真・運命の交差──封じられた記憶
その夜のことは、今も鮮明に覚えている。
魔物の屍が転がる静寂の中、夜風だけが二人の間を吹き抜けていた。
炎はゆっくりと武器を収め、目の前の女を見つめた。
赤い髪が揺れ、黄金の瞳が静かに彼を映している。
その眼差しには、奇妙な安堵と、ほんの僅かな興味が混ざっていた。
「エン……ね。」
カルマは唇に微かな笑みを浮かべ、その名を口にした。
まるで、その響きを噛みしめるように。
炎は何も言わずに見つめ返す。
だが、なぜか心の奥で小さな波紋が広がるのを感じた。
「私たち、また会うことになるわ。」
カルマは確信めいた口調でそう言い、くすりと微笑んだ。
「その時、あなたがこの夜を覚えているといいけれど。」
そう言い残し、彼女は踵を返した。
闇に溶けるように、静かに歩み去る。
炎はその背中を、ただ黙って見送った。
赤い髪が夜風に舞い、やがて完全に影の中へと消えていく。
──なのに、彼は目を逸らせなかった。
名前を交わしただけの、ただの邂逅だったはずだ。
だが、カルマという名の女の存在が、妙に心の奥に引っかかる。
その瞬間、不意に胸の奥に鈍い違和感が走った。
まるで、忘れていたはずの記憶が、微かに揺らいだような──沈黙の湖面に、小さな波紋が生まれたような感覚。
「……俺は、誰なんだ?」
思わず零れた言葉は、闇に吸い込まれて消えた。
彼の記憶には、断片しか残っていない。
まるで、誰かの手によって封じられたかのように。
カルマの存在は、その封印の輪郭を撫でるかのように、曖昧な疑念と、不可解な既視感を彼にもたらした。
だが──
炎は、すぐにその考えを振り払った。
たとえ過去を思い出せなくとも、彼は「炎」として生きる。
今はそれだけが、彼を繋ぎ止める唯一のものだった。
夜風が吹き抜ける。彼は静かに匕首を握り直し、足を踏み出した。
──やがて訪れる宿命に向かって。