表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Snow Leopard&Stray Cat  作者: マン太


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/34

その後3 セルサスとセト

 セルサスに休日は少ない。

 それでも、できる範囲で長期休暇を時々入れる。

 今回は近くの湖水地方へ来ていた。別荘があるのだ。

 訪れたのは俺とセルサスだけ。エルやアイレも休暇だ。それぞれにのんびり過ごしている事だろう。

 ここにはなんと温泉が付随していて、そのお陰か、すっかり右足の調子も良くなり、引きずることも少なくなってきた。

 その日、俺は鼻歌交じりで別荘で洗濯物を干していた。

 ログハウスのそこはかなりこじんまりしている。敷地は恐ろしく広いのに、建物はここともう一つ二つあるくらい。

 その中で一番湖に近く、小さい建物がセルサスのお気に入りだった。テラスの外はすぐ湖になっていて、暑い日はこのまま飛び込むらしい。


 あー幸せってこういう事だよなぁ。


 シーツを干し、枕カバーを干し。各々の下着ももちろん干す。

 幾分涼しい風が、洗濯物を揺らしていく。洗濯物を干す左手薬指にはリング光る。プラチナに薄紫の石。紫水晶だ。

 職務の合間に、わざわざ時間を取って注文し、取りに行ったのだ。俺が階段から落ちた日のこと。

 どこかセルサスを思わせるリングに、いつも繋がっている、そんな気にさせる。

 これは、俺たちが出会った記念日に渡された。

 その日は俺もしっかり記憶していて。こっそり、ひとり祝おうと思っていたのだが。

 出会った日をしっかり覚えていたセルサスは、当日の朝、朝食前に渡してきたのだ。何にも代えがたい祝いとなった。


 セルサス様は、俺の欲しいものをすべて与えてくれる。


 形のあるものも、ないものも。

 存在していてくれるだけで、嬉しいと言うのに。

 そのセルサスはキッチンで朝食を準備していた。


 いや。ほんと、なんでもできるよな?


 確かに本当に一人ですべてできてしまうのだから、本来なら俺などいらないだろうが──それとこれとは別らしく。


「いいなぁ。こういうの…」


 はためく洗濯もの。

 青く高い空。流れる白い雲。

 目の前に広がる澄んだ色の湖、蒼くけぶる山並み。水辺近くの草原には色とりどりの花が咲き風に揺れる。

 幸せな景色のなにものでもない。


「セト──」


 その洗濯もの影から、セルサスの声が聞こえた。意外に近いとこからで俺は驚く。


「セルサス様? そっち行きますね」


 が、セルサスが先に洗濯物をかき分け現れた。

 鎖骨が見える程度に留められた白いシャツに、下はリネンのゆるいパンツ姿。何を着ても様になる。俺はありきたりのTシャツに、適当な綿のハーフパンツ姿だ。

 セルサスは俺の元まで来ると、すぐに抱き上げにかかる。


「っ! ち、ちょっと、重いですって! セルサス様!」


「…ここにいる時は敬語も敬称も止めろ」


「で、でもですね──」


 そう簡単には止められないのだが。


「止めないとこのまま湖に落とすぞ」


「わ、わかりましたっ! って──わかった…?」


「それでいい…」


 抱き上げられたまま、キスが落ちてくる。

 いったい、ここへ来て何回キスをしたことだろう。

 到着したとたん、荷物を放り投げてセルサスにキスされて──後は想像に任せる──ベッドの上で目覚めた。

 起きてもキスで、シャワーを浴びながらもキスして。朝食準備をしながらもキスされた。

 もう、でろでろあまあまの新婚さんみたいだ。まるっきり二人の世界で。


 まあ、確かにふたりきりなんだけど、さ。


「何を考えている?」


「あ—…はは。なんだろう…」


 俺は抱き上げられたまま、セルサスの腕の中で顔を赤くする。

 セルサスはまるっきり俺を下ろすつもりがないらしく、腕の力を緩めず、まるでネコでも抱くようにしていた。


「…言えない事か?」


「そ、そんなことは──ない…かな?」


「ならなんだ?」


「……その、幸せを噛みしめてただけで…」


「そうか──」


 そう言うと、さらに深く長いキスが落ちてくる。


 あー、だめだ。これ。何も考えられなくなる奴。


 俺はセルサスの首に自然と腕を回していた。

 気が付けば、テラスの長椅子に下ろされていて──。何が続くかはご想像通りだ。


「朝食、覚めるんじゃ──」


「温めればいい…」


 椅子に片膝を乗り上げたセルサスが見下ろしてくる。

 紫の瞳が熱を帯びてまともに見るのが気恥ずかしいくらいだ。そうさせているのが自分だと思うと余計に。


「顔が赤い…」


 クスリとセルサスが笑む。白い指先が頬をくすぐった。


「だって、仕方ない…だろ? 俺は──セルサスが好きなんだから…」


「──そうだったな」


 セルサスが破顔した。

 まるで天国にいるように幸せな日々が続いている。

 もちろん、現実の日々は厳しい。

 帝国の建て直しは始まったばかり、難問も難敵もまだまだ山積みだ。

 けれど、今この時だけはそれを忘れて二人だけの世界に浸る。

 いつか帝国内の人々が幸せになる日々を願って。

 愛しきセルサスと共に、穏やかな時を過ごせる日を願って──。

 俺はこれからも懸命に生きていく。



ー了ー

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ