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28.セルサスの回顧 2

 試合が終わる。

 かなりてこずったものの、なんとか勝ち抜くことができた。

 出てきた者が皆、自身の力に慢心している者ばかりだったため、勝機があったのだ。もし、狡猾なものが相手だったら厳しかったかもしれない。

 相手が慢心した理由には、セルサスの容姿も大いに関係していたのだろう。

 どうみても強くは見えない。自身の容姿については理解している。もっと若い頃は女性と間違えられることも多々あった。

 どうやら母に似たらしい。記憶に殆ど残らない彼女だが、この戦いではその血が大いに役に立った。

 肩で息をしながら観覧席を見上げる。セトがじっとこちらを見つめていた。


 セト──。


 視界を興奮する観客に遮られる。再び見上げたその先には、あったはずの姿が消えていた。



 興奮冷めやらぬ会場を後にし、別室に連れて行かれる。

 いったい、何を言われるのかと構えていれば、苦々しい顔をしたテロリストのリーダーの後から、カラザが現れた。

 彼はここのまとめ役だとして紹介される。彼によってセルサスの死は免れたらしい。その後の処置は全てカラザに委ねられることになったのだ。


「──セトはどうした?」


 闘技場を後にし、彼のアジトへと向かう道中の車内で問うと、カラザは意味深な笑みを浮かべ。


「奴は無事だ。今は伸びてるが──怪我はない。試合が終わった途端、あんたに会わせろと騒ぐから大人しくしてもらった。──よほどあんたが気がかりらしい」


「なぜ彼に手を出した? ──挑発か?」


「わかってんなら聞くなよ。その方が燃えるだろう? 案の定、勝てたじゃねぇか」


「くだらない…。セトをそんな座興に巻き込むな」


 カラザはニヤつきながら。


「帝国総帥が身を挺して奴を守ったくらいだ。相当、入れ込んでいると思ってな。部下からの報告で、奴を川に放り込んだと知って驚いたぞ? 普通は逆だろう。──かなり大事らしいな? 俺とのキスも許せないくらいにな…」


「…詮索は止めてもらおう。お前には関係ない」


「ふん。まあいい…」


「俺とセトをどうするつもりだ?」


「まあ、アジトに着いてから話そうか? 車ん中じゃ、落ち着いて話せねぇ」


「…わかった」


 セルサスはそれ以上、車内では問わなかった。今はただ、無事なセトの姿を確認したかった。



 そうしてアジトに着き、案内された部屋に、数人の部下と共にセトがいた。

 中央に置かれたソファの一つに寝かされている。傍によると茶色の髪がふわりと揺れた。


 ──セト。


 薄いユニフォームのTシャツ一枚の身体に、着ていたジャケットを脱いでそっとかける。意識はなかった。


「…薬を使ったのか?」


「失神させただけだ。あんまり駄々をこねたからな? まるでガキだ。そのうち起きるだろう。それより、話し合いといこうじゃないか。──取引だ。ここを無事出たいならな?」


「…何が望みだ?」


 まさか金や名誉ではないだろう。セルサスは鋭い視線を向ける。


「俺はイムベルの安定を望んでいる。──昼間でも安心して歩ける街に戻したい」


 存外、まともな回答にセルサスは安堵しつつも、意外にも思った。

 そこまで考えているとは思っていなかった。望んだとしても、今まで通りの環境を望むと思ったからだ。


「…そう言われて簡単に変わると思うか?」


「分かってるさ。俺も何度か試みたが、うまくはいかなかった。結局、俺だと力で縛るしかねぇ。──だが、国が出て来れば少しは変わるんじゃねぇかと思ってな」


「ここばかりに手はかけられない。それを承知してもらえるなら…」


「──ここを優先させててくれ」


 カラザは引くつもりはないらしいのが、その眼差しの強さから知れた。──が。


「無理だ」


 ここばかりに手をかけてはいられない。他にも荒れた地方は山とある。それぞれを徐々に進めていくつもりでいたからだ。


「──なら、あんたとこいつはこのまま、テロリストに引き渡す。あんたもこいつも、悲惨な結末になるだろうな…」


「あんたはそこまで非道じゃないだろう?」


「俺を買い被りすぎるなよ? これでも裏じゃかなり悪どいこともやってきた。人の死なんざ、日常茶飯事だ。あんたらの死もその一つ…。あんたが要件を飲まねぇんなら、それはそれでいい。《《いつもの》》日常にもどるだけだ」


「ここが変わらなくともいいと?」


「ま、俺の代じゃ無理だって事だろう? そのうち、またどっかのバカが立ち上がって変えようとするさ」


「…諦めがいいな」


「そうじゃなきゃやってられねぇ。毎日忙しくてな。それに、いつまでも執念深く思うのは柄じゃねぇんだ」


「──俺にはやるべきことがある。そのためにはセトも必要だ。ここで二人諸とも、死ぬわけにはいかない」


「…親父の悪行を清算すると?」


「そうだ。イムベルのようになった都市はほかにもある。それに、首都のグラナードも決して治安がいいとは言えない。多かれ少なかれ、どの地域も荒れている。ここだけを重点的に行うことは不可能だ」


「だが、どっかに先例を作らなきゃならねぇだろ? それがイムベルでもいいはずだ。ことにここは帝国幹部と癒着しているテロリストがいる──。ラファガの秘書だった奴だ。あんたを捕らえろと命令を下したのは奴だ。──叩くにはもってこいだろう? 奴らを何とかすれば、あんたの周囲も少しは空気が良くなるんじゃねぇか?」


「…悪運が強いな」

 

 セルサスは軽く唇を噛んだ。

 確かに元秘書官はかなりの大物だ。つるし上げ、見せしめにするには丁度いい。それはカラザの思惑と一致した。


「なんだって?」


「いや。──わかった。ここを優先的に改善に力を入れる。かなり無理もするが──それでもいいと?」


「いいさ。反発はあるだろうが、そこは俺も抑えるよう努力する」


「…わかった」


 そうしていれば、セトが身じろいだ。

 セルサスがひじ掛けに腰をおろし見下ろすと、セトが目を覚ました。

 セトはセルサスを認めた途端、その目に涙を浮かべる。まるで子供のように泣き出すから困った。

 抱き寄せ慰めたい所だが、ひと目がある。ここではハンカチを差し出すことくらいしかできない。

 それまでのいきさつを話しセトを安心させると、次の行動に移った。

 カラザの協力を得て、帝国本部、エルと連絡を取る。彼はまったく怪我もなく無事でいて、すでにこちらに向けて軍の配備を済ませていた。


 そうして、カラザの指示の元、このイムベルから脱出を図る。

 なぜそうなったかと言えば、テロリストが命を狙っていたからだ。

 彼らは結局、セルサスを生かしておくつもりはないらしい。元秘書官の命でもある。なんとしても抹殺しようとしてくるはずだった。

 三つのグループに分かれて空港へと向かう。

 セトはカラザと共に。自分にはその部下と、もう一人、元帝国軍幹部の息子がついた。アイレという容姿端麗な青年だ。

 青年が口にした『ビエント』と言う名には覚えがあった。少し気の弱そうな、真面目な男だったと記憶している。

 父にたびたび控えめに注進をしていたようだったが、それが仇になったらしい。

 アイレは帝国に戻りたいのだと言った。

 カラザは優秀だと口にしたが、確かにこうして逃げている最中の行動を見ても腕が立ち、有能なのはすぐに分かった。きっと役に立つだろう。


 ──だが。


 側に置きたいのはセトだけだ。


 別れ際、カラザの視線がどこか油断ならないものに見えた気がした。



 その後、無事に空港で帝国軍と合流し、テロリストを一掃したが、セトは戻ってこなかった。

 カラザが約束を守らせるため、人質としたせいだ。

 戻ってきたのは、半年も過ぎようかと言う頃。テロリストのリーダーと部下、ラファガの元秘書官がもろとも爆発で吹き飛んだあとのことだった。

 それを引き起こした爆弾は、もともとセトに巻かれていた。

 それを、テロリストグループに潜り込んでいたカラザの部下が報告し、寸での所で防ぎ、なんとか事なきを得たのだ。

 当初の予定では、ブラウが先に部下を撃ち、潜り込んでいたカラザの部下が爆弾のスイッチを奪うつもりだったらしい。

 だが、その前にセトが動いた。

 自ら部下に体当たりし、そのまま起爆させようとしたのだ。


 なんてことを──。


 セトが部下に飛びかかった所で、背に巻かれた爆薬が目に入った。二人はもんどりかえって転がる。

 何が起ころうとしているのか理解し、言葉にならなかった。とにかく、セトを助けるため駆けだそうとした所を、エルとアイレに引き留められる。


「離せ──っ!」


 エルの頬を殴った気がする。眼鏡が弾き飛んだ。それでも、拘束する腕の力は緩まなかった。

 が、その間に部下は頭部を撃ち抜かれ。

 駆け寄ったカラザによってセトは爆弾を切り離されると、抱きかかえられその場を離れた。

 そこに再び銃弾が撃ち込まれ──爆発が起こったのだ。

 それに、テロリストのリーダも元秘書官も、彼らの部下も巻き込まれる。生存は不可能だった。


 炎も煙も治まらないうち、セトの元へと駆けだす。今度は誰も止めようとはしなかった。

 カラザに守られたセトは、地面に転がったまま立ち上がることができないでいる。それをカラザが手をかし上体を起こした所で、そのもとにたどり着いた。

 その傍に膝をつけば、上着の下は血だらけだった。爆発の影響ではないことは確かで。


 こんなにも傷ついて──。


 セルサスは唇を噛みしめる。

 セトは笑って事情を話し、傍に寄るなというが、そんな言葉は耳に入っていなかった。

 ただ、セトを抱きしめる。もう手放すつもりはなかった。


 ジェット機に搭乗後、早速手当をすれば、体中傷だらけだった。両足の腱にいたってはかなり深く切られていて。これではろくに歩くこともできなかったはず。

 ナイフで刻まれたとのことだが、あまりに痛々しい跡に怒りがこみあげてくる。銃弾などで簡単な死に方をさせなければ良かったと後悔したくらいだ。


 俺が──受けるはずの傷だった。


 銃弾もこの切り傷も。なにもかも、セトが背負う。盾となって。


 だが、もうセトにそんなことをさせたくはなかった。


 俺は──。


 手当を受けるセトをただじっと見つめた。



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