暗影に結ばれるもの (6)
少女の瞳は、薄暗い光の中でぼんやりと揺らめいていた。
しかし、鉄格子の向こうから三人の姿を捉えた瞬間、その瞳に微かな戸惑いと警戒が浮かぶ。
だが——
少女の視線は、やがてカルマへと定まり、まるで何かを求めるかのように彼女をじっと見つめた。
鉄格子の隙間越しに交わる二人の視線。
カルマがその瞳を見つめ続けるうちに、少女の中に確かな"渇望"が生まれるのを感じた。
まるで、救いを求めるかのように——。
カルマは無意識に拳を握りしめ、抑えきれない怒りを滲ませた。
「……こんな囚われ方、あまりにも酷すぎる……! 」
「彼女はモノじゃない。ただの実験材料として閉じ込められているなんて……!」
その声は低く、しかし抑え込まれた炎のように今にも燃え上がりそうだった。
アイデンも小さく頷く。その表情には、怒りとやるせなさが入り混じっている。
「……これが闇紋会のやり方だ。やつらにとって大事なのは"実験の成果"だけ。」
「……そこに犠牲者の痛みや苦しみなんて考慮されることはない。」
彼は深く息を吐き、気持ちを落ち着かせるように肩を落とした。
「この少女がどれほどの苦しみを味わってきたのか……俺たちが思っている以上に、もっと、ずっと酷いものかもしれない。」
そして、そっとカルマの肩に手を置く。
「——どんな方法を使ってでも、彼女をここから出す。」
「ここにあるものすべて……正直、吐き気がするほど胸糞悪い。」
三人が周囲の環境をさらに調べようとしたその時——
遠くから低く響く機械音が聞こえてきた。
まるで誰かがこちらに近づいているかのような、不気味な音。
三人は瞬時に陰に身を潜め、息を殺す。
響く足音は徐々に近づき、地下室の広がった空間に反響し、圧迫感と不安をさらに強めていった。
カルマと炎は素早く視線を交わし、即座に影の奥へと身を潜める。
手はすでに武器の柄にかかっており、いつでも動ける態勢を整えていた。アイデンも眉をひそめ、慎重に息を潜める。
やがて、扉の向こうに影が映り込み、それがゆっくりと明確な輪郭を持ち始めた。
——黒いフードを被った男が、静かに部屋へと足を踏み入れる。
背筋の伸びた堂々とした立ち姿。揺るぎない足取り。
そして、薄暗い光の下、ついにその顔が露わになった。
鋭く整った顔立ち——
それはカルマが手にする写真に写っていた人物の人間の姿に、どこか似ていた。
彼女の呼吸が、一瞬だけ止まる。
アイデンはじっと男の顔を見つめ、試すように問いかけた。
「……影幕か?」
その名を聞いた途端、男はわずかに眉を動かし、低く「ほう」と声を漏らした。
ゆっくりと三人の顔を見渡し、まるで値踏みするように視線を遊ばせる。
「俺のことを知っているのか?随分と調べたようだな。」
そう呟いた彼の視線が、鉄格子の中に囚われた少女へと向かう。
ひとしきり彼女を観察した後、再び三人へと向き直り、わずかに唇を歪めて冷笑した。
「——知りすぎるのは、必ずしも良いことじゃない。特に、それが“お前たちの領域外”の事柄ならな。」
そして、その視線はカルマへと移る。
一瞬、彼の目が彼女をじっくりと見定めるように細められた。
次の瞬間、彼の口元に、意味ありげな微笑が浮かぶ。
「カルマ……だったか。お前の名前は、前々から聞いたことがある。」
カルマはその言葉を聞いた瞬間、心臓が強く締めつけられるような感覚を覚えた。
しかし、必死に冷静さを保ち、影幕を鋭く睨みつける。
「——父のことを知っているのね? 教えて、彼はここで何をしていたの!?」
影幕の笑みが徐々に冷たさを帯びる。
彼はゆっくりと鉄格子へと歩み寄り、まるで無造作に寄りかかるように体重を預けると、指先で柵の一本を軽く弾いた。
カン……という乾いた金属音が響き渡る。
それはまるで、些細な玩具を弄ぶかのような仕草だった。
「——お前の父親、アレスか。」
低く囁くようにそう言った影幕の唇が、薄ら笑いを浮かべる。
「あの馬鹿げた理想を掲げた男……自分が何かを救えるとでも思っていたのか? 」
「結局のところ、奴は自ら罠に飛び込み、闇紋会の“駒”になっただけだ。」
カルマの瞳がわずかに揺れ、感情がじわりと込み上げる。
怒りの炎が胸の奥でゆっくりと燃え上がり、彼女の拳が無意識に強く握り締められる。
「……どういう意味?」
声を震わせまいと必死に押し殺しながら、低く問い詰める。
「彼に……何をした?」
影幕を睨みつけるカルマの肩に、そっと炎が手をかけた。
——冷静になれ。
そう言わんばかりに、彼女の手を引き寄せると、そのまま彼女の前に立ちはだかった。
影幕はそんな二人の様子を一瞥し、わずかに鼻で笑う。
「アレスはな……己の力を差し出せば、世界の在り方を変えられると本気で思っていた——」
「滑稽な話だろ?」
彼の目が微かに細められ、冷たい光を宿す。
「——あの愚かな善意は、とうの昔に我々が“使い尽くした”よ。」
そのやり取りを横で聞いていたアイデンは、無意識のうちに眉をひそめていた。
影幕の言葉が、あまりにも露骨にカルマの感情を煽り、彼女の冷静さを奪おうとしているのが見え見えだったからだ。
「……挑発に乗るな。時間稼ぎをしてるだけだ。」
アイデンは低い声で囁くように注意した。
しかし、影幕はその言葉に対し、まるで嘲笑うかのようにアイデンへ視線を移し、冷笑を浮かべた。
「ほう、自分の立場をわきまえているようだな……」
影幕はゆっくりとした動作で鉄柵から手を離し、余裕たっぷりの口調で続けた。
「お前、かつて研究員だったな。」
「……覚えているぞ、闇紋会にいた短い期間のことをな。あの符紋の成果物——
そのいくつかは、お前の技術が基盤となっている。お前も、アレスと同じように……」
「我々に ‘素晴らしい贈り物’ を残してくれたものだ。」
アイデンの背筋がわずかに強張る。
しかし、それを表に出すことなく、影幕を睨みつけたまま無言を貫いた。
——その瞬間だった。
影幕が片手を軽く持ち上げる。
まるで、何かを発動するかのような動作。
「——ッ!」
炎の動きは一瞬の迷いもなかった。
鋭い眼光を向けながら、迷うことなく腰の短剣を抜き放ち、影幕へと向ける。
「……俺たちは、無駄話をしに来たわけじゃない。」
「だが、お前が邪魔をするなら——容赦はしない。」
その低く冷ややかな声には、一切の虚勢も迷いも感じられなかった。
影幕はじっと炎の手元を見つめ、短剣の刃に映る淡い光に目を細めた。
その表情には、一瞬だけ……
ごく一瞬だけ、何かを思い出したような迷いが浮かんだ。
しかし、その曖昧な表情はすぐにかき消え、影幕の口元には再び冷たい笑みが浮かぶ。
「面白い……お前、その武器をどこで手に入れた?」
影幕が一歩、ゆっくりと後退しながら、空気が一気に張り詰める。
重く、鋭い。
それはまるで、刃を突きつけられた獣が反撃の機を窺っているかのような殺気だった。
その瞬間——鉄柵の中にいる少女が、小さく震えた。
影幕の気配を感じ取ったのか、その体が無意識に縮こまる。
恐怖に怯えた瞳が、影幕を捉える。
その瞳には、過去の記憶がフラッシュバックしたような、圧倒的な怯えが滲んでいた。
彼女の体はわずかに震え、無意識に後ずさる。
まるで、本能的に ‘彼の存在’ に恐怖しているかのように——。