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17.アジト

 ギギっと軋む鈍い音と共に中に入れば、そこは想像以上に快適な空間が開けていた。

 てっきりコンクリのうちっぱなしの荒んだ様子を想像していたのだが、中は綺麗に塗られた白壁が広がり、汚れた所がひとつもない。

 窓辺には緑が茂り、置かれたソファやテーブルもアンティークもので、まるで別世界だった。高級ホテルの一室と言われてもおかしくない。


「…ここは?」


「俺の休憩場所の一つだ。他にもあるが、ここが一番近かったからな? 少し外に行ってろ」


「──はい」


 中にいたのは、男が一人。ここに俺を連れてきた男より、やや身長は低いものの長身で、背中の中ほどまである黒髪が印象的だった。体格は細身でいて筋肉がしっかりとついている。

 表情があまり無いところは、出会ったばかりの頃のエルを思い起こさせた。


「ねぐらはそれぞれ下の奴らに任せててな。ここは今の奴だ。ま、この周辺に住むのも部下しかいない。──ああいって脅しはしたが、ここは俺の関係者とわかれば安全だ」


 男はそう言うと、脇にすえられたバーカウンターから酒を持ち出し、慣れた手つきでグラスに注ぐとそれをこちらに掲げて見せ、


「お前も飲むか?」


「──いらない…」


「そうか。なら俺だけだ」


 それを手に中央に置かれたソファにどっかと座った。

 グラスの中に揺れる薄い琥珀色の液体を煽った後、空になったグラスをテーブルに置き、


「俺はカラザ。ここ一帯を仕切っている。──お前は?」


「…俺はセト。セルサス様の護衛官兼従者をしてる…。ここ一帯って言うのは──?」


「言葉通りだ。イムベル一帯を仕切る。市長とも友達さ。──いや、奴は下っ端か?」


 そう言ってニヤリと笑んだ。そこまで聞いて、確かに自分は運が良かったのだと知る。この男がここを治めるマフィアの頭なのだ。

 話し次第では、セルサスを助け出すことができるかもしれない。だが、俺にそんな話術はない。とにかく、必死になるしかなかった。


「なら、セルサス様を捕えたのも?」


「俺じゃない。──そう、指示は受けたが、あっちが先になっちまったな…」


「あっち? それは──」


「帝国軍の幹部に雇われたテロリストだ。──敵が多いんだな? お前のセルサス様は」


 カラザは笑う。


「それは…」


 否定しない。確かに命も狙われているのだから。カラザはソファにもたれると。


「──ここにセルサスが来ると知って、連中は俺に取引を持ち掛けてきた。セルサスを捕えるのに協力すれば、かなりの額の見返りをよこすとな。確かに提示してきた額はそれなりだったが…。俺が欲しかったのは金じゃねぇ。だから、協力するふりをしてセルサスを捕えたかったんだが──。先にあっちに行っちまったな」


「あんたはどうするつもりだったんだ?」


「俺はセルサスと話がしたかったんだ。──ここの未来に関する話をな。イムベルは御覧の通り、荒れている。俺が仕切っているからまだ治まっているが、俺が倒れたらどうなるか…。できればそうなる前に手を打ちたいんだ。もっと、女子供、年寄りが安全に暮らせる場所に戻したいと思っている」


「…マフィアなのに?」


 訝しく思う。たいてい街にはびこるマフィアは私利私欲で動くものだ。カラザは笑う。


「マフィア、か…。あんたらから見ればそうなるか。別に裏で黒い取引をしてねぇってわけじゃねぇが。──俺はここで生まれて育った。その間に酷い目にあって死んだ連中ばかり見て来てな。もう、うんざりなんだよ。頭になって力で縛ってもきりがねぇ。──悪い輩は湧いて出る。それはこの土地が荒れているからだ。自然とそう言った連中が集まってくる。だから、少しづつでも治安を良くしていけば、明るい未来も来るんじゃねぇかと思ってな。絵空事にはしたくねぇんだ…」


「…まとも、なんだな?」


「ああ。俺を知る奴は、イカレてるというがな? そんなことをしたって、ひとつも儲からねぇ。だが、俺は自分だけが幸せでいればいいってのが性に合わなくてな。上に立ってまとめれば少しは良くなるかと思ったが、所詮は汚れ切った世界で生まれたボスだ。その中でしか生きられねぇ。できる範囲も限られるし、まとめては見たものの、たいして変わりはしない。──それで、セルサスに話しをつけたかったのさ」


「話しを? それは──」


 俺は身を乗り出した。カラザは口元に微笑を浮かべ。


「イムベルを人の住める場所に戻す。汚れた空気を一掃すると約束してもらう。──形だけじゃなく、必ずそうしてもらおうと思った。俺もその協力を惜しまないとな」



「なら、直ぐにセルサス様を助けないと! セルサス様は、帝国全体を立て直そうとしているんだ! すぐには無理だけれど…。でも、今回の会談だって、ただのパフォーマンスじゃない。国の未来を思っての行動で──」


 カラザは静かな眼差しでこちらを見つめていたが、


「──ラファガが相当、悪だったからな。皆、そう簡単には信じない。セルサスの言っていることが本当かどうか、会って話せばわかる、そう思っていたんだ。それもあって、奴らより先に見つけて捕えたかった。──が、セルサスは向こうの手に渡った…」


「セルサス様は今どこに?」


「知ってどうする?」


 カラザは面白がる様な顔をして見せた。


「当然助けに行く! 俺の位置情報は、本部に行っているはずだ。俺が動けば帝国軍も後を追える──」


「ああ、それか。──それは、ここじゃ使えねぇな。妨害が入っているはずだ。郊外に行けばそれも通じるだろうが、電波は弱いだろうな」


「そんな…」


「ここは自治でもっている様なもんだ。外部からの敵に対するための対策だ。予防線は幾らでも張られている。それくらい荒れているんだ。国がまったく機能していなかったからな?」


 カラザは苦く笑う。俺は舌打ちしたい気分だった。こちらの居場所が知れていないとなると、軍も動けないでいるはず。


「いったい、どうすれば──」


「助けてやってもいい…」


 カラザは微笑を浮かべたままそう口にした。その言葉にガバと顔を上げる。


「だが、代わりに頼みがある」


「──それは?」


「簡単だ。セルサスと話がしたい。お前はセルサスに近しいんだろう? 奴は自分を盾にしてお前を逃がしたと報告を受けた。普通、逆だろう? 主従関係にそれはありえない。自分を犠牲にしてまでも、お前を守りたかった──それくらいは…近いんだろう?」


 カラザはそう言って意味ありげに笑う。

 確かにそれだけ聞けば、そうも思うだろうが、実際はカラザが予測している答えとは違う関係だ。


 セルサスが俺を守るのは──。


 けれど、確かに行き過ぎているとは思う。過去の犠牲を繰り返したくないだけだとしても。実際のところはセルサスにしか分からなかった。


「──俺とセルサス様の関係は、ただの主と部下以外にない。ただ、お傍近くに控えているから、気にかけてもらっているんだ…。確かに俺を使えばセルサス様と話しをする機会を得られるとは思う…。ただ、俺がいなくても、セルサス様は聞く耳をもつ。ラファガとは違うんだ! ──皆がまだセルサス様を知らないだけで、その人となりを知ればきっと安心して未来を託せるはずだ」


「…かなり、セルサスに心酔しているんだな?」


「それは──! もう…かなり。否定はしない…」


「とにかく、お前は糸口だ。セルサスと話しができるまで、手元に置いておくことになる。逃げれば命の保障はないと思え」


「わかっている。──それより、セルサス様はどこに?」


「居場所は分かってる。──ブラウ、入ってこい」


 言うと再び重いドアが開き、先ほど出ていった長髪の男が、今度は他の部下も伴って入ってきた。

 無言の為、さらに感情を読み取れないが、髪と同じく黒い瞳はこちらをしっかりと見据えている。

 俺が余計な動きをしないか見張っているのだろう。カラザを守っているのだ。


「セルサスはいまどこに? まだ奴らのアジトか?」


 カラザの問いにブラウと呼ばれた男は、静かな声音で答える。


「今は闘技場に…」


「闘技場? なんでまた──」


「報告によると、そこで勝ち抜けば自由にすると言った様です…」


「バカな…。ただ命を取るより、その方が面白いからに決まってる。それに奴は乗ったのか? 生き残れるとでも?」


「…そのようです」


「は! バカげてる…」


 カラザは乱暴に髪をかき上げた。俺は話が見えず、カラザに詰め寄ると、


「いったい何が起こっているんだ? 闘技場って?」


 嫌な汗が背に伝っていく。カラザはため息をつくと額に手をあてていたが、直ぐに立ち上がり。


「──人間同士の戦いに人間が金をかける場所さ。そこにセルサスがいる…。──行くぞ」


 ブラウの他、部下に向かって指示する。俺も立ち上がって後を追った。


「って、待ってくれ! 俺も行く! 俺がいれば、セルサス様もあんたに警戒しないはずだ!」


「…だろうな。来い」


 カラザはちらとこちらを見た後、許可を出した。



 闘技場とは、外部からの収入を得るために作られた遊興施設と言う事だった。

 ただし、戦うのは獣ではない。人だ。

 素手や得物、それぞれ戦い方は決まっているらしいが、銃以外は何でも使用可能らしい。力自慢を集めての戦いもあるが、処刑の場合が多かった。

 出場するのは大体が重罪を侵した者たちばかりだったからだ。強くなければ生き残れない、このイムベルを象徴するような施設だ。


「そんな所に…」


 生き残れるはずがない。


 いくら鍛えているとは言っても、自身の身を守ることで精いっぱいのはず。

 カラザと共に乗せられた車の中で、俺はただ手を握り締め、不安の中にいた。スモークのはられた窓の外には、ケバケバしい街の灯りが流れて行く。すっかり、辺りの景色は夕闇に溶けていた。

 俺の隣り、後部座席で顎に手をあて考え込むようにしていたカラザは。


「五回戦って、生き残った奴が勝者だ。残虐であればあるほど、場は盛り上がる…。大抵、負けた奴はまともに生きちゃいない。命を落とすのが普通だ…。奴らはそれを愉しんでいるのさ。もともと、セルサスを生かすつもりはないと言っていた。上からの指示だろう。いたぶって慰み者にして処分する…。汚いやり口だ」


「どうすれば、助けられる?」


「──始まったら、もう無理だろうな。止めるのは難しい。会場ごとぶっ飛ばすくらいでないとな」


「もう──始まっているのか?」


「多分」


「……」


 セルサス様…。


 握り締めた手が白くなりかけていた。

 俺は会場についたら、何が何でもその場に飛び込むつもりでいた。


 飛び込んで、セルサス様を助ける。


 どんな手を使っても。


 どうしても叶わないのなら、その時は──。


 セルサスに無残な死を与えたくはなかった。勿論、自分自身も後に続くつもりだ。


「おい、セト」


 呼ばれて顔を上げた。


「バカなことは考えるなよ? 裏から手を回してなんとか止める。──それまでは動くな。どんなにセルサスに危機が迫っていてもな」


「分かってる…」


 俺の考えなどお見通しなのだろう。


 ──でも。


 いざ、セルサスを前にすれば、どうなるか分からなかった。


 どうか、ご無事で──。

 

 必死に祈る。

 今できるのは、それだけだった。



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