暗影に結ばれるもの (3)
カルマは、ぼんやりとしたアレスの写真をそっとファイルから取り出し、机の上に置いた。
指先が写真の中のかすれた姿をなぞる。
その仕草には、隠しきれない焦燥と、わずかな期待が滲んでいた。
まるで、この色褪せた一枚の中から何かを掘り起こそうとするかのように、彼女の視線は写真に釘付けになっていた。
アイデンは写真をじっと見つめ、静かに頷く。
「この写真は、すでにいくつかの信頼できる暗流に流した。何かわかるかもしれない。」
慎重な口調の中には、彼自身の疑念も滲んでいた。
「父は……まだ人間界にいるのか。それとも、誰かに連れ去られたのか……」
カルマは低く呟く。
その声は不安定で、写真に釘付けになったまま、思考は堂々巡りをしているようだった。
アイデンはそっと彼女の肩を叩く。
「焦るな。情報は流したんだ。あとは待つだけさ。」
「俺のツテなら、多少なりとも手掛かりは掴めるだろう。もしかすると、この男を知る者がいるかもしれない。」
そう言いながら、再びスマートフォンを操作し、さらに連絡できる人物を探し始める。
より多くの情報網へと拡散させるために——。
そんなやり取りを、炎は黙って見つめていた。
表情は冷静で、視線は鋭い。
この手掛かりが彼らをどこへ導くのか。
それが道を開くのか、それとも深い闇へと引き込むのか——。
炎は静かに考えていた。
空は依然として灰色の雲に覆われ、細やかな雨が静かに降り注いでいた。
まるで世界全体を冷たい霧のヴェールで包み込むかのように。
窓ガラスを伝う雨粒は細長い軌跡を残し、室内の光を鈍く歪ませていた。
どこか重く、抑圧されたような空気が漂っている——。
アイデンは手元の装置を調整しながら、ちらりと窓の外を見やる。
何かを考えているような目つきで、ゆっくりと息を吐いた。
寒さのせいか、わずかに肩をすくめながら、カルマへと視線を向ける。
「この雨、しばらく止みそうにないな。」
静かな声でそう呟き、穏やかな口調で続ける。
「情報が来るまで、今ある手がかりを整理してみよう。
もしかすると、意外な繋がりが見えてくるかもしれない。」
窓辺に立つカルマは、降りしきる雨に視線を向けたまま、
どこか複雑な思いを抱えているようだった。
指先が、そっと写真の表面をなぞる。
まるで、そこに残されたわずかな温もりを感じ取ろうとするかのように——。
「この写真だけが、父の行方を探す唯一の手がかりなのかもしれない……
でも、こんなにもぼやけていて、まるで遠い夢みたい。」
彼女の声は静かだが、微かに揺れていた。
炎はそばで黙って二人を見守っていた。
冷静を装いつつも、その心の奥にはかすかな懸念がよぎる。
ふと窓の外へと目をやる。
雨が降り続く光景は、どこかこの場の空気とも重なっているようだった。
その胸中に生まれた静かな焦燥を押し殺しながら、
彼は平坦な声でカルマに言う。
「俺たちはすでに一歩を踏み出した。
あとは結果を待つしかない。あまり自分を追い詰めるな。」
そのとき——
アイデンのスマートフォンが小さく通知音を鳴らした。
彼はすぐに画面を開き、メッセージを確認する。
だが、その表情は次第に曇り、微かに眉を寄せた。
目の奥に、一抹の迷いが垣間見える。
「……どうやら、もう手がかりが入ったようだ。
写真の人物に見覚えがあるっていう証言が数件あった。
ただし、詳しい身元まではまだ分からない。」
「どんな証言?」
カルマが鋭く問いかける。
期待を隠しきれない声が、どこかせわしなく響いた。
アイデンは少し考え込みながら、慎重な口調で答える。
「曖昧な情報だけど……この男、以前どこかの地下集会に現れたらしい。
服装も似ていて、あまり目立たないように行動していたみたいだ。
もしかすると、彼自身も何かを探っていたのかもしれない。」
彼の言葉に、カルマの目がかすかに光る。
一方、炎は静かに視線を巡らせ、
ゆっくりとした低い声で呟いた。
「……どうやら、俺たちの動きが目立ち始めたな。」
その言葉が落ちると、室内の空気が一層張り詰める。
炎は無言のまま、窓の外を見つめる。
外では相変わらず、細かな雨が降り続いていた。
彼の目は冷静そのものだったが、
内心ではすでに警戒を強めていた。
——これから先、どんな危険が待ち受けているか分からない。
小雨は依然として降り続き、窓の外の街路を静かに濡らしていた。
まるで、彼らの胸に渦巻く疑念と共鳴するかのように——。
三人は互いに視線を交わし、無言のまま頷く。
これからの行動に、一瞬たりとも油断は許されない。
雨音だけが響く静寂の中、彼らは机の上の資料を整理し始めた。
カルマは写真を丁寧に挟み込み、慎重にファイルへと収める。
一方、アイデンはスマートフォンの画面を指で素早くスクロールしながら、新たな情報を確認していた。
——この写真の男が、本当にカルマの父親・アレスだとしたら?
なぜ彼は地下集会に現れたのか?
その目的は依然として不明瞭だが、一つ確かなのは——
この手掛かりが、新たな危険と試練をもたらすということ。
「手掛かりがある以上、地下集会を調べるしかないな。」
アイデンはデバイスを閉じながら、慎重な口調で言った。
「ただ……こういう集会は部外者を警戒してる。
特に侵入者は、すぐに感づかれる可能性が高い。」
「どんなに困難でも、少しでも可能性があるなら——」
カルマは力強く頷き、真っ直ぐな瞳で言葉を続けた。
「私は決して諦めない。」
「なら、悩む必要はない。動くぞ。」
炎は静かにそう告げると、無駄な議論を切り捨てるように立ち上がる。
「細かいことは、向かいながら決めればいい。」
三人はすぐさま外へ出ると、アイデンがまたしてもギルドから借りたオフロード車へと乗り込んだ。
エンジンが低く唸りを上げ、夜の闇へと滑り込む。
——彼らの次なる目的地は、闇の中に潜む「地下集会」。
◆ ◆ ◆
夜の細雨が車のフロントガラスを叩き、街の景色をぼんやりと霞ませる。
ハンドルを握る炎は、前方の道に静かに視線を据えた。
車内には沈黙と緊張感が漂う。
助手席のカルマは、流れ去る街の灯りをぼんやりと見つめ、どこか心ここにあらずといった様子だった。
後部座席のアイデンは、スマートフォンの画面をスクロールしながら、目的地に到着する前に細かな情報を再確認していた。
オフロード車は、細雨の降る街を抜け、夜の闇へと消えていく——
目指すは、今宵開かれる「集会」。
「……どうやら、今回の集会の会場が直前で変更されたらしい。」
アイデンは最新の情報を確認しながら、低い声で告げた。
「連中は慎重に動いてるようだな。ただ、頻繁に名前が挙がるある場所がある——
市内にある病院だ。」
「どうも、あの施設が背後で重要な役割を果たしているらしい。
タイミングを見て、そこも調査する必要があるな。」
「病院?」
カルマは眉をひそめ、訝しげな表情を浮かべる。
「闇紋会が、そんな目立つ場所を拠点にするとは思えないけど……?」
アイデンは静かに頷き、真剣な表情で答えた。
「だからこそ、だ。」
「昼間は人の出入りが多く、連中のメンバーも簡単に紛れ込める。
表向きはただの病院でも、夜になれば別の顔を見せるってわけさ。」
「……もっとも、今は目の前の集会のほうが優先だ。
この場で、確実に手掛かりを掴むのが先決だろう。」
炎は無言のまま頷き、落ち着いた声で応じる。
「現場での証拠収集を優先する。病院の件は後で詰める。」
——車は静かに闇の中を駆けていく。