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夢幻の追憶 (6)


 少年は、人混みの中で "それ" を見つけた。


 ——アレスと酷似した顔。


 街角に立つ男は、一見すると無害そうに見えたが、視線の端に滲む探るような光が、その本性を暴いていた。


「……こいつか」


 アレスがかつて口にした言葉が脳裏をよぎる。"人間界に、俺と瓜二つの男がいるらしい"——まさにその存在が、今目の前に現れた。


 少年の眼差しが冷たく光る。


 男もまた、その視線を感じ取ったのか、一瞬だけ動揺の色を浮かべた。しかし、すぐに表情を整え、軽く微笑む。


「やあ、こんなところで会うとはね。」

 ——軽い口調だが、探りを入れている。


 少年は冷淡に応じた。男は話を続けようとするが、少年の簡潔な返答にことごとく話題を断たれ、会話の糸口を見つけられない。


 "こいつ、まだ仕掛ける気はない"


 会話の中で、少年は男の底知れぬ圧力を感じ取る。しかし、それ以上に——男が慎重に距離を測っていることも、はっきりと伝わってきた。


 "こいつは、俺を試している"


 少年の態度が変わらないことを悟ると、男は僅かに肩を竦め、苦笑した。まるで「収穫はなかった」と言わんばかりの仕草で、最後にひと言、軽く別れの挨拶を残し、踵を返す。


 少年は、その背中が人混みに消えていくのを、冷然と見送った。


 胸の奥に、奇妙な違和感が残る。


 アレスが語った「瓜二つの存在」——あれは単なる噂話ではなかった。"偶然ではない、これは何かの始まりだ"

 少年の直感が、そう警鐘を鳴らしていた。


 ◆ ◆ ◆  


 少年は、闇紋会の内情を調べるうちに、一つの疑念を抱き始めていた。


 ——この組織は、本当に「平和」を掲げるものなのか?


 アレスの言葉とは裏腹に、組織の中枢に潜むのは、支配欲と陰謀。

 符紋の力を求める者たちは、「理想」ではなく「権力」を手にしようとしていた。


 そして、その中心にいるのが——アレス。

 それを知った少年は、ある夜、ひと気のない路地でアレスを待ち伏せた。


「アレス!」


 呼び止める声に、アレスは足を止め、ゆっくりと振り返った。

 街灯の薄明かりの下、彼の眼差しはどこまでも冷たかった。


「お前……本当に、気づいていないのか?」


 少年は抑えきれない焦燥を滲ませながら、真っ直ぐに問いかける。

「この組織は平和のためじゃない。ただの支配だ! 闇紋会は、力で全てを制そうとしている!」


 アレスの唇がわずかに歪んだ。

 それは、憐れむような微笑だった。


「……エリヴィア。お前は変わったな。」


 静かだが、鋭く突き刺さる言葉。


「昔のお前なら、そんな弱気なことは言わなかった。力がなければ、何も変えられない。犠牲なくして、新しい世界など生まれない。……そうだろ?」


 その言葉に、少年の胸が締めつけられる。


「違う……!」


 声が震えた。


「力で変えられるのは、ただの秩序の形だけだ! 本当の平和は、誰かの犠牲の上に築くものじゃない!」


 アレスの瞳が、一瞬だけ揺らぐ。

 だが、次の瞬間には、また冷たい光を取り戻していた。


「——お前には、分からないさ。」


 それだけを告げ、アレスは背を向ける。


 少年は、咄嗟に手を伸ばしかけた。

 だが、その指先がアレスに触れることはなかった。


 歩み去る背中が、もう届かない場所にあると悟ったから。


 アレスは、もう戻らない。


 少年は拳を握りしめる。


 アレスから贈られた短剣。

 その刃に刻まれた符紋が、闇夜の中で淡く光を放っていた。


 ——かつて、この剣は二人の「絆」だった。

 今は、二人の「決裂」の象徴となった。


 少年は、静かに短剣を見つめながら、呟く。


「……アレス、お前は……本当に、力に呑まれたのか?」


 その問いに答える者はいない。


 だが、少年は決めた。

 アレスが進む道を、このまま黙って見過ごすわけにはいかない。

 闇紋会の真実を突き止め、アレスを止める——たとえ、それが敵として対峙することになったとしても。


 夜風が冷たく吹き抜ける中、少年は静かに目を閉じた。

 そして、決意と共に目を開いた時——その瞳には、迷いはなかった。

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