霧の中の真実と絆(6)
ふと、炎の脳裏に映像がよぎる。
──あの夢の中で見た、アレスの姿。
彼が頻繁に訪れていた隠された倉庫と実験室。
そして、最後にたどり着いた儀式の場──
あの場所こそが、真実に迫る鍵かもしれない。
しかし、今ここでそれを口にすれば、
情報の「出所」を問われるのは避けられない。
炎は冷静な表情を保ち、
考えを巡らせながら静かに口を開く。
「……俺は、いくつか確認したい場所がある。
だから、しばらく単独で動く。」
その言葉が落ちた瞬間、
会議室内の空気が微かに揺らいだ。
数人の獵人たちは小声で囁き合い、
露骨に眉をひそめる者もいた。
「今さら単独行動? 協調性ってもんが……」
「指令を無視するつもりか?」
そんな言葉が、低く飛び交う。
だが、アイデンはそれを制するように、
短く頷いただけだった。
「……なるほど。」
そう言って、特に咎める様子もなく、
再びカルマへと視線を向ける。
「なら、カルマ。
エンが単独で動くと言ったが……それでも、お前はここに残って協力するつもりか?」
「闇紋会の研究施設から持ち帰った資料の調査は、
魔力の感知能力があるお前にしかできないことだ。」
カルマはわずかに驚いたが、すぐに頷く。
「分かった。できる限りのことはする。」
その声音には、迷いはなかった。
しかし、カルマの心は落ち着かなかった。
彼女の視線は、無意識のうちに炎の背中を追っていた。
単独行動を選んだ彼の決意は分かる。
だが、それでも……
彼の沈黙は、彼女の胸に不安を残した。
まるで、彼がどこか遠くへ行ってしまうような──
そんな予感が拭えなかった。
「……大丈夫よね?」
そう自分に言い聞かせるように、
カルマは小さく息を吐く。
それでも、何かあれば自分が駆けつける。
彼女の中で、その決意だけは揺るがなかった。
一方、マイルズは静かに炎を見つめる。
その目は、まるで彼の考えを見透かすかのようだった。
「……お前が向かう場所、
また新たな問題を引き起こすことにならないといいがな。」
穏やかながらも、深い意味を含んだ言葉。
炎はその視線を受け止めながら、
静かに言った。
「かもしれない。
だが、自分の目で確認しなければならない。」
その声は揺るぎなかった。
アイデンは、それを聞いて小さく微笑んだ。
「それぞれ、自分の答えを探しているってことか。」
どこか理解を示すようなその言葉に、
炎は答えず、ただ静かに頷いた。
そして、会議室を後にする。
彼の足取りは迷いなく、
次に向かうべき場所へと続いていた。
◆ ◆ ◆
会議が終わった後、カルマは無意識のうちにアイデンの後を追っていた。
彼の指示が、まるで何の迷いもないかのように的確だったこと。
必要な人員を即座に動かし、大規模な調査を指揮していること。
──どうして?
彼は公會の研究員のはず。
それなのに、あまりにも自然に指揮を執っていた。
まるで、それが当然のことのように。
カルマは、ふと視線を巡らせ、
近くにいた公會の職員に静かに声をかける。
「ちょっと聞きたいことがあるのだけど……
アイデンって、本当にただの研究員なの?」
職員は、驚いたように目を瞬かせる。
「えっ……まさか、知らなかったんですか?」
カルマは眉をひそめ、
彼の反応に、ますます疑問が膨らむ。
「どういうこと?」
「アイデンさんは、公會にとって特別な存在ですよ。」
「……特別な存在?」
カルマは、静かに続きを促した。
職員は少し声を潜め、慎重な口調で言う。
「アイデンさんは、表向きには研究員ですが……
実は、獵人公會の現会長です。」
カルマの表情が、一瞬固まる。
「……え?」
まさかの答えに、思わず聞き返してしまった。
職員は苦笑しながら続ける。
「まぁ、そういう反応になりますよね……
でも、公會の人間なら誰でも知っていることなんです。」
「もともとは研究員として公會に所属していましたが、
彼の知識と判断力が評価され、会長に任命されました。」
「とはいえ、本人は研究への情熱を捨てられなくて、
今も現場の指揮を執る時以外は研究室にこもってますけどね。」
「だから、彼は自分の立場をあまり公にしたくないんですよ。」
職員はカルマを見つめ、
念を押すように言った。
「このこと、あまり他言しないでくださいね。」
「アイデン会長は、できるだけ目立ちたくないんです。
だから、彼の希望を尊重してもらえたら……。」
カルマは少し考え、
やがて静かに頷いた。
「……分かった。」
カルマは、
改めてアイデンの姿を思い浮かべる。
静かで落ち着いた態度、的確な指示、
そして、公會内での圧倒的な影響力──
考えてみれば、
会長という立場であることに何の違和感もない。
むしろ、彼ほど適任な人物はいないだろう。
だが、それでも彼は自らを「研究員」と名乗り、
己の役割を必要以上に誇示しようとはしなかった。
カルマは、
そんな彼の姿勢に対し、
静かな敬意を抱いた。
──そして、ふと、ある疑問がよぎる。
炎は、このことを知っていたのだろうか?
彼に尋ねれば、
きっと何事もなかったようにこう答えるのだろう。
「……ああ、知ってたよ。」
そして、
興味がないかのように話を終わらせるに違いない。
その光景を想像し、
カルマは思わずくすりと笑った。
アイデンの正体を知ったことで、
公會の裏側にある「もう一つの顔」に気づいたカルマ。
だが、それでも彼女の心の中には、
まだ消えない疑問が残っていた。
──炎は、今どこに向かっているのか?
彼の背中を追うべきか、
それとも、ここで自分の任務に集中すべきか。
カルマは、そっと拳を握りしめた。
◆ ◆ ◆
カルマは、アイデンや他の公會のメンバーと共に、
広々とした研究室へと足を踏み入れた。
室内は、無機質な鋼板とデータスクリーンに囲まれ、
最新鋭の設備が整然と並んでいる。
冷たい光が点滅し、静かに動作する機械たちが、
まるでこの部屋に潜む数々の「未解の謎」を物語っているかのようだった。
中央の研究台には、
闇紋会の拠点から持ち帰られた遺物が並べられていた。
黒ずんだ金属の断片、
古びた魔導書、
そして、何かの儀式に使われた形跡のある刻印。
どれも、過去の「影」を背負ったまま、
今ここに並んでいる。
カルマは、それらを静かに見渡しながら、
ふと部屋の奥に目を向けた。
そこには、リアの姿があった。
「ここにあるものは、すべて闇紋会の拠点から回収されたものだ。
中には……極めて重要な情報も含まれている。」
アイデンの目が、一瞬だけリアへと向けられる。
「リア、お前の存在は、
この研究にとって決定的な鍵になる。」
「今後の調査は、俺たち三人で進めたい。」
リアは、少しだけ表情を硬くした。
「……分かってる。」
短く答えながらも、
どこか落ち着かない様子が伺えた。
まるで、この研究室という空間そのものが、
彼女にとって「異質な世界」であるかのように。
カルマはそんなリアの横顔を見つめ、
彼女の抱える秘密に対する興味が、
より一層強くなっていくのを感じた。
カルマは、改めて部屋を見回す。
──闇紋会の研究とは、一体何なのか?
アイデンが「極めて重要」と言ったものの正体は?
そして、リアという少女が持つ「鍵」とは──?
カルマの心に、
新たな「探究心」が灯り始めていた。