その後3 セルサスとセト
セルサスに休日は少ない。
それでも、できる範囲で長期休暇を時々入れる。
今回は近くの湖水地方へ来ていた。別荘があるのだ。
訪れたのは俺とセルサスだけ。エルやアイレも休暇だ。それぞれにのんびり過ごしている事だろう。
ここにはなんと温泉が付随していて、そのお陰か、すっかり右足の調子も良くなり、引きずることも少なくなってきた。
その日、俺は鼻歌交じりで別荘で洗濯物を干していた。
ログハウスのそこはかなりこじんまりしている。敷地は恐ろしく広いのに、建物はここともう一つ二つあるくらい。
その中で一番湖に近く、小さい建物がセルサスのお気に入りだった。テラスの外はすぐ湖になっていて、暑い日はこのまま飛び込むらしい。
あー幸せってこういう事だよなぁ。
シーツを干し、枕カバーを干し。各々の下着ももちろん干す。
幾分涼しい風が、洗濯物を揺らしていく。洗濯物を干す左手薬指にはリング光る。プラチナに薄紫の石。紫水晶だ。
職務の合間に、わざわざ時間を取って注文し、取りに行ったのだ。俺が階段から落ちた日のこと。
どこかセルサスを思わせるリングに、いつも繋がっている、そんな気にさせる。
これは、俺たちが出会った記念日に渡された。
その日は俺もしっかり記憶していて。こっそり、ひとり祝おうと思っていたのだが。
出会った日をしっかり覚えていたセルサスは、当日の朝、朝食前に渡してきたのだ。何にも代えがたい祝いとなった。
セルサス様は、俺の欲しいものをすべて与えてくれる。
形のあるものも、ないものも。
存在していてくれるだけで、嬉しいと言うのに。
そのセルサスはキッチンで朝食を準備していた。
いや。ほんと、なんでもできるよな?
確かに本当に一人ですべてできてしまうのだから、本来なら俺などいらないだろうが──それとこれとは別らしく。
「いいなぁ。こういうの…」
はためく洗濯もの。
青く高い空。流れる白い雲。
目の前に広がる澄んだ色の湖、蒼くけぶる山並み。水辺近くの草原には色とりどりの花が咲き風に揺れる。
幸せな景色のなにものでもない。
「セト──」
その洗濯もの影から、セルサスの声が聞こえた。意外に近いとこからで俺は驚く。
「セルサス様? そっち行きますね」
が、セルサスが先に洗濯物をかき分け現れた。
鎖骨が見える程度に留められた白いシャツに、下はリネンのゆるいパンツ姿。何を着ても様になる。俺はありきたりのTシャツに、適当な綿のハーフパンツ姿だ。
セルサスは俺の元まで来ると、すぐに抱き上げにかかる。
「っ! ち、ちょっと、重いですって! セルサス様!」
「…ここにいる時は敬語も敬称も止めろ」
「で、でもですね──」
そう簡単には止められないのだが。
「止めないとこのまま湖に落とすぞ」
「わ、わかりましたっ! って──わかった…?」
「それでいい…」
抱き上げられたまま、キスが落ちてくる。
いったい、ここへ来て何回キスをしたことだろう。
到着したとたん、荷物を放り投げてセルサスにキスされて──後は想像に任せる──ベッドの上で目覚めた。
起きてもキスで、シャワーを浴びながらもキスして。朝食準備をしながらもキスされた。
もう、でろでろあまあまの新婚さんみたいだ。まるっきり二人の世界で。
まあ、確かにふたりきりなんだけど、さ。
「何を考えている?」
「あ—…はは。なんだろう…」
俺は抱き上げられたまま、セルサスの腕の中で顔を赤くする。
セルサスはまるっきり俺を下ろすつもりがないらしく、腕の力を緩めず、まるでネコでも抱くようにしていた。
「…言えない事か?」
「そ、そんなことは──ない…かな?」
「ならなんだ?」
「……その、幸せを噛みしめてただけで…」
「そうか──」
そう言うと、さらに深く長いキスが落ちてくる。
あー、だめだ。これ。何も考えられなくなる奴。
俺はセルサスの首に自然と腕を回していた。
気が付けば、テラスの長椅子に下ろされていて──。何が続くかはご想像通りだ。
「朝食、覚めるんじゃ──」
「温めればいい…」
椅子に片膝を乗り上げたセルサスが見下ろしてくる。
紫の瞳が熱を帯びてまともに見るのが気恥ずかしいくらいだ。そうさせているのが自分だと思うと余計に。
「顔が赤い…」
クスリとセルサスが笑む。白い指先が頬をくすぐった。
「だって、仕方ない…だろ? 俺は──セルサスが好きなんだから…」
「──そうだったな」
セルサスが破顔した。
まるで天国にいるように幸せな日々が続いている。
もちろん、現実の日々は厳しい。
帝国の建て直しは始まったばかり、難問も難敵もまだまだ山積みだ。
けれど、今この時だけはそれを忘れて二人だけの世界に浸る。
いつか帝国内の人々が幸せになる日々を願って。
愛しきセルサスと共に、穏やかな時を過ごせる日を願って──。
俺はこれからも懸命に生きていく。
ー了ー




