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4.道なき道

 爆破の喧騒を背に、闇に身を潜めつつ裏山へと続く木々の間を進む。

 明かりは最小で。胸元に取り付けられたライトで足元を照らすが、光量はかなり絞ってある。薄っすら月明かりがあるのが助けになった。

 林は誰かが植えた人工的なものではないから、人の手も入っていない。あちこち茂る藪や下草に手を焼いた。まっすぐになど進めない。

 ただ進むのにも一苦労だが、今のセルサスは視力を奪われている。多少は見えるようだが、あくまでぼんやりだ。かなり慎重にいかねばならなかった。


 俺がしっかりしないと──。


 気合は十分だ。直に追っ手もかかる。のんびりとはしていられなかった。

 ようやく辿り着いた裏山のとっかかり口でセルサスを振り返ると。


「ここからは、俺の後ろについて下さい。肩に手を置いていただければ。枝や木の根が増えます。全部指示するので安心して下さい!」


「──ありがとう。頼んだ、セト」


 セルサスの視線はこちらに向けられてはいたが、焦点は揺らぐ。それが痛々しく目にうつった。


 くっそ。あいつら、おかしな薬を使いやがって…。


 セルサスの自由を奪うためだろうが、やりすぎだと思った。今後も視力に影響が出たらどうするんだ。


 あの変態髭面男め。


 今思い出しても、セルサスに無体を働こうとしたことに怒りが湧く。あのまま助けに行かなければどうなっていたことか。思い返すとプルプルと身体が震えた。


 セルサスに触れていいのは、彼に許されたものだけだ。


 おおいに憤慨する。

 治安が乱れテロリストが増えたのは、ひとえに先代の総帥、今は亡きラファガの所為に他ならない。

 総帥セルサスの父、今は亡き前総帥ラファガがあまりに悪行を重ねた所為で──最後は自身の病で亡くなった──後を継いだ息子のセルサスにお鉢が回り、代わりに恨まれる結果となったのだ。

 けれど、セルサスは何もしていない。父の政権中は、諸外国へ留学中で政治からは切り離され蚊帳の外だったのだ。

 留学前、セルサスは強く父を断じたらしい。しかし、進言は伝わらなかった。

 父親の周囲は同じように悪行を良しとする連中ばかりで、異を唱えても焼け石に水、誰も味方をする者はいなかったのだ。

 それに、味方を探そうにも、そう言った人物たちはすでに排斥され命を取られたものがほとんどで。耳を貸すものなどいなかったらしい。

 流石にラファガも息子の命を奪うことはできず、周囲の進言のまま放逐した。

 それに、自身になにかあれば継ぐのは息子。今は異を唱えていても、継げば言うことを聞くだろうと思っていたらしい。だから生かされたのだ。

 そうして悪政ばかりを行ううち、各地は乱れラファガに対抗する反抗分子が立ち上がり、または甘い汁だけを吸いたいがために立ち上がった連中が湧きあがり、マフィアやテロリストが跋扈するような都市や街ばかりが増えていったのだ。



 とにかく、セルサスが恨まれる筋合いは一つもない。幾ら息子だからと言っても、血を継いだだけ。何も関わってはいないのだ。

 それを、誘拐し挙句に亡き者にしようなど、どうかしてる。あまつさえ、権力を奪い、自分たちが上に立とうとしているのだ。

 それで平和になればいいだろうが、所詮は烏合の衆。私欲の固まりのテロリストの集まりなのだ。権力を取ったら取ったで、互いをけん制しあい、もめることが目に見えている。


 だから、このままセルサス様が継ぐのが一番。


 俺は知っている。セルサスは心優しく平和的で、とても穏やかな思考の持ち主なのだと。

 留学中のセルサスの動向はサポーターズクラブからも知らされていた。その人気はうなぎ上りで。 

 何と言ってもまずは目を惹く美貌だ。氷の様に冴え渡る容姿。月の光を集めた銀糸の髪。紫水晶の様な瞳。長身で百八十センチはゆうにある。

 学生時代、サークルでテニスやフェンシング、乗馬をする姿は、撮影した大学の許可を得た上でサポーターズクラブにて紹介された。

 大会などに出場すれば、その全てに置いて上位をキープする。選手として優秀なだけでなく、常に立ち振舞や言動は穏やかで相手に敬意を示し、手本にすべき存在だった。

 そして、何より人々を感心させたのは、その行動だ。セルサスは在学中、学業の傍らボランティアに精をだし、各地の福祉施設によく出向いていた。孤児院や養護学校にも。出向くだけでなく手伝った。いち学生として。

 裕福な家庭に育った世間知らずのボンボンなどではない。その人となりが知れる。サポーター内では更に人気が高まった。

 セルサスは知る由もないだろう。こんな盛り上がりを見せているとは。これは勝手にやっていることなのだ。もちろん、私的な事をばらしたり、画像をアップしたりはしない。そこは節度をもっている。

 ──とにかく。セルサス様はちっとも悪者ではない。断言できる。


 これからだ──。きっと、これから善政を敷けば、皆ついてくるはず。


 俺はセルサスの手がしっかりと肩にあるのを感じながら、山を登りだした。



 行く手は、道なき道だ。

 山へ入り込んだ途端、身体のあちこちを、枝やトゲ、鋭利な葉につつかれる。だが、邪魔はされても、方向を間違うことは無い。

 ここへ入る前、軍から支給されている端末でデータで調べ上げ、大体の地形を頭に叩き込んである。これも日頃の訓練のたまものだ。

 それに、山と言っても標高はそう高くない。丘と言ってもいいくらいだ。恐ろしく危険で高度な技術を必要とする山登りにはならない。が、先ほども言ったように道はない。

 もちろん、人々が使う道はあるのだが、のんきにそんな所を移動していれば、すぐに追ってきた連中に見つかって捕まってしまうだろう。

 だからこうして、藪や倒木を避けながら一歩一歩着実にかつ静かに進むしかないのだ。それも、セルサスにケガをさせないように細心の注意を払ってだ。

 俺は目前に迫る張り出した枝を右手で押さえつつ、左手で軽くセルサスの右腕を引いた。


「すみません。ここは少し屈んでください。そのまま、左手にある木の根を掴んで──。そう──そうです」


「ありがとう。セト」


 枝を越えた所で礼を言われる。口元には笑みが浮かんでいた。


 ありがとうって。うう…。頼られてる。頼られてるよ。俺。


 まあ、俺しか頼るものがないのだから、そうもなるのも必然だが。

 胸に迫るものはある。俺は意気揚々と進んだ。更にビシバシと枝が顔や手足を容赦なく打ち、鋭い棘が刺さったが、気にせず突き進む。

 もちろん、セルサスには小枝一本、棘一本触れさせない。また、邪魔だからと不用意に枝を折っては追跡者にばれてしまう。そこは細心の注意を払い進んだ。

 進行は遅々としている。先ほどの様に大きな枝が張り出していれば、身体を使って盾になりセルサスを通し進む。大きな岩があれば、身体を支えつつ的確に手や足の置き場の指示を出す。それの繰り返しだった。

 ちなみに山の頂上には行かずに、谷側を巻いて進む。この山の向こう側に行けばいいのだ。無理に山頂を目指す必要はない。が、当然、道は険しく急になる。

 途中、今までになく大きな岩を登ろうとしてつい、足を滑らせた。先に登って足場を確認しようとしたのだ。苔が生え幾分湿っていたらしい。


「うおっ…!」


「大丈夫か?」


 音に反応したセルサスが、落ちかけた俺の尻を下から支えてくれた。


 う! セ、セルサス様が、俺の尻を支えてる…。


 泡を食ってすぐに、身体を起こそうとするが、足が滑ってさらに体重を預ける恰好となってしまった。セルサスに尻を支えられたまま、じたばたする自分が情けない。


「す、すみません! すぐに──」


 慌てると、余計に足が滑るものだ。落ち付け。俺。


 すると、セルサスが小さく笑った。


「──気にするな。ゆっくり足場を探せ」


「は、はい!」


 セルサスは確かに俺の体重など諸ともしないかのように、ずっと支えてくれていた。しかも片手で。

 身体を鍛えてもいるのだろう。先ほど肩に回した腕のかなり固く筋肉がついているのが伺えた。

 しかし、平気そうだからと言って、悠長にいつまでも尻を預けているわけにはいかない。俺は落ち付いて足場を探すと、体重をそちらにかけた。ホッと息をつく。


「あ、有難うございました…」


「気にするな」


 俺はセルサスに感謝しつつ、二度とこんな醜態は見せまいと強く心に誓った。



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