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暗影に結ばれるもの (4)

 夜の闇は深く、三人は意思を固め、集会の現場へと向かう。

 この雨夜の下、彼らはうねる暗流の中へと踏み出し、闇紋会が隠し続ける秘密を暴くべく進んでいた。


「今夜の集会は工業地区近くの廃ビルで行われるらしい。

 直前で変更された場所だが、俺の情報網にはちゃんと流れてきてる。

 どうやら今回の集会では、新型の符紋テストが行われるらしい。」

 アイデンが低い声でそう告げると、車内の空気がわずかに張り詰める。


「符紋のテスト?」


 カルマは眉をひそめ、興味深そうに首を傾げた。

 符紋に関する技術は彼女にとっても興味のある分野だが、人間がどこまで踏み込めるのか、その意図が分からなかった。

「毎回のように符紋技術を扱ってるけど……連中、一体何を試してるの?」


「詳細は分からないが……契約の強化や改良が目的じゃないかと思う。」

 アイデンはそう答え、眼鏡の奥で目を細める。


「連中は符紋を人間の肉体に直接適用する実験を進めている可能性が高い。

 つまり、一部の一般人にも特定の魔力を付与できるような強化装置の開発をしているってことだ。

 もしそれが実用化されたら、俺たちにとってかなり厄介なことになる。」


 一瞬の沈黙の後——


 カルマはふっと笑い、どこか冷ややかな声で言い放つ。

「愚かな人間ね。

 実力もないくせに、強大な力を操れると思ってるなんて。」


 エンは静かに頷きながら、視線を前方へと向けた。


「だからこそ、俺たちは気づかれずに、できるだけ多くの情報を集める必要がある。

 符紋の具体的な用途を突き止めれば、やつらの計画もより明確になるはずだ。」

 ハンドルを握る手に力を込めながら、エンはそう淡々と告げる。


 アイデンはタブレットの画面をスクロールしながら、慎重な口調で言った。

「それに——

 アレスも過去にこの集会に現れた可能性がある。

 符紋の情報を集めるだけじゃなく、彼に関する手がかりも探さないとな。」


 その言葉に、カルマの表情が一層真剣になる。

 期待と不安が入り混じる瞳で、彼女は小さく息を吐きながら呟いた。


「もし本当にここにいるなら……」

「父は闇紋会の中でどんな役割を担っているのか、そして……無事なのか。

 私は、それを知る必要がある。」


 エンは彼女の言葉を心に刻み、静かに頷く。

「……チャンスがあれば、必ず彼の手がかりを見つける。」


 ——夜の雨音だけが、車内に響いていた。


◆ ◆ ◆


 目標地点に到着すると、三人は迅速に役割を分担した——

 カルマとエンは建物内部へ潜入し、アイデンは外で集会の動きを監視する。


 暗い廊下を進みながら、カルマは一人ひとりの顔を注意深く見つめた。

 黒いフードを被った集会の参加者たちの中に、アレスに似た姿がないかを探す。


 しかし——

 全員が深くフードをかぶり、顔を隠していた。

 その表情は影に覆われ、誰が誰なのかすら判別がつかない。


 二人は視界の開けた一角へと移動し、集会の中心を慎重に観察する。


 儀式が始まると、フードの男たちは一斉にテーブルに並べられた符紋の品々に視線を落とした。

 カルマはその動きを見逃さないようにしながら、一人ひとりの体格や仕草を記憶する。


 だが——

 どこにも、見覚えのある人物はいなかった。


 失望の色を滲ませるカルマに、エンが小声で囁く。

「落ち着け。

 これはあくまで集会のひとつに過ぎない。

 もしここにいなかったとしても、次の機会がある。」


 カルマは静かに頷き、気持ちを切り替えながら、目の前の符紋を記録することに集中した。

 そして、撤退の準備をしようとした、その時——


 奥にいた参加者のひとりが、ふとフードを少しだけずらした。

 ちらりと見えたのは、年季の入った横顔。


 眼鏡こそかけていなかったが……

 アレスの写真に映る人物と、どこか面影が似ていた。


 カルマの心臓が跳ねる。

 思わず足を踏み出そうとした、その瞬間——


 肩を掴まれた。


「——今じゃない。」

 エンが冷静に引き止める。


 カルマが戸惑いながらも彼を見上げると、彼の緑色の瞳がじっと彼女を見つめていた。


「ここで対峙しても、何も得られない。

 確実な証拠を手に入れてから動くべきだ。

 次の機会を、無駄にするな。」


 カルマは強く唇を噛みしめた。


 だが、今は——

 エンの言う通りだった。


 深く息を吐き出しながら、もう一度だけその男の顔を目に焼き付け、炎とともに静かにその場を後にする。


 ——集会の建物を離れた後、三人は車に戻った。


 エンジン音が低く響く車内。


 アイデンは後部座席でカルマの表情の変化に気づき、静かに問いかけた。

「……何か見つけたのか?」


「……もしかしたら、本当に……」

 カルマの声がわずかに震えた。

 だが、深く息を吸い、すぐに冷静さを取り戻す。

「まだ確信はない。でも……とにかく、もっと集会を調べて、真実を突き止めないと。」


 エンは無言のままハンドルを握り締め、車を雨の闇へと走らせる。


 未解の謎と、新たな決意を胸に。

 とりあえず、安全な場所へ——。


◆ ◆ ◆  


 車内には沈黙が漂い、雨粒がフロントガラスを叩く音だけが微かに響く。

 その静かな音が、張り詰めた空気をわずかに和らげているようだった。

 だが——


 カルマの心は、まだあの瞬間に囚われていた。

 あの、一瞬だけ見えた横顔。

 その輪郭が、写真の父と重なる。


「……あの人……」


 彼女は小さく呟き、エンとアイデンに向き直る。

「集会で見た顔……一瞬だけだったけど、本当に写真の父に似てたの。」


 アイデンは眉をひそめ、カルマの言葉をすぐに記録しながら呟く。

「もしそいつがアレスと関係してるなら、これは大きな手がかりだな。」

「ただ、闇紋会の中である程度の地位にいるなら、簡単には尻尾を出さないだろう。」


 エンの視線は依然として前方の道に向けられたまま、静かに言葉を発した。

「……そいつがアレス本人じゃないとしても、何らかの関係がある可能性は高い。この手掛かりを辿れば、何か掴めるかもしれない。」


 カルマは小さく頷き、すぐに問いかけた。

「アイデン、この人物の正体を特定できる?」


 アイデンは数秒間考え込んだ後、口を開く。

「暗流ネットワークを使って調べてみるよ。闇紋会の中層メンバーは大抵偽の身分を持ってるが、外見の特徴さえ分かれば突破口になるはずだ。」


 —— 車内に沈黙が流れる。


 雨音だけが、静かに夜を刻んでいた。

 やがて、車は住処へと戻り、三人はすぐに室内のテーブルへと集まった。


 集会で得た符紋の写真、人物の特徴、儀式の詳細を一つずつ整理していく。

 アイデンは無言のまま、パソコンの画面に向かい検索を開始した。


 カルマはそんな彼の横顔をじっと見つめながら、新たな発見を待ち続ける——

 期待と、不安の入り混じる視線で。


 しばらく沈黙が続いた後、アイデンはゆっくりと口を開いた。


「俺の推測が正しければ……この男は闇紋会の集会を管理している中堅幹部の一人——『影幕シャドヴェル』だ。」

「表に出ることはほとんどないが、アレスと何らかの縁があったと噂されている。ただ、詳細な情報は少ない。」


 カルマの瞳がさらに鋭く光る。

「もし彼が本当に父の行方を知っているなら……どんなに困難でも、絶対に見つけ出して問いただしてみせる。」


 エンは静かに二人を見つめ、淡々と告げた。

「ならば、次の標的は影幕(シャドヴェル)だ。アレスの行方を知っていようといまいと、追う価値は十分にある。」


 三人はその場で意思を統一し、すぐに今後の行動計画を立て始めた。


 この調査によって、闇紋会のさらに深い闇へと踏み込むことになり、カルマの胸には新たな希望が灯る。


 だが同時に——影幕という存在が事態をさらに複雑にし、この戦いが一層危険なものになっていくことを、彼らは理解していた。

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