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Snow Leopard&Stray Cat  作者: マン太


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11.朝の会話

 そうして、俺の波乱に満ちた護衛官及び従者の日々は始まった。

 朝、セルサスを自室まで迎えにきたエルは、俺を見て片眉を跳ね上げ。


「おや、ご無事だったようで」


 そう言って興味深そうな顔をして見せた。


「は?」


 朝食が終わり食後の紅茶を飲み終えたところだった俺は、茶器を下げながら意味が分からずキョトンとする。


「…てっきり手を出されて、今朝は起きてこられない──なんて、邪推をしたのですが──無事なようですね?」


 それはどんな想像だ? 


 ちょっとだけ想像して頬が赤くなるが。

 幾ら気に入ったと言っても、やはり手あたり次第、手近にいるものに手をだすはずがないだろう。──若干、昨晩は期待したが。

 そこまで飢えているようにも、相手に困るような人物でもないはず。セルサスほどだったら、どんなに難攻不落な手合でも、向こうからアプローチしてくるだろうし、ひたと見つめれば相手は必ず堕ちるだろう。

 俺のようなその辺、どこにでもいるような手合に手を出すような必要はないはずだ。


 あったら、奇跡だな…。


 まさに漫画の世界だ。

 誰もが目を惹く美貌の持ち主が、なぜかその辺どこにでもいるような見た目のドジっ子な主人公を、どんなに美しく可愛い取り巻きがいても、そちらに見向きもせず溺愛する話し。


 よーく考えてみてくれ。あり得ないだろう? 


 現実では。

 俺だけは本当の君を知っているとかなんとか。どんな美しい花より君がいいんだ、とか。言われたら、ほえーとなるが、あり得ないのだ。あれは空想上の世界。だから楽しい。俺はひと息ついたあと。


「あのー、エルさん。申し訳ないですが、俺はそんなんじゃ──」


 どうやっても、俺とセルサスとではそんな流れにはならない。一緒に眠ったが──あれは仕方なく、だ。

 どうやら心に傷を負っているらしいセルサスが、手近で無害な俺を頼っただけで。

 これがとんでもなく美青年で、うふっと笑うような人物であればその流れになった可能性もあるが──あり得ない。第一、俺はオポッサム化していたのだから。

 するとエルはにこと笑み。


「さて。どんなつもりであなたを傍へおいたのやら…」


 それまで、端末で一日のスケジュール変更箇所に目を通していたセルサスがチラとこちらに視線を送り。


「エル。余計な事は言うな。──セト、今日はエルについて仕事を覚えてくれ。とは言っても、護衛官や従者として傍にいればいいだけだ。──かならず、傍にいろ」


「は、はい…!」


 それはもう。言われずともべったり張り付き、危険を端から排除するつもりですから。

 するとエルはふふんと鼻を鳴らし、


「『かならず傍に』ね。なるほど。分かりました…。《《あなたは》》そうしたいのですね?」


 視線はセルサスに向けられる。セルサスはふいと視線を逸らすと。


「悪いか」


「…いいえ。そう言うことなら、こちらもそう対応さえていただきますが──」


 ついと視線がこちらに向けられた。


「セトがそれをよしとするか…」


「お、俺ですか? って、話しが全く見えないんですが…。俺が傍を絶対離れないってことですよね? 俺は別に構いませんが、それが任務ですし、任務でなくともまっとうします!」


「──だそうです」


 エルは意外に真面目な顔をしてセルサスを見返した。


「…それでいい」


 セルサスは俺に向けてそう言うと、後はそれ以上、その話題にふれなかった。



 セルサスには何かある。


 それは分かった。

 想像つくのは、大切な誰かを失ったことがあるらしいと言う事だ。昨晩の様子でそれが分かる。

 けれど、それと俺の護衛とは結びつかない。

 俺はとにかくセルサスにびったり張り付き守り抜くだけだ。アホな輩には指一本たりとも触れさせない。

 俺は目に見えぬ敵に向かって意気込んで見せた。



 俺は言葉に違わず、その日一日、就寝でベッドに寝付くまで、べったりセルサスに張りつくつもりだった。

 手の届く範囲にセルサスはいたし、休憩に入れば直ぐに呼ばれた。サポーター冥利に尽きるとはこのことだ。

 午前中は会議だった。

 前方の席に着いたセルサスのやや右後方に控え、周囲に目を光らせる。勿論、俺以外にも警護官はいて、目をキラリと光らせている。

 そのキラリに負けないくらい、上を行く勢いで俺はギラギラとした目つきで周囲を見渡していた。

 と、会議の冒頭だけ記者の入室を許可していたのだが、その中の一人が懐に手を突っ込んだのが目に入った。

 皆がカメラを構える中、違う動きに目が行く。別に、ノートやペンを取り出すため、はたまた、端末に連絡が来て取り出すところ、だったのかもしれない。

 けれど、記者らしくスーツを着こなし、身なりぼすっきりとした男の漲らせる緊張感がただ者ではなかったのだ。

 その目はじっとセルサスを捕えている。

 男は懐に入れた手を取り出しかけた。何かが握られている。端末を手にしているのとは違う握り方に見えた。


 まさか──。


 それがすっかり懐から取り出されるのと、俺がセルサスに飛びつき横倒しにするのとが同時。先ほどまでセルサスのいた場所に向けて銃弾が撃ち込まれた。

 俺の頭上を弾丸がかすめる──はずだったのだが。


「大丈夫か?」


「──は、はい…??」


 気が付けば、俺はなぜかセルサスの下になっていた。

 銃を手にした男はすぐに取り押さえられ、銃も取り上げられると床にねじ伏せられる。ここに入るには厳重なチェックがされるはずだが、どうやったのか、男は銃器を持ち込んでいたのだ。


「よかった…。起きられるか?」


「え、ええ…。それは、もう…」


 セルサスが俺の上からどいたのに合わせて、俺も身体を起こす。セルサスが起きるのに手を貸してくれた。


 なにか、可笑しい。


 俺は腕を取られ、背中を支えられ、セルサスに起こされているのだ。


 まてまてまて。可笑しいだろう? 


 正しくは、上になるべきだ。抱き起されるのは、セルサスであって断じて俺ではないはず。


 どうして俺が?


 俺は先ほどの一部始終を頭の中でプレイバックした。

 俺がセルサスに飛びついたまでは正しい。

 が、同時に俺はセルサスに抱き込まれ、庇われ床に伏していた。

 あろうことかセルサスは、俺が飛びかかるのを目にして、すべて悟ったのか、飛び込んできた俺を逆に抱え込み、銃弾から守ったのだ。

 これでは、セルサスに守られたことになる。


 俺、何か間違ったか?


 何度も頭の中で自身の行動を思い返すが、間違ってはいなかった。確かに俺はセルサスを守ろうと飛びついたのだ。そこまでは間違っていない。

 そのあとの行動が問題だ。俺が、というより、セルサスの行動が可笑しかったのだ。


「──あの…なぜ、俺を?」


 冷静を装って尋ねる。


「間違えばお前が撃たれていただろう? 当然だ」


「いえっ、その──」


 その先を続けたかったが、セルサスはすぐに他の警護官らに囲まれて別室へと向かわされた。いったん会議は中断される。俺は慌ててそのあとを追った。



 セルサスを狙った男は、ちゃんとした身分も確かな記者だったが、テロ組織の一員だったらしい。

 銃器の持ち込みに関しては疑問が残った。入室前にひとりひとりボディチェックはするし、持ち込むものはすべて確認する。会議室へ入る前には持ち込めないはずだった。


「誰かが手引きした可能性があります…」


 エルは淡々と口にした。


「誰が?」


 思わず俺は声を荒げた。下がった別室には、セルサスの他にエルと俺だけ。他の警護官は外で待機している。

 エルはため息をつくと。


「…まだまだここは敵の中に等しいのですよ。流石に身近を守る警護官の素性は調べ上げて安全なものだけを置いていますが、それ以外の組織の中には、セルサス様を良く思わないものが多いのです。前任のラファガ様の時代から甘い汁を吸っていたものが多いですからね。隙あらば──と狙っている者も多いでしょう」


「そう、なんですか…」


 少し考えればわかることだった。

 セルサスがやろうとしていることは、ラファガとは真逆だ。当時いい思いをしていたものにしたら、苦々しく目に映るに違いない。

 以前と同じように過ごしたいと思えば、当然、セルサスを亡き者にしようと考えるはず。


「まさか、たいした証拠もなく、怪しいとおぼしきものを、突然全員解雇にはできません。──ですから、大物を捕まえてつるし上げるつもりです。そうすれば、後は大人しくなるでしょう。それから徐々に反抗的なものは処分していく予定です」


「内も外も、大変ですね…」


「ええ。内も外も。地方ではすっかりこちらの命令を無視して好き放題の地域も多いですから。ラファガ様の時にそうなってしまった…。それを正していくのは険しい道ではあります。ですが──」


 エルの言葉を遮るように、セルサスが続けた。


「やる。すべてこちらに従わせる。それが正しい国の姿だ」


「──なので、どんな危険な道でも、突き進むのです」


 エルは軽く肩をすくめてみせた後、そう言って笑んで見せた。

 ラファガが悪政を敷いたおかげで国民の暮らしは安定せず、貧富の差は激しくなったのだ。

 裕福なものは恐ろしく豊かな生活を送っていたが、その他大多数の下々のものは極貧を強いられた。

 かく言う俺も下級国民で。貧困にあえぐ地域で生まれたのだ。

 父親は鉱山で働いたが、途中で身体を壊し最後は力尽きてなくなった。母親は父親に負けじと鉱山で働いたが、環境が悪く、結局、肺を悪くして亡くなったのだ。


 この状況をなんとかしたい。


 俺が中等部の頃の事だ。で、俺は卒業と同時に軍に入隊したのだ。これがもう一つの入隊の理由だった。

 当時、セルサスサポーターだった俺は、いつか、ラファガとは違うセルサスがあとを継ぐことを願って。もし、後を継いだのなら、そのセルサスの役に立ちたいと。

 とにかく、そんなだから街は荒れる。

 田舎に行けば行くほどかなり治安も悪く、国の規則などまったく効かない無法地帯も数多くあった。

 多くはマフィアがのさばっていた。彼らの中には、ラファガに取り入るものも多かったが、まったく自治を貫く者もいるらしい。

 そう言った場所がテロリストのいい温床となったのだ。



 そんな状況を改善するため、セルサスは日々奔走している。

 人々の暮らしが徐々にでも楽になれば、豊かになれば、そんな地帯はなくなるし、マフィアの必要もなくなる。

 美しく怜悧な容姿とは裏腹に、かなり熱い。でも判断は冷静に。どうすれば良くなるか、目先ではなく、もっと先を見て判断していくのだ。

 それをこなすには、ひとりの力ではどうにもならない。

 そのため、大学時代の仲間や、ラファガに抑圧されていた人々をかき集めることでなんとか凌いでいたのだ。

 が、いい人物は暗殺されたり、投獄され亡くなっている者が多く。上手く身を隠せたものだけを探し出し協力を仰いだ。

 はじめはラファガの息子だと知って、警戒する者たちもいたが、もともと、父親に反抗して国を出された身の上。それを知っていたから、話せば理解を示し、信頼を得ることができた。


 セルサスは善政を敷く。


 ラファガとは違った。

 なのに行く末が前途多難とは。真面目に生きる人々の為に、セルサスは必要だというのにだ。

 ごく一部の裕福な連中のお陰で、大多数の人々が苦しむ。

 大多数だって、元をただせば一人の人間だ。裕福だろうとなかろうと人生の価値は同じ。一人一人が虐げられることなく、それぞれの道はひとらしく生きれる、それが一番なのだと思う。

 その選択を奪うような行為は許せるものではない。セルサスはそれを分かっているから、ラファガとは違う道を行くのだ。


 なのに自分たちの私欲のためだけに、セルサスの命を奪おうとするとは。


 セルサスは大切な芽なのだ。これから大きく発芽して、成長し、葉を茂らす。その成長した大樹のもとで、人々は憩えるのだ。


 うぐぐ──。許せん。


 俺が絶対に阻止してやる。

 俺は怒りに身体を震わすが。はたと思い出し。


「そういえば、先ほど襲われたときなのですが──」


 俺の声にセルサスがちらと視線を向けてきた。俺が先を続ける前に答えを返す。


「──俺は間違った行動をしたとは思っていない」


 こちらを見返してきた。まっすぐな眼差しとぶつかってドキリとしてしまうが、


「ああ、先ほど、セトを庇ったことですね…」


 エルはため息をついた。俺は訴える。


「だって、どうして庇うんですか? それは俺の役目です。間違ってセルサス様が怪我を負うようなことになれば、俺のいる意味がありません! 庇っていただいても嬉しくありません…。今後はああいった行動は慎んでいただきたいです」


「──だそうですよ。…セルサス様」


 エルは厳しい視線をセルサスに向けるが、セルサスはどこか怒ったような顔をして。


「…無理だ」


「セルサス様?」


「前に言っただろう? 目の前で人が死ぬのを見るのは嫌だと。少しでも知った相手が、倒れる姿はみたくない」


「でも…っ」


 代わりにセルサスが倒れたのでは意味がない。俺はそのためにいるのだ。しかし、セルサスは自身の手元を見つめたまま、


「…それくらいなら、君を傍に置かない方法もあるが、それも辛い。心を許せる相手には傍にいて欲しい…。矛盾してはいるが──」


 そうして視線をこちらに向けてきた。


 うっ、なんて顔だ。


 いつもきりりとしているセルサス様の切なげな顔にはやられる。そんな顔で訴えられて、否とは言い辛い。だがしかし。


「俺は…俺の所為で悲しむセルサス様を見るのは嫌です。ですが、凶弾に倒れるセルサス様はもっと見たくない…。セルサス様は俺たちの希望なんです。虐げられる世界から救ってくれる…。その希望を失いたくはないんです。今後も傍に置いていただけるなら、セルサス様を本気でお守りします。それだけは、変えられません…!」


 俺はきっぱりと言い切った。

 俺は心底、セルサスに生きていて欲しいのだ。セルサスは黙ってこちらを見つめていたが。


「──わかった」


 そうとだけ返した。



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