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曖昧な鏡像 (9)

 

 カルマは鋭い眼差しで影幕を見据え、単刀直入に問いかけた。


「アレス——私の父は、今どこにいるの?」


 影幕はその言葉を聞くと、相変わらず余裕の笑みを浮かべながらも、わざと考え込むような素振りを見せた。そして、ゆっくりと口を開く。


「……アレス、か。あいつは実に興味深い存在だったよ。」


 影幕の声はどこか愉悦を含んでいる。

「純粋な信念を持つ者というのは、時に美しくもあるが——俺たちの世界では、かえって異端だった。」


 言葉を区切るように、彼はふっと息を吐き、カルマの表情を観察する。そして、わずかに目を細め、冷ややかな笑みを浮かべた。


「……だが、本当に知りたいのか?時には、"真実"というものが受け入れがたいものだったりする。」


 カルマの目が鋭く光る。怒りを押し殺しながらも、彼女は迷うことなく答えた。


「どんな真実であろうと、私は受け止める。だから、答えなさい——父は今どこにいる?」

 彼女の揺るぎない決意を前に、影幕はわざとらしく溜息をつく。


「……アレスは、理想のために多くを犠牲にした。どんな代償を払ってでも"平和"を求めていた。」

 そして、影幕は静かにカルマへと視線を移し、口元に冷たい微笑を浮かべた。


「——だが、そんな道を進めば、いずれ"許されざる敵"に出会うものさ。」

 彼の言葉には、わずかに嘲弄の色が滲んでいる。


「アレスの"弱点"を熟知する者……それに目をつけられた時点で、彼の結末は決まっていたのさ。」


 エンはその言葉を聞くと、眉をひそめ、冷ややかに問い詰めた。

「そいつは誰だ?アレスとどんな因縁がある?」


 影幕はゆるりと微笑み、どこか愉快そうな口調で答える。

「アレスを知り尽くした者さ。あいつのような魔をどう扱えばいいか、よく理解している人物だよ。」


 彼は言葉を切り、意味ありげに肩をすくめた。

「残念ながら、俺が知っているのは噂だけでね。結末をこの目で見たわけじゃない。」


 エンの瞳に冷たい光が宿る。そして、静かに言い放った。

「……つまり、お前じゃない、というわけか。」


 影幕は一瞬、目を細めたが、すぐに冷笑を浮かべる。

「ご明察。そう、俺じゃない。」


 彼はゆっくりと立ち上がり、窓の外を一瞥しながら、淡々と言葉を続ける。


「俺とアレスの間に私怨なんてないさ。むしろ——かつては、あいつの考えを支持していた、と言ってもいいかもしれないな。」

 その声には、妙に懐かしむような響きがあった。だが、それはほんの一瞬のことで、すぐに薄ら笑いと共に、不遜な色を帯びる。


 カルマの胸の奥に、鈍い痛みが広がる。


 彼女はこの瞬間が来ることを、何となく予感していた。

 それでも、こうしてはっきりと確認させられると、やはり心が締め付けられるようだった。


 さらに彼女を苛立たせたのは、影幕の言葉の端々に滲む"軽蔑"の色だった。

 怒りがじわりと込み上げてくる。だが、彼女はそれを押し殺し、鋭い目つきで影幕を睨みつける。


「どんな言い訳をしようと、父の理想をお前たちの道具にすることは許さない。」


 影幕はその言葉を聞いても、まるで意に介さず、肩をすくめた。

「理想?そんなもの、この世界じゃ一握りの人間が握る"道具"に過ぎないさ。」


 彼の視線は、どこまでも冷め切っていた。

「時に、"世界を変えたい"と願う者ほど、皮肉にも誰かの計画の"駒"にされるものだよ。」

 影幕は淡々と言い放つ。その声には、どこか達観したような響きすらあった。


 エンは影幕の言葉に微塵も動揺せず、静かに言い放つ。

「どれだけ操ろうと、お前が進む道は遠くない。」


 影幕は肩をすくめ、冷笑を浮かべた。

「勝手にそう思っていればいいさ。だが、俺の計画を止めるつもりなら……その力、見せてもらおうか?」


 互いの視線がぶつかり合い、緊張感が室内に張り詰める。


 ——その時。


 外から、鋭い足音が響いた。


 次の瞬間、オフィスの扉が勢いよく開かれ、アイデンが数人のハンターを伴って姿を現す。


 彼らは室内を素早く見渡し、万全の態勢であることを示すように、落ち着いた表情を浮かべていた。

 アイデンはゆるりと微笑みながらも、確固たる決意を込めた声で言う。


「このフロアはもう確保済みだ。職員はすべて退避させた——シャドヴェル、お前の逃げ場はもうないぞ。」


 影幕の瞳がわずかに細められる。

 一瞬、自信に満ちた表情の奥に、警戒の色がよぎった。


 彼の視線が獲物を狙う獣のようにハンターたちをなぞる。おそらく戦況を瞬時に分析しているのだろう。だが、その思考を悟られまいと、すぐに表情を取り繕い、鼻で笑った。


「……へえ、随分とご執心なことだな。」

 彼はゆっくりと椅子から立ち上がり、わずかに口角を上げる。


「だが、俺を囲んだからといって、簡単に捕まえられると思うなよ?」


 アイデンは一歩前へ進み、鋭い眼差しで影幕を見据えた。


「どんな手を使おうと、お前をここで終わらせる。」

 その声には迷いが一切なかった。


 アイデンは懐から重厚なケースを取り出し、軽く振ってから、それをエンへと投げる。


 エンは無言のまま、それを確実にキャッチし、疑問の色を浮かべながらアイデンを見る。


 アイデンはニヤリと笑い、少し楽しげな口調で答えた。

「お前の新しい銃だよ。ただし……まだ試し撃ちはしていない。」


 そして、愉快そうに肩をすくめる。

「まあ、この戦いで性能テストといこうじゃないか。」


 エンはわずかに眉を上げ、箱を開けた。


 中には、ずしりとした重みを感じさせる新しい銃が収められていた。

 新品の鋭利な輝きを放つその銃は、これまで彼が使っていたものよりもさらに厚みがあり、グリップから銃身に至るまで精巧に設計されているのが一目で分かる。小ぶりながらも圧倒的な存在感を放ち、かすかに光を反射していた。


 アイデンが低く呟く。

「その銃は青の符紋弾には対応していない。今装填しているのは緑の符紋弾だ——影幕のような悪党を仕留めるには十分すぎる威力だよ。」


 エンは無言で頷き、指先でグリップを軽くなぞった。


 ——たった数秒。


 それだけで、彼は銃の重量と感触を完全に把握した。

 静かに拳を握り直し、しっかりと銃を構える。

 その目は、研ぎ澄まされた刃のように鋭くなっていた。


 影幕は冷ややかにその様子を見つめ、嘲笑を浮かべる。

「新しい武器を手に入れたからって、俺を簡単に倒せるとでも?」


 彼の言葉とは裏腹に、空気は張り詰め、戦いの火蓋が切られようとしていた。


 ——その時。

 影幕のオフィスを囲むように、ハンターたちの後衛部隊が手際よく動き出す。


 次の瞬間、淡い青の光が揺らめきながら展開され、周囲を包み込んだ。


 結界の発動——。


 透明な障壁が部屋を覆い、魔力の波動が空間を満たしていく。

 この結界は戦闘の衝撃を抑えるだけでなく、音を遮断する効果も持ち、ここで起こる激戦が外部に漏れぬようにするものだ。


 封鎖された空間の中で、静寂が一瞬、訪れる。

 だが、それは決して安らぎをもたらすものではなかった。


 影幕の目が冷たく光る。

 彼が片手を振り上げると、闇のような符紋のエネルギーが渦を巻きながら収束していく。

 まるで世界を砕くかのような、禍々しい魔力。


「……お前たち程度の力で、俺の計画を阻止できると?」

 挑発的な声音が響く。


 だが、エンは微動だにしない。

 無言のまま、ゆっくりと銃口を影幕に向ける。

 トリガーに指をかけ、低く囁いた。


「——試してみよう。」

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