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封印と解放の序曲(6)

 

「……行くぞ。こいつのプライドはもう十分ズタズタだろう。」


 エンは低く呟くと、くるりと背を向けた。

 もう、狩人にも、その魔物たちにも、これ以上関わるつもりはない。

 目指すべきは、遥か先に広がる戦場。


 カルマは軽く頷き、無言でエンの後を追う。

 二人の姿は、すぐに夜闇の中へと消えていった。


 その場に残されたのは——

 膝をついたまま、唇を噛みしめる狩人だけだった。


 彼らの姿が遠ざかるのを見届けた狩人は、静かに歯を食いしばった。

 そして、傍に寄り添う魔物たちに向かって、苛立ちをぶつける。

「……お前ら、本当に使えねぇな。」

 だが——

 魔物たちは怯むことなく、じっと彼を見つめていた。


 小さな魔物たちは、狩人の体にそっと身を寄せる。

 それと同時に、彼らの体からほのかな魔力が滲み出し、静かに流れ込んでいく。

 それは、微かに痛みを和らげる程度の、ごく弱い癒しの波動。


 本来、魔物に治癒の力はほとんど存在しない。

 治癒魔法を操る魔物など、極めて稀であり——ほぼ皆無と言ってもいい。


 それでも、彼らはただ、自分たちにできる限りの力を尽くしていた。

「……チッ。」

 狩人は舌打ちしつつ、静かに目を伏せた。


 寄り添う魔物たち。

 それを振り払うこともできた。

 罵ることも、追い払うこともできた。

 ……だが、もうどうでもよかった。


「……まぁ、一応は助かったってことか。」

 狩人はぼそりと呟くと、ゆっくりと立ち上がった。

 まだ完全に傷が癒えたわけではない。

 だが、もう動ける。


 小さな魔物たちは、相変わらず彼の傍を離れようとしない。


「ピィ……ピィ……」


 かすかな鳴き声が、静寂の中に響く。

 それは、まるで彼を気遣うかのような音色だった。


「……はぁ。」

 狩人は深いため息をついた。

 その顔には、呆れとも、諦めともつかない表情が浮かんでいた。


「……勝手にしろ。」

 静かな夜の中で、そう呟いた。

 ——その声が、どこか優しく響いていたことに、彼自身は気づいていなかった。


 遠く、エンとカルマは歩みを止めることなく進み続けていた。


 カルマはふと振り返り、微かな笑みを浮かべながら呟く。

「……あの魔物たちのささやかな力も、ちゃんと役に立つのね。」

 その声には、どこか優しさが滲んでいた。

「痛みを和らげるくらいしかできなくても、彼らなりの想いがあるってことね。」


 エンは静かに頷き、すぐに前を向いた。

「行くぞ。」


 その声音は冷静だが、どこか決意に満ちている。

「黒燈会の儀式……もう始まっているかもしれない。」


 二人が進むにつれ、周囲の敵の数は次第に増えていった。

 黒燈会の構成員たちは、ただの狂信者ではなかった。


 彼らは精巧な装備を身にまとい、従える魔物たちも先ほどのものとは比べ物にならないほど強力だった。


 エンは素早く銃を構え、緑色の符紋弾を撃ち放つ。


 しかし——

 弾丸が魔物の堅牢な外皮に命中しても、僅かな傷跡を残すだけ。


「……効きが悪いな。」

 エンの眉がわずかに動く。

 このままでは、押し切られる。


 即座に判断を切り替え、腰のホルスターから青色の符紋弾を取り出した。

 静かに狙いを定める。


 ——バンッ!


 青白い光が閃き、狙撃した黒燈会の構成員の体が一瞬硬直する。


「……っ!?」


 その男はふらつき、膝をついた。

 完全に力が抜け、抵抗もできぬまま崩れ落ちる。


 青の符紋弾——それは、対象の神経を麻痺させ、一時的に動きを封じる効果を持っていた。


 カルマはその様子を冷静に見守っていた。

「ふぅん……なかなかいい判断ね。」

 彼女は薄く微笑むと、指先に炎を灯した。


 灼熱の焔が舞い上がり、瞬く間に防壁を形成する。

 敵の進行を阻むための、一時的な火炎の壁。


 エンとカルマは互いに一瞥を交わした。

 言葉は不要だった。


 お互いの意図を瞬時に理解し、再び戦闘態勢へと入る。

 彼らの前には、なおも迫り来る黒燈会の戦士たちと、その背後に控える更なる脅威が待ち受けていた。


 二人の足取りが、力の源へと続く核心領域に近づくにつれ——

 黒燈会の妨害は、ますます狂気じみたものへと変わっていった。


 周囲に張り巡らされた符紋陣が、不気味な光を放つ。

 空間そのものが、黒き力の影響を受け、揺らいでいるかのようだった。


 見えざる圧力が四方を包み込み、肌を刺すような威圧感が漂う。

 まるで、この場にいるだけで魂を蝕まれるかのように——。


 エンとカルマは、遺跡の奥深くへと踏み込んだ。

 そこに広がるのは、無数の符紋が刻まれた石壁。

 その一つ一つが淡く輝き、何かを語りかけるように脈動していた。


「……これは。」

 エンは壁に視線を向ける。

 不思議な既視感が胸をよぎる。


 この符紋——どこかで見たことがある。

 しかし、それがいつ、どこでなのか——

 思い出せない。


 そんな彼の様子を見て、カルマが小声で尋ねる。

「……羊皮紙に記されていた符紋?」


「いや……違う。」

 エンは首を横に振った。


 しかし、眉間の皺はさらに深くなる。

「これは……羊皮紙の記述よりも、もっと古いもののように思える。」


「まるで……太古の記憶の断片が、頭の中に浮かんでくるような……」


「でも、これは俺自身の記憶なのかどうか……それすら、わからない。」


 カルマの目がわずかに見開かれる。


 しかし、その疑問を深掘りする間もなく——

 前方から、怒号が響いた。


 二人は慎重に物陰へと身を潜め、声の方向を探る。

 視線の先——


 祭壇の前に、一人の男が立っていた。

 黒き法衣を纏い、狂気に満ちた笑みを浮かべるその男。

 彼の前では、巨大な魔法陣が不規則に輝き、何かを呼び覚まそうとしていた。


 男はその光景に興奮しきった様子で叫ぶ。


「……これこそが、力の源!」


「人間と魔物が交わした契約の遺産——!」


 声が、遺跡の空間全体に響き渡る。


「この融合が完成すれば、我らはもはや単なる召喚者ではない!」


「魔物を召喚するだけではない……完全なる支配が可能となるのだ!」


「魔物は我らの意志に従い、そして——」


「人間の世界は、我ら黒燈会の手の中に落ちる!」


 魔法陣の光が一際強く輝いた。


 次の瞬間——

 何かが、目覚めようとしていた——。


 エンとカルマは視線を交わした。

 互いの瞳に宿るのは、警戒の色。


 この力は、単なる魔力の奔流ではない。

 それはまるで、遥かなる歴史の狭間に封じられた「意志」そのもののようだった。


 二人が即座に動こうとした、その瞬間——


 ゴゴゴゴ……ッ!!


 大地が揺れた。

 それは、単なる地響きではなかった。

 地の奥底から、何かが目覚めようとしている。


「……ッ!」

 低く、唸るような音が響く。


 それは、鼓膜をつんざくような、轟然たる咆哮だった。


 空気が震え、見えざる衝撃波が四方へと広がる。

 圧倒的な魔力の波動が空間を支配し、肌を刺すような緊張感が漂う。


 そして——

 それは、姿を現した。


 巨大な影が、魔法陣の中心から浮かび上がる。

 赤黒い瘴気を纏い、全身から圧倒的な威圧感を放つ異形の存在。


 その瞳は血のように紅く、暗闇の中で妖しく輝いていた。

 鋭い爪が大地を抉り、牙の隙間から漏れ出る息は、まるで地獄の瘴気のように冷たく、重い。


「な……っ!?」

 黒袍の男が息を呑んだ。


 しかし、その驚愕は一瞬だった。

 すぐに、その口元には狂気じみた笑みが浮かぶ。


 彼の手には、青白く輝く水晶の容器。

 その内部には、力の源から溢れ出るかのような、不気味な光が渦巻いている。


「……これだ。」

 男は低く呟く。


 その瞳には、歓喜と興奮が宿っていた。

「まさに、我らが求めし力……!」


 ゆっくりと、彼は水晶を掲げる。

 その光は魔物の体を照らし——


 まるで、闇の契約を交わすかのように、魔力の波動が交錯する。


「来い……!」


「我が命ずる——我らの傀儡となれ!」


 強烈な魔力が解き放たれた。


 その瞬間——

 魔物の瞳が、さらに深紅に染まった。

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