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禁忌の符紋(8)

 アイデンは、思わず顔を上げた。

「……おい待て。」

「この ‘闇紋会あんもんかい’ に関わる悪魔が——」

「お前の ‘父’ だっていうのか?」

 

 カルマは、微かに頷いた。

 だが、その瞳には依然として戸惑いと疑念が滲んでいる。

「でも……この写真の姿は、私の記憶の中の父とは全く違う。」

「人間界に来て、どうして ‘姿が変わった’ の?」

 

 エンは、深い眼差しで写真を見つめる。

 まるで、その一枚の紙切れから**隠された真実を暴こうとしているかのように——。

「……いずれにせよ、奴らの計画を突き止める必要がある。」

「真実を見つけなければならない。」

 

 カルマの指が、無意識に強く握り込まれる。

 心の奥底から、かつてないほどの感情がせり上がってきた。

 

 ——まさか、こんな形で ‘父の痕跡’ を見つけることになるなんて。

 

 ずっと、父のことを疑ったことはなかった。

 彼が『人間界の闇』に関与している可能性すら、考えたこともなかった。

 

 しかし、目の前にあるのは確かな ‘証拠’。

 父の名、そして父に似た男の写真——。

 

 カルマは、荒ぶる胸の内を抑えるように、

 乱暴に書類を手繰り始めた。

 

 視線が、次々とファイルの中を走る。

 めくるたびに、指先に力がこもる。

 

 ——逃してはならない。


 ——どんなに些細な情報でも、何かを見落とすわけにはいかない。

 

 カルマの瞳は、

 『あるべき答え』 を探し求めるかのように、狂おしく研ぎ澄まされていった。


「カルマ、落ち着け。」


 エンが低く囁く。


 その声音には、静かな気遣いと警戒が滲んでいた。

「……この部屋の資料は、どれも慎重に扱うべきだ。」

「仕掛けが施されている可能性もある。」

 

 しかし、カルマはただ小さく頷いただけで、

 なおも資料をめくる手を止めようとはしなかった。

 彼女の目には、不安と焦燥、そして決意が交錯している。

 

「分かってる……。」


 カルマは低く呟く。


 だが、その声には微かな震えが混じっていた。

「でも……この中に ‘父の痕跡’ があるかもしれない。」

「私は、絶対に見逃したくない。」

 

 ——胸の奥から込み上げてくる焦燥感。


 長年、封じ込めていたはずの感情が、今まさに揺らぎ始めていた。

 

 その時、アイデンが視線を動かす。

 ファイルの山の中で、ある一冊の研究記録に目を止めた。

 

 《 失敗例 》

 

 ファイルの表紙に記されたその文字に、

 アイデンの指が、わずかに震えながら触れる。

 無意識のうちに、ページをめくっていた。

 

 次第に、彼の表情が変わっていく。

 眼差しが険しくなり、

 やがて、うっすらと陰りを帯びた。

 

「……これは……」

 アイデンが息を呑む。

 

 記録には、詳細な実験報告が書かれていた。

 魔物に対し、 ‘強制的な契約’ を施す試み。


 しかし、そのほとんどが失敗し——


 契約を試みた魔物は、激しい拒絶反応を起こして死亡。

 実験体の暴走、被験者の消滅、精神崩壊——


 ページをめくるたび、そこに記されたのは惨劇ばかりだった。

 

 そして——

 アイデンの目が、ある符紋の図に釘付けになる。

 

「……ッ!」

 

 それは、彼の知る符紋によく似ていた。

 だが、違う。


 より緻密に、より禍々しく改変されている。

 まるで、『悪意そのもの』 を編み込んだかのように。

 

 アイデンの胸中に、嫌な予感がこみ上げる。

 まさか——


 この『契約術式』 は、元々……自分が開発したものではないのか?

 

「……クソッ……。」

 彼は、知らぬ間に拳を握り締めていた。


 アイデンは、記録をめくる手を止めない。

 眉間に深い皺を刻みながら、

 まるで自分の思考の迷宮に囚われたように、黙考していた。

 

「……この制御契約の設計、俺が昔研究していた符紋と似ている。」

 低く呟くその声には、

 否応なく滲み出る不安が混じっていた。

 

「つまり——」

「こいつらは、俺の研究をベースにして ‘さらに改良’ を加えたってことか。」

 

「俺の仕事が、こんな ‘極端な実験’ に利用されていた可能性がある……。」

 

 言葉を吐き出しながらも、

 アイデンの指先が無意識に震えた。


 喉の奥に絡みつくような、嫌な感覚。

 彼の頭の中には、かつての研究の日々が次々と浮かんでは消えていった。


 ——まさか、そんなはずはない。


 ——だが、これが偶然の一致とは思えない。

 

 エンは静かに、二人の様子を見つめていた。

 

 アイデンとカルマ。


 この記録は、単に**『闇紋会あんもんかい』の非道を暴くだけではなく——**

 彼ら自身の過去をも揺さぶるものだった。

 

 エンの胸に、微かな不安が過ぎる。

 だが、それを表には出さず、

 ひたすら周囲の警戒に集中した。


 この静寂が、いつ破られてもおかしくはない。

 

 その時——

 カルマの手が、ぴたりと止まる。

 

 彼女の指先に、一枚の記録が触れていた。

 黄ばんだ紙に、古びたインクで書かれた実験報告書。

 

「……これ。」

 カルマの瞳が揺れる。

 その奥に浮かぶのは、戸惑いか、それとも恐怖か——。

 

「この ‘契約’ の実験……」

「強制的に魔物を操り、意識を ‘奪う’ ことで、従わせる研究。」

「もし……もし父が本当に ‘彼らと繋がっていた’ なら……。」

「父は、これに ‘関与させられていた’ のかもしれない……。」

 

 声が微かに震える。

 感情の揺らぎが、抑えきれずに滲み出していた。

 

「そんなこと、あってはならない……。」

「私は……私は、こいつらに好き勝手させるつもりはない。」

「魔物を ‘道具’ のように扱わせるわけにはいかない。」


「そして何より——」

「父のことを、ただの ‘過去の謎’ にしてしまうわけにはいかない。」


 アイデンは、ゆっくりと息を吐く。

 苦笑を浮かべながら、

「……結局、俺たち三人とも、何かしら ‘闇’ に縁があるってことか。」

 皮肉めいた口調でそう呟く。

 

 だが——

 次の瞬間、彼の目には冷たい光が宿った。

「だからこそ、俺はこの記録を全てコピーする。」

「もう二度と、こいつらに ‘無垢な命’ を弄ばせるわけにはいかない。」

 

 カルマは深く息を吸い、

 無理やり感情を落ち着かせるように目を閉じる。

 

 数秒後、再び目を開いた彼女の瞳には、

 確固たる決意が灯っていた。

 

「……この記録は、過去だけの問題じゃない。」

「私たちが ‘今’ どうするか——その選択に関わっている。」

 

 カルマの声は、強く、揺るぎないものだった。

「どんな秘密が隠されていようと、私は必ず突き止める。」

 

 エンは静かに頷く。

 この先に待ち受けるものが、

 今まで以上に危険であることは明白だった。

 

 だが、それでも足を止める理由にはならない。

 エンはふと扉の方へ視線をやり、

 低く呟いた。

 

「……先へ進もう。」

「この地下の奥に ‘何が待っているか’ わかったもんじゃない。」

 

 三人は、必要な資料を慎重にバッグへ詰め込み、

 その他の記録はスマホで撮影し、

 可能な限りの情報を持ち出した。

 

 準備を終えた彼らは、

 足音を忍ばせながら、闇へと続く通路へ消えていく。

 

 冷たい空気が、肌を刺すように流れていた。

 壁には、長年の湿気に侵された苔がへばりついている。

 

 空気の中に漂うのは、

 埃と ‘過去の残り香’。


 ——この場所に、どれほどの時が蓄積されているのか。


 ——そして、その闇の奥には、何が待ち受けているのか。


 誰も知る由もなかった——。

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