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29.告白

 次に目覚めたのは、ベッドの上だった。

 部屋の明るさからすると朝方らしい。

 見覚えのある彫り物の施された木目調の天井。天蓋付きのベッド。

 その天蓋のカーテンは、朝の光を受け白く透ける。大きく取られたベランダには、いつかのように鳥が餌をついばみに来ていた。


 帰って、来た──。


 これは夢だろうか? いや。やはりあの後、命を落として天国へ来てしまったのかもしれない。


「セト…。起きたか?」


 声とともにベッドがきしんだ音を立てた。

 顔を横に向ければ、セルサスが同じく横になってこちらを見つめている。

 着衣は普段のそれだ。白のシャツにベスト、淡いクリーム色のスラックス。仕事に行く前なのだろう。

 ちなみに俺の左手は、セルサスに握られていた。


 やっぱり、天国だ。神がいる…。


「どうした? へんな顔になっているぞ?」


 セルサスがこちらをのぞきこんで面白そうに笑った。


「…へんて。これが地顔ですから」


「可愛い顔だ」


 か、かかかかわいいって。


 セルサスにそう言われ、ボンと顔が赤くなる。言葉の意味を理解するのに数十秒かかった。

 セルサスは上体を起こすと、覆いかぶさるようにこちらに屈み込み、俺の前髪をかきあげ額にキスを落としてくる。

 ひと房、銀糸がすべり落ち、頬に触れた。


 いやいやいや。これじゃまるで──。


「セト…」


 前髪をかき上げていた手が、そのまま顔の横におかれる。俺はぽかんとして、セルサスを見つめていた。


「…キスをしても?」


「──は?」


「君にキスがしたい。──もちろん、恋人のキスだ」


「──っ」


 俺は半ばオポッサム化してセルサスを見上げた。だが、擬死している場合ではない為、踏みとどまる。

 驚愕としか言えない。言葉の意味は分かるが、飲み込めない。

 あまりに巨大な魚を目の前に晒され、どうやって飲み込もうかと悩む猫の気分だ。


「そ、それは…、どうして…ですか?」


「今更、それを聞くのか?」


 そう言ってくつくつ笑うと、自らの唇を俺のそれに近づける。

 どんな時も、俺を守ろうとしたセルサス。それが何を意味してきたのか──。


「好きだからに決まっている…」


「っ──!?」


 俺の脳みそは容量を超えた情報に、フリーズした。

 あれよと言う間にそれが重なる。

 目を見開いたままの俺に、長い睫毛と時折薄っすら開けられる紫の瞳が映った。


 綺麗だ…。


 うっとりするくらい。けれど、その距離はあまりに近く──。


「…無粋だな。目を閉じろ。セト」


 セルサスは半ば唇を触れさせたままそう口にすると、再び噛みつくようにキスしてきた。


「っ?!」


 もう──駄目だ…。


 セルサスの魅力には抗えない。俺はぎゅっと目を閉じると、そんなセルサスの首筋に腕を回し抱きついた。

 混乱してどうしていいかわからない。わからないが、これ以外思いつかなかったからだ。

 自分の気持ちを伝える方法を。


 セルサス様が、好きだ──。


 耳元でセルサスの笑んだ気配を感じたが──今はただ、セルサスの与える熱に応えるだけで精一杯だった。



 病み上がりだから、キスでやめておく、そう告げてセルサスが身体を起こしたのは、いつだったか。

 俺はいまだぼうっとして、ベッドの上で放心していた。

 セルサスは微笑んで、仕事があるからまた来る、そう告げて部屋を出ていった。名残惜しそうに──。

 用がある場合は、脇に置かれたボタンを押せば看護師が来るらしい。


 やっぱり。俺は死んだんだ。そうだ。そうに決まっている。


 でなければ、あのセルサス様が俺ごときにあんな──キスをするはずがない。

 思いだして、あうあうとオットセイのように声をあげうろたえ出す。顔を腕で覆って恥ずかしさに耐えた。


 ──なんだ、あれは。


 キスは唇だけにとどまらず、頬や耳元、首筋にまで及んだ。すっかり流された俺はただセルサスに縋っていただけで。


 俺、どうなる?


 体温は急上昇し、その後、検温に来た看護師に医師を呼ばれそうになって、慌てて引き留めたのだった。



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