霧の中の真実と絆(11)
アイデンの指が、
無意識のうちに書類の端を強く握る。
「……エンがこれからどんな答えを導き出すのか、見極めるとしよう。」
静かに、彼はそう呟いた。
「……エンの行動は、
公会の任務やカルマのためだけではない。」
低く呟くように言う。
「彼とエリヴィアの繋がりは、
我々が考えているよりも、ずっと深いのかもしれない。」
その言葉に、
マイルズの目が細まる。
「……"エリヴィアの贈り物"、か?」
マイルズが低く呟いた。
その声色は慎重でありながらも、
どこか探るような響きを含んでいた。
アイデンは、その言葉を聞いて一瞬黙り込む。
そして、静かに言った。
「"贈り物"……それが神の恩恵なのか、
それとも呪いなのか──」
「おそらく、エン自身も分かっていないだろう。」
アイデンは視線を遠くに向け、
眉をひそめたまま、静かに続ける。
「もし、それが"呪い"だった場合……
いずれ彼を、公会ごと破滅へ導く可能性すらある。」
マイルズの表情が引き締まる。
「……となれば、彼の行動にはより慎重に目を向けるべきだな。」
マイルズは腕を組み、
思案するようにゆっくりと頷いた。
「エリヴィアの存在……
彼女の理想は、魔界の魔物たちにも影響を与えた。」
「アレスすら、
その信念のために権力を捨て、彼女に従った。」
マイルズの目が鋭く光る。
「もしかすると、エンの執着は、単なる職務ではない。
……彼自身も、気づかぬうちに"引き寄せられて"いるのかもしれない。」
アイデンは、ゆっくりと目を閉じる。
「……だとすれば、この件は想像以上に根深い。」
彼の言葉には、
目に見えぬ重みが滲んでいた。
「……ところで、"あの狩人"の件はどうなった?」
アイデンが問いかけると、
マイルズは苦々しい顔で首を振る。
「相変わらず、決定的な証拠がつかめない。」
「すべての手がかりは、
ある一人の"赤髪の狩人"を指している。」
「だが、正体が不明だ。」
マイルズはため息をつく。
「該当する期間に、
髪を赤く染めていた狩人を数人調べたが……
どれも決定打にはならなかった。」
「偽装が巧妙なのか、それとも我々が意図的に誤誘導されているのか……。」
アイデンは、鋭い眼差しでマイルズを見つめる。
「……つまり、お前は"誰かが情報を隠している"と考えているんだな?」
マイルズは苦笑しながら、
こめかみを押さえた。
「その可能性は高い。」
「だからこそ、影幕にもう一度接触する必要がある。」
「あいつの手元には、まだ"鍵"となる情報が残されているはずだ。」
アイデンは、静かに目を閉じ、
深く息を吐いた。
「……確かに、あいつなら"何か"を持っているだろう。」
「問題は、それをどう引き出すかだ。」
マイルズは、眉をひそめながら頷いた。
「次の機会を逃すわけにはいかない。」
アイデンの目が冷たく光る。
「……やるしかないな。」
静かな会議室の中で、
二人の間に流れる空気が、
徐々に張り詰めていった──。
マイルズは、
目の前の書類を軽く指でなぞりながら、
静かに思考を巡らせていた。
──例の"赤髪の狩人"。
長らく追い求めているその人物の正体は、
依然として霧の中にあった。
ふと、彼の脳裏にある疑念がよぎる。
「……まさか、エンが?」
瞬間、心の奥底で警鐘が鳴る。
だが、マイルズはすぐに
その可能性を否定した。
炎は紅髪ではない。
彼が公会に加入した時期も、
"例の事件"と時系列が合わない。
それに──
「……エンは、何も隠していないように見える。」
マイルズは、
これまでの炎の言動を思い返す。
「闇紋会とアレスに関する話をした時も、
彼は終始、淡々としていた。」
「疑念を抱かせるような仕草もなく、
あまりに自然に、そして的確に答えていた。」
「まるで、自分の言葉と行動に、一切の矛盾がないかのように。」
マイルズの眉がわずかに寄る。
「だが、それこそが妙だ。」
「もし、彼が本当に嘘をついているのなら……」
「この冷静さは、あまりにも異常だ。」
──嘘をつく者の多くは、
些細な仕草や口調の乱れで正体を暴かれる。
しかし、炎にはそれが一切ない。
彼の言葉は、証拠と寸分違わず合致し、
矛盾点もない。
つまり、
「偶然にしては、出来すぎている。」
マイルズは、
無意識のうちに、指でこめかみを押さえた。
「……考えすぎか?」
マイルズは自嘲気味に小さく笑った。
炎の話す内容は、
どの証拠とも整合性が取れており、
彼の行動パターンとも一致する。
「疑う理由は、何もない。」
そう結論づけたものの、
彼の中の警戒心は、完全には消えなかった。
アイデンは、
そんなマイルズの様子を見ながら、
静かに視線を窓の外へ移した。
──夜の帳が、街を覆い始めていた。
アイデンは、
ここ数日の炎の動向を思い返しながら、
静かに息を吐く。
「エンの異変は、アレスやエリヴィアだけが理由ではない。」
「おそらく、この件は公会全体の運命にも関わる。」
彼は、決断を下すように目を閉じた。
「……今は、静観するしかないな。」
アイデンは、
手の中の資料をそっと置くと、
冷静な声でマイルズに告げた。
「しばらくは、エンの行動を観察する。」
「彼が何を見つけ、何を導き出すのか……
慎重に見極めるとしよう。」
マイルズは、ゆっくりと頷いた。
部屋の中の空気は、
先ほどよりも冷たく、
静かに張り詰めていく。
──真実が、少しずつ姿を現そうとしていた。