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デビルハンター 〜最強悪魔(ヒロイン)と契約して、運命と戦うことになった件〜  作者: 雪沢 凛
第六章:霧の中の真実と絆

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霧の中の真実と絆(12)

 エンは静かに自宅の扉を開いた。


 ここは、かつてエリヴィアが彼に託した場所──

 淡い光の結界が張られた、穏やかな静寂に包まれた住処だった。


 結界が発する柔らかな波動は、彼にとって安心できる唯一の場所。

 それはまるで、エリヴィアの意思がそこに息づいているかのようだった。


 エンが足を踏み入れると、結界は穏やかに反応し、

 まるで彼の意識を察するかのように静かに波紋を広げた。


 すると──


 アルがちょこんと家の中へと入り込む。

 その瞬間、結界が一瞬、微かに揺らいだ。


 エンは警戒したが、アルが結界に拒まれることはなかった。

 むしろ、結界はその存在を認めたかのように、静かに受け入れた。


「……俺が認めたものを、結界も認めるってことか?」


 エンは小さく呟きながら、

 エリヴィアの残した結界が、彼の意識に呼応していることを改めて実感した。


 アルは家の中をくるくると見渡し、

 好奇心たっぷりに動き回る。


 その仕草は、まるで新しい縄張りを探索する猫のようだった。


「好きにしろよ。」


 エンが苦笑しながらそう言うと、

 アルは興味津々に室内を駆け回り、

 最終的に部屋の隅の静かな場所に落ち着いた。


 くるりと丸まり、翼を小さくたたみ、

 目を閉じてすぐに休息状態に入る。


「……気ままなやつだな。」


 エンは思わず小さく呟いた。



 エンは室内を軽く整理し終えた後、

 カウンターの隅に体をもたせかけ、カルマを見つめた。


「……今日の調査は、順調だったか?」


 静かに問いかけると、カルマはわずかに肩をすくめ、

 少し疲れた表情を浮かべた。


「順調とは言い難いね。」


「アイデンには色々と助言をもらったけど、

 結局のところ、肝心の手がかりにはたどり着けなかった。」


「もっと深く掘り下げないと……本当に重要なものは見えてこない気がする。」


 彼女の声には、ほんの少しの落胆が滲んでいた。


 エンは黙って彼女の言葉を聞きながら、

 その気持ちを少しでも和らげるように、静かに相槌を打った。


「そうか……」


 カルマの父、アレスの真実を追い求める彼女。


 そのために、彼女は公会に身を置き、

 自ら危険に足を踏み入れる覚悟を決めた。


 ──それならば。


 エンは、どんな結末になろうとも、

 彼女が孤独にならないよう、傍にいようと決めていた。


 少しの沈黙の後、エンはゆっくりと口を開いた。


「……カルマ。」


「もし……仮に、お前が"あの狩人"に出会ったら──」


「お前は、どうする?」

 エンの問いに、カルマはふと動きを止めた。


 そして、ゆっくりと顔を上げる。

 彼女の瞳には、複雑な感情が映っていた。


「……正直、私にも分からない。」

 彼女はそう呟き、目を伏せる。


「問い詰めるかもしれないし、怒るかもしれない。」


「でも……」

 カルマの声が、少しだけ震えた。


「私にとって一番大切なのは……"理解すること"なのかもしれない。」

「復讐じゃなくて、真実を知ること。」


 エンの胸に、一瞬、鋭い痛みが走る。


 ──もし、彼女が知ってしまったら?


 その"狩人"が、自分だと気づいてしまったら?

 その時、彼女は……?


 エンは思考を振り払うように、拳を軽く握った。


 カルマは、ふと笑みを浮かべた。

「まあ、もしその時が来たとしても……

 あなたが私の代わりに戦うことは許さないよ?」


 彼女は冗談めかして言ったが、

 その言葉には、彼女の"覚悟"が滲んでいた。


 エンが微笑み、口を開こうとした瞬間、

 アルがふと動き出した。


「……?」


 小さな黒い影は、

 まるで何かを探し求めるかのように、

 家具の隙間をすり抜けながら部屋を駆け回る。


 次の瞬間──


 アルの符紋が淡い光を放った。


 その光は、ゆっくりと流れるように、

 彼の全身を包み込みながら脈動する。


「これは……?」


 エンとカルマが驚きの表情を浮かべる中、

 光の粒子が空間に舞い上がり、

 部屋の中央にぼんやりとした影が浮かび上がった。


 ──それは、アレスの姿だった。


 魔力で構成された幻影のような存在。


 だが、その佇まいはあまりにも鮮明で、

 まるで今ここに実在しているかのようだった。


「カルマ、許してくれ。」


 低く、けれどもどこか温かみを感じさせる声が響いた。


 アレスの幻影は、

 魔界の王たる威厳を備えた巨大な姿をしていた。


 長い赤髪が燃え盛る炎のように肩に流れ、

 その鋭くも深遠な眼差しが、カルマをまっすぐに見つめていた。


 その視線には、

 ただの恐怖や威圧ではなく──


 "父親としての想い" が宿っていた。


 アレスは、静かに言葉を紡ぐ。


「カルマ……

 私があの日、何も告げずに去ったことを、どうか許してほしい。」


 その声は、いつもの堂々たる響きとは違い、

 どこか悔恨と愛情が滲んでいた。


 カルマは、驚きと混乱の表情を浮かべながらも、

 目の前の幻影を見つめる。


 アレスの目が、どこか遠くを見つめるように揺れる。


「……あの日、私は知ったのだ。」


「エリヴィアがまだ人間界にいるということを。」


「彼女が……

 かつて私が信じ、追い求めた神が、

 今もなお、この世界に存在していると。」


 アレスの声には、

 抑えきれない激情が滲んでいた。


「私は、それを確かめずにはいられなかった。」


「私の信念は、再び燃え上がり……

 私は、どうしてもエリヴィアの元へ向かわねばならなかったのだ。」


 カルマの指が、震える。


 アレスの幻影は、

 カルマに向かって一歩、踏み出すように揺れた。


「だが、お前のことを忘れたわけではない。」


「私にとって、お前は何よりも大切な存在だ。」


「だが、それでも……

 私には、エリヴィアの行方を確かめるという、もう一つの使命があった。」


 カルマの瞳が揺れる。


「……父さん……」

 彼女の声は、かすれていた。


 アレスは、静かに続ける。


「もし、この声が届いているのなら……

 頼む、カルマ。私の結末を追うな。」


「私はお前がこの争いに巻き込まれることを望んでいない。」


「お前には、お前自身の未来がある。」


 アレスの幻影が、徐々に薄れていく。


「どうか、自分の道を見つけてくれ。」


 最後の一言は、

 まるで微かな風のように、

 空気に溶け込んでいった。


 アルが、小さく「ニャア」と鳴いた。

 まるで、アレスの言葉に応えるかのように。


 カルマの瞳は、

 なおもアレスの消えた空間を捉えていた。


 ──そこにはもう、何もない。

 けれど、彼の温もりだけが、

 確かに残っている気がした。


 彼女の眼差しは揺れ、

 その奥には、押し殺しきれない悲しみが滲んでいた。


 父の遺した言葉。

 それはカルマが長い間探し続けてきた"答え"であり、

 同時に、予期せぬ"別れ"でもあった。


「……そうだったんだ。」


 彼女は小さく、

 震える声で呟く。


「父さんは……そのために私を残していったんだね……」


 エンは何も言わず、

 ただ静かにカルマを見守っていた。


 その小さな背中から伝わるのは、

 彼女がずっと押し殺してきた痛み。


 普段は強気で気丈に振る舞うカルマも、

 今この瞬間だけは、悲しみに揺れていた。


 そんな彼女の姿に、

 エンの胸の奥には、

 言葉にできない感情が込み上げる。


「……カルマ。」


 エンがそう呼びかける前に、

 彼女はそっと目を閉じ、

 深く息を吸い込んだ。


 そして、ゆっくりとエンへと視線を向ける。


「……ありがとう、エン。」


 エンは少し驚いた表情を見せる。


「アルを連れてきてくれて……

 父さんの言葉を聞かせてくれて……」


「もし、私がこのまま何も知らずにいたら……

 私はずっと父さんを憎み続けていたかもしれない。」


 カルマの瞳には、

 悲しみと安堵、そして決意が入り混じっていた。


「……でも、これが本当の"父の願い"なんだね。」


 彼女はそう呟くと、

 そっとアルの毛並みを撫でた。


 エンは小さく頷き、

 落ち着いた声で言った。


「……アレスは、お前が過去に囚われることを望んではいなかった。」


「きっと、お前自身の未来を見つけてほしかったんだ。」


 カルマはその言葉を噛みしめるように、

 じっとアルを抱きしめた。


 アルはまるで、

 彼女の気持ちを理解しているかのように、

 そっと彼女の手に顔をすり寄せる。


「……わかってる。」


 カルマは微笑みながら、

 だがどこか寂しそうにそう呟いた。


「父さんの言葉を聞いて、

 少しだけ……自分を見つめ直せた気がする。」


 エンは彼女を静かに見つめ、

 そして優しく言った。


「どんな選択をしても、俺はお前の側にいる。」


 カルマは驚いたようにエンを見上げたが、

 やがて、微笑を浮かべる。


 その笑顔は、どこか穏やかで、少しだけ温かかった。


「……ありがとう。」


 カルマは目を閉じ、

 アレスの最後の言葉を思い返す。


「……父さんは、全てを見通していたのかもしれない。」


「だからこそ、私はもう過去に囚われるのではなく……

 自分の未来を探さなきゃいけない。」


 カルマは、そっと眉をひそめた。

 父アレスの遺した言葉が、頭の中で何度も繰り返される。


 ──彼はなぜ、そこまでしてエリヴィアを探したのか?

 もし本当に見つけていたのなら、

 その後、一体何が起こったのか?


 そして、アレスの決断は、

 エリヴィアの存在によってどこまで左右されたのか?


 答えのない問いが、

 次々と彼女の心に渦巻いていく。


 ふと気づけば、

 カルマの視線は自然とエンへと向いていた。


 彼の力──

 それはどこか、

 彼女がかつて父から感じていたものと似ている。


 以前から、薄々気づいていた違和感。

 けれど、それを深く追求することはなかった。


 それに触れれば、

 自分の中の"何か"が揺らいでしまいそうだったから。


 だが、もう逃げられない。

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