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デビルハンター 〜最強悪魔(ヒロイン)と契約して、運命と戦うことになった件〜  作者: 雪沢 凛
第五章:曖昧な鏡像

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曖昧な鏡像 (10)

 

 ——その瞬間、迷いは一切なかった。


 エンは新たな銃をしっかりと握り、引き金を一気に引いた。


 轟ッ——!


 緑色の符紋弾が閃光を放ち、一直線に影幕へと迫る。


 影幕はすかさず身を翻し、回避の動作と同時に符紋のエネルギーを解放。


 次の瞬間——。


 衝撃波が炸裂する。


 弾丸と魔力が正面からぶつかり合い、爆音と共に奔流するエネルギーが結界内を荒れ狂う。

 光と影が交錯し、空間を揺るがす戦場がそこに生まれた。


 しかし——結界の外は静寂に包まれていた。


 この戦いの激しさをまるで感じさせないかのように、ビルの外はいつも通りの景色が広がっている。

 だが、その青い障壁の内側では——。


 エンは卓越した反応速度と精密な射撃で影幕を追い詰め、カルマは魔力を駆使し、符紋エネルギーと真正面からぶつかっていた。


 ——弾丸一発、一発が、確実に影幕の動きを封じていく。


 しかし、影幕もまた、光の網をかいくぐるようにしなやかに身を躱し、攻撃の隙を伺っていた。

 背後では、アイデンが戦況を冷静に見極めながら、隙あらば援護の準備を整えていた。


(やはり……厄介な相手だな。)


 影幕のずる賢さと強さが、伊達ではないことを誰よりも理解していた。


 ——だが、同時に彼は別のことにも驚かされていた。


 エンの戦いぶり——いや、適応力の異常なまでの高さに。


(たった今、手にしたばかりの新銃……それなのに、まるで何年も使い込んだかのような精密さだ。)


 その手に握る銃は、すでにエンの身体の一部となったかのように、意識と連動し、撃つべき瞬間に、撃つべき場所へと 迷いなく弾丸を放つ。


 その圧倒的な制圧力に、影幕の表情がわずかに曇った。


(……思ったより、手こずるかもしれんな。)


 影幕の目がさらに冷たく光る。

 結界の内側では、流星のように飛び交う銃火と符紋の輝きが交錯し、激闘の場を白昼のように照らし出していた。


 影幕は奥歯を噛み締め、内心で苛立ちを抑えながらも符紋の魔力をさらに高めていった。

 空気中に膨れ上がる圧力。


 それは鋭利な刃となり、影幕が手を振るうと同時に、エンとカルマへ猛然と襲いかかった。


「っ……!」


 カルマは即座に防御障壁を展開し、迫り来る攻撃を受け止める。しかし、符紋の力は障壁の表面を削り取るように蝕み、魔力の消費が急激に増していく。額にはじんわりと汗が滲み、耐えながらも僅かに歯を食いしばった。


 ——だが。

 エンは一歩も退かない。


「……っ!」


 彼は迷わず引き金を引いた。

 新たな銃から放たれる緑の符紋弾——流星のように飛び、影幕へ向かっていく。


 バン! バン! バン!


 その全てが正確無比な弾道を描き、影幕の動きを確実に封じる。影幕は俊敏に身を翻し、攻撃を避けようとするが——


 避けきれなかった。


 ズバッ!


 数発の弾丸が衣服を裂き、肩口を貫通する。


「……ぐッ……!」


 鮮血が飛び散る。


 だが、影幕は怯まない。むしろ負傷をものともせず、より苛烈な攻撃を繰り出してきた。


 手を振り上げると、暴風のような符紋エネルギーが放たれ、荒れ狂う力が炎とカルマを強引に引き離す。


「まずい……」


 戦況を見守っていたアイデンが低く呟く。


「——気をつけろ、攻撃のリズムを崩そうとしている!」


 エンは素早く反応し、視線を鋭く影幕に向ける。

 ——影幕は時間を稼ごうとしている。


 このままでは不利になると判断したエンは、深く息を吸い込み、新銃をしっかりと構えた。


 カチャッ。


 重量のある弾倉を装填し、膛室へと確実に押し込む。


「……なら、こっちも本気でいく。」


 狙いを定め——

 ——一気に三発。


 バン! バン! バン!


 雷鳴のごとき銃声が空間を震わせる。

 今までよりもはるかに重く、速く、強力な弾丸が影幕の防御障壁に炸裂し、強烈な破壊力を叩きつけた。


 影幕は壁際へと追い詰められた。


 その顔には陰鬱な影が差しながらも、口元にはなおも狂気を孕んだ笑みが浮かんでいた。

 ——まるで、最期の賭けに出る覚悟を決めた者のように。


 エンは新たな銃をしっかりと構え、照準を影幕の胸元へと定める。

 同時に、もう片方の手には暗紅色の微光を放つ一本の短剣——アレスの短剣 が握られていた。


 その刃は静かに煌めきながら、まるで己の力が解放される瞬間を待っているかのように、不気味な脈動を繰り返していた。


 ——その瞬間だった。


 影幕の表情が一変する。


 彼の瞳孔がかすかに収縮し、その双眸には疑念と驚愕が交錯する。


 短剣の符紋——その気配があまりにも馴染み深い。


 アレスの力が刻まれた刃、そこに宿る魔力は、影幕が幾度となく目にしてきたものだった。


「……っ!」


 しかし、エンは彼に考える暇すら与えなかった。


 一歩、また一歩と確実に歩み寄りながら、手中の短剣を軽く回転させる。

 刃先が空気を裂き、僅かに漂う血のような紅の輝き——それは、決して縛られることのない解放の力を象徴していた。


 影幕は自らの退路が完全に絶たれたことを悟る。


「……ならば。」

 彼は最後の抵抗を試みるべく、両手に符紋のエネルギーを凝縮させる。


 しかし、その刹那——


 ズバッ!


 暗紅色の雷光が迸った。


 ——それはまさしく、短剣から解き放たれた力。


 瞬時に影幕の肩へと直撃し、その衝撃は彼の符紋の防御をいとも容易く貫通した。


「ぐッ……!!」


 影幕の呻き声が響く。


 身体が大きく仰け反り、足元が揺らぐ。

 肩口から溢れ出す鮮血が、床へと滴り落ちた。


「……こんな、バカな……!」


 彼の顔に浮かぶのは驚愕、そして——絶望。


 ——そして、その瞬間。


 影幕は目の前のエンを見つめながら、意識の奥底で、ある過去の残像と重なり合うのを感じた。


 紅い髪をなびかせ、かつて彼が遠くから観察し続けたあの少年——

 冷たい眼差し、決して揺るがぬ決意。


 この男は別人だと理解している。

 それでも、あの少年が纏っていた決然たる意志と、目の前の男の姿があまりにも酷似していた。


 影幕の指が微かに震える。

 そして、彼はかすれた声で、まるで呪詛のように低く問いかけた。


「お前は……いったい、何者だ……?」


 その問いは、まるで心の奥深くに囁くかのように、エンの内側へと響き渡る。

 まるで、彼にしか届かない呼びかけのように——。


 エンは影幕を冷然と見下ろしながらも、その問いかけにわずかに心を揺らした。


 ——お前は何者だ?


 その言葉は、エンの奥底に眠る記憶を呼び起こす。


 彼は理解している。

 自分はエリヴィアであり、今の自分でもある。


 数えきれない過去と、重すぎる責任を背負った存在——それが、彼だった。

 影幕の言葉が突き刺さる。


 それは忘れ去られたものではなく、魂の奥深くに埋もれ、決して消え去ることのないもの。

 だが——


 彼は、もう迷わない。


 エリヴィアの意志ではなく、自らの意志でこの瞬間を選ぶ。


 燃え盛るような眼差しが、鋭く影幕を貫いた。

 ——その視線には、一切の迷いも、惑いもなかった。


「俺は——俺だ。」


 静かに、だが確かに、そう告げた。


 ——その瞬間。


 短剣が冷たい輝きを放ち、まるで冬の刃が空気を切り裂くように、鋭い冷気が迸る。

 影幕の身体を覆っていた魔力が、一瞬にしてその刃へと吸収されていく。


 その力は留まることを知らず、彼の最後の抵抗すらも呑み込みながら、すべてを凍りつかせていった。


「……っ!」


 影幕の足が震え、やがて力なく崩れ落ちる。

 音もなく、その身が床へと倒れ込んだ。


 ——まるで、すべてが最初から存在しなかったかのように。

 戦いの幕は、静かに閉じた。


 一瞬の沈黙の後、結界が淡く光を放ち、空間に張り詰めていた緊張がゆっくりと溶けていく。

 エンはその場に立ち尽くしたまま、手に握る短剣をじっと見つめていた。


 彼の背後で、アイデンとハンターたちは周囲の安全を確認し、安堵の息を漏らす。

 カルマが静かにエンへと歩み寄る。

 彼女の視線は、エンの手に握られた短剣へと注がれていた。

 刃から伝わる冷たい魔力、それが物語る過去の重み。


 エンは短剣を見つめながら、まるで記憶と現実の狭間で揺れているかのようだった。

 だが、その唇に刻まれた言葉——


「俺は俺だ。」


 それは、彼自身への誓いであり——

 そして、過去を受け入れた証だった。


 影幕の唇がわずかに動く。

 微かに笑ったように見えたが——

 次の瞬間、そのまま意識を失った。


 カルマはエンを見つめ、疑問と気遣いの混じった声で尋ねる。


「……今、何を言ったの?」


 エンはふと動きを止め、低く答えた。

「俺に……お前は誰だ、と。」


 カルマはしばらく沈黙し、ゆっくりと頷いた。

 それ以上は何も問わず、ただ静かにエンの肩に手を置く。

 それだけで、十分だった。


 ——大丈夫、私はここにいる。


 彼女の手の温もりが、そう伝えていた。



 やがて、結界の青い光が消え、現実の喧騒が戻ってくる。


 遠くから響く、慌ただしい足音。

 数名の特殊部隊が室内に突入し、影幕を取り押さえ、素早く手錠をかける。


 アイデンが歩み寄り、ほっとしたように息をつきながら、エンとカルマに向かって軽く頷いた。

「これで終わったな。こいつは法の裁きを受けることになる。」


 エンは、拘束されて連行される影幕を静かに見つめた。

 彼の中には、言葉にできない感情が渦巻いていた。


 ——これは、終わりなのか?


 それとも、ただの始まりに過ぎないのか——。




 数日後——

 ニュースの画面には、ある見出しが映し出されていた。


『元区議会選挙候補者、文書偽造などの容疑で逮捕』

 報道では、影幕を「かつて区議会議員を目指したが、果たせなかった市民」として描写し、財務不正や文書偽造といった罪状のみを強調していた。

 記事には「一時は政治への志を持っていたが、理想には届かなかった」などと綴られ、彼の過去の野心を淡々と語っている。


 ——しかし。

 闇紋会に関する記述は、どこにもなかった。

 まるで、それが「存在しなかった」かのように。

 彼の背後に潜んでいた本当の闇は、一切報じられることなく、ただの「失脚した政治家」として処理されていた。


 この事件の真相を知る者は、ごく僅か——

 そして、そのうちの一人である炎は、ただ静かに画面を見つめていた。


 -第五章:曖昧な鏡像(完)-

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