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デビルハンター 〜最強悪魔(ヒロイン)と契約して、運命と戦うことになった件〜  作者: 雪沢 凛
第五章:曖昧な鏡像

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曖昧な鏡像 (7)

 

 図書館を出ると、すでに空は夕焼けに染まり、街の灯りが一つ、また一つと点り始めていた。 

 都市の夜がゆっくりと幕を開ける中、炎(エン)は足を止め、そっと顔を上げる。 


 夕暮れの橙色が広がる空を眺め、肌に触れる夜風の冷たさを感じながら、先ほどまで張り詰めていた神経を静かに解いていった。


 隣には、カルマが無言で佇んでいる。 

 彼の表情を伺うように、そっと問いかけた。 

「——これから、どうするつもり?」


 その声は静かで、穏やかで。 

 それでいて、どこか彼を気遣うような、優しい響きを含んでいた。  

 炎(エン)は彼女を見つめ、ほんの少し目を細める。 

「……心配かけたな。」


 申し訳なさと、感謝の入り混じった視線。 

 それに対し、カルマはただ黙って頷いた。


 そして、まっすぐな瞳で炎(エン)を見つめ、静かに、けれどしっかりと告げる。 

「私は、あなたと一緒に行く。どんな答えを探していたとしても、私はそばにいる。」


 ——私は、あなたをひとりにはしない。 


 その言葉が、炎(エン)の胸に温かく染み渡った。


 彼は小さく笑い、頷く。


 ……答えは、すべて見つかったわけじゃない。 


 だが、今の彼には、もう十分だった。


 ——なぜ、自分の中にエリヴィアの力があるのか。  

 ——なぜ、自分は今ここにいるのか。


 過去の記憶も、本当の自分の正体も、きっとまだ謎のままだろう。 

 ——それでもいい。


 少なくとも、今の彼は、ひとりではなかったのだから。


「過去なんて……無理に追う必要はないのかもしれない。」

 炎(エン)は低く呟いた。それはカルマに向けた言葉であり、同時に自分自身への言い聞かせでもあった。


 エリヴィアと交錯した運命——

 ——その道の果てに、自分は深い傷を負いながらも生き延び、そして新たな力と使命を得た。


 自分が何者なのか、かつて別の存在だったのか——そんなことは、今となっては大した問題ではなかった。


 カルマは静かに炎(エン)を見つめ、その瞳の奥にある思いを感じ取ったのか、深く追及することはせず、ただ小さく頷いた。



 二人は並んで夜の街を歩く。

 炎(エン)の足取りは先ほどまでの重さを感じさせず、どこか肩の荷が下りたような軽やかさがあった。

 過去に囚われるよりも、今を大切にする——そう思えた。


 その時、不意に炎(エン)のスマホが震えた。

 画面には、見覚えのない番号が並んでいる。


 ちらりと確認した炎(エン)だったが、電話を取る気はないようで、何も言わずにカルマへとスマホを手渡した。

 カルマは訝しげに彼を見つめたが、特に説明を求めることもせず、そのまま通話ボタンを押した。


「……もしもし?」

 カルマは小さく声を落として応じた。


「カルマ?」

 電話の向こうから聞こえたのは、意外そうアイデンの声だった。

 しかし、すぐに納得したのか、特に驚いた様子もなく、すぐ本題に入った。


「シャドヴェルのオフィスの場所を突き止めた。さっき座標を送ったから確認してくれ。」

 通話を終えたカルマは、無言でスマホを炎(エン)に返す。


「アイデンがシャドヴェルのオフィスの位置を特定した。今、座標を送ってきたわ。」

 炎(エン)はスマホを受け取り、画面を確認する。


 ——思ったより、近い。


 彼はカルマと視線を交わす。言葉は不要だった。

 互いに頷き合い、そのまま足を向ける。


 ここで得られる情報が、影幕(シャドヴェル)の目的を暴く鍵になるかもしれない。

 慎重に、しかし確実に。


 彼らは静かに夜の街へと歩みを進めた。


 ◆ ◆ ◆ 


 影幕はデスクに座り、無表情で窓の外を見つめていた。肩の傷が鈍く痛み、指先がかすかに震える。内に秘めた怒りが静かに燃え上がる。


 ——リアは計画の要だった。


 それが奴らに奪われたせいで、次の一手を打つことができなくなった。


 視線を机の上に移す。そこには色褪せた写真立てが置かれていた。


 写真の中、よく似た顔の二人が、笑いながら互いを指差している。 それは、影幕とアレスが初めて人間界で出会った頃のものだった。


 影幕は薄く笑うが、すぐにその笑みは消え、表情は陰る。かつて彼はアレスの純粋さを利用し、闇紋会へと引き込んだ。

 しかし今、それが厄介な「不安要素」となりつつあった。


 静かに目を閉じると、記憶が蘇る——

 あの日、理想を抱いていた頃の自分。


 若き候補者として、腐敗した体制を変えようと奮闘していた。

 だが、現実は冷酷だった。組織に属さない無名の候補者が、権力に立ち向かえるはずもない。焦りと虚無の中で、彼はある男と出会った——自分と瓜二つの顔を持つ青年、アレス。


 初めて目にした瞬間、影幕の本能が告げた。

「こいつは、人間ではない」と。


 警戒しつつも、彼は観察を続けた。そして気づいた。アレスはある赤髪の少年と頻繁に会っている。 その関係は単なる知り合い以上のものを感じさせた。


「——この少年は、一体何者だ?」


 疑念を抱いた影幕は、少年について調べ始めた。制服のデザインから学校を割り出し、目立つ容姿ゆえにすぐに名前を突き止めることができた。

 情報を集めるうちに、彼の評判も耳に入った。


「孤高のカリスマ」。


 多くの生徒に崇拝されながらも、他人との距離を保ち、群れることをしない少年。放課後はすぐに姿を消し、追跡しようとしても、必ずと言っていいほど途中で見失う。 まるで、何かが彼を隠しているかのように。


 ——影幕は確信した。この少年もまた、ただの人間ではない。


 しかし、それ以上の深入りは困難だった。そこで方針を変え、アレス本人へ接触することを決意する。

 影幕は**「偶然の出会い」** を演出し、アレスと対話の機会を作った。人間社会への興味、そして赤髪の少年の影響——アレスの核心にある思想を引き出すために。


 アレスの純粋さは、影幕の予想以上だった。彼は迷いなく理想を語り、「人間は変われる」と信じていた。そして、その信念の背景には**「ある人物の存在」** があった。


 ——影幕は気づいた。アレスを動かす鍵は、あの赤髪の少年なのだ。


 影幕はゆっくりと、しかし着実にアレスの思考に干渉し始めた。


「君は気づいているか?世界はそんなに甘くない。人間は、君の期待に応えるような存在じゃない。」

「それに、あの少年は——本当に、昔と同じ気持ちで君を見ていると思うか?」


 アレスは最初こそ強く否定していた。だが、影幕の言葉は、確実に彼の心の奥へと入り込んでいた。


 ◆


 ある日、影幕はアレスが一本の短剣を作っているのを目撃する。魔力を帯びた符紋が刻まれた、それは明らかに特別なものだった。


「それは……誰かへの贈り物か?」


 何気ない問いに、アレスは少し驚いた様子を見せたが、やがて微笑んで答えた。


「ああ。大切な友のために作ったものだ。」


「——赤髪の少年か?」


 アレスは静かに頷く。


「これは彼の護身用だ。いつか彼が困難に直面した時、少しでも助けになればと思ってな。」


 影幕は微笑みを浮かべながらも、心の奥では冷笑していた。


「なるほど。これは利用できる。」


 ◆


 数日後、影幕はアレスを尾行し、赤髪の少年に短剣を手渡す場面を遠くから見守っていた。

 短剣を手にした少年の表情——それは、影幕の興味を引いた。


 一瞬だけ、少年の瞳に躊躇と戸惑いが混じったのを見逃さなかった。

 影幕は悟った。少年もまた、アレスとの関係に迷いを抱いている。


「……これは、崩せる。」

 影幕の計画は加速した。


 ◆


 さらに影幕は、少年が最近アレスと距離を置いていることを知り、アレスにこう吹き込んだ。

「彼は、もう以前のように君を信じてはいないのかもしれないな。」


 アレスは首を振るが、迷いは拭いきれない。影幕はさらに言葉を重ねる。


「君の理想は素晴らしい。だが、ただ見ているだけでは何も変わらない。一緒に、この世界を正しい方向へ導こう。」


 そう言いながら、影幕はそっと計画書を差し出した。

「この計画には、君の力が必要なんだ。」


 アレスは計画書を開き、中の内容を確認する。そこには、「魔力を安定させるための特殊な符紋の設計図」 が記されていた。だが、その材料欄には——


「……これは、魔族の血?」


「そうだが、微量で済む。君の力でより精密な符紋を作れば、世界の秩序を変える第一歩になる。」


「……」


 アレスは迷い、葛藤しながらも、ゆっくりと頷いた。


 影幕は満足げに微笑む。

「これでいい。これで、アレスは俺の手の中だ。」


 ——そして、彼の計画は最終段階へと進み始めた。



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