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暗影に結ばれるもの (5)

 翌朝、三人はすぐさま役割分担に取り掛かった。


 アイデンは自身の暗流(アンリュウ)を総動員し、闇紋会の中堅メンバーから「影幕シャドヴェル」に関するさらなる情報を探ることにした。

 次々と新しいデータを収集しながら、細かい内容をカルマとエンへと共有する。


 そして、昼のうちに一般の訪問者を装い、情報にあった病院を訪れて闇紋会の痕跡を探ることを提案した。

 彼らは車で病院へと向かい、雑踏に紛れながら何食わぬ顔で内部を調査し始めた。


 カルマは周囲を注意深く観察しつつ、エンとアイデンとともに病院内を歩き回る。

 できるだけ目立たないよう、普通の訪問客を装うことを意識しながら。


 病院の廊下は整然としており、患者や医療スタッフがそれぞれの役割をこなしている。

 誰も彼らに不審な視線を向けることはなかった。


 だが、一般の公共施設とは異なり、病院には厳格な面会時間が設けられており、訪問者の行動は一定の制限を受けることになる。


 その点に疑問を抱いたカルマは、小声でアイデンに尋ねた。

「……なぜ人間は、わざわざこんな制限を設けるの? 

 病院って、公共の場じゃないの?」


 アイデンは微笑み、低い声で説明した。

「病院では、患者が静かな環境で療養する必要がある。」

「だから長時間の面会は歓迎されないし、不用意に歩き回ると警戒されることもある。

 なるべく目立たないように、手早く異常がないかを確認するのがベストだ。」


 エンは廊下を見渡し、各階の出口や死角になりやすい場所を慎重に記憶しながら、静かに言った。

「重点的に調べるエリアを絞るべきだな。特に人気の少ない場所に注意しよう。」

「夜になれば、また違った様子が見えてくるかもしれない。」


 彼らはそれぞれのフロアに散らばり、廊下や隅々まで慎重に探索しながら、怪しい痕跡を探していった。


 だが、一日をかけて調べても、病院内の施設や構造には特に異常は見当たらなかった。

 病室、診察室、設備室——どこを見ても、ごく普通の病院の光景が広がっているだけだった。


 やがて面会時間が終わる頃、三人はロビーの隅に集まり、それぞれの収穫を報告し合った。


 アイデンが低い声で言う。

「今のところ、大きな異常はなかった。ただ、それこそが闇紋会の計画の一環かもしれない。」

「より人目の少なくなる夜になれば、隠された何かが見えてくる可能性がある。」


 カルマは小さく頷き、真剣な眼差しで言った。

「今夜こそ、何か手がかりを見つけないと。もしここが闇紋会の拠点なら、完全に痕跡を消し去るなんて不可能なはず。」


 三人は一度病院を後にし、夜の再潜入に向けて準備を整えることにした。


 ◆ ◆ ◆  


 夜の帳が降りると、病院の灯りも次第に暗くなり、廊下にはほとんど人影がなくなった。

 唯一、救急エリアから時折聞こえる声と慌ただしい足音が、この静寂の中に微かな動きを残していた。


 三人は再び病院へと潜入し、昼間に記憶しておいた隠れ道を慎重に進んでいく。

 警備や監視カメラを巧みに避け、足音を殺しながら目的地へと向かった。


 地下へ続く通路に差し掛かったとき、カルマは壁の隅にぼんやりと浮かぶ微かな符紋の痕跡に気づいた。

 それらは仄かな光を放ち、まるで何かへと導く道標のように輝いていた。


「やっぱり……この符紋が出てくるってことは、ここが闇紋会の施設である可能性が高いな。」

 アイデンが小声で囁く。

「符紋は通常、夜にならないと浮かび上がらない。これも彼らの隠蔽手段の一つだろう。」


 エンは静かに頷くと、光の道筋を辿りながら二人を先導する。


 やがて、彼らの前には重厚な金属製の扉が立ちはだかった。暗闇の中で扉の取っ手部分がわずかに光を放ち、まるで防護の結界のように鈍く輝いている。


「どうやら、この扉の向こうが闇紋会の拠点みたいだな。」

 エンが低く呟くと、カルマは深く息を吸い、決意に満ちた眼差しで扉を見据えた。


「ここで何が行われているのか、確かめるしかない。」


 金属の扉をゆっくりと押し開けると、そこには機器や符紋の痕跡が散在する小さな部屋が広がっていた。

 壁際には冷蔵庫や監視設備が並び、ここで何かの秘密実験が行われていることを物語っている。


 重厚な扉が軋む音とともに開かれると、ひやりとした湿った空気が流れ込み、思わず身震いするほどだった。

 内部は予想以上に薄暗く、天井から吊るされた数個の黄ばみがかった小さなランプが、幽かな光を放っている。

 光量が足りず、影が不気味に揺れ動くこの空間は、まるで時間に取り残されたかのようにひっそりと静まり返っていた。


 鼻を突く金属臭と腐敗した何かの匂いが入り混じり、奥からは低く機械の作動音が響いている。

 この場所がただの地下施設ではないことは、一歩足を踏み入れただけで明らかだった。


 狭い通路を進むと、壁際には大小さまざまな形をしたガラス容器がずらりと並べられていた。その中には、小型の魔獣たちが閉じ込められている。


 しかし、その様子は尋常ではなかった。

 彼らの目は虚ろで、生気が感じられない。まるで魂を抜かれたかのように、ぴくりとも動かない。


 さらに、全ての魔獣の体には符紋が刻まれており、そこから鈍い光が滲み出していた。符紋はまるで鎖のように魔獣たちを縛りつけ、彼らの本能すら封じ込めているようだった。


 カルマは足を止め、僅かに眉をひそめながら低く呟く。

「……この魔獣たちは、元々危険な存在じゃない。」

「それなのに、こんなふうに実験材料にされるなんて……

 この符紋、おそらく彼らの力を封じるためのものね。」


 アイデンは静かに周囲を見渡し、怒りを滲ませた冷たい声で言う。

「闇紋会の常套手段さ。符紋を使って魔獣の反応を調べ、利用できる力を引き出そうとしているんだ。

 こいつらにとって、魔獣はただの"道具"に過ぎないってわけだ。」


 さらに奥へと進んでいくと、三人は冷蔵設備の前にたどり着いた。


 わずかに開いた扉の隙間から冷気が漏れ出し、周囲の空気を凍てつかせ、白い霧がゆっくりと広がっていく。

 アイデンは慎重に、半開きになった冷蔵庫の扉を押し開けた。


 ——その瞬間、目に飛び込んできたのは、無惨にも切り刻まれた人間の遺体だった。


 血の気を失った肉片が凍りつき、黒ずんだ傷跡が無惨に広がる。

 隣の冷蔵庫にも、分断された人体の一部がいくつも詰め込まれていた。

 霜に覆われた筋肉や骨が氷の塊の中に埋まり、そこから微かに腐臭が漂ってくる。


 カルマは鼻を押さえ、忌々しげに顔をしかめる。

「……闇紋会、ここまで非道なのね。死者に対する敬意すらないの?」


 エンは冷蔵庫の内部をじっくりと観察し、険しい表情で低く呟く。

「これは……単なる死体の回収じゃないな。

 失踪者や、何者かによってここへ運ばれた人間が"実験材料"にされている可能性が高い。」


 彼は視線を巡らせながら続ける。

「病院という立地を利用すれば、闇紋会はあらゆる"資源"に手を伸ばせる。

 表向きは医療機関だから、一般の人間には疑われにくい。」


「……ここには、まだ何か隠されているかもしれない。慎重に行動しよう。」


 ◆ ◆ ◆  


 三人は通路をさらに進んでいく。腐臭が鼻をつき、進めば進むほど、胸を締め付けるような重苦しい感覚が増していった。


 やがて、薄暗い灯りの中、部屋の中央に巨大な鉄製の檻が浮かび上がる。まるで獣を閉じ込めるための牢獄のようだったが——


 そこにいたのは、意外にも**"人間の少女"**だった。


 近づくにつれ、その姿がはっきりと見えてくる。

 蒼白な顔は疲れ切っており、長い翠緑の髪は肩に無造作に垂れていた。そして——


 彼女の背には、一枚の純白の翼が力なく垂れ下がっている。

 しかし、もう片方の翼があるはずの場所は何もない。


 まるで、最初から片翼しか持たない存在であるかのように。


 カルマは目を見開き、思わず息をのむ。

「……片方の翼しかない……?」


 アイデンは低い声で答えた。表情には困惑と複雑な感情が入り混じっている。

「この少女……闇紋会で噂を聞いたことがある。」

「特別な体質を持っているとか。

 でも、実際に見たことはないし、なぜこんな形で囚われているのかも分からない。」


「……おそらく、何か特殊な実験の対象なのかもしれない。」

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