23.人質
「なぜ、ここにセトがいない?」
セルサスは自然と厳しい口調になる。
端末にカラザから連絡があったのは、空港に無事到着して暫くしてのことだった。
すでに軍による掃討作戦は始まっている。これでセルサスを狙うテロリストは半ば壊滅するだろう。
もとの予定では、ここにカラザと共にセトもいるはずだった。だが、カラザの姿も、肝心のセトの姿もない。
セルサスの横には、カラザの部下の元帝国士官の子息、アイレが残るのみ。ブラウの姿はいつの間にかなかった。
アイレには先ほど、危ない所を助けてもらっていた。もし、彼が背後から狙っていた狙撃手に気が付かねば、身体のどこかに風穴が開いていたことだろう。
感謝はあるが、セトの時のようにそれ以上の関心はわかない。
受話口の向こうで、カラザは申し訳なさそうな声を出すと。
『すまねぇな。俺はまだあんたが信用できねぇんだ』
「約束は守る。──セトを返せ」
『口約束だけじゃな。それで、暫く様子を見ることにした。あんたが本当に俺との約束を守るのか…。それを見届けたら、セトを返す──。悪く思うな。恨むならお前の父親を恨んでくれ』
「そんなもの…。とうに恨んでいる」
『はは、だろうな…』
カラザはひとしきり笑った後。
『──それで、代わりと言っちゃなんだが、そこにいるアイレを連れて行ってくれねぇか。もともと帝国の士官の息子だ。帰りたがっていたんだ。腕も確かで頭の回転も速い。役には立つだろ。──セトよりな?』
「セトの代わりなど、何処にもいない」
『よほど、お気に入りだな? ──なら、早く俺との約束を果たしてくれ。そうすれば、セトは返す。あいつはお前が執心する程の人物とは思えんが──』
「お前の価値観を押し付けるな」
受話口の向こうでカラザは苦笑した。
『とにかく、それまでこちらでよーく鍛えておいてやるよ。少しは使えるようにな?』
「そんな必要はない。今のままで十分だ。もし、セトに傷ひとつでもつけてみろ。──ここで返さなかったことを後悔させてやる…」
『おっかねぇな。それじゃ親父の二の舞だろう? ま、無茶はさせねぇさ。──じゃあな。アイレと代わってくれ』
「──」
セルサスは無言で端末をアイレへと突き出し。
「お前の主はとんだ臆病者だな」
そう言い捨て、その場を離れた。
少し離れた所で待機していたエーリノスの元へ向かうと、
「セトは帰らない」
「え…? なんでまた──」
「人質だ。カラザが、俺が約束を遂行するまで預かると…」
「なんてこと──。でも、セトも納得しないんじゃ──」
「分からない…。だが、どうせあの男が適当に言い包めたんだろう。──帰る」
「奪い返しにはいかないのですか?」
「──ここは奴のホームグラウンドだ。圧倒的に不利だ。ここで無理やり力ずくで奪う事もできるが、軋轢が生まれ今後にも響く…。二度とこのイムベルを取り返すことはできなくなるだろう」
「──分かりました」
エルはしゅんとするが、そこへセルサスは皮肉気な笑みを浮かべると背後に視線をむけ。
「代わりに《《使える》》人物を送ってきた。父の元部下の息子だ。お前のいいように使え。──だが、俺の傍には置くな」
「ですが誰か側にいたほうが──」
「俺の隣はセトの居場所だ」
セルサスはそれだけ言い残すと、あとは振り返らず、軍の飛空艇に乗り込んだ。
油断していた。
まさか、セトを捕られるとは思ってもみなかったのだ。あの男はセルサスがセトを重用しているのを知って、利用する手を考えたのだろうが。
「──セトは、誰にも渡さない…」
あれは──俺だけの…。
セルサスは飛空艇の窓から広がる街灯りに目を向けた。このどこかにセトがいる。
必ず、迎えに行く。それまで、どうか無事でいてくれ。──セト。
セルサスは、指先が白くなるほど拳を握り締める。それから半年近く、セトが戻ることはなかった。