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9.ランチ

 と、そこに立っていたのは。


「…!」


「どうだ。仕事はやれそうか?」


 薄紫の瞳を笑みに緩ませ、トレイを手に立つ長身の青年──。

 なんと、セルサス自身だった。

 手にした銀のトレイにはサンドイッチとスコーン、サラダの類がのせられている。俺は慌ててそれを受け取った。


「あ、あああの! どうして…?」


 そのままトレイを部屋の中央にある木製テーブルへと置く。ここへセルサスが現れた理由が分からない。しかし当の本人は。


「ランチの時間だからな?」


 そう言って悪戯っぽく笑むと、遠慮なく入室してきて、椅子ではなくベッドへと腰かけた。

 そこは俺がさっきまで寝転がっていた場所だ。そこをポンと軽く叩きながら、


「どうだ? 少しは気に入ったか?」

 

 こちらを振り返る。銀糸が陽の光を浴びて、ふわりと揺れた。


「ええっと、その! 俺にはもったいないくらいで…」


「ここも少し改装させたんだ。それまではかなり無機質な部屋でな。単なる、警備兵の待機部屋だった。銃器が壁にずらりとならんで、味気ない…」


 言いながら無表情になったその顔を俺は食い入るように見つめた。セルサスのどんな些細な表情も見逃したくはない。しかし、直ぐにこちらを見て笑みを浮かべると。


「気に入ってくれたなら嬉しい。──さて、昼食にするか。スープもまだ温かいはずだ」


 そう言って、セルサスは立ち上がると、テーブルに向かった。俺も慌てて準備に取り掛かる。


「は、はい!」


 トレイに乗っていた、サンドイッチ、スコーンの乗った皿、野菜たっぷりのサラダボウル、温かいスープの入った器をテーブルに置いて行く。二人分以上はあるだろう。

 サンドイッチにはハムやチーズ、トマト、レタスが挟まれている。スコーンの脇には別の入れ物にジャムとクロテッドクリームが入っていた。

 その他意匠の凝らされた器や銀食器に彩られ、華やかな食卓となる。


 ああ、なんか次元が違う…。


 俺のとっていた食事とは別世界だった。


「どうした?」


 席についたセルサスが不思議そうに首をかしげる。


「あ、いや、その…。俺の今までの昼食とは随分違うんで…」


「そうか? 君は何を食べていたんだ?」


「えっと、おもにカップラ…インスタント食品でしたね。職務中は食堂で麺類食べるくらいで…」


 すると、セルサスは少し考えるようにして。


「…たまにはそれもいいかも知れないな」


「へ?」


「俺も学生時代はそうだったからな? エルや他の連中と学食で騒ぎながら食べていた。ジャンクフードをな」


 そう言って笑うセルサスは年相応の青年のようだ。いい顔だと思った。俺はスープをカップへと移しながら。


「そうなんですね? なんか、想像つきませんが…」


 カップをセルサスの前と自分の前に置く。それで昼食が始まった。


「そうか? こんな堅苦しい恰好をしているからそう見えないかも知れないが、案外、普通なんだ」


 手を広げて自身を振り返るそぶりを見せる。

 今着ているのも白いスーツだ。中に着ているベストも白で刺繍が入っている。スーツのジャケットは脱いで傍らのベッドに放られていたが。

 黒も似合うとは思ったが、やはり白が本当に良く似合っている。


「そ、そうなんですか…」


 エルが言っていた言葉を思い出す。案外俗人なのだと。


 俺と、そんなに違わない…のか?


 いやいやいや。それくらいでそう思うのはおこがましいな。

 ただ、俺とまるっきり同じではないにしても、似たように気楽な空気を吸っていたことはあるのだろう。


「昼食の時間は多めにとった。食べながら、君の普段の話しを聞かせてくれないか?」


「俺の?」


「そうだ」


 セルサスは手に取ったスコーンを器用に半分に割ると、そこへクロテッドクリームを軽くのせる。

 整った口元にそれが運ばれていく様を見つめつつ、俺は自身の日常を思い起こした。



「えーと、まず、六時に起床して、シャワーを浴びて、着替えて寮の食堂に向かいます。そこで朝食を食べて、休息したのち、八時から職務が始まります。大抵が午前が座学で、教養や実践に役立つ知識を身につけます。午後は訓練で、なにか行事があると、それに対応した内容になりますね。昼食をはさんで、一日そんな感じです。で、職務後は友人と夕飯を食べたり飲んだり…。でも、大抵は帰って夕飯を食べて寝て…。そんな感じです」


 うん、単調な日々だ。

 でも、これが俺の日常だった。まだまだ下っ端の俺達はその殆どが知識の詰め込みと訓練で。

 他国の言語や歴史を学び、戦闘に不可欠な知識や戦術も身に着ける。

 やたら重いおもりを背負って、歩いたり走ったり泳いだり。──ちなみにこれは、セルサスの体重にプラスアルファした重さだとのちに知った。

 山も歩けば川も渡り、海も泳ぐ。何度も吐いたし、溺れかけもした。天国への橋を渡りかけたことだって二度三度。とにかく手は抜かない訓練が続く日々だった。

 それもこれも、セルサスのため、そう思えたから辞めずに続けることができたのだ。

 けれど、俺のようにセルサスに心酔しているのはごく少数で、大抵は金のいい軍に入隊した奴の方が多かった。

 軍に入れば安定した収入が得られるし、退職後も手厚い保証を受けられる。命がけではあるが、それに惹かれてくる人間の方が多かった。

 別にそれが悪いこととは思わない。けれど、時折、何かの拍子に熱量の差を感じて、寂しくもあった。


「なるほど。だいたいは想像していたのと同じようだな…。君はどうして軍へ入隊したんだ?」


「えっと、それは…ですね──」


 セルサスの顔を見やる。

 オールバックに整えられた前髪が少し崩れて一筋額に落ちていた。窓越しの光を背に受けて、後光がさしているようにけぶって見える。白い衣装はいつもの事だが、さらに魅力を引き出すのに加勢しているように見えた。


 きれいだな…。


「どうした?」


 薄紫の瞳に問われ、俺は慌てて居住まいを正すと。


「その、今更隠してもあれなんで白状するとですね…」


 そうして、俺は幼い頃、画面で見たセルサスにひと目で惹かれたこと、その後、非公式のファンクラブに入り、そこでずっとセルサスを追ってきたことを告白した。

 セルサスを応援するため、軍へ入ったことを打ち明ける。セルサス様を守れるならと。

 他にも理由はあったが──それは黙って置いた。こちらの方が比重が大きかったからだ。

 これを聞けば引くだろう、そう思ったのだが。

 セルサスは肩を揺らしてくつくつと笑うと。


「…そうか。エルから聞いてはいたが、やはりそうか」


「ええっと。その…俺、気持ち悪くないですか? だって、熱狂的なファンでサポーターで。隙あらばって見つめてる…。そんなのが四六時中、隣にいるんですよ? 怖くないですか?」


 俺だったら、ちょっと引く。距離を置こうとするだろう。しかし、セルサスは笑いながら首を振ると。


「──いや。命を張るほど思ってくれる相手をそんな風には思わない。幾ら好きでもそこまではできないものだ。君は貴重だ」


「そ、そうでしょうか…?」


「ああ。とてもな…」


 セルサスの眼差しはあくまで優しい。


 ううー、見つめないでくださいー。


 逸らしたいけど、もったい無くて逸らせないし。──照れ臭い。

 セルサスは暫くそうしてこちらを見つめていたが、


「──スープが冷めてしまうな。さっさと食べてしまおう」


「は、はい…!」


 促されて、俺はろくに味も感じないまま、それでも目の前に出されたすべてを完食したのだった。



 セルサスは昼食を終え、俺のぎこちない手つきで入れた紅茶を美味しそうに飲むと、また職務に戻って行った。

 部屋の外には部下らが控えていて、今か今かと待ち構えていたのが目に入る。気をもむような表情だったが、セルサスは気にもせずにゆったりとした様子で出ていった。


 まるで、嵐の様だったな…。


 セルサスが去ったあと、自分の心境を言葉にすると、それに尽きた。

 俺の心はセルサスが言葉を発するたびに荒れ狂う。暴風に巻かれてあわあわしているうちに、いつも間にか終わっていて。今は放心状態だった。

 トレイに乗った食器は、暫くして年かさの給仕係が下げにきた。

 人の良さそうな顔をした初老の男で、食事に不備はなかったかと尋ねてきたが、セルサスは特に何も言ってはいなかった。俺もかなり満足したので、大丈夫だと答えると嬉しそうに下がって行った。


 なんだろう。同じ匂いを感じる…。


 ここに入れるのは、かなり限られたものだけ。エルにも俺にも共通するのは、セルサス様を支えたい、それだった。きっと先ほどの男もその部類なのだろう。

 件のテロリストのような輩がどこに潜んでいるかもわからない。セルサスはそうやって、自身の周りを安心できるもので固めたいのだ。

 エルも言っていたように、まだここへきて日の浅いセルサスには、大切な味方なのだろう。


 絶対にセルサス様を守る──。


 俺の肩と胸と腹の傷跡が伊達ではないことを、かならず証明しようと思った。



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