンを倒す気でいたのだ。今更弱気になってどうする!
彼女とゴブリンの距離はおそらく十メートルを切った。俺からゴブリンは、その倍ほどの距離だ。が、ゴブリンは足が遅い。俺のほうが倍、いや三倍は速いはずだ。
間に合う!
結論を出すより先に、俺の身体は動き出していた。腕を大きく動かし、何度も躓きそうになりながら前傾で走る。体格が変わっているからか、思うように身体が動かない。端から見た今の俺は醜いことだろう。それでも、ゴブリンに追いつくビジョンは見えていた。
ゴブリンと彼女との距離は五メートルほどだろう。最短距離で近づくため、左後ろを追っていく。彼女の視線がこちらへ向く。ゴブリンはまだこちらに気が付いていない――!
彼女との距離はあと一メートルほど、漸くゴブリンを眼前に捉えた。
「逃げてください!」
そう叫ぶと同時に、ゴブリンの頭を目がけて左脚を振った。ボレーシュートの要領だ。
ゴブリンは軽く吹っ飛び、背から倒れた。俺は左脚利きだ、きっといいダメージになっただろう。
倒れたまま呻くゴブリンの側に走り、左脚を大きく上げる。
「出直してこい、来世まで待っててやるよ」
高く掲げた左脚をゴブリンの喉元に勢いよく振り落とす。ゴブリンは声にならない悲鳴を上げた後、動かなくなった。