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1.出会い

 それは爆発音から始まった。

 爆音なんてもんじゃない。轟音だ。訓練でも実践でも聞いたことはあったが、やはり、建物ひとつが吹っ飛ぶと、とんでもない音がする。

 グワングワンと耳の中で音がこだました。真剣に鼓膜が破れたかと思うくらい、しばらく何の音も聞こえなくなる。

 この爆発音の原因は単純で。アストルム帝国総帥セルサスを拐かした連中が、本拠地の証拠を隠滅する為、自らアジトとしていた民家をぶっ飛ばしたせいだ。

 拐かしたはずのセルサスが逃げだしたとあっては、そうする他なかったのだろう。これで本拠地の場所が、テロリストの取り締まりを強化し始めた当の本人にばれてしまったのだから。



「──っと、そろそろ、か?」


 モウモウと上がっていた砂煙と黒煙が幾分収まりを見せ、俺は身を隠していた茂みから顔をのぞかせた。

 辺りは爆発によって起こった火災により照らし出されているものの、建物周辺以外は真っ暗。逆に燃えさかる炎がいい隠れ蓑になる。


 上々。上々。


 逃げるのには好都合だ。


「セルサス様、行きますよ!」


 俺はセルサスの腕を自分の肩へと回し、半ば背負うようにして抱え、傍らに視線を送った。

 白皙の頬には、爆破の際に飛んだ灰や埃、その他ですっかり汚れている。けれど、その美貌は気を抜くとうっかり見惚れてしまいそうになるほどだ。

 銀糸に縁取られた、透き通るほど白い肌に浮かぶ薄紫の瞳。


 綺麗だなぁ…。


 今もそう。そんな時間はないのに、ついうっとり見入ってしまいそうになり、響く怒号に我に返った。

 連中が怒鳴る様にして指示を出しているのだ。どうやら俺たちを探しているらしい。それはそうだろう。


「わかった。頼む、セト」


 涼やかな声が耳元で響く。


 声もいい。良すぎる。いい匂いもするっ。てか、何もかもいい…っ。


 やっぱり、我らのセルサス様。

 ちなみに今は連中の使った薬のせいで、セルサスは視界がきかない。その目の代わりとなって、逃げ切るのが俺の使命だ。


「はい!」


 そうして俺たちは、民家の裏山に分け入った。



 どうして俺が大事なアストルム帝国の総帥セルサスを伴って逃げているのか、それは半時ほどさかのぼる。

 俺はその日、セルサスの用務に警備員として動員されていた。

 とは言っても、俺は一等兵になったばかり。まだまだ下っ端の下っ端。今年、十八才となったが、兵士になりたてのひよっこ同然だった。

 だから、セルサスのすぐそばなど近寄ることもできず、それを先導する車両をさらに警護する車両に乗って移動中だった。

 セルサスの顔を間近で望んだことがあるのは一度だけ。それもほんの僅か。

 あとは壇上に上ったとしても、遥か彼方、遠くから望むだけだった。小さな豆粒以下だ。

 ただし、スクリーンにはそのご尊顔がアップとなる。それを見て満足していた、そんな程度だ。

 俺たちの様な存在があることは知っているだろうが、顔など知る由もないだろうし、知る必要もない。

 だって、総帥は忙しい。病死した父、前総帥ラファガに代わって後を継いだばかり。やることは山ほどあるのだ。

 セルサスは、まだ若干二十六歳と若い。他国の大学院に在籍中だったのを、父親の死によって急遽呼び戻されたのだ。

 なぜ他国に留学していたのか、それには事情がある。

 セルサスは独裁的な政治を敷く父親を好いてはおらず、ずっと批判し意見し続けていた。それを快く思わなかった家臣たちが、成長し、いよいよ邪魔者となったセルサスを、大学入学を機に他国へと追払ったのだ。仮にも帝国を統べる総帥の息子へ、そんな仕打ちをするとは何事か。

 密かに国民の一部は憤った。ラファガのひと粒種であるセルサスは、幼い頃母親を亡くし、苦労しながらもラファガの息子とは思えないほど、まともに育ったと言うのに。その上、セルサスは母親譲りの美貌を備えていて。国民から絶大な支持を得ていた。

 一部国民は密かにそんなセルサスの動向を探り、知りたいものだけに知らせた。ここに、セルサスサポーターズクラブが創立される。いわゆるファンクラブだ。

 俺は幼いながら、そのクラブに入会し、セルサスを応援した。そのまますくすくと成長し、せめてそのお役に立てればと、高校を出てすぐ兵士として入隊したのだ。その他諸々の事情もあったが、その思いが一番を占めていた。

 日々の厳しい訓練にも耐えて、ようやく見習兵として、晴れて仮入隊を認められた時は、本当に嬉しく誇らしかった。


 これでセルサス様のお役に立てる!


 世間を知らぬ若き獅子──実態は野良猫に等しい──はそう思った。



 その日、セルサスはとある大企業の社長と会談を行った。

 今は亡きラファガの盟友とも呼ばれていた男で、かなりやり手で抜け目のない男だった。息子のような年齢のセルサスを軽く見ているのがその会談からも見て取れた。とにかく、感じが悪い。

 だが、セルサスはこういった連中とも今後、対等に渡りあっていかねばならない。セルサスにその力がないとは露ほども思わないが、気苦労は計り知れないだろう。

 俺たちサポーターはそんなセルサスを陰ながら熱く応援しているのだ。

 恐ろしく気疲れがしただろう会談を終え、セルサスが帰宅の途に就く途中、それは起こった。

 搭乗する予定だったヘリが爆破され、代わりに現われたテロ集団にセルサスは拉致され、奴らが乗ってきた大型トラックの荷台に乗せられ、連れ去られたのだ。

 その時、俺はセルサスの乗った車を先導する車両の警護に当たっていたのだが、そこへ偶然その大型トラックが走りこんできたのだ。

 皆、咄嗟に避ける。

 それはそうだろう。誰だって轢かれたくはない。

 それに、そこにセルサスが乗せられているとは、誰も知らなかったのだ。何故かこちらに突っ込んでくる大型トラックの前に、飛び出そうとする馬鹿はいないだろう。

 俺も多分に漏れず避けたのだが、その際、ホロを被せられた大型トラックの荷台に、ちらりと知ったものを見た気がしたのだ。

 セルサスはいつも白の着衣を身につけている。その日も白のスーツの上下だった。中にはシルバーがかったベスト。靴は綺麗な白のエナメルの革靴。

 セルサスでなければ着こなせないだろうと思われる。俺が着ればただの道化にしかならない。それが、見えた気がしたのだ。


 まさか──。


 疑う間もなく、俺は兵士を蹴散らす為に蛇行運転を始めたトラックに向かって走った。蛇行を繰り返すため、人間の俺でもなんとか追いつくことができたのだ。


 あと、少し──。


 本人かどうか確かめねば。

 荷台があと数センチと迫っていた。手を伸ばせば指先が届く──そう思った矢先。突然大型トラックがバックしてきたのだ。


 おおおおおい!


「うおっ!」


 避けることも叶わず、まごまごしている間にそのまま背後へ倒れこんだ。地面に飛び出していた石にけつまづいたのだ。その上を大型トラックが見事に通り過ぎる。

 まるで、アニメのワンシーンの様。助かったのは、そのトラックが車体の下の空間が広い大型だったせいだ。


 セ、セーフ…。


 と、俺は目前を通り過ぎていく車体の裏面に掴めそうなパイプを見つけた。


 これだ!


 咄嗟にわしっと掴むと、ぐんと身体が車体に引っ張られる。


 ぐぐっ──!


 負けじとそのまましっかりと身体をトラックの底面に押し付けた。

 そして、俺はセルサスを乗せたと思われる大型トラックの車体の下に、カエルのごとくぴったりと張り付いたまま、そこを後にしたのだった。

 こんな俺を誰か褒めて欲しい。



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