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共に戦い、共に生きる (6)

夜行者が完全に消滅したその瞬間、

エンの腹部に走る激痛が、彼の身体から一気に力を奪った。

紅い光翼がふらつき力を失い、彼の身体は真っ逆さまに落ちていく。


「くっ……!」


だが、地面へと叩きつけられる寸前、

アルが素早く翼を広げ、エンの身体をふわりと受け止めた。

そっと地面へ降ろしながら、彼は鼻を鳴らす。


「……ったく、世話が焼けるんだからな、エン。」


その声には不満よりも、深い優しさが滲んでいた。

風を切ってカルマが着地し、すぐにエンのもとへ駆け寄る。


「……『待っててくれ』って言ったよな?」

エンが顔をしかめながらも、かすかに笑って問いかける。


カルマは眉をひそめつつ、口元に微かな笑みを浮かべた。

「私が素直に言うこと聞くタイプだなんて……本気で思ってたわけ?」


そう言って微笑む彼女の顔には、どこか安堵の色が浮かんでいた。


地上では、支援部隊が戦場に到着し始めていた。

隊員たちが一斉に展開するなか、アイデンが指揮を執りながらエンの姿に目をやり、表情を引き締める。


「……まだ、終わっていない。」


彼の目は遠く、空の彼方に残る裂け目――消えかけた漩渦を見据えていた。

不安と警戒が入り混じった、その眼差し。


夜行者の死と共に、闇の霧は風に流されていった。

だが、それで全てが終わったわけではない。

空の裂け目はむしろ不安定さを増し、周囲のエネルギーを貪るように渦を巻き始めていた。


「まずい……裂け目が閉じていない!」


アイデンが叫び、空を指差す。

「このままでは、周辺一帯が……!」


その言葉と同時に、アルが小さく身を震わせる。

耳を立て、空を見上げ、続けて地面の符紋へと視線を移す。

そして……静かに、だが確固たる意志をもってエンとカルマを振り返った。


「……アル、どうしたの?」

カルマが不安げに声をかける。


アルは低く唸りながら言った。

「……今回は、俺が片をつけるしかない。」


エンはアルの背から身を起こし、顔をしかめて訊ねる。

「お前の力で……本当に大丈夫なのか?」


返事の代わりに、アルはゆっくりと符紋の中心へと歩き出した。

その身体は黄金の光を放ち、まるで神話の中の獣のように神々しい輝きを纏っていた。

「この裂け目は、符紋と繋がっている。

 そして、それを安定させられるのは……霊獣の本源の力だけだ。」


アルの声は低く、だが威厳を湛えていた。

そして小さく尾を垂らし、ため息まじりに言う。

「でもな……そうすれば、俺の力は初期状態に戻る。もう一度、眠らないといけない。」


「元のちっちゃいやつに戻るってことか?」

クレイドがぽかんとした声で尋ねる。


「その通り。」

アルは尾をふわりと揺らし、苦笑を浮かべながらも、柔らかく言葉を継いだ。


「でも……まあ、それも悪くない。

 これで面倒な任務から解放されるならな。」


エンの表情が揺れる。

拳を握りしめ、かすれた声で問う。

「本気か、アル……お前、それでも……」


アルは振り返り、にっと笑った。

その瞳には、迷いなどひとかけらもなかった。


「お前はエリヴィアに選ばれた人間だ。

 すべてを一人で背負う必要なんてない。

 ――たまには、俺みたいな霊獣に任せても、いいんじゃねぇの?」


そして、声のトーンを落としながら、やさしく言った。


「それに……俺は、最初からお前たちを守るために存在してる。

 それが責務じゃなくて――誇りなんだよ。」


その言葉に、カルマの目がかすかに揺れた。

唇を噛み締め、震える声で訊く。

「……また、戻ってこれるの?」


アルは少しだけ間を置き――それから、笑顔を見せた。


「もちろん。

 でも……ちょっとだけ時間がかかるかもな。

 何せ、力を溜め直すのって、めっちゃ面倒なんだよ。」


アルは、ゆっくりと符紋の中心へ歩を進めた。

その身体は再び黄金の光を放ち、まばゆい輝きがあたり一帯を照らす。

低く吠えると同時に、巨大な光の翼が背から展開され、天へ――裂け目へと飛び立った。


そのまま空の亀裂へと突入したアルは、自身の力を余すことなく注ぎ込んでいく。

暴れ狂っていた漩渦は徐々にその勢いを失い、渦の中心にある裂け目も、ゆっくりと――だが確かに――閉じていった。


やがて、空は静けさを取り戻す。

雲は消え、満月の光が再び地上を照らし始めた。


そして、天からふわりと舞い戻ったのは……

小さくなったアルの姿だった。かつての堂々たる霊獣の面影は消え、あどけない小動物のような姿へと戻っていた。


「……!」


地面にふらつきながら着地したアルの元へ、エンが駆け寄る。

その腕でそっと抱き上げ、震える声で言葉をかけた。


「……よくやったな、アル。」


アルはぱちぱちと瞬きをし、どこか誇らしげに口を開いた。

「ふん……当たり前だろ。今回は、俺が……ヒーローだったんだからな……」


カルマもそっと近づき、小さなアルの頭を優しく撫でる。

その手は温かく、表情には深い感謝と、ほんの少しの寂しさが滲んでいた。

「本当に……あんたは立派な霊獣よ。」


それに応えるように、アルは尻尾を小さく揺らし、満足げな息を吐いた。


アイデンはその様子を少し離れて見つめ、ゆっくり空を仰ぎ、重い息を吐いた。

「……危機は、乗り越えた。だが……」


視線は再び地面へと戻る。

今は力を失っているが、かつて力を暴走させた符紋の痕跡と、深く刻まれた裂け目の痕。

その目には、消えない不安が宿っていた。


「……この背後にある真実は、まだ何一つ明らかになっていない。」

クレイドが肩をすくめながら近づいてくる。


「いやぁ、派手な一幕だったな……。感情も体力も情報も、全部整理するには時間がかかりそうだが……まずは生き延びて良かったってことだな。」


その言葉に、コールがあたりを警戒しながら応じる。

「後処理は山積みだ。魔獣の残骸も、符紋の分析も、全部我らの仕事になるんだぞ。気を抜くなよ。」


だがその時――

エンの身体がぐらりと揺れ、腕の中のアルを危うく落としかけた。


「っ!? エン!」

カルマがすぐさまエンを支える。その目には焦りと不安が浮かぶ。


エンはかろうじて微笑を浮かべ、力を振り絞るように呟いた。

「……大丈夫、ちょっと……疲れただけ、だから……」


だが――その直後。

激しい痛みが再び腹部を襲い、膝が崩れ落ちた。


「エン……!」


カルマがその身を抱き留めるも、エンの意識は急速に薄れていく。

彼の顔色は青ざめ、呼吸は浅く乱れ、血の気が引いていくようだった。


「しっかりして、エン! お願い……返事をして!」


その声は戦場に響き渡り、仲間たちの動きを一瞬、止めさせた。


――まだ、終わっていない。

そう言っていた彼の姿が、今まさに崩れようとしている。


次の瞬間、仲間たちは走り出していた。

彼を守るために。彼を失わないために。

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