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13.一日の始まり

 朝、アラームの音で目覚める。──はずだったのだが、またしても。


「セト、起きろ。時間だ」


 ん? デジャブ?


 ふかふかの羽毛布団。いい香りがふわりとする。天蓋付きのベッドに、重厚な木調の壁。大きなベランダ付きの窓。そして、その手摺には餌をついばむ小鳥が──。


「って、俺また!」


 俺はがばりと布団をはぐって起き上がった。

 寝癖で髪があらぬ方向に跳ね上がっているのが分かる。見ればセルサスがベッドサイドに腰かけ、肩を揺らして笑っていた。


「寝坊じゃない。俺が止めた。──添い寝を頼んだだろう?」


「って、でも、昨日は別々に──」


「昨晩、扉にロックはかけていなかったんだ。君が戻ってくると思っていたからな。だが、何時まで経っても来ない──。それで迎えに行ったんだが、寝ていた。君の部屋のベッドは一人用だから俺は一緒に眠れない。仕方ないからこちらに運ばせてもらった。──だめだったか?」


 必殺上目遣いだ。俺はこれに簡単にやられてしまう。


「い、いいえ、そんな、だめとかないですけど──」


 しかし。いいのか? これはいいのか?


 セルサスはアストルム帝国を統べる総帥で、美女も美男もよりどりみどり。そんな人物が、傍らに俺を置いて抱き枕にしている…。

 これをサポーターに知られたら一大事だ。

 だってあり得ないだろう。総帥の傍らに侍るのは、絶世の美男美女で無ければ誰も納得しない。こんな、どこにでもいる平凡な男が傍にいていいはずがない。この大事な役目を果たすのは俺ではだめなのだ。


 しかし──。


「昨日、いいと言っただろう? だから遠慮なく連れ出した。俺の役に十分立っている…。──これは君が望むところだろう?」


「も、もちろん!」


「なら問題ないな。今晩は自分で来てくれると助かる」


「は、はははい…!」


 いや、なんか。


 照れ臭いし、色々突っ込みたいのだが。でも役に立っているのならいいのか…?


 白いスケスケネグリジェでも着た方がいいだろうか? それとも、もこもこ寝巻でも着て、抱き心地をよくすべきか。


 前者は色々却下だな。あり得ない。もこもこは──どうだろう? あとで聞いてみるか。


 そんな俺を面白そうに見つめいたセルサスだったが、


「そら、冷めないうちに朝食を取ろう」


「は、はい!」


 そう言って促す。俺は慌ててベッドから飛び降りた。



 その日も慌ただしく過ぎていった。

 とにかく、エルとともにセルサスの後を追い、または先回りして準備を整える。

 俺の役割は護衛半分、従者半分だ。身の回りの世話を焼くのが主な仕事で。エルは秘書としての仕事に集中できると喜んでいたが、俺はすべてエルのようにこなせるか不安もあった。

 エルは何事もそつなくこなす。ともにいた所為かセルサスの意を汲むのも早く、すべて察して先回りする。お茶の淹れ時しかり、俺はまだいちいち指示を受けないと動けないことが多かった。


「まだ始まったばかりだ。そう、緊張するな。慣れれば上手く行くようになる」


 セルサスは控室で休憩に入った所で、未だ慣れない手つきでお茶を淹れる俺にそう声をかけた。

 白磁のカップに紅い液体が揺れる。いい香りが立つそれを、とにかくこぼさないよう、ゆっくりとした手つきでセルサスの向かいのテーブルに置いた。


「…がんばります」


 正直、他人にソーサー付きでお茶を出したことなど皆無だ。マグカップにケトルから直接お湯を注ぐのがせいぜい。どばっと淹れて辺りに茶葉とお湯まき散らした所で、誰も文句など言わなかった。

 しかし、セルサスに対してそんな淹れ方はできない。こうして、カップをきちんと温め、茶葉をしっかり蒸らし、時間をきっちり計ってカップにそそぐ。

 まさか自分がこんな風にお茶を誰かに淹れることになるとは思いもしなかったが。しかも相手はセルサスだ。


「セトはいつも何を飲んでいたんだ?」


 ひと口飲むとそう声をかけてきた。俺は考え込むようにしながら。


「コーヒーが多かったですね。外だと自販機の奴です、あとは売店で飲んでました。帰ってからは豆でも淹れてましたけど…」


「アルコールは?」


「ビールがせいぜい。強いのはあまり…。仲間うちで騒ぐ時だけでしたけど。そんなに飲まなくても酔えるんで、安く上がってました。──セルサス様は?」


「なんでも。あまり酔った記憶がないな。学生時代、限界を探ろうとしたが、結局、わからなかった。気が付いたら朝になっていて、そこでお終いだ」


「…お強いんですね」


 想像通りだ。


「どうだろうな…。周囲の奴らも強かった。それが普通だと思っていて、いつだったか、それに付き合った奴が途中で倒れて大変な目にあったな…。家まで送って介抱して…」


 思いだすようにしながら、懐かしそうな顔をして見せる。


「セルサス様がそんなこと?」


「友達だったからな。他の奴にも任せられないと思った。──まあ、少し意識はしていたが…」


「もしかして…?」


「凶弾に倒れた彼だ。名前をアレアシオンと言った。…とても、いい奴だった」


 そう口にして悲しい目をするセルサスに、俺は継ぐべき言葉が見つからなかった。

 ただ、彼はセルサスの中にしっかりと居場所を得ていることだけはわかった。



 その後の用務も、総帥府内での会議が主だったため、そこまで周囲を警戒する必要はなかった。

 とはいっても、前回の件もある。どこに何がひそんでいるかわからない。

 俺はとにかく些細な行動でも見逃さないよう、注意深く周囲に目を向けていた。

 誰かがピクリと動けば、すぐにセルサスを庇えるように身構える。なんせ、俺が一番セルサスに近い位置に立っているのだ。誰よりも先んじることができる。


 誰にも触れさせない!


 傍らで息巻く俺を、セルサスはどこか面白がるように眺めていた。



 その夜、俺は非常にいたたまれない気持ちに囚われながらも、セルサスの休む寝室に向かった。

 ドアを開ける前に大きく深呼吸する。

 ドアノブにかけた手が汗ばんで冷たくなっていた。緊張はマックスだ。が、だらだらと汗をかくと、せっかくシャワーを浴びたのに意味がなくなる。

 というか、そんな汗臭い奴に隣にいられたくはないだろう。もう一度、シャワーを浴び直したいところだったがそんな時間はない。セルサスを待たせる訳にはいかなかった。

 そうして、ゆっくりドアを開けると、セルサスの姿が目に飛び込んで来た。俺に気づいて笑みを浮かべる。

 既に寝支度を整えていたセルサスは、ベッドヘッドに背を預け、枕元の灯りで本を読んでいた。


「来たな。遠慮せず入れ」


「は、はい…」


 うは、緊張する…。


 今さらだけど。


 てか、寝たまま運ばれた方が良かったか?


 分かっていて横で寝るのは、恐ろしく緊張する。一つ一つの動きがカクカクとなり、全て不自然になった。まるで糸でつられたマペットのよう。

 セルサスは空けてあったベッドの片側を、更に身体をずらして譲ると、


「とりあえず、ここに座って話を」


「は、はいぃ!」


 思わず声が裏返った。セルサスは笑う。


「…そう固くなるな。俺を傍で守るためだと思えば、少しは気楽だろう?」


「は、はは。ですね…」


 む無理だ。緊張するなってのが。


 俺はなるべくセルサスを見ないようにして、ベッドに乗り上げつつ、ずりずりと距離を縮めた。それでも人ひとり分は余裕で空いている。これ以上は近づけない。


 限界だ。


 もう十分とばかり、セルサスと同じようにベッドヘッドに背を預け座った。


 ああ、緊張する。


 何が起こるわけでもないのに、だ。

 すると、セルサスが笑った気配。俺はようやくそこでセルサスを見た。

 セルサスは読んでいた本を伏せ、確かに笑んでいた。ドキリとする笑みだ。


「そこまで緊張されると、まるで、君に対して悪事を働いている気分になるな…」


「そ、そんな事は──」


「君に緊張を強いているのは心苦しく思う。ただ、君のお陰で随分よく眠れる様になった。──それまで、不眠気味でな。誰かが隣にいないと眠れないなど、恥ずかしい話しだが…」


「いいいいえ。いいんです! 俺は役に立てているなら何だって。お、俺みたいなので、逆に申し訳ないくらいで…」


「…どうしてそう思う?」


「いや、どうせなら、こうもっと、見目麗しい人物の方が嬉しいでしょう? 俺なんて横に置いても、ちっとも色気はないし、気分も盛り上がらない──」


 するとセルサスはフッと笑って、


「…そういう事か」


「そう言うことです」


 傍らに侍らすなら、もっとうっとりする様な美男子がいいに決まっている。俺では一気に目が覚めると言うものだろう。

 すると、視線を手元に落としたセルサスは考える様にしながら。


「君には──そう言う事を求めていない。──そう言うための相手なら別にいる…。だから、そう緊張しなくてもいい。襲いはしない。安心してくれ」


「は、はぁ…」


 なんだろう。気が抜けた。


 どうやら俺は眼中にはないらしい。分かり切ったことだし、それはそれで良かったのだが、ちょっと残念にも思う自分もいた。

 セルサスとどうのこうの、なるとは思っていなかったけれど、ちょっとほんのちょっと。針のさきっぽ位の期待はあった。

 それが、ロウソクの火の様に吹き消されたのだ。



 ──けど、これで。


「どうした?」


「その、いえ。何でもありません…」


 俺は二ヘッと笑って肩の力を抜いた。


 気を使わなくていいのだ。


 そう言う意味の意識は必要ない。セルサスが隣りにいるのは変わらないが、それが性的な好意に発展することはないのだ。


 ある意味、気楽でいい。


 けれど、あまりに気をぬきすぎて、放屁などしてはならなかった。はぎしり、いびきはもちろんだ。

 今の所苦情は受けていないが、十分注意しなくてはならない。抱き枕が異音や異臭を発しては役目を放棄したようなものだ。


「…セトは、思う相手はいたのか?」


 唐突な質問に俺は驚いて傍らを見やる。


「家族構成や身の上はある程度分かっているが、個人的な事は何も知らない。友人の数も恋人の数も…。俺が勝手にこちらへ引っ張ってきて、辛い別れを強いていた申し訳ないと思ってな」


「い、いませんよ! そんな──」


「そうなのか? 周囲に興味を持てる相手もいなかったと?」


「まあ、その…。仲間と騒いでばかりで、そっちの方が楽しくて…。いやでも、中には付き合っている奴らもいたし、外に相手がいる奴もいたし。けど、俺は──」


 セルサス一筋で、とは言わなかったが。

 つい視線をセルサスに向けてしまい、慌てて逸らした。俺はコホンと咳払いすると、胸を張り。


「とにかく、俺はそんな感じだったので、気にしないでください」


「…そうか」


 セルサスは納得したのか、満足気な笑みを浮かべると、読んでいた本を閉じサイドボードへと置いた。ちらと見えた表紙から歴史ものらしいのが読み取れた。


 ふんふん、サポーターズクラブの情報通りだな。

 

 歴史や実録が好きだ、と。


 俺も後で探して読んでみようかな──。


 と、その本の傍らに、首から下げていたネックレスも外し置いた。銀細工のそれがキラと光って見える。それはトップがロケットになっていた。

 いつかセルサスが服の上から触れていたのはそれだったのか。ロケットと言えば、中には写真でも入っているのだろうか。

 ふと、アレアシオンが思い浮かんだ。顔も知らぬ相手だが、その写真が入っていても可笑しくない。


 そう、なんだろう…。


 俺は勝手に納得した。後生大事に胸元に下げていると言う事は、そうでなければおかしかった。そう言えば、例のテロリストのアジトから逃げた時に託したお守りはどうなったのか。


 木っ端のはしくれみたいなもんだったしな…。


 胸元にない所を見ると、外されたことは確かだった。役目を終えて片付けられたのかもしれない。

 なんにせよ、光り輝くロケットからその位置を奪うことなどできなかっただろう。


「──セト」


「は、はい?」


 突然呼ばれて、現実に引き戻される。


「もし、隣で眠るのが休まらないのなら遠慮せず言ってくれ。──無理強いはしたくない」


 俺がやたら緊張していたのが気になったのだろう。セルサスは確かめるように訪ねてくるが。


「大丈夫です。こんな役得、ないですから!」


「役得…」


「っと、すみません! つい…」


 アワアワと口元を押さえるが。


「──いや。君は俺のサポーターだと言っていたからな。嫌でないのなら、それでいい。さて、そろそろ寝るか…」


「は、はい…」


 セルサスは笑みの含んだ声でそう言うと、点していたライトを消す。辺りは急速に闇に包まれた。

 大きく開かれた窓からは、街の灯りと月明りも差し込んでいる様だった。俺も遠慮せず、布団の中に潜り込む。


 うーん。にしても凄いな俺。


 あのセルサス様の隣で眠れるなんて。こう、手を伸ばせばすぐ隣──。


「セト、寒くないか」


 想像の手を伸ばす前、セルサスの腕が先に伸びて、俺の身体に布団をかけ直してくれる。覆いかぶさる様になるから、非常に距離が近い。


 てか。抱っこされて眠ってたんだぜ。俺。

 こんなの今更だろ。


 自身に言い聞かすが、心臓はバクバクだ。

 考えて見てくれ。憧れて焦がれている相手が隣にいて、しかもこんな間近にいるのだ。


「どうした? 眠れないか?」


 真上でセルサスの声がする。その顔がこちらを見降ろしていた。暗闇で表情はつかめない。


「い、いえ…。大丈夫です」


「そうか。──おやすみ」


 どこか笑んだ声音。そのまま額にキスが落ちると、セルサスの腕が俺の腰辺りに回され、身体が密着した。

 額にかかる吐息、腰に回される筋肉質の腕。思った以上に熱い体温。

 俺はこんな風に今まで眠っていたのか。知らないって恐ろしい。


 ひゃ。


 俺は、急速にオポッサム化した。



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