霧の中の真実と絆(5)
この都市の中心にそびえ立つ、超高層ビル。
獵人公會の本部は、その摩天楼の中に隠されていた。
一見すると、最先端の商業施設。
高級オフィス、豪華なレジデンス、洗練されたショッピングエリア、
そして、六つ星ホテルを兼ね備えたランドマーク。
誰もが訪れるこの場所に、獵人公會の中枢が存在することを知る者は少ない。
──最も目立つ場所こそ、最も安全な隠れ家となる。
無数の人々が行き交うこの繁華なビルの中に、
公會はその存在を巧妙に隠していた。
このビルは、主要鉄道のターミナルと直結し、
都市のあらゆる場所からアクセスが可能だ。
その利便性が、逆に公會の「隠れ蓑」となっていた。
最新のセキュリティシステムが完備され、
一般の商業エリアと公會の区域は完全に隔離されている。
公會のエリアに入るためには、
限られた者しか持たない特別な認証が必要だった。
炎とカルマは、タクシーを降りてビルの前に立った。
ガラス張りの巨大な建造物を見上げると、
都市の喧騒の中心にあるはずなのに、どこか異質な空気を感じる。
カルマは、このような華やかな場所に来る機会は少ない。
そのためか、目の前のビルを眺める瞳には、
わずかな驚きと興味が混じっていた。
炎は一瞬だけ彼女の横顔を見たが、何も言わずにビルの中へと足を踏み入れる。
ロビーには、スーツ姿のビジネスマン、
高級ブランドに身を包んだ買い物客たち。
誰もが目的を持ち、足早に歩いている。
この光景の中に、獵人公會が潜んでいるとは誰も思わないだろう。
炎は迷いなくロビーを横切り、
一見すると何の変哲もないエレベーターへと向かった。
エレベーターの前で立ち止まり、炎はポケットから特製の認証カードを取り出す。
無駄な動きなく、端末にカードをかざすと、
電子音と共に、エレベーターの扉が静かに開いた。
カルマはその様子をじっと見つめながら、無言のまま炎の後に続く。
エレベーターの内部はシンプルで、
他の階数ボタンは一切なく、
代わりに公會の紋章がディスプレイに映し出されていた。
動き出したエレベーターの中で、カルマがぽつりと呟く。
「……思ってたのと、ずいぶん違うわね。」
彼女の声には、わずかな驚きと感嘆が混ざっていた。
炎は小さく笑みを浮かべたが、
特に何も言わず、ただ前を見据えたままだった。
エレベーターが静かに停止し、扉が開く。
その先に広がるのは、先ほどまでの華やかな雰囲気とは異なる世界だった。
重厚なデザインの廊下。
整然と配置されたモニター。
規律正しく歩く公會のメンバーたち。
都市の喧騒とはかけ離れた、
沈黙と警戒が支配する空間。
カルマは、その場の空気を肌で感じ取る。
──ここは、「表の世界」とは違う。
炎とカルマは、獵人公會の廊下を進んでいった。
空気は張り詰め、どこか普段とは異なる緊迫感が漂っている。
──何かが起こっている。
それを肌で感じながら、炎は無言のまま足を速めた。
やがて、会議室の前に到着する。
炎は静かに扉を押し開けた。
室内にはすでに数名の獵人が集まっていた。
その中心に立っていたのは、アイデン。
彼は大きなスクリーンの前に立ち、眉をひそめながらデータをチェックしていた。
炎とカルマの姿を認めると、アイデンは顔を上げ、短く頷く。
「来たか。」
その声には、わずかな焦りが滲んでいた。
「影幕の件は、思った以上に厄介だ。」
アイデンは腕を組み、低く言った。
「事態が急速に動いている。すぐに次の行動を決めなければならない。」
炎とカルマは目を合わせると、無言のまま席についた。
これから告げられる情報が、彼らの戦いを大きく左右することを悟りながら。
二人が席につくと、
視線の先にもう一人の人物の姿があった。
マイルズ。
獵人公會の中でも経験豊富なベテランの狩人。
彼は椅子に深く腰掛け、腕を組みながら静かに状況を見守っていた。
その眼差しは冷静でありながら、どこか鋭い。
一瞬だけ炎とカルマを見つめた後、再びスクリーンへと視線を戻す。
「……お前たちも、何となく察しているだろう。」
低く、しかし確かな重みを持つ声。
「状況はかなり悪い。」
アイデンは部屋を見渡し、全員が揃っていることを確認すると、
スクリーンの端末に手を伸ばし、ボタンを押した。
瞬間、巨大なホログラムが会議室内に投影される。
スクリーンに映し出された複雑な関係図。
影幕と闇紋会の繋がりは、
これまでの推測よりもはるかに広範囲に及んでいた。
アイデンは、
ホログラムの中心にある影幕の名前を指し示しながら、低く口を開く。
「新たに得た情報によると、影幕の活動規模は、
これまで考えられていたものよりも遥かに大きい。」
その声には、滅多に見せない重みが含まれていた。
「やつはただの黒市のブローカーではない。
もっと大規模な勢力と繋がりを持っている。」
アイデンは指を滑らせ、
関係図のいくつかの点を拡大表示させる。
「その中には、いくつかの正体不明の組織も含まれている。
そして──確認できた限りでは、影幕と闇紋会を繋ぐある重要人物が存在する。」
マイルズは無言で画面を見つめ、
一瞬だけ考え込むように眉を寄せた。
やがて、低く静かな声で言う。
「そうなると、影幕と闇紋会の影響範囲は、
俺たちが把握しているよりもずっと広いということだな。」
「……いや、それどころじゃない。
この規模なら、すでに政府機関の内部にまで入り込んでいる可能性もある。」
その言葉に、場の空気がさらに張り詰める。
アイデンは、炎とカルマを一瞥する。
「……聞いたところによると、
お前たちはさっき影幕に接触していたらしいな。」
その声は落ち着いていたが、
微かに探るような響きが混ざっていた。
「何か有益な情報は得られたか?」
炎は小さく頷き、淡々と答える。
「影幕は、アレスを追ったのは赤髪の獵人だと言った。」
「だが、具体的なことは何も話さなかった。
それどころか、わざと濁しているようにも感じた。」
マイルズは、腕を組んで深く息を吐く。
「影幕の言葉をどこまで信用するかは別として、
もし本当に赤髪の獵人がアレスを討ったのなら──
そいつの正体を突き止める必要がある。」
そう言うと、彼は手を振り、
控えていた部下たちに静かに指示を出した。
「過去の未報告任務、
および記録が曖昧な案件を洗い出せ。」
「赤髪の獵人──
該当しそうな者がいないか、徹底的に調べろ。」
部下たちは短く返事をすると、即座に動き出す。
アイデンは静かに頷き、
再びスクリーンに視線を戻す。
「それと、カルマ。」
彼はスクリーンを操作しながら、カルマへと向き直った。
「お前の魔力感知能力を使えば、
闇紋会の研究施設や遺されたものから、
何か手がかりを得られるかもしれない。」
「もし協力してもらえるなら、
お前の力を貸してほしい。」
カルマは少し驚いたように瞬きをしたが、
すぐに頷く。
「……分かった。
遺された魔力の痕跡があるなら、感じ取れるかもしれない。」
その声には、迷いのない強さが宿っていた。
アイデンは、
会議室を見渡しながら、さらに細かい指示を出していった。
影幕、闇紋会、そして赤髪の獵人。
それらが交錯する真実に向けて、
彼らの戦いは、いよいよ核心へと迫り始めていた。